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2018-06-19

2018年6月18日 烏來落鳳山 不人気山、眼鏡を取られた草の道

落鳳山山頂のメンバー(Xさん撮影)
台北市街から南に下り、新店を過ぎると山が迫ってくる。新店溪にそってさらに谷間を行くと、山深い烏來につく。烏來老街近くで主流の南勢溪は支流桶後溪を分ける。桶後溪を遡ると、峠を越えて宜蘭に続く。桶後溪上流は、烘爐地山とともにかつて訪れた。三年前の台風で壊滅的な被害を受けた烏來は、桶後溪にも深い傷跡を残した。桶後溪の北側に走る山並みは、大桶山から今回の登山対象である落鳳山を経て東に進み、烘爐地山へと続いている。

西側桂山路からスタート、落鳳山を往復して南側孝義へ下る
前半は緩い登り
落鳳山も実は、ずっと山行対象候補であった。しかし、一般交通機関でのアクセスが良くなく、不人気の山で道の状態も良くないことが想定される。なんだかんだでずっと後回しになっていた。それが、前回の大粗坑山行の時に、新北市の新巴士が桂山路のかなり上まで来ていて、尚且つ山登りに便利な時間帯にも運転されていることを知った。このバスを利用すれば、比較的簡単にアクセスできることがわかり、今回の山行となった。

刺とげの恐ろしい刺藤をくぐる
ネット上での情報も少なく、それも古いものしか見当たらない。登山者があまり歩いていないようだ。2015年に藍天隊が入っているがすでに三年、かなり自然の状態に戻っているはずだ。そして予想は的中した。火燒樟山は、最近歩かれた様子があったが、その他の部分は草が覆いかぶさり、また下草がない雑木林の中でも道筋ははっきりしない。草や倒木、刺とげの刺藤が生い茂るなどして、道がふさがれたところも多い。マーカーリボンは古いものが主で、その数も少ない。何度も立ち止まり、ルート確認を余儀なくされた。

MRT七張駅のバス停で新巴士に乗る
バスはここでバックして向きを換え下っていく
天気が悪いと予報されていた端午節の三連休は、確かに南部は大雨に見舞われたが、台北は青空も現れ、うちにじっとしているのはもったいない。連休最終日も天気がよさそうだ。そこで一日前に予定を公表した。今回は四人のパーティである。新巴士龜山線は、MRT七張駅からスタートする。7時40分発の始発バスで向かう。北新路で三、四か所乗客を乗せた後、新烏路を止まることなく廣興へ向かう。更に龜山の街から桂山路に入り、前回歩いて下った道を登っていく。大桶山バス停を過ぎて間もなく。右に道が分岐するところが桂山路206號とされている終点だ。8時20分、われわれ四人だけの乗客を降ろすと、バスは回転して往路を下っていく。

火燒樟山の登山口、左の道を登る
桂山路から茶畑越しにみる火燒樟山
桂山路を登っていく。数分で、前回大粗坑山からやってきた道を左に分岐し、そのすぐ上で右に火燒樟山への登山口が現れる。道筋は草がかぶりはっきりしないが、方向が正しいので進む。右に大桶山が高い。道は山の左側にとりつき進む。切通しを過ぎてすぐ、8時50分左に火燒樟山の道が分岐する。左に取って登る。驚いたことに、草が刈られている。まだ青く、つい最近登山者が草を刈って登ったようだ。ほんの二分ほどで基石の埋まる山頂(標高650m)につく。東四崁水山とも称される山の山頂は、樹木に囲まれ展望はない。往路をもどり、分岐から山腹道を進む。

火燒樟山山頂にて
草に埋もれた山腹道
はじめは幅もある道は、そのうち細くまた草に覆われる。濡れた草でズボンが濡れる。幸い今日は長靴なので、足元はOKだ。両側は杉林が続く。これら杉林植林のために歩かれた道なのだろう。9時15分、森がきれて前方が開ける。大桶山から落鳳山へと続く主稜線から左に落ちる枝尾根の向こうに、頭が平らな落鳳山が見える。直線距離では、4,5㎞というところだろう。その先山襞を回り込んで行くと、右に道が分かれる。前日見た情報では、山腹道にはがけ崩れがあるということだが、初めの分岐の後で現れると地図に表示されている。そこでそのまま進む。するとかなり大きな規模のがけ崩れが現れた。

