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雞心尖山頂 |
一週間前に歩いた東勢格の山を再び訪れた。この山稜のうちの一部で、前回は予定して結局歩かなかった雞心尖をはじめとする山峰や古道を歩いた。しっかり草木が刈られ、急坂にはロープが取り付けれ、道はすこぶる良い状態であった。天気もよく汗も流れる山旅だが、季節はすでに秋でススキの穂も風に吹かれていた。
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北側の登山口から反時計回りに回遊 |
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歩行高度 |
本来、玉山山脈の山旅が予定されていたが天候が下り坂なのでこれを中止し、そのあと急遽この予定を立て、二日前に公開した。それでも9人の参加者がきて、都合10名で歩いた。今回は出発点に戻ってくる回遊型の歩きで、参加者のうちの二人が車でやってきたので、帰りは便乗させてもらい、満員のバスでなく助かった。
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F822新巴士で東勢格にやってくる |
前回帰りに乗ったF822バスで東勢格へ向かうべく、MRT木柵バス停から8時過ぎのバスで出発する。約50分ほどの乗車で平溪バス停に着く。この時間帯はまだ観光客は少ない。バス停付近で待ち、9時半にF822バスに乗り込む。10分足らずで、終点東勢格派出所バス停につく。車でやってきた二人が、すでに待っている。二台あるので、車に分乗し登山口に向かう。9時52分、先週下ってきた高德坑古道の入口近くにある雞心尖古道の入口から歩き始める。
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ボランティアがかけた雞心尖古道の橋 |
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古道にある廃屋の壁 |
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急坂を登る |
道筋がはっきりしている沢沿いの道を数分歩く。ボランティアによってかけられた竹の橋を越え、すぐに壁だけ残る廃屋に来る。ここが古道であることの証だ。道は沢沿いに進む。10時16分、沢を渡ると道は山腹にとりつき急坂で高度を上げる。長い補助ロープが続く。登ること約10分、尾根上に上がる。左にも道があるように見えるが、右の道筋がはっきりしているほうがルートだ。少し上がると、今度は谷に下る。そのあとまた山腹の急坂を登り、10時54分雞心尖山頂への分岐の鞍部に着く。左に急坂をよじ登り、少し山腹をトラバース後、また急坂を登りつめ11時に雞心尖山頂(標高505m)に着く。三角点などはない山頂だ。新しい山名板の樹木には、古い金属製の板もあるが、長い間に樹木が育ち幹にのめり込んでいる。周りの草木が高く、展望はあまりよくない。かろうじて
畝畝山がわかる。
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新旧の山名表示 |
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稜線にある大岩を巻いて進む |
11時13分、往路を下る。鞍部の分岐を通り過ぎ、尾根を追っていく。稜線上には大きな岩が現れ、わきを行く。ちょっとしたナイフリッジもある。そのうち尾根の幅は広がるが、急な登り下りがある。木々の間に大きな岩壁のある
平溪中央尖がのぞく。尾根上の道も、しっかり草木が刈られ、急坂にはロープが取り付けられている。最後に坂を登りつめ、12時高德坑山前の分岐に着く。先ほど雞心尖で行違ったパーティが昼食休憩をとっている。我々はさらに少し行き、高德坑山山頂(標高519m)で休憩し、食事をとる。
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中央尖を望む、背後は五分山ー姜子寮山の稜線 |
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一週間前に登ってきた高德坑越嶺古道の峠、右に下れば販子坑古道 |
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草が刈られた広い稜線道を行く |
12時半、次の目的地乾溪山に向けて歩き始める。このセクションは、先週下ってきたところだ。しばらく登り途中高德坑山東峰の脇を過ぎる。途中2015年の日付の道しるべを見る。分岐のようで、左に番子坑へ下る道を指しているが、それらしき道筋が見えない。おそらくこの四年の間にほとんど歩かれずに、草木に埋もれてしまったようだ。12時57分、先週右側から登ってきた高德坑越嶺古道の峠鞍部に来る。さらに稜線を追っていく。ここから先は、まだ歩いていない部分だ。こちらも道の状態はとてもよい。草が広く刈られている。全体に登り気味に進むが、斜度はそれほど多くない。13時18分、無名のピーク上で少し休憩をとる。
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茶禪協會の道を進む |
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乾溪山山頂 |
幅の広い道を下っていく。右に尾根上を追っていく道が分岐する。こちらかと思い、しばらく下るが、草刈が終わっている。これではないようで、戻りもう一つの道をとりくだる。突然森からでて、眼前に家屋や開けた場所がある。茶禪協會というところのようだ。稜線を行く道やその周りは草が刈られて、芝生になっている。周囲は茶園だ。数分歩くと、道は終わりススキの間に急な坂が現れる。坂を登り切り13時53分、乾溪山山頂につく。標高669mで今日の行程中最高点だ。周囲は樹木に囲まれて展望はない。
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茶畑に出たところで乾溪山を振り返る |
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茶畑から望む対岸の山々 |
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番子坑產道わきに古道の入口 |
下っていくことわずかで、森を抜け茶畑の中に入る。下るにつれ展望もひらける。14時16分、環山路に降りる。周囲はすべて茶畑だ。対岸の山々もはっきりしている。これらの山は、北勢溪の対岸に連なる
梳妝樓山や
坪林三星の山々だ。環山路を左に曲がり少し下り気味進む。10分ほど歩き、左に番子坑產道へ曲がる。勾配がきつい車道を下っていく。14時34分、番子坑古道の入口に来る。
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番子坑36號の民家前を横切る |
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古道を下る |
番子坑古道も状態がよい。ほぼ平らに等高線沿いに進む。14時45分、番子坑36號の民家を通り過ぎる。14時54分、左に稜線の峠へ登っていく道を分ける。この道は高德坑越嶺古道の峠に続く。古道は下り始め、そのうち谷間に入る。棚田跡が現れ、間もなく15時17分、林通古厝の廃屋にくる。二軒がならぶ大きな家屋だ。我々と前後して同じルートを歩くパーティ四人が休んでいる。
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林通古厝遺跡の前で全員集合写真 |
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特異な形状のシダ類樹木 |
さらに古道の最後のセクションを歩く。この部分は以前に地元政府の整備があったようで、道標がある。道も土嚢を使って保護している部分もある。かなり高度を下げた後、茶畑脇を過ぎて間もなく、林家古厝遺跡にくる。もう壁もなく基部だけが残る。わきには鳥小屋後の壁が残っている。沢沿いにある棚田を下っていく。15時43分、民家にでて古道歩きは終わりだ。
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沢沿いの棚田脇を下る |
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地元政府によってつけられたと思われる標識板 |
舗装路を下っていき、左に番子坑溪沿いの道を下る。歩くこと10分、分岐とそのわきにある小公園に来る。以前
石古井へ行ったときに通り過ぎた場所だ。右の小高いところに廃屋がある。さらに舗装路を下り、16時13分車が停めてある雞心尖古道入り口に戻る。出発から約6時間20分だ。歩いた距離は約10㎞だ。帰路は、二台に車に便乗しそのまま台北に戻った。
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古道入り口の表示 |
一週間前と今回の歩きで、最近整備されたこの山塊の山道はほぼ全部歩いた。普段使用しているオフライン等高線地図には、この山塊の山道も民家へ続く舗装路も、まったく記されていない。路線図と道が記載されていない等高線地図を使い、道を追っていったが、いずれは記載されるかもしれない。別の言い方をすれば、それほど長い間登山者に無視されていた山塊であったということかもしれない。また忘れ去れる前であれば、道の状態はよいが、どれだけ続くかはわからない。
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