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2012-10-28

2012年10月27日 陽明山山仔頂古道-中正山 淡水から北投へ山越え

大屯山西峰の登りから見る面天山と向天山
先週はとても良い秋晴れの日が続いた。山登りに最適の季節だ。天気予報では、今日まで持ちそうだ。去年七月に陽明山の向天池のそばを歩いている時に、藍天隊の小さな標識を見つけた。そのころは、正規登山道以外を歩くことは慣れていないので、そのままであった。その後調べてみると、今春に花見に行った天元宮のそばから尾根を登ってくる古道であった。いつか歩くことを考えていたが、今回陽明山山塊北側を歩く第一弾として実行した。この道は、向天池山から向天山へ続く稜線の峠を越え、向天池へ下り、池の周囲を行く石畳の歩道に合流して終了する。ここから、面天坪へ石畳歩道を歩き、大屯山西峰を越えた後、南峰への分岐から中正山へ下る。その後は北投へ歩いて、山行を終了した。淡水側から山を越えて北投まで歩いたことになる。

陽明山山塊の西側が今回の山行場所
北側の淡水天元宮から山を越えて南側の北投まで歩く
山子頂古道は、向天池山から北にのびる尾根を標高約170mの麓から約870mの峠に登って行く、高度差約700mの登りが続く道である。標高500mぐらいまで上がった後はゆるやかになるが、登り始めのあたりは、一本調子の登りである。民家があるあたりは、淡水やその先の海岸線が望める。それを過ぎると林の中の登りだ。展望は殆ど無い。引き続き歩いた大屯山西峰や南峰は、陽明山国家公園の道としては珍しく、石畳ではなく補助ロープも登場する急な土の道だ。南峰への分岐からは、中正山へは尾根上の道と、谷を下り山腹をトラバースする道の二つがある。前者は途中、石段の中正山登山道と合流する。本来は、後者の山腹道を予定していたが、結局一部歩いただけだった。中正山から北投側には二、三本の道があるが、今回は台北市親山歩道である十八分歩道から郵政訓練中心步道を経由して、MRT新北投駅へ下った。

山仔頂への山道
陽明山の北側は、公共交通機関も発達し便利な南側とは異なり、アクセスはそれほど簡単ではない。それでも、登山開始点の天元宮へは北新荘行きの875番バスが、MRT淡水駅の前から朝は20分おきぐらいに発車しているので、まだよい。7時20分発の便に乗るために、自宅近くのMRT東門駅で6時半少し前に乗車、淡水には7時15分に到着した。875番バスは淡水客運が運行するので、淡水駅前中正東路を挟んだ対面の三箇所あるバス停のうち、淡水交通のバス停から発車だ。時間通りに発車後、淡水の街を過ぎ登輝大道を横切る。ここからは、これからの登る面天山の山塊がバスの窓越しに見える。登り気味の道をバスは進み、7時36分に天元宮バス停に着いた。自転車ライダー数名がやってくる。休みはライダーが多い。

山仔頂古道入口への途中、天元宮の天壇が見える
花見の頃は、行楽客で溢れかえり自家用車も制限されるこのあたりだが、オフシーズンの今はひっそりしている。101号県道を進み、天元宮の前を行く。県道の真ん中に土地公廟がある。道路が拡張されたので、今のような位置になったのだろう。その近くの路地を入る。ここでなく、更に先で右に曲がっても行けるようだ。右に天元宮の天壇を見て道を登っていく。そのうち左側に折れ、その先に道標がある。道標が要所要所に現れ、それに従い登っていく。石造りの民家の脇を過ぎる。石畳の山道が現れた。森の中を登って行くと、土地公廟の脇で舗装路に出て、石畳山道は終了する。有刺鉄線の囲い沿いに石畳の道が現れ登る。天元宮の天壇が下の方になってきた。もう一度舗装路に出ると、左方向に行く。コミュニティバスの山子頂バス停がある。舗装路は坂がきつくなり、最後の民家を過ぎると、古道が始まる。バス停から約30分の歩きだ。

展望台から淡水方向を見る、淡水は住宅ビルが多く建てられベットタウンに変身している
古道の登り、下にすそ野が見える
古道の石段を登って行くと、まもなく展望台が右に設けられている。ここはコンクリート製の大きな水槽がある。標高約300mのここからは、淡水の街も見える。眼前は陽明山山塊から海岸へのすそ野が広がっている。展望台からしばらく、以前は耕作をしていたと思われる段々畑があるが、それも過ぎると竹や雑木の林の中に入り、ひたすら急な石段を登る。一本調子で登る石段が終わり、道が左に向かって行き、枕木が現れる。途中ロープの手すりも結構設けられている。周辺の説明文がいくつか道端に設けられている。このあたりは地方行政が道のメンテをしている。枕木道が終わるあたりにベンチが二つある。標高は約460m、天元宮から約1時間登ってきたので、ここで一休みする。これからの登りに備えて、握り飯を食べる。ここからは、一部景色が望める。古道登りでの最後の景観だ。

