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2025-01-12

台湾登山ルートガイド:非官製山道をつないで南港山縦走

西から東へ縦走
台北市街近くの南港山は、筆者はいままで三回登山ガイドを記してきた。台北市最高峰七星山を有する陽明山よりさらに手軽に山登りができる。アクセスがとても簡単便利であり、山容規模が小さいので所要時間も少ない。筆者は、東京生まれであるが、丹沢が登山経験のホームグランドであった。登山者数がとても多い高尾山も登っているが、距離感覚からすると丹沢は陽明山であり、高尾山が南港山といえるかもしれない。実際、台北は盆地で周囲が山であるので、東京よりも登山ができる場所がはるかに近い。

今回の縦走は、前回紹介した台北市がメンテする石畳が敷かれた親山歩道の縦走路とは違い、それとほぼ並行する土の道を経由して、同じく南港山を縦走するルートである。このルートは、道標などもあまりなく、また行政がメンテする道でもないので、状況が必ずしもよいとは言えず、すでに親山歩道などを歩きそれで飽き足らない登山者向けともいえる。しかし、山はいろいろな風貌を呈するので、また別の南港山に接するにはよいルートである。

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登山対象:

ルート

台北MRT昆陽駅→(小12バス 乗車約40分)→研究院路四段162巷口→(15分)→南港聖德宮→(40分)→彩虹風口(四獸親山步道分岐)→後山腰步道(20分)→九五峰往復(40分)→後山步道(30分)→福德山莊→(20分)→親山歩道山神廟分岐→(10分)→麗山步道分岐(土地公廟分岐)→(15分)→四份里山→(60分)→茅草埔山→(25分)→茅草埔山北峰→(10分)→研究院敷地裏登山口→(5分)→研究院路二段 

4時間50分(乗車時間や休憩時間を含まず) 約7㎞、上昇430m、下降500m コース定数16

後山腰步道(裏側山腹トラバース道)

以前のガイドで紹介しているので、そちらを参照

九五峰

以前のガイドで紹介しているので、そちらを参照

福德山莊

民間の建てた施設で、一般に開放されている。建物前のテラスには、椅子やテーブルが設けられており、休憩やピクニックに適している。2024年10月末~11月初の大型台風で、テラスにあった大樹は根こそぎ倒れてしまい、また屋根などもかなり被害を受けているが、使用できる。テラスからは、対岸の土庫岳三腳木山などからその背後の坪林や貓空などの山々が見える。

福德山莊 台風のため前庭の樹木が倒された
四分里山

標高251mの山頂である。市街地側が開けて、台北盆地やそれを取り囲む山々が望める。当座から茅草埔山へと続く稜線は、九五峰がいったん下がったあと、また隆起しこの山頂を越えていく。親山歩道は、稜線を行かず麗山步道分岐から稜線の東側山腹を平行に行き、谷に下って中華科技大學へと続いている。

四分里山山頂

茅草埔山(獅形山)

南港山稜線の北東端に位置し、標高140mに過ぎない山頂だが、独立状の山頂からは市街地が広く見渡せることができる。すぐ東側には軍人墓地がその山腹に大きく広がっている。南港山は、東側がなだらかで西側が切り立ついわゆる単面山であるが、ここも同様で山頂の西側は崖である。

茅草埔山山頂

コース概要:

後山と総称される南港山の東側谷間は、その反対側の大都会とは打って変わったひなびた場所である。研究院路も二段ぐらいまでは住宅地や研究院の大きな施設があるが、同三段の中華科技大學を過ぎると山の中に来た感がある。研究院路をさらに行くと、台北の大きな墓地になり、それを越して下ると木柵の動物園へと続く。ここを通うバスが小12番バスである。MRT昆陽駅わきのバス停から小12番バスに乗車する。小12番バスは中華科技大學を過ぎた後は、バス停を2つほど過ぎていくが、この区間はどこでも上下車できるので、研究院路四段162巷口で止めてもらう。ここには、南港聖德宮の山門があるのですぐわかる。

小12バス、道路対面がMRT昆陽駅
南港聖德宮の山門 (研究院路四段161巷)
山門をくぐり、車道はすぐに急坂になる。それを登っていき大きな規模で山腹に展開する南港聖德宮の境内に入る。山道は、この境内の向かって左側建物の裏側から始まる。境内にはトイレがある。山道は、草がかぶさるような道ではあるが、そこそこ登山者が歩いているので、道筋ははっきりしている。マーカーもそこそこ取り付けられている。しばらく進むとロープが出てきて、坂が急になり谷からでて枝尾根にとりつく。それを少し登っていくと親山歩道との分岐にひょっこりでる。

