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2013-03-11

2013年3月9日 陽明山七星山 凱達格蘭遺跡、金露天宮経由、天母古道を下る

七星山主峰山頂
しばらくぶりの七星山登山に行った。去年九月以来だ。今回は、陽明山バスセンターから苗圃登山道を経て、主峰の南側にある凱達格蘭遺跡に立ち寄ったあと主峰に登った。下りは、小油坑への道の途中から金露天宮へ下る非正規山路を歩いた。陽明書局から陽明公園へ下り、その後さらに天母古道を経て天母まで歩いた。今回の山行は、友人二人と都合三人の登山である。そのうちの一人KSさんは、筆者のブログを見て連絡があり、今回一緒に登った。ブログを通じて登山同行できたことは、筆者として嬉しい。もう一人のKKさんは、これで数回の同行だ。彼はもともとスポーツマンだが、山が好きになったようだ。

中心の陽明山バスセンターから出発、七星山下山後天母古道を下る
一本調子の登りの後は長い下り
最後は天母まで
今回の山登りは、実のところキツイ山行に属する。登りは累計で1000m弱だが、長い階段の登りが続き体力が要求され、また下りも長い道のりで健脚向けの行程だ。KSさんは登山経験が少なく、この山行は大変だったと思うが、しっかり完走した。普段から歩くことが多いとのことで、それが助けになっている。天気のよい春の七星山は、夏のアルプス銀座よろしく、登山客がとても多い。一般登山道は、老若男女、さまざまなハイカーが歩く。一歩非正規山道にはいると、様子はガラッと変わる。ほとんど誰にも合わない、静かな山歩きができる。

ビジターセンタ近くから見る七星山
苗圃登山口
花の時期の陽明山は、遊楽客がとても多い。交通規制もあるが、同時に山中では観光スポットとの間を結ぶ臨時シャトルバスなども運行され、普段より忙しい。そうした混雑を避けるため、早め7時半にMRT劍潭駅で落ち合い、紅5番バスで陽明山バスセンターに向かう。土曜日だが文化大学で多くの学生が下車する。8時10分過ぎにバスセンターに到着。支度を済ませ、陽明山公園の方角へ歩く。人車分離道の入口に十匹の野良犬がたむろしている。入口からトンネルをくぐり階段をのぼる。分離道を登ること10分ほどで、8時37分にビジターセンターに着く。ビジターセンターに立ち寄り、展示物を10分ぐらい見て回る。ビジターセンターの前からは、これから登る七星山が道脇の桜の向こう高い。

大分登ってきた、紗帽山が下方に
更に人車分離道を進み、苗圃登山道入口に着く。ここから七星山登山開始だ。今日は登山道を行くハイカーがとても多い。若い人がかなりのハイペースで登っていく。登山口から20分ほど石段道を登ってくると、左に道標はないが土の道が分岐していく。金露天宮へ続く山腹道だ。更に10分登り、9時25分に七星公園に続く分岐点に着く。ここのあずま屋で休憩する。新しい時計がかかっている。寒暖計は17度を示しているが、汗をかいた体にはその感覚がない。数分の休憩後急な石段道を登りはじめる。十数分の登りの後、樹木がきれて展望がきく。朝陽の中に、紗帽山が下方に大分低く見える。9時54分、あずま屋から約20分ほどで凱達格蘭遺跡へ続く山道の入口に着いた。苗圃登山口から1.7kmの路程ポストの少し上だ。ここはもちろん道標などはない。

凱達格蘭遺跡への道
非常によい陽明山の登山道に比べれば落差があるが、この山道は他の台北近郊の山道に比べたら良い方だ。少しこの道を進むと標識リボンなども現れる。はじめは平な道が続くが、そのまま進む道から右に登っていく道が分岐する。平な道は、金露天宮への道へつながる。樹の間を登って行くと、草原に出て展望ができる。さらに進むと、前方に一面笹やぶの中に凱達格蘭山がちょこんと座っている。周りは背丈の高い笹やぶだが、道の部分はしっかり草刈りされている。岩を乗り越え進み、10時15分に凱達格蘭山に着いた。前方には主峰、左側には南峰、そして右奥は東峰が座っている。反対方向は、びっしり茂る笹やぶの先は遠く紗帽山などが見える。ここは南、主、そして東峰に囲まれたテラス状の地形で、その中央に凱達格蘭山が立っている。狭い頂上で休憩する。二人登山者が登ってきた。下方の藪がガサガサ動いている。だれか別の登山者が歩いていのだろう。

