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2019-04-10

2019年4月9日 基隆興基坑古道 - 三界山 - 大牛稠山

三界山山頂
四月は、天気がよいと急に暑くなる。月初の四連休も良い天気が続き、そのあと三日間も天気がよい。台北近くの低山は、気候が良くなり気温が上がると、歩くのは大変になる。今回の登山対象も、最高で362mである。数日前の七堵から五堵への縦走がそうであったように、今回の山も高さは低いが、苦労は比例しなかった。三界山への登りで通過した興基坑古道は、最近ほとんど人が入っていないようで、部分的に草に埋もれ道筋は途切れていた。方向を見定めて藪漕ぎをして、通り過ぎた。

大武崙から歩き半統計周りに歩く
歩行高度表
三界山は昨年9月末に訪れて以来で、まだ数か月だが林投がまた生い茂り、展望が遮られていた。台湾の低山は、実にジャングルである。三界山から大牛稠山への稜線は、最近手入れがされたようで、草が刈られていて道筋もはっきりしていた。大牛稠山前後は、石畳歩道になっており、こちらはあまり歩かれていなようだが、道筋ははっきりしている。もともとは、そのまま東勢中股山へと行くつもりだが、稜線道の入り口に気づかずそのまま下り、かなり大同街に近いころで気づいた。戻るのも厄介なので、そのまま大同街に下り、途中の土地公の前で時間をつぶして703番バスを待った。予定通りに歩いていないが、また行って近くの未踏の山をついでに登れば、それでよい。

953区間バス車内、乗客は少ない
基隆は今や台北のベッドタウンで、多くの通勤者が基隆から台北に通っている。鉄道以外に高速道路を経由したバス通勤も多い。筆者はちょうど反対方向に953番区間バスで大武崙へ向かう。7時20分にやってきたバスから、大勢の乗客が下車した後、乗り込む。反対方向は、果たして乗客は少ない。高速道路をスムースに進み、麥金路から基金路へと走る。道の両脇の住宅は実に多い。8時に集合場所の大武崙バス停のセブンイレブンでほかの三名と合流する。天気が良いので、今日は暑くなりそうだ。

東都社區を突っ切る、右の道を真っすぐに行く
右に工場の建物、菜園の中を行く淡基橫斷古道の始まり
バス停から東都社區へ向かう。住宅ビルの間の道から、右に下る細い道に入る。この道は、淡水と基隆をつないでいた淡基橫斷古道の一部だ。陽明山も通過する、清朝末期に造られた軍事用の官製道路は、実は陽明山地区に近い西側はいままで部分的には歩いている。しかし東側はない。沢沿いの道を行く。菜園や沢の向こうは、工場が多くある。20分ほどやってくると、山の中に入ってくる。地図と道の様子が少し異なっている。先に左に登っていく。三層山への道標があるが、これは様子が違うので下る。ぐるっと一回りして元の分岐に戻ってきた。そこで、このまま淡基橫斷古道を行くのをやめ、沢の対岸に行く自動車道を興基坑古道入口に向かう。

淡及橫斷古道(Wさん撮影)
密生した竹林を突っ切る
9時に古道入口に来る。ちょうど外にいた地元の人が、われわれが古道に入ろうをするのをみて、最近登山者が迷い警察がきて救助したという。そんなことがあったのかと驚く。古道を進み始める。タケノコ畑などを通り過ぎ進む。APPの地図の位置と少し差があるが、道筋ははっきりし、尚且つ道標もあるので進んでいく。十分進んでいくと、道筋がきれてしまった。もとに戻り様子を探る。この辺りは、石の土留壁で段々上になっている。今は竹が密生しているが、もともとは何かの農作が行われていたのだろう。方向を定め、密生する竹の間を行く。しばらくすすみ、9時37分右に山道が見つかった。ところどころに古いマーカーリボンがある。この道で間違いないようだ。少し休憩をとる。

