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2026-10-30

2026年10月27日 新北投から大屯山 麓から山頂へ歩き昔の登山苦労を体験

大屯山西南稜上から大屯山西峰と南峰の間に大屯山を見る

現代の山登りは、登山口への交通手段が良くなり、登りも少なくなって登頂できるようになってきた。場所によってはかなり楽な場所もある。山そのものは変わらなくても、登山の大衆化のためにアクセスの改善は、役にたっている。そうしたアクセス方法が実現する以前、登山者は麓から登っていた。台北周辺の山である陽明山系も、数十年前まではそうした長くてつらい歩きが必要だった。

南の新北投から大屯山へ歩く
日本統治時代の1926年に台湾山岳会が成立した。その中で活動が多かった沼井鉄太郎は、台北周辺の山も多く登り記録を残している。台湾山岳会の1927年会誌には、七星山から小觀音山、大屯山、面天山を歩いた記録が記されている。早朝に士林を歩き始め、これらの山を越えたあと新北投に降りている。早朝6時ごろから歩き始め、新北投駅で 18時半ごろの汽車に乗っているので、12時間以上で都合落差千数百メートル或いは2000m近く、距離でおそらく少なくとも20数キロを歩いている。1898年出生でまだ30歳になるかならないかなので、体力はすぐれていたはずだが、今考えても大変な登山である。

@大屯山山頂(Lさん撮影)

今回の登山は、そうした時代の登山を再現体験する目的で、大屯山の麓になる新北投から歩き始め、標高差1100数十メートルを自分の足で歩いて登頂した。当時の苦労や思いを再現するためである。もちろん、沼井鉄太郎が歩いたようなルートは、今の筆者にはもちろん再現不可能だが、一部を(逆方向に)歩いたことになる。薔琵颱風(日本では30号台風)が、10月23~24日に台湾北東海岸をかすめていった。大型台風だったので、上陸はしなかったものの、かなりの被害が発生した。そのため、登山道上に倒木などの障害物があることが、心配された。確かに少し倒木に出会ったが、それほど大きな困難はなかった。

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MRT新北投駅から徒歩で出発

平日7時半の新北投駅は学校や勤め先へ向かう通学出勤者が主で、登山者は多くない。駅第一出口に集まった四名は、7時45分ごろ晴れ空のもと歩き始めた。駅は標高約25メートル、1060mの大屯山までの単純な高度差は1000m強である。中和路から復興四路に入り、登りが始まる。前方の山が高い。右に復興高中(高校)を見て、その先左の住宅街の道(復興四路105巷)に入る。角を曲がった先に、白宮山莊步道が始まる。ここで標高約78mだ。

復興高中正門
白宮山莊步道口

白宮山莊の入口と復興三路
台北市が管理する石段の登山道はかなりある。地元民は車やバスで移動するので、我々のようなハイカーや散歩する人が利用するだけのようで、他には通行人はほとんどいない。歩道は山荘コミュニティー脇を進み、8時20分その名を冠する白宮山莊エリア入口が復興三路に開くところで終了する。途中には台風で吹き倒された樹枝があった。その先復興三路を歩き、右にまた石段道が始まる。短い石段道を登りつめると、水汴頭福德宮の分岐がある復興三路にでる。大きく大屯里と記された看板がある。

清天宮登山口へ行く小6バスが登っていく

道路を渡り右の門脇にある石段を登る

復興三路に出たところ、看板の先に上清宮步道入口

看板のすぐ先で、右に上清宮步道が始まる。急な坂で、ところどころつづら折れを過ぎる。坂が終わり緩やかになり、右に畑やその奥に大屯谷の谷間やその上の稜線が見えると、間もなく歩道は終了した。また復興三路に合流、登ると大屯國小を見る。斜面上にたてられた小学校わきの道を登り、吳氏宗廟の下にでる。石段を登って大きな廟の脇で休憩をとる。8時50分、歩き始めて約1時間、標高は約350mだ。

つづら折れの階段道を登る
台風で倒れた倒木
坂が緩やかになり、歩道は間もなく終了
大屯國小(小学校)
吳氏宗廟
吳氏宗廟わきの石段を続いて登る。ここは廟の裏庭的な場所で、ほとんど人が入らないような場所だ。10分ほどで階段を登りつめ、大屯山西南稜に取り付く。雑木林の道は、草にちょっと覆われ、また過去からの倒木もそこそこある。9時半、清天宮方面から
大屯谷へと続く水管道と交差し(標高約580m)、さらに尾根を登っていく。吳氏宗廟からの道に比べると、道筋はよくなった。