凱達格蘭山、左は七星山主峰、遠く右奥は東峰
凱達格蘭山頂上から見る、左から南峰、主峰、東峰
凱達格蘭山頂上から南方向を見る、笹ヤブの中に道が続く
積み上げられように見える巨石
凱達格蘭山を下り、主峰方向に進む。開けた場所に出た。遺跡の祭壇と言われている部分だろう。ここに立って周囲を眺めると、中心に凱達格蘭山のピラミッドが座っている。この開けたところから少しのぼると巨石がある。この巨石は石を積み上げてできているように見える。繋ぎ目があるのだ。世界中には巨石の文化があるが、ここもそれと同様に歴史前の原住民が何らかの方法で造ったのか。そこから数分登り、藪をかき分け進むと、ひょっこり石畳登山道に飛び出た。何の標識もない笹薮から我々が飛びでてきて、ちょうどそこを歩いていた登山者が、少し驚いている。登山道を進み、11時に主峰に到着した。頂上には大勢の人が、思い思いに写真と撮ったり休憩したりしている。このような天気のよい日は、多くの人が登ってくる。われわれも記念写真を写す。

金露天宮への山道入口、奥に展望台
登ってきた道を下り、さらに南峰への分岐を経て展望台へ進む。その少し前、左に笹薮のなかへ土の道が下がっていく。これが金露天宮へ下る道だ。降る前に展望台へいく。ここも登山者でいっぱいだ。分岐へ戻り、山道を下りはじめる。ちょうど親子連れがそばを通り、道標もない山道に入っていく我々を、訝しげな表情で見ている。背が高い笹薮をかき分けて進むと、前方に紗帽山が見える。木々のある部分にくると、赤のプラスッチク製椅子が二つ置いてある。誰かが持ってきたのだろうが、大分年月が経っているようだ。坂道が急になり補助ロープも現れる。笹が次第に少なくなり、林の中を下るようになる。分岐から20数分くだってくると、少し開けた場所に降り立つ。左から小道が合流する。これは凱達格蘭遺跡から山腹を横切ってくる道だ。南峰からもここへ降ってこれるようだ。少し登り返し、また急坂の下りが続く。12時5分、山道が終わり金露天宮が現れた。約30分の下りだ。

金露天宮への下り道
金露天宮の前で休憩する。辺りは我々三人だけで、七星山主峰などの賑わいが嘘のようだ。登山日和の七星山でも場所やルートのとり方で、静かな山歩きができる。30分近くゆっくり休憩した後、舗装路を下る。十数分下ると、小油坑から下りてくる人車分離道と交わる。ここは一昨年九月に歩いた以来だ。左に曲り、こけがびっしり生えた石畳の道を歩く。数分で竹子湖の警察局裏に着く。陽金公路を渡り、対面に続く人車分離道へ進む。このセクションは、よく歩かれている。道の石畳に苔もあまり着いていない。実際、何人ものハイカーとすれ違う。先程竹子湖までは全く出会わなかった。

金露天宮前で休憩する
中興路で右に曲り、車道を下る。サクラや椿の花が咲いている。正面に大屯山が高い。陽明書局を過ぎ、さらに下る。ここも遊楽客が多く道を行く。13時40分、陽明公園に着いた。金露天宮から約1時間の道のりだ。公園内は大勢の人出で賑わっている。家族連れやカップルなど、老若男女さまざまな人がくつろいでいる。我々も少し休憩し、果物を食べる。

