このブログを検索

2013-04-30

2013年4月28日 土城太極嶺-五城山-天上山 油桐花鑑賞登山

承天禪寺の境内から天上山方向を望む、山腹は油桐の花が満開
毎年この時期は、山腹に咲く白い油桐の花を中心に、桐花祭の催事が各地で執り行われている。新北市土城区の天上山付近は、よく知られた桐花鑑賞場所だ。昨年は友人Hさんと天上山に登った。今年も同じく天上山を油桐を鑑賞しながら逆方向に歩いた。天気がすぐれず、時々雨が降る中の登山だったが、今回はこのブログを通じて知り合った新しい山仲間との登山で、地鶏料理を食べるなど興味深い一日だった。

四海バス停から出発、永寧駅へ歩く
高度プロファイル
天上山山系、今まで歩いた道
今回は、先月半ばに下山してきた土城青雲街の奥にある石門街四海バス停から出発、太極嶺を経て五城山へ登る。そこから南西へ天上山へ縦走、ピークを越えた後は、望月亭の鞍部からさらに主稜線を進んで龍泉路にある「阿砂利土鶏城」地鶏料理店へ歩く。食事を終えた後は、車道の承天路から山道を承天禪寺へ下り、さらにMRT永寧駅まで歩いた。満開の油桐は、遠くから見ると山肌を白く飾り、落ちた無数の花びらは単調な山道に白の絨毯を敷いたかのようだ。

太極嶺の下あたりで見る桐花と谷あい
シダの上に落ちた油桐の花
山登りの活動は、フェイスブック上のTaipei Hiker Clubを通じてメンバーに連絡している。今回は、この知らせでMRT江子翠駅に集まった常連の四名に加え、初めての同行となるWさん、彼のクラブメンバー友人も四海バス停で参加し、全員13人の大部隊だ。8時52分、多くのバスが並んでいる終点の四海バス停から、石門街を登り始める。道は乾いているが、雨がパラパラ降り始め、傘や雨具を着ける。歩くこと10数分で、右に甘露寺への道が分岐する。その先を行くと、このあたりには珍しい檳榔の林が対岸にある。その先少しに太極嶺への山道入口がある。油桐の花がたくさん路上に落ちている。13名全員の写真を写す。

今日は、板橋に住み付近の山を熟知しているWさんが、先頭を歩く。山道はいきなり急坂が続く。木板を使った階段や、石段である。土の上に落ちた桐花がそこここにある。登ること約20分、石段の坂道に合流する。ここは左に先に下る。数分下って沢を越すと、また登りが始まる。急な坂道は、太極嶺の枝尾根を登る。10時少し前に、鞍部につく。ここには時計が幹に掛けてある。メンバーが多く、体力も差があるので、時々適宜休憩していく。また、急な登りが続く。約10分ほどで、多くの桐花が咲いている場所に着いた。みな、思い思いに写真を撮る。天気はぱっとしないが、白い花が沢山咲いているのは、しばし苦労を忘れさせる。10時半、今日の初めてのピーク太極嶺(標高330m)に着く。頂上には、鉄棒やバーベルなどの運動機材があり人里近い山の特徴だ。

五城山の登りから文筆山方向を望む
五城山への登り
太極嶺からの石段下り道の両脇には、桜の並木が続く。桜の時期にくれば、桜のトンネルだろう。右に石門街からの、左は山中湖からの道が合流する十字路をすぎ、五城山への登り坂が始まる。途中幾つかのあずま屋が設けられている。左に樹木が切れている場所からは、文筆山とその中腹に大きく建つ納骨堂の建物が、密生した桐花の向こうに見える。岩の間やステンレス製梯子を登り、11時に五城山(標高403m)に到着する。別のグループがあずま屋の中で談笑している。雨がまたパラツキはじめた。

花で文字






10分ほどの休憩のあと、天上山へ向けて尾根道を進む。幅広の尾根道はあまり起伏が無く、足取りも軽い。雑草も刈られている。三箇所ほど、臨時の荷物搬送ケーブルが設置されて、仮設の登山道を行く場所もある。どうやら鉄塔の建設をしているようだ。反対側から大勢のグループがやってくる。いくつかの小隊に分かれているが、総勢88名の台中からのメンバーだそうだ。緑の苔に覆われた石には、落ちた桐花を並べ文字にしてある。右に甘露寺への分岐を分けると、天上山頂上への登りが始まる。石畳の坂道を登ること10分弱、12時に木製の天上山頂上展望台(標高430m)に着いた。三度目の頂上だ。幸いに雨は降っていない。周囲の山々はガスに隠れているところもある。獅仔頭山から熊空山への山塊は、谷間に雲が埋まっている。対岸の山腹は白色の桐花が水玉模様にように茂っている。


