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2016-05-13

2016年5月12日 新竹十八尖山 公園内の小百岳を歩く

十八尖山公園の石碑
新竹市は、台北から南西に約80kmくらいのところにある都市だ。80年代に新竹に科学工業団地が誕生し、台湾のシリコンバレー的な存在になった。筆者も以前は仕事の関係で、よく訪れた。新竹市内には、台湾小百岳に指定されている十八尖山がある。今回は、新竹を訪れた際に十八尖山を登った。

北側から入り南側へ出る
公園入口
今月の初旬に、苗栗縣の小百岳二座火炎山關刀山を登った。以前にも説明したが、小百岳とはすでにある標高3000m超の高山が対象の百岳とは別に、地形や人文歴史と関係がありその地を代表する山が選定されている。筆者は、この山で43座目となる。日本の百名山のように、全部を完登する人もいる。今まで登った小百岳には低い山もあるが、十八尖山は離島澎湖の蛇頭山を除いて、一番低く標高は130mのみである。もともと日本統治時代の昭和2年(1927年)に東山公園として開かれた、現在の十八尖山公園にある丘である。現在も、市民の運動、憩いの場所として多くの人が訪れる。十八尖山は、山登りではなく散歩として訪れるべきところだ。

公園内の道
道脇に咲く月桃
散歩なので、出発も遅い。市中からタクシーに乗り、北側公園入口に着いたのは15時過ぎだ。夕方の散歩という感じだ。車道は、木製の柵でさえぎられ一般車両は入れない。脇に駐車場が設けてある。露天商を過ぎ、道を進むときれいに整理された花壇を通り過ぎていく。月桃の花が咲いている。道沿いには数か所の防空洞がある。現在は、重力測定の観測点として利用されているようだ。十数分歩き、右に登る階段を行く。上方稜線上をゆく歩道に合流する。左の尾根上に土の道が続いている。この道を進む。相思樹の黄色い花が落ちている。わずかに進む。十八尖山東峰に来る。基石があるので、山頂ということがわかるが、通常あるような山名の表示などはない。

一部防空洞は重力観測点になっている
右に階段を上る
東峰の三角点基石
相思樹の花
来た道を戻り、舗装された歩道を進む。多くの市民が歩いている。ここは、新竹市民の憩いの場所だ。少しすすんで左に階段を上る。左に進めば寶山路に下る。右にとって進み、右に國父百年誕辰紀念亭に登っていく。通信塔のある頂上には、大牟田市ライオンズクラブと地元新竹のライオンズクラブ締結25週紀念で贈られた國父百年誕辰紀念亭がある。雨量測定設備の載っているもとトーチカだったコンクリ建物には、十八尖山の山名がつけてある。基石はないが、ここが山頂なのだろう。街で買って持ってきたモスバーガーを涼亭で食べ少し休憩する。時刻は16時20分だ。

十八尖山山頂
梅花亭
先ほどの歩道に戻り、反対側にある梅花亭へ登る。こちらは展望台の性格だ。ここからは、今登った十八尖山頂上や、周囲の様子がわかる。西方向は、太陽が傾いてきているのではっきりしないが、海も見えるようだ。東側は新竹の科学園区などのハイテク工場ビルが見える。涼亭から下り、寶山路に進む。桐花歩道経由で下り始める。すぐ右に高峰植物園と記してある道標で右に折れて下る。この道は、細くてやっと山道らしくなる。道わきには、植物の説明板がある。階段を下り、鞍部を左にとる。桐花歩道なので油桐の花が咲いているが、最盛期は過ぎてしまったのでそれほど多くない。17時11分、立派なお手洗いのある登山口くる。目の前は、寶山路をまたぐ陸橋がある。