枕木の道
森の中に入り、道はゆるかな登りになる
石がゴロゴロする道を登りつめると、峠だ
道わきの大菁
竹林の中を行くと、右に白石腳への道、そのすぐ先に左へ百卡拉公路への山道を分ける。ベンチの休憩所までの急な登りは、ここから比較的緩やかな坂になる。樹木もまばらになり、下草も少ない。台灣山菊や黃苞根節蘭の黄色い花が、道脇に咲いている。石を積み上げた壁らしきものも、道端に残っている。更に登って行くと、紫の大菁もある。老夫婦の登山客が下りてきた。山仔頂古道で出会った唯一の登山者だ。山道は山腹をトラバースしていく。その突き当りは、大きな石がゴロゴロする涸沢だ。石を踏みしめて登って行くと、沢状の石から土の道になる。登りつめるとそこが、向天池山と向天山の鞍部の峠だ。時刻は9時53分、約2時間15分の登りだった。右に向天池山への道標がある。所要時間3分とのこと、とりあえず登ってみる。ゆるい登りを行った突き当りが向天池山(標高881m)の山頂だ。周囲は木々なので展望はない。そこから続く道も無く、登ってきた道を引き返す。峠からは、向天山経由で面天山へもいけるが、今回は向天池へ降りることにする。


向天池山頂上
登山道わきの楠木樹林
向天池、水はなく大勢のハイカーがくつろいでいる
石畳の歩道、王爺菊が咲いている
数分で向天池の周囲を行く石畳道に着いた。ここは、ハイカーが多い。歩道や水の無い池には多くのハイカーが歩いている。向天池から面天坪へ向かう。ここは昨年六月に一度登ってきた道だ。下り基調の山腹の道を行く。登ってくるハイカーとたびたびすれ違う。黄色い王爺菊が道端に群生している。清天宮への道との分岐へ来ると、背後にあとで登る大屯山西峰が木々の上に頭をのぞかせている。道標の柱に気温計が取り付けられている、表示している温度は25度だ。今日は、曇がちの天気で、陽射しは無い。歩道の両脇の草は綺麗に刈られている。路程ポストを更新中のようで、板切れに作業用の指示が書かれたものが、本来の路程ポストの位置に埋め込まれている。5分ほど道を行くと、左側に歩かれていない石畳の道が分岐して、草むらの中に消えている。もともとどこかへ通じる道だったのか。10時半、右から土の道が合流すると面天坪のあずま屋が現れた。


面天坪と清天宮への分岐、奥に大屯山西峰が見える
面天坪でみたリス
あずま屋は、歩道補修のための材料やセメント袋が中に置かれている。数名のハイカーが休憩している。自分もここで休憩する。リスが近くへやって来た。いつも餌をもらっているのだろう、あまり人を恐れない。少し雨がぱらついてきた。15分ほど休憩し、大屯山西峰を目指す。標高差は200mぐらいだ。土の道は、はじめ緩やかだが間もなく急になってくる。滑りやすいところには、補助ロープも現れる。登って約20分、直線の急な坂を登り切ると、ススキの草むらにでて視界がひらける。面天山が後ろに見える。右に道が分岐し下りていく。これはどこかに通じるか。緩くなった草の間の坂道を進む。右側に北投や更に遠くには淡水河が見えが、今日は曇りがちではっきりはっきりない。手前は、あとで歩く大屯山南峰から続く中正山への尾根筋がある。11時13分に巨石が重なる西峰頂上(標高982m)についた。ここも数名の登山客が休んでいる。雨が少しぱらついてきた。幸いにして大降りはなりそうではない。


大屯山西峰から見る南峰の尾根上ピークと中正山(右)方向、遠くは霞んでよく見えない
西峰からの下り道
写真を写した後、そのまま下る。西峰の下りはかなり急坂だ。岩の下りが終わると、土の急坂となる。ここには補助ロープが張られている。下から登ってくる登山客と数回すれ違う。20分ほどで大屯坪へ下っていく分岐の鞍部に着いた。11時半過ぎ、ここで休憩し食事をとる。しばらくすると、南峰方向から大勢のパーティがやって来た、20名ぐらいだろうか。同じくここで休憩となりあたりは賑やかになる。グループメンバーではないが、親切に果物を分けてくれた。


谷筋の道、小沢を越えるあたり







15分ほどの休憩後、中正山に向かう。山腹を横切る道を数分行くと、左側に急坂の登りで南峰への道が分岐する。そのすぐ先右に、藍天隊の標識が谷に下る道を指している。これが大屯谷へ下り、大屯国小へ続く道だ。途中左の山腹道を行けば、中正山につながる。道は直線的に下っていく。それまでの登山道に比べると、歩く人が少ないので、踏み跡的な状態だ。補助ロープはかかっているが、一部はビニールの管が代用されいている。20分ほど下ると少し平なところに石が半円形に積み上げてある。これは以前大菁から藍染料を取り加工する池の跡ではないだろうか。もちろん今は埋まってしまって池状ではない。更にそこから下る道には石段が造られている。道は左側に水平に進んでいく。谷状に山が凹んでいる部分を過ぎ、また登り返す。地図で見ると確かに沢を越え少し登り返したあと、水平に進むように描かれている。登り返しが随分と続く。しかし右にトラバースするような道にならない。結局、この道は先程南峰分岐から中正山に続く道に登り返した。帰宅して確認してみると、確かにこの道がある。少し事前調査が足らなかったようだ。ただ、沢筋から登り返した直後、右に折れていく道は気づかなかった。約150m下り、また登り返したわけだ。