吳氏宗廟の後ろを登る
大屯山西南稜端部を登る、過去からの倒木がある
水管路との十字路
台風で折られたと思われる小枝や葉などが多いが、幸い大きな新しい倒木はない。石を利用した棚田跡と思われる場所を過ぎ、尾根の右側面を進む。左に登って尾根上に出ていくと、間もなく9時58分、大屯山西南南峰(標高736m)と記された基石のある場所にでた。腰かけるにちょうどよい高さの石があるので、小休憩をとる。

棚田跡を登る
手前に基石がある屯山西南南峰
尾根上の道を進む

尾根上を追っていくと、大石が転がる場所やカヤの短い部分を過ぎ、10時半大屯山西南峰(標高863m)を通過。その先森から出て、背が高いカヤの草原にでる。視界が開け、前方に大屯山西峰と南峰、その間に目的地の大屯山が望めた。小さく下って登り返し、10時55分に面天坪から登って来る、官製縦走路に合流した。縦走路をさらに数分登り、大屯山西豐(標高985m)についた。大屯山は、大屯坪の谷間を挟んでだいぶ近づいた。

岩が転がるセクション
カヤの間の道

大屯山西南峰
森からでて草原へ
官製縦走路にでた、対面は面天山
大屯山西峰に着いた、前方樹木の向こうに大屯山
急坂を下り始める

数分の休憩後、急な坂道を下る。ここは多くの登山者が通るので、赤土の道はだいぶ掘りこまれている。幸いロープがわきにあるので、これを握り滑らずに下る。下り切った鞍部から、縦走路を離れて左に大屯坪へ下る。二子坪からの道と合流し、右に進んで11時40分、涼亭に着いた。最後の大屯山への登りに備え、腹ごしらえ休憩を休憩をとる。気温は20度、夏は去りすっかり涼しくなった。


ロープがある急坂
深く削られた赤土の道
大屯坪(左)への分岐
大屯坪の分岐、背後は大屯山
大屯坪涼亭
大屯山南峰分岐、ここから坂が始まる

12時5分、大屯山へ最後の200mほどの落差を歩き始める。間もなく右から大屯山南峰の道を合わせ、急坂が始まる。ここはさすがに陽明山縦走路なので、平日だが多く登山者と行きかう。森から出て、草原の斜面を登る。最後にほぼ直線の石段を登る。左右のヤタケはかなり背が高い。一歩一歩が、正直つらい。12時28分、大屯山展望台(標高1076m)に登りついた。これでほぼ、今日の登りは終了だ。雲がちょうどかかってきて、展望が遮られてしまって残念だ。

森から抜けて草原の急坂を登る
苦しい最後の登り

ヤタケの間の最後急登
背後は残念な白一色
軍事施設脇から山道に入る
展望台のすぐ後ろは通信設備基地で、ここまで舗装路が登ってきている。舗装路を進み、分岐で右に曲がって進む。軍事施設のすぐ前で、山道に入る。12時45分、密生するヤタケに埋もれた大屯山北峰(標高1078m)に立ち寄り、そのすぐ下で日本時代の大屯山觀察所の文字が刻まれた石柱を見る。その先から、石段の坂が始まる。稜線上をまっすぐに下るこの道は、日本統治時代に行われた造林に伴う、防火線を利用した道である。前述の沼井鉄太郎も、防火線時代におそらく歩いているはずだ。

ヤタケの中の大屯山北峰
まっすぐに下る道
舗装路脇の涼亭
数分下り、左に曲がって舗装路脇の涼亭で小休する。眼前の小觀音山には雲が去来する。東北季節風の影響で、天気は下り坂のようだ。暑い夏は、ほぼ終わった。石段道に戻ってさらに5分ほど下り、山道から舗装路に入る。最近再舗装された道を下り、13時23分に二子坪駐車場わきのバス停に着いた。30分ほど108番区間バスを待ち、途中で下車してメンバーがよく訪れる頂湖の食堂で食事をとり、帰路についた。

涼亭から見る小觀音山
二子坪駐車場、赤い屋根がバス停

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帰路上立ち寄ったお店の料理一部

今回は、登り中心の歩きだ。昔の苦労という意味では、下山も歩いて下るほうがさらにその体験ができるのは、確かだが。累計で登り約1200m、下り450m、距離約9㎞、休憩込み所要時間5時間40分、コース定数は25である。実は、この数字ぐらいの山登りは過去にも多く行っている。ただ、それは身近なそして多くの登山者がバスに乗車して高度を上げる部分を、わざと徒歩で登り、昔の登山者の体験をする趣旨であった。