かなり大きな南港聖德宮(山道入口は境内左の奥)
境内裏側から山道が始まる
ロープのある急坂
尾根にとりつき進む
彩虹風口分岐(正面階段は親山歩道)
彩虹風口と呼ばれる四獸親山歩道との分岐は、後山腰歩道との十字路である。先に進む階段道は親山縦走路、右の土の道をとり進んでいく。南港山の東側は、なだらかな斜面である。道はこの斜面を横切って進む。土道だが常に歩かれていて、幅も広く状態もよい。ちょっとした上り下りはあるが、約20分ほどで左に九五峰への道が分岐する。ここには道標もあるので確認できる。

なだらかな斜面を行く
階段などがつけられた後山腰歩道
九五峰への分岐
九五峰への道をしばらく登っていく。コンクリのテラスや小屋、ベンチなどが現れるとそのすぐ上が九五峰山頂である。大きな岩に九五峰と刻まれている。山頂には石畳の親山歩道が左右続いているが、往路を下り後山腰歩道へと戻る。おおむね下り気味のトラバース道を行き、右に家屋をみて数分で左に登っていく階段がある。この階段を上り詰めたところが福德山莊である。階段途中にはトイレがある。全行程のほぼ中間地点なので、立ち寄って休憩するとよい。

九五峰への道
九五峰へ山頂

濃霧中の山頂
後山腰歩道をさらに進む
家屋わきを過ぎる
左に福德山莊へ登る
山荘下のトイレ
福德山莊から階段を下って後山腰歩道を進む。そのまま分岐を左へといくと土地公の前を過ぎ、親山縦走路と合流する。そこは山神廟への道の上の分岐である。しかし親山歩道を歩くのでなく、その分岐のすぐ前に右に下っていく道をとる。途中に家屋や小庭園、菜園などが現れる。それを下っていき、左に山方向へ登り返す道をとる。この道は、山神廟分岐へと続く。この辺りはいくつかの道が交錯するので、地図と照らし合わせることを勧める。特に道標はない。南港山の静かな道記事でもこの短いセクションを通過している

涼亭や小花壇などのある道を下る、対面は三腳木山の山並み
この分岐を左に、南港山の静かな道ガイドでは向側から来て同じ道
山神廟への分岐は、親山縦走路との十字路である。ここから先少しは、並行する土の道がないので、このセクションだけは官製親山歩道を下る。右に麗山歩道を分岐する十字路を直進した少し先に土地公廟がある。そのすぐ先で左に登っていく土の道が分岐する。この道をとって登っていく。この部分は上部にある送電鉄塔の保線路である。

山神廟分岐からは少し左の親山歩道を下る
左の赤い建物が山神廟

麗山橋步道分岐
ここから土の稜線道に入る

倒木が残る稜線道

鉄塔下を行く
先の台風で稜線上には、まだその傷跡である倒木などもあるが、ボランティアのメンテもあり道筋ははっきりしている。送電鉄塔を過ぎると道幅は狭くなるが、それでも問題がない。まもなく小さな基準石が埋まる四分里山山頂に着く。稜線道は、ここから基本下りである。途中、右に親山縦走へと下る道を分岐する。稜線道をそのまま追っていくと、また右に道が分岐する。この右の道も中華科技大學へ下ることがでができる。

四分里山山頂
基本下りの稜線道

右に親山縦走路への分岐道しるべ
黃藤のトンネル
二番目の親山縦走路(右)への分岐
左にとると、すぐにロープがかかる急坂が現れる。慎重に下り、細い桂竹林などを抜けていく。またもう一つの短いロープ急坂を下り、道なり進んで石やプラスチックの瓶ラックなどを利用した階段を下る。下りきると道標があり、それに従って右に折れ進む。右側には軍人墓地との境界の金網が現れ、それにそってしばらく行く。左にロープ急坂が下る分岐のすぐ先が、茅草埔山山頂である。草がかられた山頂は、その先は絶壁なので足元に注意が必要だ。