石畳の中正山登山道
腹の膨れたヘビが道を横切る
登り返した道は、去年六月歩いた道だ。少し行くと、草の丘を歩く。ここも草が綺麗に刈られている。陽明山公園では秋口までは生態保護のため草刈りをせず、六月のときは草深い中を進んだ。振り返ると、南峰が高い。その右奥には大屯山が半分霧の中に見える。草の道はすぐ下り始め、森の中の急坂となる。下りきると左から石畳の中正山登山道に合流する。登山道は実に程度が良い道だ。こちらは面天山、大屯山周辺に比べると登山者が少ないようだ。十数分下って来た時、石畳の上を横切る蛇に気づいた。数十センチの小さい蛇だが腹のあたりが膨れている。最近大きな餌を丸呑みにしたようだ。もともと歩く予定だった、谷沿いの道と合流し程なく、13時5分に中正山の展望台に着いた。


中正山展望台からのパノラマ、七星山、紗帽山、士林方向が見える
展望台から見る、大屯山西、南峰と手前のピーク
山を下ってくると天気は少し良くなった。青空も広がっている。展望台の上で休憩し、周囲を見渡す。背後は大屯山西峰から七星山まで見える。紗帽山から天母士林方向、その手前には烏尖連峰の山々がある。遠く東側には、五指山から下っていく大崙頭.尾山、それをずっと追っていくと劍潭山がある。淡水河の対岸は観音山だが、逆光であまりはっきりしない。中正山は、とても良い展望台だ。もし車やバイクで登山路を上って近くの駐車場までくれば、それほど苦労なく展望台へ登ってこれる。


駐車場に咲く芙蓉の花
30分ほどゆっくり休んだあと、13時半過ぎに北投へ下り始める。ここからは台北市親山歩道である。10分ほどの下りで駐車場に着いた。ピンクの芙蓉が見事だ。ここから自動車道は、山腹を大きくジグザグに下るが、その間を近道として土の山道が直線的に下っていく。一応親山歩道の一部なのだろう、親山歩道のプレートが方向を示すため、石やコンクリートに貼り付けられている。数回車道を横切り、下ると車道脇に親山歩道スタンプ台がある。そのすぐ近くから下がる近道が、この登山道部分の最終セクションだ。下りきり、右に車道を下っていく。ここで左に折れ車道を少し登り返し、その先右におれて郵政訓練所步道への入口へ行く事もできる。車道はヘアピンカーブで曲がると、木々がきれ展望が広がる。北投の市街が眼下に広がる。更に進むと、郵政訓練所步道が横切る部分に来た。ここからは石畳の郵政訓練所步道を下る。左に見えるアンテナが建っている山は、弘法大師碑がのこる丹鳳山だ。途中二ヶ所舗装路を横切り、20分ほどで下りきった。途中土地公があった。この道は、今は親山歩道だが、昔から地元で往来に歩かれている道だったのだろう。入口から舗装路を下り、磺港溪の橋を渡ったあと、泉源路を登り返す。15時少し過ぎ、MRT新北投駅に着いた。


下りに見る北投の街、左側の山は弘法大師碑のある丹鳳山の山並み
今回は、淡水から北投へ山越えをした。歩行距離は約13km、所要時間は7時間20分だった。登攀高度累計は1060mである。今回は、大部分が登山道である。陽明山山塊の北側を登るのは今回が初めてだ。北側にも非正規登山道がたくさんあるようだ。今後これらを登って行こう。また、中正山から谷沿いの山腹道を大屯山南峰へ登り、今回どこで分岐すべきだったのか確認したい。

2012-10-22

2012年10月21日 風櫃嘴-擎天崗-竹篙嶺古道 W大同校会ハイキング

すすき越しに望む萬里の谷、海には基隆嶼が浮かぶ(クリックで拡大表示)
筆者は、台湾に居住する日本の同じ大学卒業生の集まりに参加している。今回は、同校会が主催する初めてのこころみとして、ハイキングが行われた。参加者の年齢や経験はかなり開きがあるが、最良の天候に恵まれ、全員元気に歩き、予定コースを完了した。企画者の一人として準備してきたので、終了したあと皆の笑顔を見れたのは、とても嬉しい。擎天崗でお開きとなった後、まだ時間も早く天気も良いので下山するメンバーと別れ、参加者の一人Qさんと一緒に竹篙山へ登り、そこから土の道である竹篙嶺古道を平等里へ下った。