右から下る枝尾根の向こうに平らな落鳳山の頭がのぞいている
がけ崩れが現れた
がけ崩れ部分を行く
引き返して高巻き道と思われる道を行くかどうか判断するため、まずがけ崩れ部分を進んでみる。どうやら渡れそうだ。そこで戻らずに、慎重に横切っていく。岩が露出しそれに少し土砂がのっている。がけ崩れの終点近くは、かなりきつい勾配でなおかつ下が切れている。落ちたら大変だ。そこで上に登っていき、がけのヘリへ上がる。浮石が多く、落石に注意して登り切る。手掛かりになるはずの灌木は、刺が生えているものが多くつかめない。四人ががけのヘリの上に登り、そこから下方の山道へ強引に下る。刺のある草も多く、鎌を取り出し刈りながら下り、10時に山腹道に降り立つ。がけ崩れを通過するのに30分ほど要した。

がけ通過中の景色、遠くに翡翠ダムの水面が見える
草藪を強引に山道へ下る
滑りやすい濡れた岩を渡る
山腹道は、水が流れる小沢を二回ほど横切る。濡れた岩はぬめぬめして滑りやすい。少し登り気味になり10時21分、主稜線へ登っていく道との分岐に来る。左に山腹道を進んでいく。道は緩やかに登っていく。両側の杉人工林が美しい。この山の唯一、良いところだ。10時49分、ロープが渡してある露出岩を過ぎる。道は細く、谷側に傾斜しているので足元は注意が必要だ。登り坂が急になり11時23分、稜線上の分岐に着く。右は大桶山、左は落鳳山だ。両者のほぼ中間点になる。少し休憩を取る。

分岐部、右は稜線へ登る道
杉林の中を登る
稜線上の古い十数年前の道標
今日は曇り気味の天気で、温度計も26度をしめしているが、風がなく蒸し暑い。汗もしきりに流れ、体力を消耗する。稜線上の道は、今までの山腹道に比べると、少しはよい。杉林が過ぎると雑木林の中を行く。シダ類の葉が茂るところは、踏み跡を覆い隠す。この山域はとげの植物が多く、注意しても袖や太ももにとげが引っ掛かる。最低鞍部を通り過ぎ、小ピークへへ登る。12時17分、風が吹き抜け下草もない明るい小ピークに着く。食事休憩を取る。

稜線上を行く
ガスが掛かってきた、これから登る尾根
20数分の休憩後、先にまた鞍部へ下っていく。そこから坂は直線的に登っていくので、かなり急坂だ。登り切り少し下って、また標高差200数十メートルの長い急坂を登る。右の枝尾根が近づいてくる。13時26分坂を登り切り、右からの道を合わせる。この道は孝義に下る道で、落鳳山を往復したあと、この道を経由して下山する予定だ。幹に取り付けられた藍天隊の道標は 2015年6月の日付で、今まで見た道標のなかで一番新しい。少し休憩する。

孝義への分岐、ここから落鳳山へ往復する
緩やかな道を落鳳山へ向かう
落鳳山山頂へは、緩やかな上りだ。今日は汗を多くかき、尚且つ普段より多く水を飲んだためなのか、足がつり気味だ。早速塩をなめる。いろいろと対処方法があるようだが、筆者は塩を補給するのが一番手っ取り早くて効果がある。15分ほどで、茅と灌木で囲まれた二等三角点基石の山頂(標高925m)に着く。今日の最高点である。先ほどの分岐の登り途中から、霧が濃くなってきたが、ここはもともと展望がないので違いはない。落鳳山からさらに東に峰々が続き、地図上では山道が記されているが、今まで以上に草木に覆われているようだ。アクセスも簡単でなく、道が悪いと日帰りでは歩ききれないので、かなり昔の記録はあるがほとんど歩かれていないのだろう。坪林九芎根山から歩いてこれたら、と思って確かめるためにきたのだが、この状態をみるとあきらめる方がよさそうだ。メンバーが持ってきたビールを開け分けて飲む。旨い。

