このブログを検索:山名などキーワードを入れてください

2026-05-19

2026年5月2日 象寮古道~石空山~太和山~鶯仔嶺~坪溪山 SBT雪山大縱走ルートを再び訪れる

太和山山頂

数日前に訪れた宜蘭縣外澳から、今度は太和山を経由して鶯仔嶺を登った。下山は以前から訪れようと思っていた鶯仔嶺の支稜上にある坪溪山を経由、最後に烏山古道から雙溪區灣潭へと下った。2014年にちょうど灣潭から出発し、鶯仔嶺から太和山へと歩いた。その時は、稜線分岐から太和山への道は、ほとんど歩かれておらず踏跡も不明、鎌を持ち出し藪漕ぎし苦労して通り過ぎたことを覚えている。今回は、SBTプロジェクトによるボランティアの道整備があったばかりで、スムースに通過できた。

海岸から出発し、山中で終了

この地区は、10年ほど前に訪れて、その後何回か訪れている。最近は、しばらくご無沙汰であった。朝は、快晴であったが、山に取り付き登るにつれてガスがかかり、鶯仔嶺は濃霧の中で展望はなかった。今まで数回訪れているが、景色が望めないときが多かった。天気が良ければ、宜蘭の蘭陽平原や、海岸線が望めるよい展望台だが。下山後は、灣潭で1時間半ほど待ちF813新巴士で雙溪駅にでて帰京した。F813のバスは、この数年登山者が増えてたので、乗車できないこともある。途中虎豹潭で待っていた10人以上のグループは乗車できなかった。

沖に亀島山が浮かぶ
@鶯仔嶺山頂
---------------------------

今日も、前回と同じに外澳駅から歩き始める。前回は、跨線橋を渡ったあと、すぐに石空古道の山道に取り付いた。今日のメンバー8名は、8時半前に駅からしばらく濱海公路を亀山駅方向へ歩く。大型トラックがかなりのスピードで飛ばしていく濱海公路を歩くこと約12分、慶天宮の前に来る。この廟わきの道へ入り、初めの山道である象寮古道に取り付く。慶天宮では、何か行事が行われているようで、大勢の信者たちが集まっている。慶天宮の角を曲がったところで、古道の説明板がある。説明では外澳-烏山古道と称されている。地図や由来の説明がある。筆者が12年前に下って来た時に、すでにあった説明板である。

濱海公路を進む
慶天宮
慶天宮脇の道案内、左下は2014年時の案内板
象寮古道入口

鉄道の軌道をくぐると、右に民家をみて古道が始まる。百二崁仔と呼ばれる石段急坂がしばらく続き、森が切れると海に浮かぶ龜山島が見える。8時51分、嶺頭の説明板が現れ、道は緩やかな坂で続く。さらに数分進むと、道は舗装路にでて右に家屋を見る。その先、半壊の山豬窟の説明板がある。10年以上手入れされていないのだろう。左に大きな民家と土地公祠を見ると道は下り始める。海岸沿いに続く山脈を超えた。このあたりで標高140mほどだ。

海上に龜山島
嶺頭
山豬窟,左は2014年時の写真、まだ舗装されず奥の家もない

遠くにこれから登っていく稜線が見える。舗装路を下り切り沢を渡ると、左に古道の登りが始まる。淡蘭古道の支線という位置づけなのだろう、淡蘭古道の道標が立つ。今頃はちょうど山棕の橙色の花の香りが漂う。ほとんど車通りがなような舗装路を横切り、さらに登る。そこそこの坂を登りつめ、9時25分に前回登ってきた石空古道との分岐に到着し、小休する。ここまでが象寮古道でその先は石空古道となるのだろうか。オフライン地図ではそのような扱いだ。一方、地元の説明板では全長4.2㎞とあるから、これから先稜線上の峠(蛇仔頭)までが烏山古道の扱いのようだ。

沢を橋で渡る
古道に取り付く、背後道わきに淡蘭古道の道標
山棕の花が咲く
象寮古道
石空古道との分岐
オオタニワタリが生える石空古道を行く

休憩後、分岐からさらに古道を登ること20数分で左に石空山への入口を見る。この道をとり10分強登り、10時6分に石空山山頂(標高515m)についた。当座は石坑山とも呼ばれるようで、その山名板も取り付けられている。10年ぶりに訪れた山頂は、前のように草深くなく周囲の木々も大きくなっているようだ。山頂からさらに進んで、10分足らずで広い林道に出る。左に折れて進む、左向こうに太和山が見える。10時22分、土地公(頂坪溪福德祠)の分岐に着く。土地公には屋根が造られている。右に沢沿いへの道を分けると、尾根に取り付き高度を上げる。

石空山への分岐
石空山山頂
幅広の道に降りる
太和山
頂坪溪福德祠、右は2014年まだ屋根がないころ
右は沢へ下る道、太和山は直進

太和山は、そのふもとである石空集落が栄えていたころ、前回の登山で訪れた金頂接天廟を祭る住民たちが、毎年旧暦三月三日に神様の生誕日を祝福する目的で登頂した風習がある。当時の集落住民はその後山を下り移住したが、今もその行事は行われているようだ。先ほどの林道と同じように、尾根上を行く道は広く立派な登山道である。しばらく登ると、右が開け坪溪の谷間の上に蛇仔崙がそびえる。さらに行くと海側の展望が開ける。10時48分、太和山山頂(標高705m)に着いた。

坪溪の谷間と対岸の蛇仔崙
太和山への上りで見る海岸方向景観
この景色は12年前とほぼ同じ

山頂の廟は、この十年間で以前のトタン張りのものから、立派な建物へと換わっていた。焼香炉やその他小物は当時と変わらないが、建物の土台も石造りのものになり、信徒がいかに重視しているかがわかる。朝の青空は高雲がかかり、西に臨む鶯子嶺の山頂は雲がかかり始めている。背後の雙溪方面の山は、まだ幾重にも重なり見えることができる。廟の前でしばし休憩する。