急坂を下る

細い桂竹林の間を進む

二つ目の急坂

左の階段を下ったところの分岐

茅草埔山山頂
先ほど通り過ぎた分岐に戻り、急坂を下る。下ったその先は、最近起きた山崩れの場所がある。注意深く通り過ぎ、さらに道なりに竹林や雑木林の中を下っていく。その先に茅草埔山北峰(標高90m)がある。山頂のすぐ手前右に下る道を少し下ると、廃棄された民家の脇にでて、山道は終わる。コンクリ舗装の道をくだることわずかで、菜園が現れ研究院敷地の裏手にでる。広大な敷地を横切って出ると、研究院路二段である。近くにはバス停があり、MRTの駅を通過するバスが通っているので、それに乗車して台北に戻るとよい。

ロープの急坂を下る
急坂を慎重に下る
竹林の下り
茅草埔山北峰山頂
この無人民家で山道は終わり
研究院施設の裏手に降りる
アクセス:

登山口である南港聖德宮山門や研究院へのアクセスは、バスである。前者は小12番バスになる。この山間を行く小型バスは、便数が多くないので事前に時刻表を確認しておくことを勧める。逃すと二時間ほど待たなければならない。

もう一つのバス停である研究院バス停は、バス路線が多く270番205番やその他多くの路線がMRT駅を通過するので、バス停で確認して乗車するとよい。便数も多いので便利である。

装備:

一般の日帰り登山装備で十分である。ただ、道しるべなどがそれほど完備されていないので、オフライン地図などを持参し照らし合わせて歩くことを、強くお勧めする。靴は、雨が多く降った後などは、ぬかるみもあるので、その点を考慮するとよい。


2024-12-31

2024年12月29日 台北土庫岳 - 山豬窟尖 - 三腳木山 大型秋台風の影響が残る山道

土庫岳山頂一等三角点(コンクリ囲いの中)
10月末~11月初の大型台風康芮は、台湾に大きな被害をもたらし、気象史上まれな秋台風であった。筆者は、この台風来襲のために帰国を延期し、直接その威力を体感することがなかった。しかし、今回の山行で、最近はあまり人が歩かない三腳木山から三腳木山西峰へと縦走をしたときに、その威力の大きさを体験することになった。山道には、次々と倒木が現れ道筋を塞ぎ、進路の確認から倒木を避けて通り過ぎることまで、余分な労力を強いられた。

北側から南へ
土庫岳は、台湾北部で一等三角点がある五座のうちの一座である。山容や歴史文化的に特異な存在ではないが、標高398mで地理的にも都心から遠くなく、手軽にハイキングができる山である。台北市親山歩道が整備され、道の状態や道標などがよい。その隣にある山豬窟尖やそのふもとの山豬涙湖などの道は、ボランティアによって整備され、こちらも一緒に歩くことができる。

密生するシダと倒木で道筋ははっきりしない(三腳木山西峰付近)
一方、三腳木山は台北市街地東端にある南港山山系の背後にある山並みであり、位置的には土庫岳から南に一度下って登り返す位置である。稜線を追っていけば倒照湖山へと続く。本来あまり人気のある山ではないが、三年前にボランティアの道整備があり、一時期は多くの登山者が歩いた。その後は、だいぶ少なくなっているようだ。今回は、三腳木山から倒照湖山へ縦走する予定であった。ところが、歩くことが少なくなった草深い道に、台風による倒木が重なり、通過にかなり多くの時間を取られた。そのため、縦走途中であきらめ、大坑山の手前の暗部から深坑へ下山した。

@土庫岳
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212番バスで舊庄二站に到着
今回は、台北市街の東端、舊庄二站バス停に9時集合である。212番バスで9時少し前に着くと、貴重な好天であることも後押ししたのだろう、20名もの山仲間参加があった。集合後、山に向かって川沿いの舊庄街を歩いていく。数年前に歩いたことがあるので、当時の記憶がある。バス停付近は新しい住宅があるが、谷間に入っていくと昔ながらの感じだ。時々車が往来する道を歩くこと約10分、更寮古道の入口がある。更寮古道は土庫岳の下をぐるっと回るので、さらに先に別の登山口がある。我々は、さらに舊庄街を歩いていく。

