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2013-07-26

2013年7月25日 坪林三星 鬼子瀨尖-源茂山-和尚髻山 雪山隧道が貫通する山

香水合歡の咲く源茂山登山道、水聳淒坑から鬼子瀨尖と対岸の獅公髻尾山を望む
高速道路5号線の雪山隧道は、台湾で一番長いトンネル(約13km)である。十数年の年月を費やして2006年に開通した。雪山トンネルというが、高山雪山からはかなり離れている。雪山山脈の末端なので、この命名だ。第五号高速道路は、坪林インターチェンジを過ぎ北勢溪を渡って、雪山トンネルに入る。トンネルが入っていく山は、今回登山の坪林三星の一つ、鬼子瀨尖山(大尾山)である。その後、三星の二つ目、源茂山の真下を通って行く。源茂山登山道の近くには、トンネルから上がってくる竪坑入口がある。

雪山隧道入口、背後に見える高い山は和尚髻山(2013/5撮影)
時計回りに北側の坪林から回遊する
歩行高度記録(一部記録途切れ)中央のピークが源茂山
この三つの山は、標高881mの源茂山を最高に、その左右に鬼子瀨尖山(標高636m)と和尚髻山(標高725m)がある。源茂山を頭に、右腕が鬼子瀨尖山、左腕が和尚髻山とすると、その胸の部分が平たくなっており、そこに坪林の主要農産物お茶の畑が広がっている。それらが、坪林の街を向いて座っている。山の名前も興味深い。鬼子瀨尖の鬼子とは読んで字の如し、得体の知れない怖いものをさす。どうしてこのような名前なのか、開拓当初の苦労がそのような名付けの由来、というネット上の情報もある。一方、その反対側の山、和尚髻山は、和尚の(髪の)まげというような意味だが、これもどうしてこんな名付けなのか。そして、鬼と和尚、得体の知れない存在とそれに対抗する存在の和尚、面白い取り合わせである。

坪林周辺の山々
蘇力台風が台湾北部を通り抜けて行ってから約二週間、ある程度予測していたが、源茂山と更に輪をかけて和尚髻山の山道は、台風の風で吹き飛ばされた枝や竹が行く手を塞いでいた。特に和尚髻山から下った、大湖尾歩道は台風後二週間誰も歩いていないようで、折れた枝や竹がそのままたくさん道を塞いでいた。人気のある山ではない。本来ならば5,6時間で回れるようだが、登山口を探すのに無駄な時間を費やしたこともあるが、8時間半を要した。

國中バス停、山はまだ霧の中
台北郊外の山は、夏は暑く夕立もある。できるだけ早く登れるように、MRT新店を始発7時の923バスで坪林へ向かう。それまで青空でよい天気だったが、彭山隧道を抜けると曇っている。坪林の山は、頂上がガスのなかだ。7時25分に坪林國中バス停で下車する。北勢渓対岸の木々に白鷺がたくさん止まっている。繁殖場所だ。アーチ橋を渡り石彫公園に入る。入口に大湖尾-源茂山登山路説明看板がある。これから登る、鬼子瀨尖経由で源茂山への道はAルートとなっている。一方、和尚髻山経由はBルートである。この分類でいくと、Aルートから登りBルートで下るわけだ。

石彫公園入口の登山道案内、右のAルートと左のBルートの説明
登山道はここを左にとり進む
石彫公園は、遊歩道の両わきに多くの石彫刻が展示されている。上の方に行くと、中国古典の人物が多い。少し上がったところで、読書をする古人の彫刻がある。これを右にとり登る。思源台という廟がある。そのわきの道を登る。すると、あずま屋がある。あずま屋の後ろに登る道があるので行ってみると、途切れてしまった。戻るとわきに山腹を進む道がある。手持ちの地図、多くのところで使用させてもらっている蕭郎の地図では更に農家の方へ進み、そこから登山道が始まるようになっている。そこで、その道を進み農家へ行くがどうも様子が違う。農家わきには産業道路があるが、そこにも入口らしいものはない。あずま屋へ戻り、また探るが道はない。そこで、もう一度農家のわきに行き、そこから上がる土の道を登ってみる。ちょうど、農家の人が作業をしているので、尋ねてみる。すると、この道は行き止まりだということ、更に登山道はここではなく、石彫公園の向こうの方だという。今回のこの地図は、どうも間違いだ。

丸石登山道の部分から坪林を俯瞰する(マウスクリックで拡大)
土の登山道開始部分のキロポスト、対岸にあずま屋
あずま屋へ戻り、そこから一旦下る。右にわかれて行く道があるので、それを取り進むと標識リボンが枝にかかっている。行ったり来たりで、かれこれ3、40分ほど無駄に費やしたが、どうやら正しい登山道に来たようだ。丸い石が敷き詰めてある茶畑の中の道を登る。広い展望台に着いた。ネット上で紹介があった、展望台はこれだ。先ほどのあずま屋ではない。こんな単純なことで間違うとは、今日はついていない。登る山が鬼子(瀨尖)なのでバカされたのか。朝方の霧はすっかり晴れて、展望台からは先ほど下車したバス停や高速道路がよく見える。