梅花亭から西側を見る
東側を見る
桐花歩道入口
山道らしい歩道
散歩気分でゆっくり物見遊山で歩いたが、2時間で歩き終えた。これまた意匠をこらした陸橋を渡り、寶山路の対面にある高峰植物園に行く。もともと昭和12年(1937年)に新竹州立赤土崎林業試驗場として、設けられたものだ。間に寶山路があるので、こちらは訪れる人がいないようだ。丘をめぐる道が設けられている。少し小川にそって進み、登りが始まるところで引き返すことにした。時間も17時45分、日暮れまであと30分ぐらいですでに歩くにはちょっと遅い。寶山路から歩いて18時半に新竹駅へ戻った。

桐花歩道入口
高峰植物園入口
標高2000m超の山もある一方、130mの十八尖山もある小百岳だが、この山は散歩でやってくればよい。わざわざこの山を登りに来ることは、ほとんどないと思う。もし、仕事や用事で新竹を訪れ時間があれば、散歩に歩くのもよいだろう。公園の敷地は53ヘクタールとかなり広く、道はたくさんある。筆者はほんの一部を歩いたに過ぎない。誰でも問題なく歩ける。困難度はルート、体力ともクラス1だ。

2016-05-11

2016年5月9日 暖暖內西勢坑古道 - 姜子寮山 美しい渓谷の古道から基隆最高峰を登る

朝登山口に向かう高速道路バスから見る姜子寮山
姜子寮山山頂の全メンバー(JKさん撮影)
基隆市の最高峰になる姜子寮山は、瑞芳の三爪子坑山から汐止の四分尾山へ続く連峰の中ほどに位置し名主とでもいえる存在だ。今まで異なるルートから登ったが、今回はもっとも美しく最もきついルートであった。昨年、姜子寮山の北側の支稜や谷を行く道が、ボランティアによって整備さた。もともと、地元の住民が歩いた古道などである。三年前に歩いた時は、ほとんど踏み跡がなく苦労した消墾嶺古道もそのうちの一つである。昨年は、整理された消墾嶺古道からさらに姜子寮山と中窯尖との中間鞍部へ続く尾根に登る予定だったが、その部分はまだ未整備で諦めたことがある。今回は、この鞍部分岐へ西勢坑古道をへて登るものである。

東側の暖暖からスタート、七堵へ下る
歩行高度プロファイル
九份行き1062番バスを暖江橋頭で下車
西勢坑古道は、三年前の消墾嶺古道を歩いた時にも、興味をひかれたが消墾嶺古道よりもさらに長く、道の状態が悪いのでためらっていた。昨年この道も整備されたことを知り、今回の登山ルートにした。古道の上部には当時の家屋跡や、おそらく棚田だったような場所もある。一方沢の中ほどには、炭鉱跡も残っている。峠を越えれば、消墾嶺古道上の集落跡へも通じる。この古道は、以前は生活のための道だった。炭鉱も閉鎖、住民も移住した後は、自然が戻り、草や樹木に埋もれた。今回歩いてみると、西勢溪は小滝をいくつも擁する清流であった。今回の目的は姜子寮山登頂で通り過ぎただけだが、この沢を歩くだけでも十分に価値がある。

東勢街36巷の路地に入る
観音湖
基隆市暖暖区は、昨今すっかり住宅地域になり、ここから通う人も多い。高速道路を経由するバスも多い。今回は忠孝復興バス停を8時発の1062番バスで出発する。メンバーは8名だ。高速道路から右側に登る予定の姜子寮山が見える。40分ほどで暖江橋頭バス亭に到着、暖暖駅脇のバス停で待つ。603番バスはより登山口に近いところ(東勢街41號バス停)を行くが、602番バスでもOKだ。先にやってきた602番バスに乗車する。本来寫意山水バス停まで乗るべきを間違って、水源路で下車してしまった。9時から歩き始めたが、このため少し多めに歩く。橋を渡り平溪十分まで続く東勢街(2丙公路)に出て、山方向に5分ほどあるくと登山口のある東勢街36巷入口に来る。再び橋を渡り、9時20分來福宮に来る。