2026-10-20

台湾登山ルートガイド:阿里磅瀑布(アリバン滝) 陽明山系中落差最大の滝を訪ねるハイキング

陽金公路重光バス停から往復
台北市街の北側に広がる陽明山山系は、市内からアクセスもよく多くの登山者が訪れる。この山系の北側金山には、当山系中で最大の落差(約40m)を有するとされる阿里磅瀑布がある。交通機関などで向かい、あまり苦労せずに望める滝と違い、この滝は山深くにあるため山道登山口から少なくとも往復四時間ほど自分の足で歩いて、初めてお目にかかれる滝である。途中まで歴史100年を超えるという竹子山古道をたどり、そこから稜線を超えて下り滝の下部に着く。その意味で、単なる滝見だけでなく、そうした歴史の道を歩くこともできる、面白いコースである。足場の良くない山道を行く場所もあり、遊楽客もほぼ来ない秘境的な場所でもある。

台北北部金山地区の目的地
筆者は10年前に初回訪問し、その後付近の山々を歩いた。それから10年を過ぎ再訪したが、古道を含め山道はそこそこ歩かれているので、ルートガイドとして紹介する。10年前の当時は滝全体を俯瞰できる観望スポットがあったが、その後樹木が育ちその景観をふさいでしまったので、その点では残念だ。だが滝下から仰ぎ見る滝は変わらず、また日本ではまれな九丁榕樹の板根を見ることができるので、別の面白い点がある。このガイドでは、台北と金山を結ぶ山越え道陽金公路の重光バス停から大路崁古道や兩湖保甲道を訪れるルートを紹介するが、倒照湖47號民家脇まで車できて竹子山古道登山口から歩くこともできる。その場合は、行程で片道 3.5㎞、時間で1時間強短縮できる。
直下で見上げる阿里磅瀑布

登山対象:

ルート
陽金公路重光バス停→(5分)→朝天宮→(5分)→大路崁古道登山口→(25分)→土地公(大路崁古道終了点)→(兩湖保甲路 45分)→水圳(用水路)入口→(水圳道20分)→竹子山古道口→(45分)→大福德同土地公廟→(10分)→十字路分岐→(40分)→阿里磅瀑布→(40分)→十字路分岐→(大板根樹経由20分)→大福德同土地公廟→(35分)→竹子山古道口→(20分)→水圳(用水路)入口→(舗装路経由25分)→(大路崁古道経由25分)→陽金公路重光バス停  休憩含まず約6時間  13km 累計登攀下降各約700m、コース定数23

大路崁古(步)道  兩湖保甲路
大路崁歩道は地元政府によって整備された古道である。下側登山口から土地公までの数百メートルに階段や手すりが設けられている。数年前に再度地元民によって手入れがされて、新しいベンチなどが据え付けられている。土地公から先も丘を行く道があり、本来は古道であるが長いこと歩かれず、植物が茂って通行が困難であった。その部分は2026年9月に中華民國山岳協會藍天隊と聯合艦隊(様々な登山グループが共同で作業するボランティアグループ)が、草木を取り除き急坂にはロープをかけて歩きやすくなった。この部分は別途兩湖保甲路と称される。
なお、保甲とは過去中国本土の地方における自警団である。そしてそのメンバーがパトロールするという意味で保甲路と呼ばれる。200~400年前中国本土から台湾に移民してきた漢人は、同じように保甲制度を組織し地元の警備などに対応した。日本時代も、地方においてはこの制度は続いた。
大路崁古道登り始めの石段
兩湖保甲路の石段
竹子山古道
陽明山系の竹子山の近くを行くのでこの名称である。その昔原住民平埔族人や漢人移民が、山を越えて金山と三芝や石門との間を往来するための道であったという。古道の様相が明瞭に残るのは、登山口から大福德同土地公廟ぐらいまでで、その先はほとんど歩かれていない。その部分は最近の整備で草などが刈られているが、二回夏を過ぎるとまた植物に覆われてしまう。そしてその先尾根を追っていくと竹子山までいくが、主峰は軍事レーダー基地があり一般人はオフリミットである。その前大きな反射板がある竹子山北峰までは行ける。
大福德同土地公廟石祠の中には神像がまだあるが、あまり拝まれているようには見えない。台湾の多くの古道には、このような土地公祠が多く設けられ、通う旅人の安全祈願がされていた。
竹子山古道
大福德同土地公廟
阿里磅瀑布
下流にある阿里磅村落の名を冠する阿里磅溪の滝である。遠望すると、上下二段になっており、下段がとても高い(上段は滝下からは見えない)。水量は、雨の後を除いてそれほど多くなく、滝壺も発達していない。下から見上げると、圧倒的な高さであり、風に吹かれた水が霧となって流されることなども見える。滝下は、巨岩が累累と堆積し、滝直下に行くにはこれらを乗り越えていく。この滝脇から、その上に聳える竹里山への道があるが、こちらは道の手入から時間がたつと、藪漕ぎが必要になる。
阿里磅瀑布全景(2016/10撮影)