陽明公園は花が満開
黒犬がついてくる
公園からバスセンター方向へ歩く。入園してくる遊楽客がひっきりなしだ。路上には屋台も出ており、お祭りのようだ。山登りの我々は少し場違いの感じだ。14時20分、バスセンターに戻ってきた。帰りには時間が少し早いのか、バスを待つ行列は予想に反しとても短い。バスで帰ることもできるが、更に天母古道を下ることにする。紗帽路を下り、左に河へ下がっていく人車分離道を歩く。ここは昨年九月訪問時は、一部分補修中で通れなかった道だ。道は河沿いを進む。温泉から流れる水のせいで、硫黄の臭がする。橋をわたると黒犬がいる。我々について歩いてくる。愛富三路を登り14時50分天母古道入口に着く。犬が少し遅れて、登ってくる。我々がまだいるのをみて、嬉しそうだ。

天母古道から見る大屯山(左)、小観音山(中)、紗帽山(右)
天母古道も歩く人が多い。石畳の道をおりきり、道脇のベンチで少し休憩する。砂利の敷いてある平な山腹の道を20分ほどで歩き終わり、階段道を下る。15時40分、中山北路終点の登山口に着いた。愛富三路入口から50分の歩きだ。中山北路ロータリーまで更に下り、近くのバス停からそれぞれ帰宅した。

今回の行程、歩行距離は16kmある。最近の山行では一番長い。所要時間は7時間半、登攀累計は972mである。舗装路やAクラスの登山道部分が多いが、一方かなり急な土の山道もあり、ハードな行程である。初めてのKSさんもよく歩いたと思う。

2013-03-09

2013年3月7日 石碇粗坑崙-四分子古道 稜線から石碇老街の谷へ歩く

烏塗渓遊歩道から見る、遠くは皇帝殿山と手前の高速道路高架橋
なぜ犬の写真か、それは本文をご覧ください
石碇の老街は、最近観光スポットとして注目を浴びている。もちろん九份のような賑わいではないが、一度さびれた石炭の街は今観光客が訪れる。豆腐も有名だ。新北市石碇区は、南に翡翠水庫を擁するがその北側に尾根が東西に走る。今年1月雨の中を訪れた風路嘴から小格頭までの稜線はその一部だ。今回は、風路嘴から東に歩いて粗坑崙へ登り、その後山の北斜面を四分子古道と台松煤礦輕便車路を経て烏塗窟に下った。烏塗窟には早く到着したので、烏塗溪にそった遊歩道を石碇老街まで歩いた。

南の風路嘴から北へ山を下る(クリックで拡大)
下りがメインのルート
最近の付近の山行を表示

石碇区内には、昔の炭鉱跡が点在する。烏塗窟の奥にも鉱山があり、石炭の輸送にトロッコが使われていた。その跡が山道として歩かれている。台松煤礦輕便道だ。その上の四分子からは、古道が月扇湖山の裾を登って47-1号郷道へ続いている。途中には石炭を蒸し焼きにしてコークするにすための煤窯が打ち捨てられて残っている。石炭産業の名残のある場所だ。47-1号郷道は山桜がまだわずかだが咲いていた。今回の山行は、高いところからスタートして下って行くという、手抜き山行だ。北宜公路が、粗坑崙のすぐ下を走っているので、100mぐらいの登りで頂上に着く。ここがこの周辺では最高点である。あとは下るだけだ。

産業道路の登りから見る二格山
坪林へ北宜公路を行く緑12番バスで向かう。今回はMRT新店駅7時15分発のバスだ。通学時間なので、双峰国小へ通学する小学生が大勢乗車する。途上でも多く乗ってくる。双峰国小で下車すると、車内は大分静かになり乗客も半分ぐらいになった。ただ、途中には青潭国小などの小学校があるが、なぜバスに乗ってまで通うのかわからない。小格門までくると、霧の中を進む。ただすぐに霧は晴れ、7時50分風路嘴に着いた。バス停の対面は、テラスのあるお店がある。テラスに立つと、谷向こうは筆架山連峰が屏風のように連なっている。その右には皇帝殿山のギザギザピークがある。この二つの山の交わるところの谷間が、今日の目的地石碇の老街だ。