舊庄街二段を山に向けて歩く
栳寮古道口
9時27分、更寮古道の支線とでもいうべき栳寮古道(手持ちの地図上では腦寮古道)入口に着く。ここから山道が始まる。石段道を数分登ると、分岐がある。先に左にとり、道の終端にある、錦興煤礦通風口遺跡を見る。脇に説明があり、当炭鉱は1956年から14年間操業されていたという。この炭鉱は、11月に登山ルートガイドで紹介した和興煤礦と同じ鉱脈を採掘したのだろう。その昔は、平溪へ向けて多くの炭鉱が操業されていた。

錦興煤礦通氣口(説明版の右の小さな穴)
栳寮古道の終点(右に石の表示)
山道に戻りさらに登る。9時50分石畳道が終わり、民家の脇を登る。その先に日本時代に砲台が設置されていたとされる場所に涼亭がある。この地は、台湾ウーロン茶の一種になる包種茶の発祥の地である。涼亭の前の民家は、その包種茶の発展に寄与した魏靜時の故居とのことだ。車道の曲がり角から、また石段で坂を上り切り、上の車道に登る。急な坂をしばらく行くと、石段の更寮古道入口が右に開いている。10時6分、歩き始めて約1時間、石段を登る前に休憩をとる。

親山歩道の道案内

車道に上がる

更寮古道口
石段道を登る
石段道はしばらく登り、左に送電鉄塔を見ると一度谷に下る。沢を二か所の橋で越え、更寮古道から分岐してくる道と合流する。左にまた急な坂を上ること十数分、10時34分土庫岳山頂への道の分岐に来る。左に少し登ると山頂だ。以前二回ほど登頂しているが、その時はともに山頂周囲は樹木で囲まれ展望がなかった。ところが、今回樹木はすべてなく、遠くまで展望がきく。北部の一等三角点を有する山のうちの三座が遠くに見える。それぞれの直線距離は約30キロ内外のようだ。ほかの三座とは、新店獅子頭山樹林大棟山七星山である。最後の燦光寮山は、雲の中で見えない。

谷底の沢を橋で渡る
左に山頂へ登る
土庫岳山頂
遠くに獅子頭山が判別できる(赤枠)
ベンチ脇を右にとって進む
ほかの登山団体が去り、しばらく涼亭がある山頂で休憩する。11時6分、先ほどの分岐へ戻り、左に枕木階段道を下り始める。少し下り、分岐を左にとってさらに下る。深坑へと下る道である。分岐から数分下ると、土の細道が道標のところで右に分岐する。そのわきにはベンチもある。この細い道をとって下り、11時18分山豬淚湖の脇に着く。この池は、人造の貯水池のようだ。谷間の池は、湖面に青空を映している。

山豬淚湖
保線路の分岐
池からさらに下り、谷間を通う保線路に合流する。分岐には古い道標がまだ残っている。右にとって登り返す。11時32分、登り切ったところは送電鉄塔がたち、そのわきには山豬窟尖(標高356m)の基石と山名板がある。ここは、更寮古道の涼亭脇からもやってこれる。山頂から、稜線道を進む。一度下り登り返すと、山豬窟尖西南峰山頂(350m)である。山頂の大きな石の上に登ると展望ができる。脇には古ぼけた山名の角柱がある。かなり昔の道標だろう。


向こうに鉄塔が見えた
山豬窟尖の基石がコーナーにある


山豬窟尖西南峰山頂
大石の上から台北市街と背後の觀音山(左)と陽明山を望む

急坂を下る
山頂から急な坂を数分下り、鉄塔に下る。時間は12時を少し回り、ここで昼食休憩とする。鉄塔下は日向で、今日のような10数度の気候では、日差しがありがたい。稜線では風を感じるが、ここはあまり風がない。すぐ下には保線路との分岐があり、我々の少し前を歩いていた登山団体がそこで休憩をとっている。

送電鉄塔の下に出て休憩をとる
倒木がすぐに出てくる
約半時間の休憩後、分岐へ下り右へと下っていく。この道は保線路で、本来状態がよいが、今日は倒木がすぐに表れる。上記の台風が残した爪痕である。とげとげの黃藤がトンネルのようになっており、その下をはって通り過ぎる。さらに下り、別の送電鉄塔脇を過ぎる。登頂した山の名前の由来である山豬が掘り返した道端を過ぎる。13時4分、分岐に来る。直進する道は、地主によって塞がれているという。そこで左にとり、風格街へ下る。出た場所のすぐわきはバス停がだが、F711新巴士は休日は運休のようだ。