北五指山から見る七星山
ハイキングは、変化に富み経験の少ない人でも歩きやすいコースとして、陽明山の風櫃嘴から擎天崗へを選んだ。ご自分で歩いた経験もたくさんあり、会長でもあるYさんの推薦もある。この風櫃嘴-擎天崗歩道は、人気コースで休日はハイカーが多い。そこで、コース半ばにあまりハイカーが行かない北五指山の草原へ往復した。風櫃嘴からは、最初の登りとコース後半石梯嶺の標高865mへと、都合200m以上の登りになるが、途中はゆるい登り下りも多く、負担はあまり大きくない。一方、ハイキング後に歩いたルートは、擎天崗から竹篙山までは立派な道があるが、トーチカのある頂上から先は踏み跡的な古道である。例によって、入口には何も道標はなく、わかっている人だけが歩くルートである。実際、頂上に沢山いた生徒達は、Qさんと筆者が正規コースとは反対側に入っていくのを見て、ここに道があるのかと驚いていたようだ。古道は、途中二ヶ所草原をこえ、下っていく。牛も歩いているので、土が深く掘られているところもあった。

風櫃嘴から擎天崗へ歩いた後、竹篙山を経て平等里へ下る
朝八時に劍潭駅に集合した。今日の参加者は全員で七名だ。ここから風櫃嘴へのバスは市民小バス1番があるが、6時10分発のあと10時までないため、タクシーに分乗して向かう。30分ほどで到着した。休日の風櫃嘴は、登山者だけでなく自転車ライダーも多く、賑やかだ。車上からも見えていたが、今日の天気は最高だ。空気が澄んでいるので、かなり遠くまで見える。出発前に全員で写真を撮る。あずま屋の裏から登りが始まり、石段を登っていく。登って数分で、右に萬里の谷あいが見え始める。海と沖合の基隆嶼もくっきり見える。九月末に来た時には、まだだったすすきも穂がでて、山の斜面一面が朝日に輝いている。空は、ディープ・ブルーだ。更に進むと、七星山が行く手の左側に頭をのぞかせている。

萬里の谷あいを眺めるハイキングメンバー
頂山頂上
風櫃嘴から歩くこと30数分、草原を抜けていく道は終わり、雑木林に入る。ずっと日なたを歩いてきたので、森の中は少しひんやりと感じる。森の中の道は登りになり、9時半頂山頂上に着いた。椅子のある頂上で、少し休憩する。秋の太陽だが、日陰のない頂上の紫外線は強い。頂山からは平な道を進む。右側の大尖山が大きくなってきた。道が右に大きく曲がると、降り始め杉林に入っていく。苔に覆われた緑にあふれる杉林は、いつ来ても気が休まる。森林浴というものだろうか。一度下った後、登り返し林を抜けると、左にこれから行く北五指山へ登っていく小尾根が見えてきた。歩道わきの警告表示のある部分で左に折れ、山道に入る。ここからは草の上を歩く。迷い防止ロープにそって、草の上を登っていく。右に方向が変わると、深く土が掘れた部分を越え登る。分岐から十数分で北五指山の三角点に着いた。

北五指山の草原からみるパノラマ、台北市もよく見える(クリックで拡大表示)
北五指山頂上でくつろぐメンバー
今日の眺めは、前回二回よりはるかに良い。七星山がくっきり見えるだけでなく、基隆方向から台北まで、すべて見渡せる。さらに台北市の奥の方に、かなり高い山々が雲に浮かんで見えている。はじめは思いつかなったが、よくよく考えてみると台湾の3000m級高山だ。おそらく左側の山塊は南湖大山、右側は雪山ではないだろうか。こんなに身近に見えるとは思わなかった。草原は風はあるものの、草の上に座り草むらの陰だと背中が暑く感じるぐらいだ。みな、ここで食事をして休憩を取る。谷を挟んだ石梯嶺への上り道には、多くのハイカーが歩いているのが見える。こちらは我々数名だけだ。そのうちに、荷蘭古道を歩いてきた登山者がやってきたが。

石梯嶺への登り途中からみる台北と背後の雲に浮かぶ高山群、左は南湖大山、右は雪山山塊か
すすきの擎天崗東峰を登る、最後のひと登りだ
三十数分の休憩後、やってきた道を歩道へ下る。歩道に戻り、今日のコース中最高点石梯嶺へ向かう。先ほど北五指山から見えていた、草原の道では数名のハイカーが休んでいる。草原の上はつづら折りの登りが続く。みな頑張っている。11時17分、ベンチのある休憩所に着き、休憩する。すすきの穂の向こうに、台北の信義区から北投まで広い範囲の展望ができる。台北盆地を囲む、背後の山も青く見えている。休憩後、目的地の擎天崗へ進む。石梯嶺の尾根道では、七星山が大分大きく見えてきた。急な石段の坂を下る。何度も対向方向からのハイカーとすれ違う。磺嘴山への分岐を過ぎ、一面すすきの擎天崗東峰へ登り返す。最後の登りだ。城門を過ぎるとまもなく、12時少し過ぎに擎天崗に着いた。好天の擎天崗は、大勢の行楽客で賑わっている。コース終了の記念写真を撮る。みな疲れた様子もなく、笑顔だ。約3時間半で歩いてきた。