筆架山を見る
風路嘴から粗坑崙へは二つのルートがある。47-1号郷道の分岐部にある茗緣茶園から始まる稜線上の山道と、47-1号郷道を少し入った後右に始まる産業道路を進み、茶畑の上部から山腹を登る道である。前者は森の中で展望がないと判断し、産業道路を進む。少し登ると、二格山が見える。先月栳寮から歩いた二格山への道がわかる。道は右に回りこみ、一面の茶畑が広がる。思った通り、こちらの道は展望ができる。舗装路の産業道路は終わり、そこから山道が始まっている。風路嘴から約15分の歩きだ。

茶畑から見るパノラマ、左が筆架山連峰、その右に皇帝殿山、更に右は月扇湖山
粗坑崙頂上
ここ数日間好天の日が続いているが、道は結構ぬかっている。日が当たらないためだ。急な坂は補助ロープがかかっている。10分ほど登ると稜線道に合流する。8時半少し前、粗坑崙頂上(標高688m)に着く。頂上の樹木は南側が少し切れ間があるので、展望ができる。見える範囲では雲海が谷を埋めている。この雲海の下には翡翠水庫があるのだろう。今日の主要な登りはこれで終わり。あっけない。頂上からすぐ下に左に真っ直ぐ降りていく道がある。これを行けば次の四分子古道の入口が近いが、稜線を大格門まで行く。稜線道はそこそこ歩かれているし、標識リボンも多い。20分ほど歩くと、左に樹が切られ開けた場所に出る。ここからももちろん二格山から筆架山連峰が望める。手前には枝尾根が下がっていく、その突端のピークは月扇湖山だ。ここからは低く見える。そしてその右奥に第5号高速道路の高架橋が望める。更に尾根道を行くと、杉林や竹林を過ぎていく。

粗坑崙の稜線から見る月扇湖山、右奥の谷に石碇が見える
大格門古道の下り
9時10分、粗坑崙から約40分で十字路の鞍部に出た。ここは大格門(標高605m)である。峠の左右に下っていく道は、大格門古道とういうことだ。清朝時代台北から宜蘭への街道、淡蘭道は瑞芳の金字碑古道や貢寮の草嶺古道が一部である表街道と、石碇、坪林を経由していく裏街道の二つがあった。大格門古道は淡蘭道の裏街道の一部ではないか、ということだ。稜線をそのまま進めば、獭狸尖をへて坪林へつながる。今回は左に取り峠を下る。道はコンクリ製の階段だ。峠の反対側も同様にコンクリの道である。緑の苔が生え、たくさん落ち葉が落ちている。足を止めると杉林の中で小鳥の鳴き声にだけなる。自然に包まれているのを実感する。下ること数分で47-1号郷道に出る。少し下がり右にとれば、そのまま烏塗窟へ続く。左にとり、四分子古道の入口へ進む。トラックが大きな音とともに登ってきた。

郷道わきの山桜
郷道はほとんど車両の往来はない。まだ花が咲いている山桜もある。大部分はすでに葉桜だ。少し登り気味の道を進む。陽射しの中、山の景色を見ながら歩を進める。十数分歩くと、左に標識リボンのある踏跡入口が見える。粗坑崙頂上から直接下がってくる道だ。この付近から見ると標高差は100数十メートルだが、粗坑崙はけっこう高い。ところどころ樹木を栽培している農園の入口がある。道が回りこんで正面に月扇湖山が見える。藍天登山隊の標識が電柱に貼り付けられている。四分子古道は、電柱のわきから下っていく。時刻は9時45分、歩き始めて2時間弱、車道わきで軽食を取り少し休む。