天上山から北東方向を見る、桐花が山肌を飾る。丸く尖ったピークは五城山(マウスクリックで拡大表示)
土鶏城への下り道を歩くメンバー
茶葉に落ちた桐花
「阿砂利土鶏城」地鶏店
全員で記念撮影を済ませ、望月亭の鞍部へ下る。数分で左右に道が下っていく鞍部に着く。メンバーの一人が、ここから先に下山する。Wさんの提案で、下山前に地鶏の店「阿砂利土鶏城」で食事をすることになる。店は、尾根をさらに西に進んだ龍泉路にある。先に少し登ったあとは、ずっと尾根を下っていく。茶畑のわきを少し登り返すと、店に着いた。20数分の距離である。店の名前、阿砂利は、日本語のアッサリから来ている。こちらでは、もとの意味から少し拡大し、あまり拘らない、気持ちが大きいと言った意味で使われている。日本統治時代の名残が、こんなところにもある。油桐花は油をとる商品作物として日本統治時代に植樹されたことから、広まった。実は、これも当時の名残である。Wさんは、この地鶏の店をよく知っているようだ。地鶏のスープは、とても美味しい。もちろん、先にビールで乾杯することは、忘れない。ただ、まだ歩きは終わっていないので、酔っ払うわけにはいかない。

テーブル上の料理、これからビールで乾杯!
大変な人出、行列するほどの登山道
ゆっくりと約50分ほど食事を楽しみ、13時43分に永寧へ向けて下り始める。Wさんは、もともと山道経由で行こうとしたが、途中のあずま屋で不幸があったということで避けた。車道を道なりに下って行くと、もうここは観光地の一部、出店が道のわきに多く設けられている。十分ほど下ると、左に石畳の山道が分岐していく。この道を下る。大勢遊楽客が、道を登ってくる。我々のような登山客は、少数だ。20分ほど下り、承天路に出る。この辺りは遊楽客でごったがえしている。露天もびっしり出店している。桐花満開の日曜日、無理もないが。永寧駅までシャトルバスがあるが、そのまま歩いて下ることにする。承天禪寺を抜け、石畳の登山道を下る。桐花公園の山門をすぎ、承天路を渡って沢沿いの桟道を進む。15時17分、MRT永寧駅に到着。ここでWさん一行と別れ、我々五人はMRTで帰宅した。

今回の行程は、距離10.2km,累計登攀高度670m、休憩込みの行動時間6時間半だ。昼食をゆっくり楽しんだので、歩いている時間は5時間強というところだ。下りの際には日がさし始めたものの、山での移動中は雨が時々パラツイた。しかし、目的の桐花は鑑賞できたし、新たな山仲間とも知り合いになれた。天候が悪かったことを補って、更に良い山行であった。

2013年4月20日 日本奧秩父山域瑞牆山 - 攀爬日本百名山之一

行きの車から見る瑞牆山
日本帰国を利用して、再度山登りをした。今回は東京から離れた、山梨県北杜市にある瑞牆山である。この山は、山域としては奥秩父に属し、その西端に位置する。岩が露出し奇峰が並ぶ独特な山容は、神社の石垣という意味の瑞牆という名がふさわしい。実際、宗教修行の場所でもあったという。

筆者は、三十数年前学生の頃、秋の瑞牆山に登った。紅葉が花崗岩の白っぽい岩に映え、美しい姿であったことを覚えている。今回は、それまで数日の好天と打って変わって、寒波の訪れで気温が大きく下がり、登頂したころにはガスのなか、頂上付近の木々は霧氷、さらに白いものがちらつくという、前回とは大きく異る山行だった。

過去のブログ記事にならい、今回も台湾の読者を対象に、中国語で記述します。

=============================

瑞牆山位於離東京150km的山梨縣北杜市
從山腳的瑞牆山莊來回山頂
高度約1500m爬2230 m瑞牆山山頂
在三十多年前,我還在大學讀書時曾經去爬過日本百名岳之一,瑞牆山(海拔2230m)。「瑞牆」之意思是神社的圍牆,此座山有多數石崗岩的奇峰圍繞著,彷彿山頂有圍牆。其實,它曾為信仰的對象,山中的洞窟裡還留著古代修身者的痕跡。