牛がくつろぐ擎天崗と七星山
多くの行楽客でにぎわう竹篙山への道
一緒に昼食を取った後、今日のハイキング行事は終わりだ。まだ12時40分、このままこの晴天の山を下るのは惜しい。そこで、まだ歩いたことがない竹篙嶺古道を経て、平等里へ歩くことにする。メンバーのQさんも一緒に行くという。バスで下山するメンバーと別れて、擎天崗の道を竹篙山へ進む。今日は、ハイキング中、全く牛を見かけなかったが、ここは数匹ノンビリ休んでいる。典型的な擎天崗の景色だ。竹篙山への道周辺の草原では、多くの人がくつろいでいる。トーチカのある分岐で擎天崗周遊歩道と別れる。13時に竹篙山に着く。頂上には中学生ぐらいの生徒がトーチカの中に入ったりして、遊んでいる。

竹篙山からのパノラマ
竹篙山からの下り道
頂上の隅に観測用のポールが建っているが、そのわきに踏み跡が草の中に入っていく。それが古道の入口だ。入るとまもなく、黄色や赤色の標識リボンが、潅木の枝に結びつけてある。下り始めると真正面には台北101ビルがある。背の低い潅木の道が終わると草原の道になる。擎天崗から石梯嶺へ、さらに南へ北五指山や頂山など、先ほど歩いてきた尾根が內雙溪の谷の向こうに連なっている。ここはQさんと二人だけ、風が渡っていく草原は、擎天崗のにぎわいが嘘のように思える。草原から、雑木林の中に入る。踏み跡はしっかりしているが、牛が多く歩いているので、道が掘り込まれてしまい歩きにくいところもある。林を抜け、また草原にでる。ここは竹篙山から下ってくる尾根上の、小ピークになる。高みに登ると周囲360度の展望ができる。竹篙山頂上のトーチカが高い。紗帽山が思いのほか近く、その向こうには観音山がある。台北市街と奥の山々もまだ見える。道は、ここから方向を東方向へ変え、同時に樹木の中を進むようになるので、晴天の大パノラマはここで見納めだ。

左は竹篙山、その右に石梯嶺から頂山にかけて歩いた稜線のパノラマが見える
尾根上小ピークから見る纱帽山と観音山
雑木林の道を下って行くと、ひっこり草地に出た。ちょうど草地の反対側から女性ハイカー二人がやって来た。これから竹篙山へ登るようで、道を尋ねられた。見たところ、それほど登山経験のあるようではないが、天気がよく標識リボンを忠実に追っていけば大丈夫だろう。草地の周囲は、柵が造られている。牛がそれ以上行かないようにするためだ。柵を乗り越えて下ると、まもなく草に埋もれているが地面が舗装されている。廃棄された産業道路なのだろう。自然の力はやはり大きく、地面が舗装されていなければ、以前は産業道路だったとはわからないぐらい、草木が繁茂している。

牛止めの柵越しに見る小草原
更に下り13時50分、分岐に着いた。藍天隊の道標が木につけてある。右は福田園教育休閒農場へ下るようだ。ここは左にとり、平等里のバス停を目指す。道はまもなく、平菁街43巷の舗装路に出る。ここからずっと舗装路を下っていくと、農園や墓地のわきを通り過ぎ、平菁街に合流する。ここを左に折れる。303番バスのバス停があるが、目的は小19番バスなので更に平菁街を進み、14時30分、交番わきのバス停に着いた。10分ほど待つと、山を下る小19番バスがやって来た。先月内寮古道を下り内寮から乗ったときはガラガラだったが、今日は満員だ。やはり休日は、ここも人が多い。その後も乗客があいついで乗ってきて、すし詰めとなった、ただ至善路に着いた時、大半の乗客が降りた。

今回は、前半はハイキング行事としてグループの先頭を歩いた。途中北五指山の草原では、ゆっくりとくつろいだ。行楽客であふれている擎天崗では、そうはいかなかったかもしれない。後半、グループメンバーと別れて歩いた竹篙嶺古道は、陽明山国家公園管理処管轄外の道だ。秋の晴天休日でも、二人のハイカーとすれ違っただけで、静かな歩きができた。ただ、古道と呼ばれているが、石の階段や土地公などもなく、通常の古道とは雰囲気が異なる。歩行距離は14.2km、休憩も含めた所要時間は6時間弱だった。出発点の標高が高かったので、累計の登攀高度は700mと比較的少ない。

高度プロファイル

2012-10-20

2012年10月18日 大溪金面山-白石山縱走 打鐵寮古道を下る

大溪三層付近から見る金面山のピーク(奥の山頂)
初めて大溪の山を登った。今回登った金面山や白石山は、行政区分としては桃園県大溪鎮に所属するが、今年六月に訪れた三峽五寮尖と同じ尾根に連なる山塊の一員である。金面山は烏嘴尖とも呼ばれている、頂上が尖った三角ピラミッドで麓からすぐに判別できる。一方、白石山は、大溪方向からだと、前に石厝坑山があるので、それの陰で山容全体は見えないが、砂岩の尾根道が続き、ミニ皇帝殿山の雰囲気の山だ。それぞれ特徴のあるこの二つの間の山には、十三分山がある。この三座をつないで縦走した。同山塊のもう一つの端にある五寮尖、龍山嚴を経由し金面山、白石山まで縦走する猛者もいるようだ。