四分子古道下り始め
四分子古道に入ると、道はつづら折りで高度を下げる。草がけっこう深い。稜線の道より歩かれていないのだろう。山腹から沢沿いの道になり、少し下ると右に石を積み上げた場所が現れる。ここは修記煤窯ということだ。古道の入口から15分ぐらいだ。窯の入口が二つ開いている。まだしっかりしているが、わきには太い樹も生えているので、廃棄されてからかなり年月が経つのだろう。しかし、コークスを作るといっても、原料の石炭はどこから運んできたのだろうか。もし谷筋から持ち上げてここで作業し、その後またコークスを谷へ運んでいては効率が悪い。どのような運営をしていたのか。

廃棄された修記煤窯
古道わきの土地公祠
煤窯から少し下ると、右には土地公の石製祠がある。中をのぞいてみると香炉に線香が二本立っているが、あまり参拝されている様子はない。この古道は、我々のような登山者が歩くだけで、土地の人の生活とは関係が薄いようだ。祠は苔がびっしり生え、刻まれているだろう文字などは全く分からない。祠から下がると、今度は作業小屋がある。そこから沢方向に降りるが、古道は右に下っていく。まっすぐに行く道もある。はじめはこの分岐に気づかず直進した。しばらく進むが、様子がちょっと違う。道が細くなってきて沢に向かっている。どうやら違うようだとと気付き、標識テープのある場所まで引き返してみると、古道は別の方向に下っていくのを発見した。古道を進むと、大岩の間から石段で下っていく。土地公の祠やこの石段、古道としての要素はたっぷりだ。沢を大きな岩で渡した橋をこえて進むと、茶畑が現れる。古道はこの茶畑の中を進み、まもなく人家が現れ終了する。人家の犬が遠くからみつけ、吠えながら駆け寄ってくる。住人がなだめる。いつもある場面だ。

クラッシックカー
沢を渡る、クロが先導
ここから産業道路が始まる。人家が数軒集まっている。少し下ると、道端に面しているガレージの中に四台のクラッシクカーがある。リストア作業をしているのだろう。車種の分からないオープンビンテージカーもある。更に行くと十字路が現れる。左に折れて下っていく。次の台松煤礦輕便道へ向かう。下って行くと左に人家がある。前で話をしていた民家の人が一人でどこへ行くのか訪ねてきた。台松煤礦輕便道の入口を探している旨を話したら、家の前の道の突き当たりから下って沢を渡ると、道があるということだ。早速そちらへ進む。すると、その家の飼い犬だと思う一匹の黒の台湾犬がついて来た。先になって道を行き、案内をするかのようだ。沢に降りると、渡渉していく。自分も後を追って渡る。対岸には標識リボンがかかっているが、踏み跡は草にほぼ埋もれてよくわからない。リボンの示す方向に、足元に注意し下っていく。そのうち踏み跡がはっきりしてきた。クロ(犬)は、後を付いて下りてくる。写真をとったりして立ち止まると、先になって歩いて行く。まるで、自分の飼い犬をつれて山歩きをしているようだ。

煤礦輕便道入口の廃屋
台松煤礦輕便道は、もともと炭鉱の石炭を運ぶためのトロッコ道だったが、今はすっかり自然に戻ってしまっている。今日の行程の中では一番整備されていない、自然に近い道だ。補助ロープなどもない。草も深い。ただ、標識リボンはしっかり付いているので、助かる。左に道が分岐する。これは月扇湖山へ尾根伝いの登る道だ。11時20分、台松煤礦輕便道に入るところの民家から約20分ほど下ってくると、ひょっこり開けた場所にでた。正面に人家、手前の左側にはレンガ壁だけが残った廃屋がある。廃屋には石碇郷烏塗窟52号の標識が付けられているが、意味があるのか。ここからは舗装路が始まる。クロはまだついて来る。眼前には筆架山連峰の西帽子岩が目立つ。橋をこえ郷道に合流し下る。右にレンガ造りの古い家が現れた。そのすぐ先は見たことがある町並みだ。11時半、烏塗窟に着いた。