瑞牆山位於離東京約150km的山梨縣北杜市,以其所屬的山域來分類就是奥秩父山域的西端。奥秩父山域為關東地區的主要山脈,其中海拔2601m的最高峰北奧千丈岳為首,東西各方向延綿幾十公里的龐大山域。山域擁有很深的山林溪谷,它的魅力就在於其幽美的山林與溪谷。

往瑞牆山的路上看到南阿爾卑斯山脈的高峰
這次的山行,前一天晚間先去找住在北杜市的朋友過夜,第二天早上朋友開車前往瑞牆山的登山口瑞牆山莊。我們在七點鐘出發。天氣晴,自朋友家可眺望周圍的高山峻峰,包括所謂日本南阿爾卑斯山脈(原名赤石山脈)與八之岳山脈在內,都是代表日本中央山域的高峰群。山頂仍然戴著白色的雪冠,等到夏天才看到其地面。路途經過人造湖瑞牆湖,增富溫泉區等地標,花了大約1小時抵達瑞牆山莊。走在終點附近時,前方看到了瑞牆山的奇峰群高聳於無葉的白樺樹林背後。

登山口附近,有注意熊出沒的警告牌
車子停好踏出車外就發現氣溫相當低。過去幾天天氣很好,而且氣溫也高,但今天起寒流慢慢覆蓋日本,天氣已呈現變化。雖沒下雨,但天空已是陰,還好沒有風。當我三十幾年前來訪時,正是秋天而天高氣爽,記得滿山都是紅葉黃葉,格外漂亮。今天則是初春,而且遇上寒流來襲,不禁感到自然的大力量。

朋友與兩個小朋有在爬山路
我朋友帶他的兩個小孩來,小學一年和二年級的男童,他希望小朋友趁此對登山會產生興趣。他們曾去爬過東京附近的山,但與瑞牆山比起來簡單多了。今天的山行對兩個小朋友來說,是一個挑戰。

在8:15我們整裝後出發。走進山路沒幾步,看到樹幹上掛著小心熊出沒的警告牌。這裡的森林有日本熊等大型動物生棲。很多山友身上掛著小鈴子走路,就是為避免遇到熊。啟程時的緩坡,走上十幾分鐘就陡起來,不過山路很寬算好走。走大約二十分,橫過一條林道,接著山路又爬去。路面出現大型石塊,露出這裡那裡,步伐要小心。觀察地面,發現有長霜,表示晚間氣溫相當低。再走十分鐘就爬到設有凳子的休息地,這裡就能眺望瑞牆山的神氣山容就在山林中聳立著。兩個小朋友,不愧是每年五十多次爬山的登山達人之後代,很有精神,一點都沒有露出疲累的表情。

富士見平與山莊
小川山岔路
從休息地山路行在寬稜上,我們繼續陡上去。在九點鐘,自登山口起爬了大約50分鐘,我們到了富士見平小屋。天氣好的話,這裡就如名能望到富士山,可惜今天天氣不夠好,連影子都看不到。此間山莊今天無人,好像在日本的黃金週開始營業。此處是個岔路,一條是往金峰山,另一條往瑞牆山。休息幾分後,往瑞牆山再前進。山路變平緩,饒著山腰而行。走在松樹原始林大約二十分,我們來到往小川山的岔路。過岔路後,山路往山谷開始陡下。爬瑞牆山之前,要先過谷底的溪水。面向北方的路面還有未融的大冰塊。我朋友教他小孩如何走結冰的路而下坡。下去大約十分鐘,到了沒流水的天鳥川谷底。

有裂開的巨岩
攀爬瑞牆山就在此開始,海拔2230m的山頂還有三百七,八十米的攀登才能到。起步的地方有正中間裂開的巨岩,讓人好奇如何形成的。巨岩旁有木製梯子,先爬梯子而上。山路越上越變陡,也出現拉繩的難走地點。越過大小無數石塊,一直陡上大約一小時,我們到了一個奇峰的底部。從山頂下來的登山客跟我們說,山頂附近有很多殘雪,必須謹慎行動。再走上幾分鐘,看到上面的樹葉上附著霧冰。霧冰是過冷卻的空氣水分,碰到樹葉等東西馬上就結冰的。道理來說,這裡的氣溫應該零度以下,還有從天空飄下來白色的小粒,算是飄雪吧。我朋友發覺與小朋友繼續上去會危險而決定返回去,說在溪谷旁的休息地等我。小學一年級的老二雖不說累,但看得出來有點疲倦。