とげとげの黃藤トンネル
山豬が掘り返した跡
この分岐で左へ下る
峰各街へ出た
深港路
風格街を下り切り、深港路へと出る。右に少し登り返し、左に福音山莊へとつながる登山口を見る。10年前にこの道を下ってきた登山口である。当時ははっきりした道筋の山道であったが、今日は草にすっかり覆われ、ほとんど人通りがない様子だ。ちょっと戸惑ったが、草のかぶさる道を歩き始める。歩き始め、すぐにそれを実感する。数分で分岐がある。3年前の道標は二つの道を示す。右にとって進むとまもなく道筋が消えた。戻って別の道を進む。

山道入口

草深い道
道標、右は行き止まり
竹林で道を探す

道はそのうち竹林に入るが、竹が多く倒れ踏み跡もはっきりしない。地図で方向を見定め、ところどころに現れるマーカーを頼りに進む。登っていき、少しくだると大きな墓のある墓苑末端にでた。そこからは墓苑内を進み、左から登ってくる車道を登る。かなり急坂な道は、稜線上部へと続く。切れたその先は、草が密生する中を強引に進み、14時8分福音山莊敷地内の末端にある家屋脇へと出る。登山口から実に45分を要している。


墓苑の端部に出る

前方上部に福音山莊の建物が見える
やっと山荘区画内の車道に出た
石碑手前に基石
住宅建築工事などが進行中の敷地内を進み、福音山莊の銘板石碑前に来る。三腳木山の基石は、この石碑の前に隠れている。福音山莊は外部者の立ち入りを望まないようだが、住宅はまばらで住人は見かけない。ここまでの山道がかなり荒れていたこともあり、ここでメンバーのうち6名が、先に下山していく。

陽明山方向を見る
山荘敷地から入った縦走路もこのありさま
残り15名で、縦走を続ける。敷地内を通り過ぎ、少し下ったところからまた山道が始まる。この道もかなり荒れている。草が多いだけでなく、すぐに倒木が次々と現れる。倒木をまたいだり、倒木とともに倒れた草木などが道をふさぐ場所は迂回して進む。道筋がはっきりしない場所は、進んでまた戻るということも、たびたびだ。台風襲来の時は、かなり強い風が吹いたようだ。根こそぎ倒れている樹木も少なくない。


草深い縦走路
倒木が道をふさぐ

畑のある鞍部
畑が設けられている鞍部から登り返す。やっとのことで、15時に鉄塔脇の三腳木山西峰山頂(290m)に着く。三年前の7月に通った時は、暑さに参ったが、今日はまったく別の苦労である。時間も多めにかかっている。次に大坑山を目指し下って、また登り返していく。こちらも道筋ははっきりしないし、相変わらず倒木が次々現れる。15時半、筍畑の上部にでる。畑下部の分岐で休憩をとる。

西峰へ登る

三腳木山西峰山頂

根こそぎ倒れた樹木

竹林も多くの倒竹
通り過ぎるのに苦労する倒木
筍畑の鞍部に出た
良い道を下る
今の時期は日暮れが17時少し過ぎだ。このような道を進んでいくと、下山時には日暮れを過ぎて過ぎてしまう恐れがある。そこで、縦走は中止しここから下山とする。筍畑へ通う道は、農夫がいつも歩いている道で、状態はとてもよい。15時45分下り始め、数分で車道の萬福路へと降りる。下りの車道をどんどん下る。途中新巴士のバス停を過ぎる。ここも休日は運休である。

萬福路へ降りる
車道を下っていく、右にバス停
最後の山道
さらに下り16時11分、淡蘭古道の支線一部とされている土道に入り、下ってまた車道に降りる。そこから工業団地ビルの脇へ降り、すぐに北深路上の草地尾バス停に16時22分にたどり着いた。北深路のバス路線は多く、メンバーはそれぞれ便利なバスで帰途に就いた。

深坑の街はすぐだ
距離約12㎞、所要時間は7時間10分である。後半の悪路のため、予定より時間を要した。累計登攀は約700mだ。都会近郊のこうした山でも、台風の後などはかなり苦労する体験であった。ただ、里が近いので逃げ道などもあり、気分の上では楽である。これが山深いところであったら、万全の事前準備が必要だ。