自然にできた醋漿草の花と落ち葉のパターン
もともとは、ここからバスで帰るつもりだったが、あまりも早く着いてしまった。天気もよいし、石碇へ烏塗溪沿いの遊歩道を歩くことにする。烏塗窟の集落を過ぎると、橋が河にかかっている。これを渡ると遊歩道が始まる。クロもまだついてくる。沢沿いの道は、石畳のよい道、軽快に進む。十数分進むと、一旦河床に降りた後登り返し民家が現れる。遊歩道を歩くハイカーにすれ違う。クロは河のわきで別の方向を見て話しているカップルのわきに、ぬーっとそり寄っていく。座っている女性が、クロに気づいてびっくりしている。その先にも別のカップルがいて、クロは同じように近づいていく。この犬は、本当に冗談を楽しんでいるのかのようだ。更に進み11時50分過ぎに、摸乳巷古道の入口に着く。ベンチに座り食事をとり休憩する。クロにも昼飯を分けてやる。

石碇のトロッコを押す坑夫の模型、背後は高速道路
休憩後石碇へ進む。上を高速道路の橋が越えているいく場所の近くで、クロはウロウロしている。そのうち見えなくなった。そろそろ冒険も終わりということがわかったのだろう。それまでは、しばらく遠くへ行っても、戻ってきて一緒について来たが。一人の山行だったが、きょうは後半の部分で犬の連れができて、愉快な歩きで終わった。

今回の行程は、歩行距離11.3km、所要時間4時間15分だ。手抜き山行だと思っていたが、それでも登攀高度累計は423mある。春が近づいて天気がよくなってきているが、また寒波が来るまでのこの好天の一週間は、楽しい山行を実行できている。

2013-03-06

2013年3月5日 瑞芳大、小粗坑古道-琉榔步道 九份と基隆山を見ながら歩く

ツツジ咲く小粗坑古道から望む基隆山と九份
先週は中国海南島への旅行だったので、台北近郊登山は少し間が開いた。この週末には去年10月に引き続きW大学校友会でのハイキング活動があるので、その下見として九份の山へ行ってきた。久しぶりに一緒に登るHさんと、春の晴天のもと、とても気持ちのよい山登りであった。瑞芳九份周辺の山々は、樹木が少ない草の山が多いので強い陽射しのもとでは辛いが、風も吹いていく春は海も山も見晴らしがきいて、すがすがしい。

南の侯硐から始まり北西の瑞芳へ歩く
歩行高度プロファイル
九份周辺の山歩き記録
去年五月に基隆山を登った後、大粗坑古道を下って侯硐へ歩いた。今回は逆方向に大粗坑古道を登った。古道の上部にある大粗抗集落遺跡近くから、小粗坑集落へ続く山腰古道を歩き、小粗坑古道へつないだ。小粗坑古道は二月半ばにを登った。その時は、峠の少し下にある分岐から右に送電線保線路を経て大粗坑山へ登ったが、今回は分岐から左にとり小粗坑古道を更に下った。頌德公園に降りた後、左に進み琉榔步道を下ったあと、瑞金公路を瑞芳駅へ歩いた。九份の山を裏から登り、瑞芳へ下るルートである。自動車交通の発展する前は、古人は瑞芳からこのようなルートで九份へ通っていたのである。

煤礦博物館近くを歩く、小粗坑山が前に見える
台北駅でHさんと落ち合い、7時35分発の羅東行き区間電車に乗る。一般の通勤客とは逆方向で、通学時間はすでに過ぎているので、車内は割合と空いている。二人で座って話をしていると、すぐ隣りの中年婦人が声をかけてきた。我々二人暇人の話を聞いていたようで、山の話になった。そのうち、今日の予定に興味をもち、一緒に登ることになった。世間は人様々だ。8時半過ぎに侯硐駅に着いた。身支度を済ませ歩き始める。駅周りの商店はまだ店開きをしたばかりのようだ。駅前にいた一匹の黒犬がついてくる。我々三人に前後して歩き、連れ犬の如くだ。基隆河の左側を歩き、ビジターセンターわきの橋を渡る。瑞侯公路を少し行き、右に大粗坑溪に沿った産業道路を行く。坂道が始まる。逆光の朝陽の向こうに、牡丹山の稜線が高い。