比較的新しい藍天隊の道標
急坂を下る
14時9分、往路を分岐へ戻る。14時25分、分岐を左に下り始める。初めはかなり急な坂が続く。尾根が緩くなり、杉人工林の中を行く。かなり倒木がある。踏み跡は草に覆われ、はっきりしないところが多い。尾根上の道よりも状態がよくない。生い茂った草の中で道が途切れる。立ち止まりルートを探る。そうしたことを何回か繰り返し下っていく。風が吹き抜ける平らな場所で休憩をとり、また後半の下りを行く。高度差約500mほど下り、16時17分やっと送電鉄塔の下に着く。鉄塔メンテのための保線路が始まるので、ホッとする。

倒木が続く
草の道を下る
保線路を次の鉄塔に向けて進む。3,4分で鉄塔が現れたが、道が切れてしまっている。また道探しだ。方向を見定めて草の中を行くと道が現れた。しかし、数分進むとまた途切れてしまった。3年前の台風で保線路も影響を受けたのだろうか。道探しをする。そのうち足元が悪く、筆者の眼鏡が枝に引っ掛かって落としてしまう。足場が悪く、仲間も探してくれるが見つからない。普段はスペア眼鏡を持っているときが多いのだが、今日は持ってきていない。意気消沈だが、仕方がない。そこで道に迷ったときの鉄則で、最後の確実な目印まで戻る。その途中で右に下っていく踏み跡がある。地図で見ても方向としてはあっている。ほかのメンバーが先頭になり下ると、果たしてよい保線路が現れた。

送電鉄塔に降りた



眼鏡がなく遠くはぼやけるが、足元に注意し道を下る。幸い道の状態はとてもよく、スムースに下る。先ほどの眼鏡探しなどで、かなり時間を費やしすでに17時を回っている。幸い今は日照時間が一番長い。鉄塔をさらに二か所通り過ぎ、ジグザグに下り17時28分、阿玉水壩(ダム堤防)につく。ダムを渡り対岸の事務所下に着く。先ほどからポツポツ降り出した雨は、事務所の軒下で着替えなどをしているうちに雨脚が強まってきた。

鉄塔わきの保線路を行く
阿玉水壩(ダム)が下方に現れた、右に孝義集落
17時52分、堤防の上の道に出て、孝義に向けて歩く。雨がけっこう降っているので、タクシーを呼んで烏来のバスターミナルに行くことにする。メンバーが付近の民家に尋ねて呼んでもらう。親切なことに民家では我々を中にいれて、車が来るまでもてなしてくれた。本当にありがたい。前に同じように山から下ってきた老夫婦がいたそうだが、道にまよってやって来たようで途中転んだり、大変だったという話をしていた。18時21分、タクシーがやって来る。タクシーの運転手も同じようにこの老夫婦を載せて烏來へ送っていったそうで、その時の話をしていた。18時40分過ぎにバスターミナルに到着、18時45分発のバスで帰途に就いた。

ダムの上から下阿玉山を望む
タクシーがやってきた
距離約12.3km、登坂合計800m弱である。休憩やその他道探しなどの時間を入れて約11時間の行動時間だ。かなり時間を要したが、道の状態が悪いことが関係している。不人気な山は、道の状態が悪く草刈や時間がかかることは覚悟していかなければならない。コースの難度は、高さや距離だけではない。道の状態が大きく関係する。困難度はクラス4+だ。地図が読め、道の状態が悪くてもルートファインディグができることが必要である。経験者向けのルートだ。