炭焼き窯跡
新しマーカーリボン
道を進んでいくと、竹が密集した場所や、草が密生し樹木が遮るところも出る。この道はしばらく歩かれていない。10時16分、炭焼き窯あとに出る。この辺りから新しい道標も現れる。しかし、道の状態もよくない。10時38分、右にいくと林投が密生している。道筋も途切れる。どうやら方向が違うようだ。最後のマーカーリボンへ戻る。メンバーの一人が倒れた木々の向こうにマーカーリボンを見つける。果たしてそちらへ行くと、道筋がはっきりする。稜線はこの辺りで方向を西側にかえる。新しいマーカーリボンは、かなり近距離ごとについている。11時13分、三界山への稜線上の分岐にくる。道標の日付は10年前だ。道に迷った登山者がいるという話は、歩いて見るとうなづける。この道は、荒れた道の経験がないと、迷ってしまう可能性がある。気温があがり、風もない林の中の道はつらい。最後に少し登り、三界山(標高362m)に11時22分に着く。

古い10年前日付の道標
まだ踏まえて新しいシダの間の道
20数分の休憩後、草木が茂り返し視界がほとんどなくなってしまった三界山から下る。同じ道を行き、先ほどの分岐を過ぎて稜線を追っていく。この稜線道は、結構最近に手入れがされたように見える。刈られたシダは、枯れているがまだ新しい。基本は下りの道は、雑木林の中を行く。10数分で左に開けた場所がある。そこからは、大武崙山瑪瑣山が見える。少し登り返し、下りが始まった途中の開け場所で12時半過ぎ、昼食をとる。時々風が吹き抜けていく。

七安産業道路上の大牛稠山登山口
取り壊された展望台の鉄鋼が散らばる大牛稠山山頂
更に下っていく。左からの道を合わせ、13時4分七安産業道路にでる。対面は、大牛稠山の登山口だ。立派な案内がある。大牛稠山の登山道は、立派な石畳の道だ。今から9年前に造られたそうだ。この付近は、その昔基隆港で使われていた牛が、老いたあとや休息に過ごした場所だそうだ。登山道は確かに立派だが、どれだけ利用されているのか。小さい上り下りのあと、大きく登り13時16分、大牛稠山(標高200m)につく。開けた山頂には切断されたH鋼が転がっている。登ってくる途中で酸素ボンベが転がっていたが、この切断に利用されたものだろう。それにしても、10年もたたずおそらくあっただろう展望台をなぜ壊しているのか。

大牛稠山から見る五指山三界山連峰の山を望む、右の手前に延びる尾根をやってきた
石畳道を下る
展望が利くが、遠くはかすんでいる。日陰のない山頂は暑い。すぐ下り始める。石畳の道を下っていく。造ったあと、ほとんど道はメンテされていないのだろう。ほとんど利用もされず、当初の目論見は全く外れだ。頂上から降りてすぐ右から道を合わせる。さらに下っていくと左に道を分け、その後数分で今度は左からの道を合わせる。この二つの道の間は、自然観察公園とういことだが、訪れるひとはほとんどいないのでは。地図を確認すると、東勢中股山へ続く稜線道の入り口はとっくの昔に通り過ぎている。今から登り返すのもかったるい。そこで、東勢中股山へ行くのは取りやめ、そのまま下ることにする。大同街の登山口に降り、右に下っていく。13時52分、道の右にある土地公で休憩を取る。

右の土地公で休憩し、バス停へ向かう
帰りのバス基隆市703番バスは、本数が少なく次の便はまだ2時間あとだ。そこでここでゆっくり休むことにする。大同街59-1号バス停は歩いてすぐだ。ちょうど氷が解けての飲み頃のビールを取り出し、分けて飲む。ここは風も吹いて、過ごしやすい。15時半、土地公からバス停に下る。行きのバスを見たあと、終点で折り返し16時に戻ってくる。乗客は我々だけだ。先週登った瑪陵尖のわきを回り、20分ほどで七堵についた。


歩行距離は約10㎞、登攀累計約600mである。最後に二時間近い休憩を取ったが、休憩込みの活動時間は約7時間と少しだ。興基坑古道は、いまの状態だと経験者向けだ。それ以外は、レベル3といったところ。いつでもOKだが、訪れるなら暑くない時期が良いだろう。

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