大溪の南にある金面山と白石山、付近の登山も表示(クリックで拡大)
大溪から歩き、金面山から白石山まで縦走、打鐵寮古道を下る(一部GPS軌跡途切)
今回の登山は目的の山に取り付くまで、登り下りを含むアプローチが必要だ。台北から9103番バスで大溪市街中心に着く前、大溪国中バス停で下車、尾寮崎(田心仔)古道を登る。古道は県道の舗装路に合流して終わり、美華国小の前を進む。一度草嶺溪の谷あいへ下り、そこからまた登り返す。第一、二の登山口を通り過ぎ、産業道路終点、阮家莊土雞の奥にある第三登山口から登る。尾根に登り着くと、左へ金山面山を往復、分岐へ戻って尾根を金面山へ目指す。金面山からは、龍山嚴からの主稜線尾根道に合流し、十三分山を経て、白石山へ縦走する。縦走後は慈湖方面へも出られるが、今回は打鐵寮古道を下った。打鐵寮古道は、一度谷に降りた後、また石厝坑山から下ってくる尾根へ登り返し、そこから草嶺溪へ下る。太平橋をわたって登り返し、三層の集落に着く。第七号公路を歩き、大渓の大溪国中バス停へ戻った。

尾寮崎古道
大溪へのアクセスは時間がかかる。台北から9103番バスが大溪へ往復している。45分おきぐらいに運転しているので、山登りの足としては十分な頻度だが、高速道路は通らず街道のバス停を一つ一つ停まっていくので、時間がかかる。始発点台北市博愛路から、朝は6時より45分おきに出発している。途上MRT永寧駅にも停まるので、博愛路6時45分発の便に乗るべく永寧駅に6時50分過ぎに着いたが、早すぎたようだ。結局7時35分まで待って、やっとやって来た。通勤ラッシュのせいもあるが、台北市内の始発点から50分かかっている。車内は満員だ。2,30分ほど走ると、多くの乗客が下車し、車内はまばらとなる。三峡を過ぎ第三号公路の山道を下り、8時38分に大溪国中バス停に到着した。MRT永寧駅から約1時間だ。永寧駅での待ち時間を入れないでも、台北市内から1時間30分ほどかかることになる。

農夫と忠犬
バス停からすこし中華路を戻って、曲がり角にある尾寮崎古道の道標に従い、右に曲がって中華路121巷を進む。小朋友幼稚園のわきを過ぎ、橋をわたって進むと尾寮崎古道の石畳の道が始まる。とても程度の良い道だ。つづら折りを登り、10分足らずで県道に出た。もともと古道は、もっと長いはずだが、舗装されてしまったので、現在はこの坂の部分だけが本来の姿をとどめているようだ。県道を進むと集落を過ぎ、美華国小に着く。小学校の正門脇には大きなコマを回している銅像がある。規模の小さな小学校だが、特徴がある。小学校を過ぎると道は草嶺溪の谷へ下っていく。福徳宮わきを過ぎると左側が開け、これから登る山々が見える。道を下りきるころ、細い枝道を、天秤棒を担いだ老農夫と連れの犬が、やって来た。昔に戻ったような風景だ。

草嶺溪の谷あい田園風景、目の前にこれから登る山々が控えている
道端の大花曼達拉
美華橋をわたると、道は登り始める。山腹に取り付き登っていく。時々車やバイクが通り過ぎる。先にはゴミ埋蔵所もあるので、ゴミ回収車も登っていく。左に聖德寶塔への道を分岐し、さらに数分登ると、右に茄苳坑山への登山口がある。これを登っていけば尾根伝いに十三分山へ行ける。道端に大きな白い花が沢山咲いている。清楚な白なのに、神経毒のある曼達拉の花だ。清龍宮の前を過ぎ、左側が波型鉄板で覆われた部分を過ぎると、大きくヘアピンカーブしていく。そこが金面山第一登山口だ。雨水で削られ、深く溝状になっている山道が山腹を登っていく。更に進むと人家がある。数匹の犬がやってきて一斉に吠えだす。相手にせず登り、鳴き声が聞こえなくなるころ、第二登山口がある。この辺に来ると、産業道路の勾配もきつくなってきた。大雨で山崩れが起きた場所二ヶ所を過ぎ、10時8分に、阮家莊土雞に着いた。ここは阮家莊と言うぐらいで、数軒の土雞の料理店が集まっている。お店の主人から行程を聞かれ、白石山まで行くと答えたら、随分歩くのものだと、驚かれた。大部分の登山者は、金面山だけ登るようだ。

