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2011-10-01

9月29日 金瓜石步道-燦光寮山-貂山古道 海と山の道

九份は山の上の町である。金脈の発見、採掘、没落と運命をともにしたあと、今は著名な観光地となっている。この九份の金鉱跡の近くにある山や谷をつないでいく道を歩いた。具体的には金瓜石步道を歩いた後、燦光寮山を往復し、貂山古道を下って牡丹へでる、というルートである。海から近いこの山々は風が非常に強く吹きつけ、山腹には高い樹木がほとんどない草の山である。夏の間は、まったく陽をさえぎるもののない山道を歩くのは大変だと思い、秋の到来を待っていた。

海の近くの登山道
北の金瓜石から南の牡丹へ歩く(図上クリックで拡大)
勧済堂から見る基隆山
朝起きてみると、晴れ渡った青空である。もともとは、台北近郊の山を考えていたが、空の青さをみて急遽目的地を換えた。この天気ならば、すばらしい景観を眺められるはずだ。台北市内から九份・金瓜石へのアクセスは便利だ。うちから近い忠孝東路のバス停から金瓜石へダイレクト便が多く出ている。終点金瓜石勸濟堂までの7時半発一番バスに乗った。高速道路を経由、瑞芳の町で乗客を拾い、九份老街や黄金博物館で乗客はほとんど下車し、勸濟堂には9時に到着した。学校のグランドなどが見える金瓜石の町の反対側は、基隆山が大きな山腹をあらわにして控えている。勸濟堂の上には関公の大きな像が座っている。

関公像が金瓜石を見守る
勸濟堂の脇を登り始める。関公像の背中のあたりに、茶壷山登山口への案内がある。茶壷山は無耳茶壷山とも言うが、これは取手無し急須の意味である。見る角度によるが、注ぎ口のような岩塊が突き出ているので、急須のように見える。石段の道が続く。一度舗装路を横切り、高度を稼ぐと朝宝亭というあずま屋のある場所で、またこの舗装路と合流する。舗装路を少し行くと、茶壷山、半平山を越えて草山産業道路につながる、金瓜石登山道が始まる。近くには廃坑の入口がある。中は危ないから入るな、という説明表示もある。

茶壷山登山道
登ってしばらく、石段も切れ土の道も出てくる。野良犬が四匹道を降りてくるが、吼えることなくすれ違っていく。宝獅亭のあずま屋まで来ると、風が非常に強く吹いてる。帽子が吹き飛ばされそうだ。反対側の基隆山山頂は、同じぐらいの高さに見える。その先には基隆港も見える。晴れわたって海も沖までよく見える。茶壷山だけ登ったのだろう、軽装の登山客が二人降りてきた。

茶壷山頂上の岩塊
下り道から見る茶壷山
茶壷山(標高580m)の頂上は岩の塊である。この岩の直前はザレ石の急な登りで、登りきると大きな2つの重なる岩の中に補助ロープが延びている。この岩のトンネルをくぐって登る。岩場にはいろいろと巻いていけるようだが、注意しないと絶壁に出てしまう。ザックをはずして、岩の間をくぐったりして、進む。風も強いのでバランスを崩さないように注意が必要だ。実際今年もここで滑落事故が起きているようだ。急須の蓋に相当する本当の頂上へは、単独行であるし危険をおかす意義もないので、登らずそのまま山道を下り半平山へ向かう。

半平山の登りから見る茶壷山と基隆山、金瓜石の町
半平山の岩場
標高713mの半平山はここから見ると、屏風のようだ。屏風の付け根に向かって草の間を山道が続いている。強い風が稜線を超えて吹きつけ、草が波のように揺らいでる。道を登りきると、岩場の下部についた。補助ロープが下がっている。岩壁には足場も彫られている。そこそこの勾配である。注意深く登りきると、稜線の反対側に大きく控えている草山など景色が視線に飛び込んできた。草山のさらに先、東南方向から雲が流れてきて、陽がさえぎられる。金瓜石の谷もガスが少し出ている。

途中ロープの張ってある岩場などもある、屏風の上縁になる稜線を歩いていくと、説明板のある頂上についた。風が相変わらず強い。幸い背の低い潅木があり、風をさえぎるので座ってしばらく休憩とする。時間は11時少し前、出発してから1時間45分ほどである。頂上からは360度の展望がある。頂上にレーダーのある五分山が牡丹山の先にある。これから歩く稜線とそのさきに燦光寮山が控えている。草山の頂上のレーダもはっきりわかる。基隆の方向を見ると、遠くに陽明山の山並み稜線もかすかに判別できる。