朝陽の中に牡丹山の稜線が高い
メス犬を見つけた犬ここでお別れ
右に金字碑古道を分けると、産業道路は左へ大きく曲り登っていく。福徳宮まで来るとだいぶ高度が上がったので、対岸に三爪子坑山が見え始めた。前回歩いた時は、小柄なのに威勢のいい黒犬が吠えかかったきたが、今日はいない。9時5分、小屋が現れそのわきに大粗坑古道の入口がある。一緒についてきた黒犬は、ここでメス犬がやってきたので、その後はついてこなかった。対岸の升福坑の上の方に、大きな滝がかかっている。

大粗坑古道入口
花崗岩の石段の良い道が続く。道脇には桜の樹が植樹されているが、時期はすぎて葉桜だ。ツツジの花の他に月桃の花も咲いている。下の沢沿いには坑道口がある。遠目にはまだ操業中かのようだが、すでに廃坑である。沢にそった道は、ところどころ急坂が現れる。古道入口から30分足らず、9時35分に大粗坑集落の小学校分校跡に着いた。侯硐駅から一時間だ。途中左に小粗坑への古道入口があるはずだが、話しながら登ったので見落としてしまったようだ。分校跡の前には沢から引かれた水の蛇口もあり、ここはよい休憩ポイントだ。

大粗坑集落、左に分校跡、前には天橋が見える
山腰古道の入口
ほんの僅か登ってきた道を下ると、果たして右に細い道が続いている。ここが山腰古道の入口だ。この道は大粗坑と小粗坑との間で人々が往来するに使っていた。また途中には金鉱があり、その作業道でもあったが、金鉱が廃れるとともに忘れ去られた。大粗坑古道や小粗坑古道は、その後整備されたが、この道は整備もされず、健脚登山者が歩いているだけだ。入ると、早速草深い踏跡道になる。Hさんは大粗坑古道との落差にすこし驚いている。大粗坑古道はさしずめAクラスだが、山腰古道はCクラスだ。例の婦人は、山経験は豊富のようで元気だ。道は少しの登り下りがあるが、概ね平らだ。入口から数分来ると、山肌に穴が開いている。金鉱の入口だ。もちろん廃坑になっている。ところどころ、道幅が狭く注意が必要な部分もある。樹木が切れると、牡丹山から三貂嶺への稜線が対岸にある。

山腰古道から侯硐の谷を見る、右には三爪子坑山と背後の五分山
古道わきの金鉱廃坑口
二つ目の廃坑口を過ぎると、山腹を行く道は方向が変わって、侯硐の谷とその上の三爪子坑山が、さらには五分山頂上も見える。進むと、道は下り始める。補助ロープも現れる。木々の間に見える遠景は、瑞芳の街になる。山肌をぐるっと回ってきた。下って行くと、幹に沢山ロープが付いている。ここは急な土のザレた坂で、ロープを頼りに下る。その少し先にはトロッコ線路が数メートル残っている。金鉱作業で使われたのだろう。錆びついた二本のレールが、時の流れを物語っている。

錆びたトロッコレールが残る
10時48分、銀絲瀑布が現れた。山腰古道を歩いて約1時間である。残りはわずかだ。少し先にまた坑道口がある。周りにはゴミが散乱し椅子などもあるが、誰か住んでいるのか。10時56分、苔の石壁の廃屋が現れ、山腰古道は小粗坑古道との分岐に着いた。大粗坑古道の入口から約100m高度を下げたことになる。

銀絲瀑布












分岐は前回歩いた時には、あまり注意しなかったが、小粗坑集落跡から山神廟の登り道の三分の一ぐらいのところだろうか。一本調子の登りが始まる。山神廟から少し平な道を進む。右に尾根を小粗坑山頂上へ登る踏跡があるが、今回は古道をそのまま登る。対向方向から数名の登山客が降りてきてすれ違う。土の道は、ところどころ苔の石も露出している。11時20分峠に着いた。九份方向の景色が広がる。今まであまり休んでこかなったので、ゆっくり食事をとり休憩する。歩き始めて2時間40分ほどだ。