拉繩而上岩石
爬到奇峰底部
霧冰附住的山林與大石塊的山路
裝上冰爪
我獨自繼續爬上去沒多久,果然路上出現結冰的殘雪。氣溫的確很低,我拿出來雨衣褲子穿上。與他們三個分離後走了大約半小時,到了鞍部岔路點。山頂不算遠,但向北的山路全部被殘雪覆蓋著。於是我拿出來與朋友借的冰爪裝上。當學生時代攀爬冬季雪山時,常用冰爪。這次算是三十多年以來的頭一次。裝上冰爪就好走多了,再爬上幾分鐘,在11:35到了山頂。山頂本來有很廣闊的風景可望,但今天可惜只看到灰白的濃霧。往下看,還可分辯剛剛爬上來的山谷。山上有幾個登山客,也正要下山。我也跟著他們下山。

冰雪山路,山頂已不遠
山頂看走上來的山谷
山頂上的筆者
下山的路,有點雪粒在地面上
下去冰雪路更加要小心。萬一滑倒就無法停止而滑下山坡,很可能面臨嚴重的後果。經過鞍部後,還裝著冰爪再下坡,直到剛才與朋友三人分開地點附近才卸下冰爪。陡下山坡大約一小時,終於回到天鳥川谷底。走到溪邊就看到他們三個人。朋友說他們在此過大約一小時吃飯休息,正要往富士見平小屋出發,一邊走一邊等我追上他們。於是我們四個上陡坡至小川山岔路,再往富士見平走緩坡路,13:30終於回到小屋。山莊前的平地上有四,五個帳篷已經立好,山友在此過夜吧。我都還沒吃午餐,便坐下來吃飯糰。

下山時看的瑞牆山的山頂在濃霧中
吃了甜點休息好的小朋友,回復了元氣,特別是老大很有活力,在我們三個前面很快速下山去,朋友不只一兩次叫他止步等我們。在14:40我們經原路回到瑞牆山莊的登山口。雖然沒登到峰,兩個小朋友也很開心。這裡的氣溫也只有二度而已,下著冷細雨。開車下山至增富溫泉,泡澡洗掉一天的辛勞。登日本的山後,很多地方有溫泉可洗,這也是登山樂趣之一。朋友說,再過一兩個月天氣變穩定後,再與他小孩來一起爬山頂。我相信他們能成功。

增富溫泉,春天快要到
今天的路程,距離只有6.6km,累計攀爬高度為813m,卻花了六小時半(含休息)。與小朋友一起爬是一個理由,但山路陡峭也有關。天氣不理想,看不到風景,但我覺得春天的此時能夠體驗霧冰也隔了幾十年再裝上冰爪而爬冰雪是相當值得的。

2013-04-08

2013年4月7日 平溪孝子山-慈母峰-普陀山-慈母嶺 再び岩尾根の山を訪れる

慈母峰の登りから見る孝子山の独立峰
孝子山から見る慈母峰とその岩尾根、階段が刻まれている
約一年前、昨年三月末に平渓の岩尾根の山を歩いた。孝子山から歩きはじめ中央尖を経て臭頭山を越えたあと、東勢格古道経由で平渓国中へ下った。今回は、友人と同じく孝子山から付近の岩尾根の山を全部回遊するコースを歩いた。昨年三月歩いた中央尖へのルートを、半ばで折れ曲り、慈母嶺を経て同じく東勢格古道へ出る形で歩いた。歩いた距離は短いが、前回歩いていない慈母峰と慈母嶺を含んだ、平渓の谷の南側にある岩尾根の険しい道を、これで全部歩いた形になる。

慈母峰から見る普陀山
今回の山行は、孝子山、慈母峰、普陀山の順で登り終えた後、中央尖への道を大岩壁下登りつめる。中央尖へは左だが、この分岐で右に曲がり、慈母嶺へ登っていく。ピークを越えた後は、東勢格古道へと下りが続くが、途中の慈母嶺頂上への道が右に分かれる。岩壁をよじ登り、頂上へ立ち寄った。この岩壁はかなり切り立っていて、同行のメンバーには少し大変な経験でもあったようだ。北台湾の三大岩壁コースの一つである岩尾根ピーク群の登山を、昼前までに無事終了し、時間が早いので平渓の老街を少しぶらついた。