阮家莊土雞のお店群、第三登山口はこの先
孟宗竹の登山道入口
数軒並ぶ店の一番奥まったところが、第三登山口だ。登山道と言っても、最初は土の産業道路だが、暫く行くと孟宗竹林があり、標識リボンがかかっている。ここが登り口だ。薄緑の竹林が美しい。時刻は10時15分、1時間半ほど歩いてきたので、ここで休憩し腹ごしらえをする。竹林を過ぎ、下草の急坂を数分登ると、尾根にたどり着く。道標には金山面山まで二分とある。展望は無いようだが、ちょっと立ち寄ってみる。本当に2分で三角点のある金山面山(標高363m)に着いた。頂上から尾根を下っていく道もある。すぐに引き返し、先の分岐から金面山を目指し登り始める。金面山頂上まで、標高差は300mぐらいだ。

切り立った岩壁、ロープを伝って登る
尾根上の道を数分登ると、右に白いタイル張りの小屋がある。その少し先には、阮家莊土雞への産業道路から見えていた、通信用鉄塔がある。分岐から30分ほど登ると、尾根は痩せてきて大石が尾根上に現れる。谷から拭きあげてくる風が涼しい。秋の山は、それほど汗を流さずにすむ。切り立った数メートルの高さの岩壁が現れる。下がっている補助ロープを使って登る。五寮尖と同じようなものだが、こちらは数が少なく規模も小さい。11時27分、第二登山口からの道と合流する。更に数分登ると第一登山口からの道と出会う。ここからもうひと登りで金面山頂上だ。補助ロープの急坂を登り、11時42分、金面山頂上近くの展望台部分に着いた。ここは、西側に展望が開け、眼下には鴻禧山莊やゴルフ場が見える。頂上に向け進むと、先ほど産業道路で出会ったバイクで来た登山者とすれ違う。これから下山するとのこと。標高667mの金面山頂上は、周囲が樹木で囲まれ、展望はきかない。

金面山頂上近くの展望点から見る、左の山が白石山.石厝坑山と十三分山、下には中壢,龍潭が広がる
金面山頂上
金面山頂上からは、先に登ってきた道を戻る。第一登山道との分岐から左に折れ、下ると頂上から直接下りてくる道と合流する。その先で第一登山道と別れて、主稜線の尾根道を目指す。少し下った後、登り返す。12時11分に尾根道の分岐に着いた。左に取れば龍山嚴を経由し、五寮尖へつながる。右に折れて十三分山を目指す。歩き始めてまもなく、左側山腹の樹木が少なく、展望がきく部分を通過する。熊空や滿月圓の山並みが遠くに見える。また、森に入り登ると、今度は大岩の露出尾根道を行く。細い青いロープがあるだけだが、この助けで登ると、その上は展望がきく。先ほど登った金面山と登山道の尾根、その右奥には五寮尖の山も見える。更にその先は白雞山のようだ。

十三分山への途中で見る、金面山、右奥に五寮尖が頭をのぞかせている
岩の露出した登山道、山茶花が落ちている
山茶花の季節なのだろう。樹上に咲いているところも見かけるが、登山道にも沢山花が落ちている。松葉も沢山落ちている。松が多いのが、今まで登った台北近郊の山と違う。雑木林や竹林を抜けていく。最後に大きく登ると12時54分、十三分山(標高610m)に着いた。金面山から約1時間の歩きだった。頂上は少し広いが、周囲は樹木で展望はない。焚き火をしたのだろう、土の上には黒く焦げた部分がある。食事をして休憩する。十三分山から下りていくと、また孟宗竹の林につく。その下は産業道路がある。一旦道路に降り、標識リボンに従い左に折れて進む。道路は終点になり、そこからまた竹林の中を山道が登っていく。

十三分山頂上
孟宗竹の美林
十三分山から15分ぐらいのところで、また右側が開けて展望がきく部分に出た。ここからは、先に登った十三分山とそれから伸びる枝尾根が見える。その枝尾根の遠くには、桃園市街が望める。更に十数分歩くと、右に大きな裸岩がある。道はこの下を行くが、登ってみるとここもよい展望が得られる。鳶山の山塊とその右に三峡の市街、その更に右には尖った金面山のピークがある。金面山から左側に下りていく枝尾根は、今朝登ったところだ。枝尾根上の通信アンテナも判別できる。目を南方向に移すと、石厝坑山がある。白石山ももうすぐだ。金面山からの尾根道は、概ね森の中で展望がないが、こうしたところどころの展望点はとても良いアクセントだ。

白石山への途中から見る十三分山、遠くには桃園の市街が望める
皇帝椅子の石、中には水が溜まっている
果たして先の第二の展望点から数分歩くと、1時48分に石厝坑山への分岐点に着いた。ここからは、白石山の山腹を巻いていく道がある。尾根道を進むと、中心がえぐれた大きな岩が道ばたにある。皇帝椅子ということだが、中は水が溜まってとても座れない。平渓の石筍尖頂上にも皇帝椅子の石があるが、これよりもずっと大きい。石筍尖のは座ることができるが。13時51分、白石山頂上(標高625m)の露出岩の基部についた。十三分山から約1時間、金面山から約2時間の縦走であった。露出岩には補助ロープがかかっている。これを使って、岩の上部に上がる。けっこう幅広の頂上で、休憩することができる。東側は樹木があるが、それ以外は良い展望が得られる。金面山の三角ピークが顕著だ。西側には桃園,中壢の平原台地が広がる。手前には石門水庫から流れる大漢溪岸に大溪市街がある。台北方面は、霞んでもうひとつはっきりしない。大棟山の向こうには、観音山の輪郭がかすかに判別可能だ。ここは、とてもよい展望台だ。