沢の右岸を進む
土地公の祠を過ぎる
道をさらに進む。2分ほどで、右にお墓の脇に山道が分岐する。觀音湖山への道だ。急坂を登る。今日は太陽が出て風もなく暑い。約10分の急登で、鞍部分岐に来る。尾根上をそのまま行けば觀音湖山頂上へ続く。今回は、峠を越えて觀音湖(西勢水庫)へ降りていく。ジメジメした下り道は、少し注意が必要だ。9時45分、湖のほとりに出る。左に湖に沿って進む。觀音湖山からの道を合わせ、10時6分西勢坑古道への分岐に来る。

初めの渡渉点
支流の小沢を過ぎる
沢の右岸沿いに古道を進む。金網で石をまとめたブロックの上を過ぎていく。数分歩くと、レールが露出している場所を過ぎる。以前の炭鉱で使われていたものだ。10時15分、土地公を過ぎる。祠の中は神像があり、焼香もされている。10時20分、第一回の沢越え地点に来る。水深がけっこうあり、飛び石も少なく、登山靴のメンバーや浅い長靴のメンバーは靴を脱いでの渡渉だ。筆者は、丈のある長靴なのでそのまま渡れた。この古道は、渡渉を繰り返すので長靴がお勧めだ。渡渉後反対側を見るが、道がない。実はまた沢を渡り返して同じく右岸に道が続く。

炭鉱跡、当時の施設が残っている
大岩の脇を進む
右岸の道を支流を超えて進む。6分ほどで炭鉱跡を過ぎる。当時の施設の柱やレールが残っている。道はところどころ高巻いて登り、また沢に下る。11時9分、大石を下り小沢が流れ込むところで、休憩をとる。メンバーは沢エビを見つけて喜んでいる。今日は、自分も含め多くのメンバーが冷凍したビールを都合10本ほど持ってきている。ここでまず初めのビールを開ける。冷たいビールは実にうまい。

深い淵のある小滝
また沢を越す
更に渡渉する
滝の脇で食事
数分進む。大きな淵を抱えた滝の脇を行く。11時29分、渡渉点に来る。ここも飛び石はあるが、すべりやすいので注意が必要だ。その先またすぐに渡渉し右岸に戻る。11時42分、また渡渉点を過ぎる。水も浅く、ここは楽に超す。その先には、滝がある。少し早いがここで昼食休憩とする。メンバーJKさんはハーモニカをみんなの前で演奏する。メンバーは多才だ。

岩の隙間をくぐっていく






12時16分、出発する。大石が重なり下部がトンネルのようになっている。ここをくぐっていく。12時23分、左に東勢大崙へと続く道が分岐する。ここで西勢坑古道の約半分地点だ。なかなか道のりが進まない。更に4回渡渉をしていく。12時43分、石積の壁が現れる。住居跡だ。ここは沢の上で、水場からもそう遠くなく住居場所として利用できたのだろう。しばらくは、昔の棚田のような場所を通りすぎ、高度を上げていく。坂もきつくなってきた。小沢を超え13時11分、棚田跡がある場所を過ぎる。

沢沿いに進む
住居跡を過ぎる
急坂を登る
主稜線上の分岐に到着
苔むした石段を通り過ぎ、平らな山腹を進む。13時55分、分岐に来る。左は消墾嶺古道への鞍部に続く道で、去年予定したが程度が悪く途中であきらめたセクションだ。今はそこそこ歩かれているようだ。右に進むこと数分、ちょと開けた草の原を過ぎ14時5分、稜線上の鞍部分岐に着く。西勢坑古道入口から、4時間の登りである。少し休憩する。