回遊型のコース(マウスクリックで拡大)
山中では登り下りを繰り返す
今年の冬は、比較的雨が少なかった。お陰でかなりの山行ができた。ここ二週間は、台北に不在だったことと、数日の長雨のため思うように山登りができていない。冬に雨が降らないため、台湾は水不足になっていたので、この長雨は慈雨として歓迎ではあるが。今日は、寒波が来ているが、雨は止んでいる。友人三人とMRT木柵駅のバス停で落ち合う。常連になっているWさんに加え、久しぶりのLさんとTさんだ。7時20分過ぎに765番バスがやって来た。朝が早いので、車内は空いている。平日であれば通学バスとなるが、休みなので学生は乗っていない。

孝子山登山口、上に孝子山が見える
約40分の乗車で平渓国中バス停に着く。曇りだが、ガスはかかっていないので周囲の山が望める。平渓国中の奥に薯榔尖が頭を出している。少し平渓老街の方向に雙菁公路を歩き、道標に従い右に登る産業道路を進む。登ること十数分で舗装路は終わり、登山道入口となる。眼前には孝子山の独立峰が木々の上にそびえている。前回は左の道を進んだが、今回は右の道を取り進む。花崗岩の階段、続いて旧来の石段が続く。数分の登りで孝子山、慈母峰、普陀山への三叉路に着く。

孝子山の登り





先に左の道を孝子山へ向かって登る。岩に刻まれた階段道が登っていく。地元行政の整備で、立派なステンレス棒のポールと太いロープの手すりが両脇にある。このような手すりが、この周辺の道にはすべて施されている。これらが整備される前は、かなり気を使って登らなければならなかっただろう。階段道を登りつめると、孝子山基部の踊り場に出る。反対側から登ってくる道と合流する。孝子山頂上へは、左右のどちらからでも行ける。右に道を取り登る。左から回ってくる道と合流すると、ステンレス梯子の下に出る。ここからは、樹木がない露出した岩登りとなる。ここも、梯子が掛けられ、階段両脇に手すりが設けられているので、楽に登れるようになっている。それでも、一部かなり急な部分の現れるので、スリルがある。8時40分、頂上に着いた。

孝子山直下の展望台からの眺め、薯榔尖から姜子寮山をはさみ五分山まで一望だ、中央は平渓の街
慈母峰の登り、背後に孝子山のピーク
標高360mの孝子山は高くはないが、特徴のある切り立った独立の岩峰である。狭い頂上からは、岩肌が露出した慈母峰や普陀山や、その他峰々が見渡せる。もし霧がかかっていれば、さしずめ山水画の境地だろう。登ってきた階段道を下り、先にその先の展望台へ立ち寄る。その後もう一つの道を経由して踊り場へ戻る。更に三叉路へ下る。ここから、中間の道を慈母峰へ登る。慈母峰へは、途中二、三ヶ所灌木があるが、長い露出した岩尾根の登りが続く。手すりのある岩尾根階段道は、実際に登っているときは感じないが、遠くから登っている登山者を見るとアリの戸渡よろししく、危なっかしく見える。登るにつれ、背後の孝子山が低くみえるようになる。9時10分、ステンレス製基石のある慈母峰頂上(標高426m)に着く。三叉路から十二、三分の登りだ。

慈母峰頂上、ステンレス製基石がある
対面には切り立った普陀山がこちらと高さを競っている。孝子山は、ここからみると谷あいの数ある尾根上の特徴あるハゲ岩でしかない。実際、まだ未踏の岩のピークもあるだろう。今日は寒波のせいで、風が吹く頂上は少し寒い。少し休憩した後、普陀山との鞍部へ下る。大きな岩壁に階段が刻まれている。ここも手すりが設けられているので、助かる。鞍部は、三叉路から登ってくる道と合流する。三叉路側に少し階段道を下り、普陀山への道に入る。山腹をトラバースした後、尾根に取り付く。露出した岩尾根階段を登り、9時37分に三体の仏像があるピークに着く。頂上はその奥の観音像がある部分だ。431mの普陀山頂上から、今しがた登った慈母峰頂上に三人登山者がいるのが見える。