半平山頂上

半平山の下り、燦光寮山を望む
草山産業道路までは、岩場を過ぎるがおおむね下りの草の道である。途中で一人登山客とすれ違った。ヘルメットを持っているので、おそらく草山産業道路の登山口までバイクできて、半平山を往復するのだろう。途中、ロープの手すりや枕木のある部分もあるが、草深いので遠くからは判別が難しい。登山口には約20分でついた。果たして、バイクが一台近くに置いてある。先ほどの登山客のものだろう。

燦光寮山の入口は、草山産業道路を草山方面に少し下がった右にある。何の標識もないが、草の間を登っていく踏み跡が見える。この道は、行政機関によって整備されているものではないようだ。高い草が左右にびっしり生え、道は踏まれているが、草のためによく見えない。ところどころ石が露出しているので、足をとられないように注意が必要だ。ここは、長袖をきて軍手をはめて歩いたほうがよい。特に下りはすべるので、草をつかんでバランスをとる必要もある。
燦光寮山頂上三角点と平渓の山々、右端は五分山

草をかきわけ登ること約20分、開けた燦光寮山頂上に到着した。時間は12時。一等三角点があるこの頂上は標高738mでこの地帯の最高峰である。ここも360度の展望が利く。平渓の山々も近く見える。二日前の皇帝殿山もかすんでいるが、特徴のある稜線がわかる。これから下っていく牡丹の谷や町が下に見える。視線を海岸線方向に向ければ、福隆の砂浜や第四原発も判別できる。基隆山や今たどってきた半平山、茶壷山も眼下にある。このあたりの地形がすべて一望できる。目的が果たせて、今日は最高だ。食事をとってしばし休む。

燦光寮山から基隆方面を望む
福隆方向を望む
草山を望む、頂上はレーダがある
草山道路脇、蜂が忙しく働いている
頂上のはずれからその先に踏み跡が延びているようだが、同じ道を引き返し草山産業道路に戻る。ここから、産業道路を行く。ところどころコンクリートの舗装、ところどころ土のままの道を進む。最近雨が降ったのだろう、水溜りもある。燦光寮古道入口、地質公園を過ぎ、しばらくいくと貂山古道の入口についた。燦光寮山登山口から約2km歩いた。時間は1時20分。

草山道路から見る半平山と茶壷山
貂山古道入口の石牌
貂山古道は、鉄道ができるまでは基隆と宜蘭方面を結ぶ主要な道だったということだ。この道にそって流れる牡丹渓で砂金が発見されたのが、金瓜石の金鉱開拓のきっかけだった。道はコンクリートの石段になっている。古道という風情はない。上段は樹木は少ないが、下がるにしたがって木々が現れてくる。行程の半分ぐらいに無縁墓の石碑がある。苔むした碑の側面には明治35年9月建立と彫ってある。しかしその他には何も記載なく、その由来がはっきりしない。碑のそばにある説明文には、四つの言伝えが載せてある。そのひとつは、金鉱採掘のために日本からこの地に来た青年が地元の娘と恋仲になった。青年は日本に一人帰って両親に結婚の許しを請い、許された。そこでまたこの地に戻ったが、娘はすでに病気で亡くなってしまっていた。その悲しみでこの碑を残した、とある。もし事実なら、110年前の悲しい恋物語である。誰がのこしたのか、墓石の前に饅頭がひとつおかれていた。

無縁墓とそのまえの広場
草山道路から下ること40分、時間は2時に貂山古道の分岐についた。ここは燦光寮古道が合流する。これからは牡丹駅まで舗装路を下っていく。牡丹駅から台北行き電車は2時40分発。それを逃すと1時間半待たなければならない。急いで歩くことにする。集落が現れ川の流れが広くなるあたりから振り返ると、燦光寮山や牡丹山が見える。途中を橋をわたり、2キロ半を30分で歩き、2時半にひなびた牡丹駅についた。

牡丹への道から振り返る、左は牡丹山、右は燦光寮山
今回の行程は、13.8km、所要時間5時間20分(休憩含)、高低差約630mである。前半金瓜石歩道は、岩場もあり時間がかかったが、後半貂山古道は汽車の時間に間に合わせるため急いだ。草の尾根道は、風があったので暑さはあまり感じなかったが、帰ってくるとかなり陽に焼けていた。まだ太陽光線は強いということだ。

歩行高度プロファイル

1 件のコメント:

  1. Mic soneさん初めまして。
    今度の9月に九份に滞在し、周辺の古道を歩いてみたいと思っています。
    日本では10年くらい登山経験があるのですが、台湾の山は初めてで色々情報を探しています。基隆山,茶壶山,燦光寮山など行ってみたいです。2万5千の地図が入手できるとよいのですが、台北の山道具屋で入手するしかないでしょうか。

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