2018-06-09

2018年6月8日 新店龜山大粗坑山 台湾最初の発電所跡から登る

翡翠水庫への橋越しに見る大粗坑山(中央の山)、左方が猴洞崙
筆者の登山活動は、基本的に自分で企画、仲間を募って行動というパターンが多い。まったく他人の活動に参加しないわけではないが、自分でやらなければ登山でないという気持ちが強いので、ほとんどが自分で探し選んだ場所を訪れている。今回の対象、新店の奥亀山地区にある大粗坑山の山塊は、かなり早い時期に資料をあつめて、いずれは行こうと思っていた。しかし、特徴があまりない不人気な山は、なかなか足が向かなった。

壁だけが残る亀山発電所跡
説明板
それが今回訪れたのには、理由がある。一冊の本である。今週初めに日本から訪問され一緒に歩いた土倉さんが持ってきてくれた本、『百年滄桑-土倉龍次郎と台北龜山水力發電所』という本である。2006年発行のこの本は、非売品なので入手するのは簡単でないようだが、本来は台湾で発行された同名の本の翻訳版である。日本統治開始間もない台湾にやってきた、吉野式造林法で有名な土倉庄三郎の次男土倉龍次郎が、この地で造林をはじめそして1903年水力発電所を造り電力を供給する会社を起こした。その後、日本土倉本家の財政状態悪化のため、利権を売却した。彼は、台湾の樟脳王であり造林王であったが、同時に電気を台湾にもたらし、その後台湾の経済発展に大きく寄与した人物である。

発電所跡は新店溪のわきにある
亀山は、その奥にある烏來へいくときに必ず通過する場所である。いままでかなりの回数烏來を訪れたが、亀山は単なる通過点であった。亀山の背後にある菜刀崙に登るときに、一度降りただけだ。しかし、今では大型車が高速で通り過ぎる新烏路三段の町並みは、以前は重要な産業の中心であった。もともとタイヤル(泰雅)族の蕃地(平地政権の力が及ばない場所という意味合い)であったところへ、土倉龍次郎がやってきて植林事務所を開いた。地元の原住民とは力でなく、物品交換の経済活動や開明活動を通じて関係を築いていった。1898年当時の政府から許可を得た広大な山地は、クスノキを伐採して樟脳を作り、その跡地に杉やその他の植林、また茶ノ木を植えた。その後三井財閥が引き継いでも、亀山は樟脳や材木の集積地として、また製茶工場も作られ繁栄した。

今日の龜山の町並み、奥の山は直潭山
亀山発電所は、その後近くに新亀山発電所(現在の桂山發電所)ができ、1941年に運転を停止した。発電機などの機械はその後、台湾東側の発電所へ移設された。発電所の建物は、その後民間に売却され作業所などとして使われたそうだが、2012年に崩壊し現在は壁の下半分が残る、無残な姿である。遺跡の前には、由来を記した説明文があるだけで、台湾第一の発電所は、その説明文がなければ台湾産業発展史に重要なこの遺跡があることすらわからない。

時計回りに回遊
猴洞崙へは急坂で登る
大粗坑山は、北勢溪と南勢溪の二つの河が合流し新店溪となる場所に存在する亀山の東側、大きな山容の大桶山の後ろにある。山の中腹まで桂山路が通じ、茶畑などもある。現在は漢人住人が中心なこの地は、土倉植林事務所やその後買収して引き継いだ三井財閥が、開拓していたった場所である。山の北側には台北の水がめ翡翠水庫があるが、ほとんど景色がないこの山が不人気なのはうなずける。道の状態は、こうした山の中ではそんなものかなと思うが、道標やマーカーリボンが少なく、訪れる登山者が少ないことが察せられる。

発電所跡から見る大粗坑山
本を読んで衝動的に行くことを決めて、山行を告知した。また、ほとんど夏と同じ暑い日である。今日は5名の山行だ。烏來行の849番バスは、10~15分に一本と頻繁に運行されているが、MRT新店駅から乗車だと平日でも乗客が多い。そこで台北駅発の849番バスが通過する公館から7時半に乗車する。一名は先にバス下車点翡翠水庫バス停へ向かい、そこでおちあう。8時20分に到着し、先に亀山発電所跡に向かう。亀山方面に少し行き、左に河原へ降りる。写真で見ていた遺跡を探すが、見つからない。少し戻ると説明文があった。崩壊して下壁半分だけが残る状態なので、通り過ぎてしまったのだ。