展望台からも、しばらく丸石の道を登る。ピクニックテーブル・イスがある場所から、土の山道が開始する。大尾山歩道(鬼子瀨尖の別名)2.8kmと記してある、キロポストが道端にある。先ほどのあずま屋が、谷を挟んだ対岸に見える。登山道は、いきなり急な登りが続く。板造り階段や枕木階段の良い道である。竹林をすぎ、また雑木林の中を登る。9時10分、山道の途中だが、すこし休憩する。7時半に歩き始めて1時間半ほどだ。気温が高く、すでに全身汗だくだ。

枕木階段が続く
鬼子瀬尖への登りで見る高速道路と背後の山々
頂上直下の長い登り
急坂はなおも続く。休憩場所から十数分登ってくると、左側が開け高速道路が下に見える。その右の大きな山容の山は、獅公髻尾山から鑽石峰へとつらなる山々だ。9時半に一度小ピークを越える。尾根上の登り下りを繰りかえして高度を上げること30分、最後の長い直線的な階段を登り切る。10時、鬼子瀨尖頂上に着いた。ちょうど登山客が一人下りてくるところで、入れ違う。今日山道で出会った、唯一の登山者だ。頂上には説明看板や椅子が設けてある。ここまでは、草も少なく歩きやすい。三角点基石が中心にある頂上の周囲は樹木で、展望は無いがゆっくり休む。今日は、何故か疲れ気味だ。気温が高いせいだろうか、それもと登山道探しで無駄な時間を費やしたことでの焦りで、必要以上に速く登ったせいか。

鬼子瀬尖頂上
ヤセ尾根部分を行く
次の目標、源茂山へ向けて鬼子瀨尖を下る。概ねよい道だが、痩せた岩場も現れる。小ピークをいくつか乗り越え十数分歩くと、大きく下る斜面に来る。草原で、左側に藤寮坑方面の山々や、五月に訪れた胡桶古道方面の山々が望める。正面は、源茂山とその右に尾根を伝って行くと和尚髻山が見えている。道は、板造り階段だが草に埋もれて見えない。坂を下りきる。左に藤寮坑古道が分かれる。茶畑の上端を歩き、また杉森の中を進む。左に水聳淒坑山をへて尾根を源茂山へと続く新しい道がある。それは取らずに、大尾山歩道をそのまま進む。10時53分、産業道路が現れる。右にとれば、産業道路を経て坪林へ下る。左の細い山道を進む。大きなコンクリ製水槽わきを進み、水聳淒坑2号の民家わきにヒョッコリでる。ちょうど住人が家から出来来たので挨拶する。隣の民家わきに登山案内看板や道標がある。源茂山登山道が始まる。

鬼子瀬尖の下りで見る源茂山(左)と和尚髻山(右端のピーク)
藤寮坑方向を見る
茶畑わきの源茂山登山道を登る
雪山隧道とあるキロポスト、折れた枝が塞ぐ左の道を進む
茶畑わきを山道が行く。ピンクの香水合歡が花盛りだ。虫達が忙しく花から花へ、蜜を集めている。枕木の道が続く。茶畑が過ぎ、草が深くなる。ヤブコギも必要だ。十数分登り、森の中に入るところで、右に道が分岐する。11時20分、鬼子瀨尖頂上から約1時間、少し休憩する。10分ほど更に登ると、雪山隧道と記してあるキロポストが現れる。右にとれば、雪山隧道の真上になる部分の竪坑口に行く。左の道は、山腹をトラバースしていく。道を塞ぐ折れた枝も多くなる。杉林の中では、道に多くの葉が落ちている。この道は、鬼子瀨尖登山道に比べると、歩かれていないようだ。涸沢を越えすすむ。左から、藤寮坑より北稜を登ってくる道と合流する。その先、山道は方向を大きく換え、尾根上を登り始める。12時11分、もう一つの源茂山登山道と合流する。この道は朝の案内板でみたBルートの道だ。左にとって少し登ると、右に藤寮坑山や建牌崙へつ続く尾根道を分け、左に源茂山の頂上がある。ここで今日の行程のちょうど半分だ。4時間半かかっている。ここも、中心に三角点基石があり、その周囲に説明板やベンチが設けてある。樹木のなかで、展望は無い。食事休憩する。
源茂山頂上
草が茂り足もとが見えない
下りはBルートの山道を進む。杉林や雑木林の中は、折れた枝や葉があるが、道筋ははっきりしている。草むらになると、足もとが見えなくなる。20分下ってくる。右に雪山隧道竪坑をへの道を分岐する。そのまま、直進する。暫く行くと、折れた枝に足を取られバランスを崩した。倒れたところにちょうど石があり、左膝を強くぶつけた。しばらくは、痛みのために座って休んだ。今日は、やはりついていない。これも鬼子にバカにされたのか。雪山隧道竪坑経由の道を経て、産業道路を下ることも考えたが、こちらも道筋がはっきりしない。ままよ、とばかりにそのまま和尚髻山への道を進む。途中、尾根上を進む道と2箇所分岐するが、本来の登山道を進む。と、いってもこちらも道の程度は良くない。尾根道は新しいのでこちらを進む登山者の方が多いようで、本来の登山道は荒れている。標識リボンも少ない。根こそぎ倒された杉の大木や、折れた枝が道を塞ぐ。二ヶ所ほど茶畑の上にでて、景色が広がるのが幸いだ。北東方向にある、遠い山には丸いドームが見える。五分山だ。