コース概要
台北から陽明山の峠を越えて下ってきたバスを重光バス停で下車する。その少し先の交差点を左に進むと、左側水田の奥に朝天宮がある。台湾の廟は、トイレや水道などがあり、一般人が立ち寄り用を足すことができる。これから先はトイレもなく、ちょっと立ち寄って拝借してもよい。立ち寄らないのであれば、そのまま山門前の道を進む。左に三和小学校を見て直進し、坂を登る。坂の入口にある公民館に、登山道方向を示す表示があるので、迷うことはないだろう。
重光バス停で下車、前方の信号交差点で左に入る
朝天宮の山門
坂を上がっていくと、登山道入口の表示や地図がある。大路崁古道は、少し舗装路を上がったところから石段道で始まる。登って沢を渡ると、木陰の道になる。すぐ右上に樹高10数メートルある九丁榕大樹がその足元に大きな板根を巡らし立っている。白っぽい幹なので目立つ。日本では、南西諸島など台湾に近い場所で見られるが、本土ではまれな樹形である。板のように張り出した根は、幹を支えまた地中の酸素が少ないことを補うため板根にある組織から取り入れる、ということだ。台湾でも限られた樹種に現れるが、大きなものはそれほど多くない。
このモニュメント後ろに登山口がある
マコモ(茭白筍)畑の脇を登る
九丁榕が板根を張りめぐらす(樹高 12,3メートル)
階段道を登り、舗装路を横切る。その先また階段道が続く。上り詰めると土地公のある休憩場所だ。広場から左に、兩湖保甲路が始まる。間もなく姑婆芋などが切り取られた場所を過ぎる。以前はこれらの植物で道がふさがれていた。もし、将来またこれらの草木が伸びて道がふさがれているようであれば、無理して進まず、先に渡った舗装路を登っていき途中で後述の用水路から予定ルートに行くこともできる。このガイドでは下山の時にそのルートを経た。
舗装路またいで対面の階段をさらに登る
土地公祠の休憩所
刈り取られた姑婆芋
雑木林の道