桂山路から亀山への道の入口、門が作られ入れない
萬年橋から見る亀山と手前の南勢溪
桂山發電廠(もとの新亀山発電所)入口
新烏路へ戻り翡翠水庫の堤防や管理ビルへ通じる第一橋のまえを過ぎる。守衛が常駐している。希望すればダム参観はできるようだが、一般に公開はされていない。台湾電力研修所のわきを左に桂山路に曲がり、右に小高い亀山への道が分かれる。この亀山の小山には三井の製茶工場があったそうだ。今は銀行の倉庫が建てられており、道の入口は門ができて閉ざされている。その先、もともと吊り橋のあった場所に架橋された萬年橋を渡る。渡ってすぐ、左に桂山發電廠への道を分け、右に登っていく。すぐ左に発電所の宿舎や購買部を過ぎる。購買部のアイスキャンディーは有名だ。下山後に立ち寄ることにし、今はそのまま桂山路を行く。

桂山發電廠冰品部の駐車場、バス停が見える。背後は菜刀崙
桂山路61巷の分岐、左の路地を行く
新北市の龜山線無料バス桂山電廠バス停を過ぎる。左対岸に直潭山やそのふもとにあるダム管理ビルなどをみて、道は登っていく。9時2分、左に桂山路61巷の路地が分岐する。この道を進む。脇が畑で開けたところでは、直潭山から中嶺山へと続く山並みが見える。道は山襞にそって曲がりこみ、沢をコンクリの橋で越えると、最後の民家を通り過ぎる。犬ができてき吠えてくる。9時16分民家を通り過ぎてまもなく、舗装がおわり道幅も狭まる。これからは古道の容貌だ。

直潭山から右に中嶺山への山並みが続く
草に覆われた道(ほとんど踏み跡なし)
数分で分岐が現れる。左は山腹を横切っていく道、右は峠を越えていく道で、先で合流する。右の道を取り登っていく。タケノコの竹林をすぎ、ジグザグに登っていくと檳榔林になる。道がはっきりしなくなるが、地図と見比べて草の間を行く。前方に作業小屋が見える。地図上の道であることには間違いない。作業小屋から左に小沢沿いに下るはずだが道がない。そこで、先ほどの山腹道へ引き返す。約50分ほどの無駄な時間となったが、それはそれでよい。不人気山はそうしたことも予定しておかなければならない。この山腹道分岐でメンバーの一人は退却し往路を戻っていった。

山腹道への分岐へ戻る
檳榔林を抜けていく
倒木の道
山腹道は緩い坂道で山襞にそって進む。途中先ほどの檳榔林の下方を横切っていく。倒木や草をかぶった場所もあるが、倒木には足掛かりの切れ目も入れてあり、そこそこ歩かれているようだ。10時34分、小沢を越える。水量は少ない。そのわきで休憩を取る。沢をこえた後もまだ、山襞にそって進み、もう一つ沢を越える。その先で、右に猴洞崙から降りてくる尾根の末端に来る。右に分岐をとり、急坂を登り始める。この時期の尾根歩きは、本当に暑い。汗がどっと流れる。風もあまり吹いていない。足が重い。11時10分、左下に樹木を通してダムの堤防が見える。更に数分登り、おおむね山頂まで登り半分の位置で休憩を取る。

樹木の向こうにダムが見える
急坂を登る
ところどころ黒のテープ状ロープの急坂を登り、最後に左に回り込んでいき、11時46分猴洞崙山頂(標高512m、別名牛皮烘山)につく。当初の予定では、ここから翡翠谷山へ往復するつもりであった。ここから標高差約200mほど下り、かえりは登り返すことになる。暑くて大変なので、それは取りやめ長い休憩を取ることにする。時々風も感じる。雨がパラパラと降るが、本降りにはならない。空が曇っているので、歓迎だ。