茶畑からの眺め
和尚髻山への最後の登り
13時55分、バスタブが置いてある茶畑のわきを下り、分岐を左にとる。ここから和尚髻山への登りが始まる。枕木階段が長く続く。14時5分、和尚髻山の頂上に到着した。ここも基石がある。広い頂上は、周囲は全部樹木で展望はない。説明看板やベンチが設けてあるが、草も深く、明らかにこの山は、他の二山に比べると人気がないようだ。最後のピークを登ったので、ほっとする。しばし休憩する。

和尚髻山頂上
邪魔物が多い下り道
下り道は、かなり急だ。先ほど転んだので、下りは膝が少し痛い。枕木階段もあるが、草に埋もれている。倒木も多く、折れた枝も多い。10分ぐらいの下りが終わり、大きな良機製の水タンクのわきで産業道路に飛び出る。産業道路を下る。ここは樹木も少なく、風景が眼前に広がる。北勢渓沿いの山々、左岸の火焔山や、右岸の二格山から連なる雲海山粗坑山などの山々が眼前にある。麓は、もちろん坪林の集落だ。つづら折りの産業道路を下る。大きなトタン壁の工場建物、三階建ての民家の前を下る。ここにも香水合歡がたくさん咲いている。14時50分、十字路に着く。道案内看板や道標がある。右の産業道路を取って下ることもできるが、かなり迂回するので時間がかかる。直進して土の道に入る。その先右に、大湖尾古道が分岐する。直進して、大湖尾歩道を歩く。

産業道路わきからのパノラマ
草の中をかき分け進む、坪林が見えてきた
先に少し登る。そこから急坂が始まる。板造りの階段や補助ロープなど、整備がされている。ただ、歩く人が少ないためだろう、森を出ると草が深く足もとが見えない。尾根上の道は、急坂と緩やかな道が交互に現れ、高度を下げていく。30数分下ってくる。竹やぶに入る。多くの枯れ竹やまだ青い竹が、倒れて道を塞ぐ。その数がうるさいほど多く、台風の後誰も歩いていないことを物語っている。15時50分、下り始めて1時間で、産業道路に出た。道標がなければ、草が深く道があることすら判らない。

台風後誰も歩いていない道を下る





舗装路を下ってまもなく十字路に出る。右は沢沿いに設けられた水聳淒坑步道だ。歩道入口に、橋補修に寄付した昭和11年の地元民の記録石碑がある。左に産業道路を下ってもいけるが、直進して沢沿いの道を進む。道の入口で一息入れる。次の台北行き923番バスは、坪林16時30分発だ。今は16時10分、十分間に合う。歩道専用になっているが、1911年完工の坪林旧橋を渡り、少し道を進んで坪林国中バス停に14時20分に到着した。バスは35分にやって来た。帰路は混雑もなく、新店に17時10分到着した。こちらはにわか雨が降っているが、山中で降られずに良かった。最後は、和尚さんの山(和尚髻山)に登ったので、ご利益を得たのかも。

水聳淒坑步道と昭和11年の記念碑
今回、登山道入口で余計なところを歩いたので、本来のルートより1kmぐらい多いが、これを含めて約13kmの道のりである。行動時間は休憩込みで8時間半、登攀累計1090mである。ルートのレベルは、もししっかり草刈りなどのメンテが行われていれば3だが、今の状態では4に近い。鬼子瀨尖だけであれば、レベル2だ。一方、体力要求度は全体で4である。これも道の状態がよければそれほどでも無いのかもしれないが、今回筆者は機器による測定表示では3700キロカロリーを消費している。これは、通常よりもかなり多い水準だ。本来は、それほど大変な山では無いのかもしれない。しかし、何故か筆者は苦労した山だった。

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