兩湖保甲路は、雑木林や農地などを縫って進む。急坂にはロープが取り付けられている。一部には、砂岩石段が残り古道であることを示している。山道から、農道になり、また山道へと進む。マーカーがあり、踏跡もしっかりしているので迷うことはないと思うが、地図は必要だ。そのうち、広がる棚田に出る。まだ現役の棚田を過ぎ、その先の広い道を進んで水圳入口につく。開けた景色が広がる。金山の街、海際の野柳や海に浮かぶ基隆嶼、そして海岸から丁火巧山、赤石六山、そしてどっしりと磺嘴山が連なっている。
農地を行く
また雑木林をぬけていく
棚田に出る
広いパノラマ
水圳路入口
水圳とは用水路である。この先は用水路のコンクリート溝上を歩いていく。踏める場所は幅30センチほど、溝の中は水が流れ、また一部はかなり下まで高い場所を行くので、慎重に歩みを進める。右に水田を見ながら、山の襞にそって進み回り込むと用水路は終わる。その先の門から内部に入り、登って別の道にでる。その先沢を超える。ここは用水路の取り入れ口でもある。水が少ない用水路を進み、溝に蓋がかぶさったところを行くと、竹子山古道の登山口である。
狭いコンクリートの上を歩いていく
水圳路の終点
この門を入り道なりに登って右に行く
用水路の水取入れ沢
前方の蓋がされた上を進む
竹子山古道入口
長い歴史を持つ竹子山古道は、しっかりした土道である。かなり歩かれているようで、路面には雑草がない。石段が数カ所現れ、高度を上げる。そのうち左側の涸沢の河床が近づいてくる。最近は雨が少ないので、水がかれているのだろう。以前訪れた時は、長雨の後であったこともあり、水が流れていた。古道を登ること約1.5㎞、高度差280mほどで、ひょっこり土地公祠が右側に鎮座する分岐の広場にでる。椅子などはないが、石に腰かけ休憩をとるとよいだろう。
古道を登る
坂には石段
登るにつれ、左のかれ沢河床が近づく
土地公の広場
阿里磅瀑布へは、右に分かれる急坂だ。入口に赤地に白文字の注意書きがある。直進して途中右に曲がっていくこともできるが、こちらはあまり多く歩かれておらず、道はあまり良くない。急坂を登りつめ、道なりに尾根上を行く。十字路が現れる。右は尾根上を倒照湖47號民家脇へと行く道があるが、ヤタケなどが多く道整備がされてしばらく月日が経つと、かなり藪漕ぎを強いられる。左は、竹子山北峰方向へ延びる竹子山古道へと続く。帰路にはこの道を下ると、途中土地公前で大きな板根を見ることができる。
土地公分岐から急坂を登る
穿山甲の穴がいくつもある尾根道
十文字分岐
山道は、上り下りを行きそのうち山腹を下って大石が現れると、目的地阿里磅瀑布すぐだ。足場が良くないので注意して進み滝の直下に出る。見上げると高いところから水が一気に流れ落ちてきている。竹里山への道は、左岸を少し行ったところから始まる。滝下で休憩をとり、往路を登り返す。
上り下りが続く
大岩が現れると滝はすぐだ
滝直前の岩を乗り越える

水量が多いときの滝の様子(2016/10撮影)
十字路分岐で右にとり進む。ここは最近整備されたばかりのところだ。少し登り気味になり、竹子山古道に合流する。左にとって下っていく。このセクションもあまり歩かれていない。しばらく下ると、大きな板根の九丁榕が現れ、その先少しで大福德同土地公の分岐部に戻る。分岐からは、登ってきた竹子山古道を下り、登山口からさらに往路水圳路を戻る。用水路が舗装路になったところから、兩湖保甲路でなく舗装路を下っていく。もちろん保甲路経由で下っても構わない。距離がちょっと長くなる舗装を下るのは、速く歩け時間短縮のためである。
十字路分岐は右へ、来るときは左の道からやって来た
最近草刈りされた道を行く
竹子山古道の分岐
小沢の道
大板根の大樹(樹高約10m)
竹子山古道入口から見る、左奥に倒照湖47號民家
水圳路前の舗装路を左に下る、直進すれば兩湖保甲路
道なりに下っていく
ここは直進
道脇から広がるパノラマ
大路崁古道との交差点
舗装路は、大路崁古道と交差する。その先さらに舗装路を下ってもよいが、かなり迂回になるので、ここからは往路と同じ道をとり古道経由で下り、朝天宮へと戻る。バス時間までに時間があれば、廟で待ち頃合いを待って重光バス停に戻ってもよい。
三和小学校(右)に降りてきた
水田の向こうの朝天宮、その奥は竹子山

アクセス:
重光バス停は、台北市内から皇家客運1717番バスで山を越えていくこともできるし、また國光客運1815番バスなどで金山區公所に行き、1717番バスに乗り換えていくこともできる。平日はそうでもないが、休日になると台北からの1717番バスは満員になり、乗り切れないことがある。そのため、発車30分ぐらい前に起点の捷運台大醫院バス停で並び待つことを勧める。中途のバス停だと、満員で乗車できないこともある。
一方、金山での接続を考慮し1815番などの台北から金山に向かうバスで行くことも可能。1815番以外に953番(含む953區)も台北市内から金山へ往復している。
台北市中心からの所要時間は、陽明山を越えていくルートもまた金山で乗り換えていくにしても、後者では乗り換えがスムースとして、どちらも約1時間半である。
もし、倒照湖47號民家の登山口へ歩かないで行くのであれば、金山街中でタクシーを拾っていくとよい。平日には近くにいく新巴士(F931)もあるが、便数は少ないので確認が必要。
1717番バスは小型なので、満員で乗車できないことがある

装備:
日帰り登山装備で十分。雨の後は土道はぬかることがある。日帰りでも雨具、ヘッドライトは忘れずに。水場は滝下の水があるが、そのまま飲むのはあまり勧めない。

竹子山古道で見かけた青蛇(有毒の白唇竹葉青蛇?)