雨の中を進む
雨が上がった
右に稜線を姜子寮山へ向けて登り始める。1時間前ぐらいから、雷の音が遠く聞こえてきたが時々日差しもさし、大丈夫かと思っていたが、とうとう雨が降り出した。次第に雨脚が強くなる。木々があるので、傘をさして進む。雨の中を黙々と高度を上げピークを越していく。二つ目の大きなピークでは、登り切ると大きな杉の木がある。その先は草原になるので、そこでしばし待つ。かなり近くに落雷したようで、大きな音と稲妻に驚く。10数分待つと雨も少し小降りになってきた。再び歩きはじめる。途中、ちょっと岩場を通り過ぎる。15時20分ぐらいから雨がおさまってきた。15時30分、左に嶺腳へ下る道を分ける。ここは右にとり、山頂を目指す。15時42分、姜子寮山(標高729m)に到着する。約5時間半の登りだった。

姜子寮山山頂,台北方向を望む
西方向のパノラマ
東から南方向へのパノラマ(平溪の谷が下方に見える)
ビールで乾杯
雨が止み、雲が上がっていく。雨に洗われたため、非常に遠くまでくっきり見える。今まで訪れた中で、今日は一番雄大で美しい景色だ。101ビルがはっきりわかる台北方向は、光が雲間からもれ街を照らしている。平溪の谷間は、緑が印象的だ。基隆方向は、基隆嶼も望める。ここでも、ビールを開けて登頂の喜びを分かち合う。みんな雨で全身濡れているが、気にならない。メンバーの中には山蛭に血を吸われた者もいるが笑顔だ。東側には虹も現れた。時間が過ぎると、先ほどくっきり見えた平溪の谷間は霧の中に埋もれ始めた。変化がとても速い。雨水が中に入り、靴下はびっしょりだ。水を絞り、ズボンも下半分を取り外す。

前方谷間の七堵に向けて下り始める
枕木階段道を行く
16時25分、下山を始める。頂上に40分もいたわけだが、時が過ぎるのを忘れていた。本来、先ほどの稜線上の分岐から嶺腳へ下る予定だった。しかし、急坂であることや時間も遅いので、七堵へ下ることにする。距離は長いが、こちらは道が良いので暗くなっても大丈夫だ。階段道は歩きやすい。16時51分、駐車場へ着く。姜子寮山はここから上れば、標高差250mだけ、1時間もかからずに登頂できる。

古い家屋



小休憩のあと産業道路を下り始める。表示は6㎞強の長さである。油桐の花が上部に咲いているつづら折りの道を行くと、近道がある。泰安路古道と記してある。昔ながらの石段もある。17時14分、また産業道路にでる。道脇にはまだ人が暮らしている古い家屋がある。産業道路を下っていくと、谷を挟んで拔西猴山の山並みが見える。これも姜子寮山の支稜である。四年前初めて姜子寮山に登ったのは、この尾根経由だ。17時23分、姜子寮絶壁への道を分ける。道は長いが、下りなので足を前に出しさえすればよい。17時50分、泰安瀑布への入口に来る。少し休憩する。

泰安瀑布への入口
途中涼亭を通り過ぎ、18時15分に6㎞の産業道路終点を通り過ぎる。夕暮れもだいぶ迫ってきた。さらに車道を進んでいく。振り返れば姜子寮山はすでに遠くになっている。よく歩いてきたものだ。18時46分、すでに暗くなった七堵駅に到着する。帰途に就く前に、駅の反対側に行き夕食を食べたあと、台北に帰った。

夕暮れ迫る中車道を下る、遠方に姜子寮山が見える
今回約20㎞の道のりを、休憩を含め約9時間40分で歩いた。累計で1300mの登りである。西勢坑古道は、あまり知られていない台北近郊の優良な道だ。長い沢にそった登りは、時間をかけてゆっくり歩くのもよい。夕立に見舞われたが、その結果素晴らしい山頂からの眺めを得た。夏山である、濡れても気持ちが悪いだけでまったく問題ない。今回のような歩きは、困難度からすればルート体力ともクラス4である。地図が読め体力があれば、このルートは十分に歩く価値がある。お勧めだ。