@猴洞崙山頂
造林地のコンクリ柱
12時34分、尾根上を大粗坑山に向けて歩き始める。尾根上の道は、こころもち先ほどの登りに比べると状態がいいようだ。野牡丹の紫の花が目立つ。数分歩くと、北府造林地と読めるコンクリートの柱がある。稜線上は、風が吹いているので先ほどよりは楽だ。最後に急な坂を上り、12時51分大粗坑山(標高583m)に着く。ここも樹木に囲まれた山頂で、展望はない。少しもどり、右に急坂を下っていく。13時、分岐に来る。先ほど登っているときに、左に山腹をいく道を分岐したが、これがここにつながっている。つまり巻き道だ。2009年の古ぼけて文字が薄れた藍天隊の道標がつけてある。

満開の野牡丹
大粗坑山山頂
古い道標
道は、稜線の右側を巻いていく。13時8分、道は左に大きく急坂で下っていく。数分下ると、右に道を分岐する。左にとり、道を登り返していく。上りつめたところから振り返ると、かなり尖った無名ピークがそびえている。道の状態も良くなってきた。草がビッシリ生える平らで広い道を進んでいく。杉林もあり、造林された場所だろう。13時23分、上の方からの犬の吠え声で驚き見上げると、民家がある。その先から土の産業道路が始まる。

山腹道を行く
三角ピークを背後に見る
杉林の中を進む
草がビッシリ生えている
竹林を行く
自動車やバイクが往来するので、道幅は広い。少し上り下りが続く。13時31分、茶畑うえで開けて視界のよい場所で休憩する。風が吹いて気持ちがよい。先ほど猴洞崙でもメンバーや自分の持参したビールを飲んだが、ここでも最後のビールを飲む。暑い夏の登山は、冷えたビールに限る。ここからは、南勢溪の対岸の直潭山の左奥に、觀音山や林口の台地が遠く見える。

開けた茶畑の上からの展望、正面に直潭山、右には大粗坑山、左遠くに觀音山
中國文化大學林場前で休憩、ゴミ収集車が通り過ぎる
少し行くと、道は舗装路になる。13時48分、分岐に来る。左に行けば翡翠水庫のわき出る。渇水期には九紀山へ続いていける。ただし、自然保護区なので許可が必要だ。分岐を少し左に行ったところから、火燒寮山から大桶山へつながる道が始まる。分岐は右にとり、数キロの桂山路下りが始まる。気楽な歩きである。道はゆっくり高度を下げていく。右に民家が現れる。14時14分、中国文化大学華林林場正門にくる。門の前で小休憩する。休んでいると市のゴミ収集車が、例のエリーゼのための音楽を鳴らして登ってくる。集落があるから、ごみの収集も必要だ。

先ほど歩いた稜線が対岸に見える
桂山發電廠冰品部
10元のアイスキャンディー
更に下っていく。今日の午後あるいた猴洞崙から続く山並みが、右に高くなってくる。つづら折れの道を下り、民家が現れてくる。14時58分、朝に歩いて行った桂山路61巷の入り口を通り過ぎる。更に数分下り、桂山發電廠購買部の駐車場脇から中に入る。購買部には、平日だがかなりの人が列をなしてアイスキャンディーを買っている。我々も買って、わきの建物で休みながら食べる。暑い日には、最高だ。一つ10元と、今時ではとても安い価格だ。新北市の無料バスがあるが、一時間後である。そこで、亀山の新烏路上台電訓練所バス停まで戻り、15時40分バス停についてまもなく849番バスがやってきた。

849番バスがやってきた
かなり汗をかいた山行である。最近は暑いこの時期は、あまり近郊の低山に登る気がしないが、今回は冒頭に述べたように、興味にかられて行ってきた。山自身は不人気ルートの一つで、景色もない。もちろん山歩きとしては、楽しめるが。今回予定に入っていて行けなかった翡翠谷山へ、行くことがあるかもしれない。道標はほとんどないので、地図が読める力が必要だ。道筋はそこそこあるので、草深いところもあるが、鎌を持っていく必要はない。体力的には、暑さを考えなければクラス3だ。