岩が露出した白石山の頂上、遠くに金面山の尖ったピークが顕著だ
白石山から見るパノラマ、左手が石門水庫、龍潭,中壢、手前には大溪の街、直前は石厝坑山の尾根
十数分休憩した後、下り始める。大溪へはまだ遠い。少し下ると、右手に先程は見えなかった、石門水庫とその周辺の山々が見える。裸岩上の道が下って行くが、安全用の補助ロープが渡してあるだけで、皇帝殿山のようなこれでもかという、ゴツいものではない。皇帝殿山も以前は、このような感じだったのだろう。下って行くと、今度は左側が開け、手前の金平山の山塊とその背後の滿月圓から復興郷への山並みが展望できる。尾根上に樹の枝を沢山利用して造った椅子などの休憩場ある。地元ボランティアが造ったのだろう。更に下り、そのまま慈湖方向へ尾根を下る道と、打鐵寮古道へ下る道が分岐する。右に取り、急な坂道を下っていく。下りきると東興橋のあたりから登ってくる幅広道に下り切る。この道を進むと、今度は木橋への下り道が右に下っていく。これを進むと打鐵寮古道へつながる。途中、老夫婦の登山者とすれ違う。

裸岩の尾根道、前方には石門水庫と周辺の山が見える
復興郷方面を望む、少し紅葉している
打鐵寮古道、鉄門の右に登りが始まる
木橋に15時に着いた。橋のたもとから、石厝坑山からの尾根上の鉄塔へ登る道と、沢沿いに打鐵寮古道へつながる道が別れる。沢沿いの道を取り、下っていく。そのうちに谷の斜面に造られた小さな土地公と、その対面にある多くの名前が刻まれた石碑を通過過ぎる。途中、山崩れで斜面の土が全て流され、岩が露出した下部を通り過ぎる。前回の台風による大雨で起きた災害のように見える。沢沿いを更に下って行くと、正面に鉄門がある。軍事用地立入厳禁の表示がある。道は、ここから右に折れ、山の斜面を登っていく。道の左側は有刺鉄線の柵が続く。10分ほど登り返すと、尾根にたどり着いた。これは石厝坑山から下がってくる尾根だ。左に折れて、尾根道を下る。下りきった部分は、廃棄された歩哨小屋である。前には椅子が設けられている。15時35分、ここでしばし休憩する。

古道の石段
休んでいると、谷側から数名、打鐵寮古道を登ってきた。見たところ軍隊関係の人のようだ。ここも尾根を更に下る道があるが、右に取って谷側へ下る。道には綺麗に並んだ、石の階段が続く。古道の趣だ。結構歩かれているので、それほど苔むしていない。急な階段を下りていくと、また二人登ってくる登山者と行き違う。石段を下りきると、小橋で沢を越え、あとはゆるやかな土の道を下っていく。廃屋から20分ほどで、一面石を敷き詰めた道になり、そのすぐ後で石畳の道が現れた。打鐵寮古道の整備で、最近造られた部分だろう。その先には、小さなアーチ橋、斉安橋、すぐに草嶺溪を渡る太平橋を過ぎる。ともに橋のたもとの柱には、大正15年という建立年が記されている。太平橋をわたった右側には、橋建設の寄付者の名を刻んだ石碑がある。道は沢から登り返し、民家が現れて古道は終点となる。

大正15年建立の濟安橋
ここからは、舗装路を三層へ歩く。右側には、今日歩いた山々が連なっている。一番遠くの三角ピークは金面山だ。第七公路と合流するところが、三層の集落だ。桃園客運のバス停があるが、バスはやってきそうも無いので、そのまま大渓へ歩くことにする。9103番バスの時刻表を確認すると、次は16時45分発だ。急げば間に合いそうだ。下り坂になった公道を速足で下り、大渓の街に入った後すぐに現れる中華路を右に曲がる。ちょうど下校時刻で、大勢の生徒が大渓国中から出てくる。その先のバス停には16時45分に着いた。大溪總站からここまでは、少し時間がかかる。バスは16時53分にやって来た。待っていた中学生徒と一緒に乗車し、約1時間で永寧駅へ戻った。

三層近くから、今日歩いた山並みを眺める
今回の行程は距離約19km、所要時間は8時間5分(休憩を含む)だ。累計登攀高度は1179mだった。玉山登山も含め、最近は十数km以上の行程が続き、今日も特に多く歩いたという感覚は無い。全行程19kmでも、舗装部分の歩きやすい道を数キロ含んでいるので、純粋の山道は約10km強である。大溪へはちょくちょく来ることも無いと思い、一回で三座を縦走したが、白石山は特徴があり、再訪も悪くない。次回は慈湖周りとあわせて訪れるのもいいかもしれない。ここからは、台北市街を展望するには遠すぎるが、別の景観がある。