小粗坑古道を行く、峠まであと10分ぐらいだ
峠から見る海と基隆山、九份の街
基隆山を正面にみて下る
十数分の休憩後、小粗坑山頂上へ往復する。写真を写したあと、古道へ戻り下る。前回右に折れた分岐は左にとり進む。小石が敷かれた階段道が続く。左に尾根上を進む山道を分けたあと、基隆山を正面に見て古道は山腹をまっすぐ下っていく。分岐から約15分の下りであずま屋が現れる。大分高度が下がってきた。あずま屋からは右に九份へ続く道がある。左側の坂道を取り、頌德公園へ下る。葉桜となった桜並木が終わるとツツジの並木道となる。基隆山が大分高くなり、九份の街が同じぐらいの高さになると、頌德公園についた。頌德公園は、台湾五代家族の一つ、鉱山の繁栄で財を成した基隆顔家の顔雲年の功績を記念するため1917年に、ここに記念碑が建立された。1971年に鉱山運営が終了し九份は寂れたが、その後台湾の映画ロケ地として知られ、今日の観光での繁栄がもどった。この公園はその栄枯盛衰と復活を見守ってきたわけだ。

頌德公園
ツツジの咲く琉榔步道、向こうには基隆山
ここから右に進めば九份の老街はすぐそこだ。一緒に歩いてきた婦人は、一足先に瑞芳へ下っていった。結局誰なのか、お互いに紹介することもなかった。天気は快晴、基隆山や九份の街が見渡せるこの公園は、心地良い風が吹いてゆく。実に爽快だ。我々も瑞芳へ向けて、歩き始める。車道になっているが、ここは以前軽便鉄道があったという。少しゆくと立派な隧道を抜ける。更に進むと、車道から別れ琉榔步道が始まる。今は花崗岩の石畳が敷き詰めてあるが、この山腹を行くおおむね平な道は、軽便鉄道の軌道跡だ。瑞金公路ができ自動車にとって替わられるまでは、この軽便鉄道が九份への主要な交通手段だったのだ。道脇にはツツジが満開だ。歩くにつれ、基隆山が遠のいていく。頌德公園から約20分ほど歩くと、開けた公園になっている場所に着く。ここは軽便鉄道時代の流籠頭だったところだろう。遅咲きの桜が咲いている。穏やかな公園で一休みする。下の方に見える瑞芳が大分近くなってきた。

尾根上をまっすぐ下っていく琉榔步道、基隆の街が遠くに見える
瑞金公路わきの琉榔步道入口、奥に基隆山が見える
琉榔步道は、ここから尾根上をまっすぐ下っていく。ここもツツジが綺麗だ。途中トンネルを抜ける。以前はケーブルカーがこのトンネルを抜けていたのだろう。花崗岩階段の良い道を下ること20分、瑞金公路上の歩道入口に着いた。瑞芳の駅までは、あと一息だ。瑞金公路は、さすがに交通量が多い。車道は鉄道を橋で越えるが、歩道は鉄道下のトンネルをくぐっていく。基隆河沿いを進むと、右に車道として使われている旧トンネルがある。線路を越えてこのトンネルを通り過ぎ、13時48分に瑞芳駅に着いた。14時18分発の区間電車で台北へ戻った。

同行のHさんは、筆者と同年代だが普段運動をしているので、今回10.7kmの行程もそれほど難儀ではなかったようだ。休憩を含め5時間14分の行動時間である。登攀累計高度は、それでも770mある。九份は、老街は有名で賑やかになりすぎた嫌いもある。休日などは、狭い瑞金公路の交通は、往々にして混雑してイライラするほどだ。今回歩いた琉榔步道は、混雑する車道などとは別世界、春の晴天下では実に気持ちの良い歩きを提供してくれる。