観音像のある普陀山頂上
普陀山頂上から見る慈母峰頂上、三人登山者がいる
大岩壁の底を登る
同じ道を下り、慈母峰と普陀山の鞍部から中央尖方向へ道を下る。下りきると、虎嘴口駐車場からの道と合流する。また登りが始まる。今日のルートは、それぞれは数十メートルの高低差だが、単独峰の登り降りを繰り返す。天灯の残骸が、道端や森の奥にも残っている。二月には数百数千と飛ばしたので、その結果は当然こうなるのだろう。登ってしばらく、石段の道は白い岩壁の底を登るようになる。10時10分、右に慈母嶺への道が分岐する。そのまま進めば中央尖へ続く。分岐でしばし休む。分岐から少し登ると、尾根上を進む。岩が露出した尾根道は滑りやすい。岩に彫り込んだ階段もある。この道は、歩行者数が少ないのか、それまでの道ではあったステンレスポールによる手すりは設けられていない。10時20分、慈母嶺と思うピークに着く。ただ、これは後で確認してみると無名ピークで、慈母嶺はその後に登った独立ピークがそのようだ。

慈母嶺頂上への分岐点、右奥に岩壁
ここからかなり急な下りが始まる。一度鞍部まで降りると、孝子山登山歩道の案内板がある。そのすぐ先には左に下っていく道と、右に岩壁を登っていく道がある。この3,4メートルの岩壁をよじ登りその上の道を進むと、10時50分展望のきく独立のピークに着いた。表示が全くないが、これがどうやら慈母嶺(標高385m)のようだ。対面は峰頭尖の山塊だ。尖った東峰が顕著だ。南方向には中央尖が覗いている。峰頭尖から伸びている九龍山の尾根の向こうには、石底觀音山と刀石崙がある。その右には薯榔尖、その更に右は石筍尖だ。山裾は菁桐の集落がある。カラフルなディーゼルカーが、ゆっくり谷底の平渓線を走っている。腰を下ろして食事をとり、ゆっくり休む。今日の山登りは、これが最後のピークである。

慈母嶺から見る菁桐とその背後の山、左から石底観音山、刀石崙、薯榔尖、石筍尖
慈母嶺頂上から見る中央尖
登ってきた道を戻り、岩壁を下る。こうした経験が初めてのメンバーは、緊張した面持ちだ。岩壁を下りきり、東勢格古道への坂道をくだりはじめる。けっこう湿った地面で、滑らないように慎重に歩く。右に白い大岩壁が露出し、その底の部分に刻まれた階段道が長く続く。はじめはロープ手すりが取り付けられているが、半分ぐらい下ると手すりが切れてない。枯葉が落ち濡れた石段は、滑らないように一歩ずつ丁寧に下る。ここを過ぎればあとは少しの下りを残すのみ。11時45分、慈母嶺頂上から約35分で、東勢格古道の分岐に着いた。残りは平なトロッコ線路跡の東勢格古道を進む。時間がまだ早いので、平渓老街へついでに行ってみることにした。左に平渓国中へ下る道を分けた後も、そのままトロッコ跡道を歩く。左の谷側が開けると、終点の虎嘴口駐車場に出た。これで山道は終わりだ。時刻は、12時を少し回ったところ。

大岩壁わきを下る、手すりはない
少し下ると朝登っていった産業道路に合流し、左に下って雙菁公路に出る。右に平渓に向かい歩く。日曜日の雙菁公路は大型バイクや車が多く走っている。石底橋までくると、観光客があふれている。ここからは、別世界だ。少し場違いな感じがするものの、平渓老街を登っていく。テレビコマーシャルでロケにしばしば使われている場所だ。犬が一匹道の真ん中にいる。こんなに賑やかな通りで過ごしているのに、痩せこけているし、足も怪我をしているようだ。首輪をしているので野良犬ではないようだが。老街の最上部にある郵便局まで歩いた後、また戻って福昌餐廳で食事をする。いつもだが、山登りを終えた後、友人と飲むビールはとてもうまい。

谷側が開けると、東勢格古道の山道は終わりに近づく
今日の行程は、平渓老街の入口までとして、所要時間4時間15分(休憩を含む)、距離約4.7kmだ。山道部分は3km強だ。距離は少ないが、登り降りを繰り返しているので、ギザギザ鋸刃の歩行パターンである。今回登った四座のうち、孝子山、慈母峰、普陀山の三座だけで終了し、虎嘴口駐車場へ下れれば約3時間、半日で終了できる手頃なハイキングとなる。ただ、三座とも露出した岩尾根道が続くので、スリルは満点だ。