鶯仔嶺に向けて出発

11時5分、鶯子嶺へ歩を進める。以前とても苦労したセクションだ。今回は、最近の道整備で苦労しなくて済む。急な坂を下り、三、四カ所の登り下り道を追っていく。左に山羊洞庄古道を指す2021年の道標があるが、この道は整備されていないようだ。その少し先で、沢から登ってくる右の道を合流し、最後に鶯子嶺から下ってく来る尾根へ登る。11時37分、分岐を右にとって鶯子嶺へと進む。
新しいロープも付けられた急坂
急坂を下る

坪溪から登ってくる道(右)との分岐
稜線上の分岐
しばらくは緩やかな坂道

道は数分緩やかな森の道を行き、左にヌタ場の小池を見ると坂が急になる。新しいロープも多く取り付けられている。登るにつれ周囲の霧は濃くなる。カヤの草原を通るが周囲は何も見えない。12時9分、坪溪山方面への分岐についた。山頂は霧の中で風もあるので、分岐で食事をとる。往復登頂後はここから下る。休んでいるうちに、登山グループや単独登山者が通過していく。メンバーの一人がマダニを見つけた。この付近はマダニに注意だ(筆者も下山後ズボンに着いているマダニを見つけた)。

ヌタ場の小池
ロープの急坂
急坂を登る
霧の草原を登る
頂上下の分岐、ここで昼食
マダニ(蜱蟲)
濃霧の山頂へ急坂を登る

12時半、山頂へと急坂を登る。10分ほどで草が広く刈られた山頂(標高943m)に着いた。霧が濃く展望はない。数回登頂しているが、多くは今日と同じで霧であった。12時46分、下山を開始、数分で分岐に降り左にとって進む。道筋ははっきりしているが、ぬかっている場所もあり、足元に注意だ。草原部分もあるが、霧で先ほど歩いた谷の向こうの太和山すら見えない。13時15分、本来予定していた打鐵寮山への尾根道分岐に着いた。しかし、そのまま下るとかなり早く灣潭へ着いてしまう。16時45分発のF813バスまでかなり待つことになる。そこで急遽坪溪山経由で下ることにする。坪溪山も最近の道整備対象であり、道の心配はない。

草が刈られた山頂は霧で遠望なし
地面はぬかっている急坂
しばらく下る
少しの登り返しもある
打鐵寮山(左)への分岐
蛇仔崙(右)への分岐
起伏の大きくない尾根道を進んでいく。途中右に蛇仔崙への道を分け、13時38分、坪溪山山頂手前の分岐に着き、左にちょっと進んで山頂(標高668m)についた。東側は開けているが、まだ霧が視界を遮る。少しの休憩後、分岐に戻り下る。稜線をしばらく行き、左に大きく曲がって谷に降りる。杉人造林を過ぎ、14時20分烏山64號の民家が現れる。ここはハチミツ業を営んでいるのか、前にはにはハチ巣箱が置かれている。

坪溪山直前の分岐、右が山頂
@坪溪山直
しばらく尾根上を下る
尾根から離れて斜面を下る
一部杉林を下る
民家の庭にハチの巣箱

民家から少し下ると、淡蘭古道の道標を見る。ここから左に烏山古道が始まる。朝に説明板でみた烏山古道とは異なる。実は烏山古道という名称の古道は、灣潭から網型山の鞍部を超えていく道、さらに進んで石盤寮瀑布を経て大溪川古道へと行く道も同じ名称である。それぞれお互いに近いので、混乱しないように注意が必要だ。道は、沢脇を少し進み、離れて山腹を縫っていく。周囲は一部杉林もある。ちょっとした登りがいくつか現れ、もう下りだけだと思っていたところに、少し気が滅入る。14時50分、古道が終わり灣潭への車道に出た。

前方の道標で左に烏山古道に入る
沢沿いに少し進む
小さな上り下りが現れる
下り道
古道入口

古道入口わきでしばし休憩し、道標が示す2㎞の車道歩きを始める。よい状態の舗装路は、その昔は古道の一部で、灣潭へ続いていたのだろう。15時16分、打鐵寮山への登山口を通過、15時25分、鶯仔嶺から直接下って灣潭崙を過ぎる尾根道入口を通過する。15時28分、灣潭バス停に到着、今日の歩きを終えた。まだ誰も待っていない。灣潭へ通うF813バスは、一日四往復、16時45分発が最終である。また、このバスは立席できない。そのため定員になってしまうと乗車できない。早めに行列することが、登山者が多い休日には特に必要だ。

灣潭へ歩く
打鐵寮山登山口
灣潭バス停
靴を洗う

雨が降ることはなかったが、それまでの長雨で道は結構ぬかっていた。みんなバス停わきの沢に降りたりトイレ脇の水道で靴やステッキを洗う。そのうち数人のパーティーがやってきて並ぶ。沢の奥に控える鶯子嶺の霧が晴れて、姿を見せる。16時40分、バスがやって来た。早速乗車する。途中で三人親子を拾うと、バスは満席となった。17時40分、約1時間近い乗車で、雙溪駅に到着した。18時1分発の莒光號準急列車で帰京した。

沢の奥に鶯仔嶺

F813バス
---------------------------

13.6km,7小時10分鐘,上升1170m,下坡770m,路線體能指數29であった。メンバー全員健脚で想定より速く進行し、その結果一部多く歩くように変更した。SBTプロジェクトで最近整備された道はほかにもある。それらはほとんど以前歩いたことがある場所だが、また訪れるのもよいかもしれない。