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2019-10-28

2019年10月27日 觀音山 八里船着き場から登り40年前の登山をたどる

渡し船の上から望む觀音山
淡水河の河口になる八里には、八里富士とも呼ばれる觀音山が淡水の奥に控える面天山とともに、台北盆地の出口になる淡水河の門番としてそびえる。近くに同様の高さの山がなく、觀音山は台北のどの地点からでも目立つ山だ。筆者は過去の数回登っており、約10年前本格的に台湾で山登りを始めて間もないころにも訪れた。その時の記録でも触れているが、觀音山は筆者にとっては、思い出のある山でもある。それは、40年前に台湾に初めて訪れたころ、連れて行ってもらい登った山である。

船着き場から回遊
歩行高度表
40年もたつとさすがに記憶はあいまいだ。ただ覚えているのは、台北駅から列車に乗り、淡水駅から渡し船で八里へ渡り、そこから登ったことだ。当時は、現在のMRTはなく、地上を走る淡水線の列車である。船から降りた後、しばらく舗装路を歩き、登って鞍部を通り過ぎたことが記憶にある。どの道経由かは、はっきりわからない。八里から歩いたとすると、登山道は二つある。ともにはじめは舗装路を歩き、山道にとりつく。ただ、その一つはほとんど歩かれていない。今回は、よく整備されている牛寮埔登山道から登った。現在は石段道になっているが、いつこのようになったのか、わからない。この道経由で初めて台湾の山に登った可能性はあると思う。

觀音山硬漢嶺上のメンバー
觀音山は、いくつかの山道がある。人里に近い低山であるので、地元民もしきりに登り、道もたくさんある。今まで数回訪れ、大部分をカバーしている。今回の牛寮埔登山道三回ほど歩いているが、すべて下りで、登りにとるのははじめてだ(もし、40年前がこの道経由でなければ)。下山は、2016年末に一度途中まで歩いた、旧登山道経由で下った。ここ一、二年ほど秘境と呼ばれている岩が露出した場所を経由して、八里へ戻った。

淡水から望む對岸の觀音山
今日は比較的楽な歩きだ。8時半にMRT淡水駅の出口で集合する。筆者もいれて今日は七名だ。現在のMRT淡水線は1997年に開通した。40年前はまだ存在していない。その時は、まだ地上にあった台北駅から台湾国鉄(台灣鐵路局)の淡水線で向かった。この路線は1988年に運行を終了し、現在のMRTの工事が始まった。MRT淡水線は、市街地では地下や高架を走るが、そのルートはほぼもともとの国鉄淡水線のあとをたどっている。

渡し船に乗船
MRT淡水駅で集合後、船着き場に向かう。川沿いはここ十年ぐらいは、かなり大規模に開発されてきて、観光地となっている。40年前登山とは別に、台北からオートバイを駆って淡水までやってきたことを覚えているが、その頃とは大きな違いだ。魚釣りなどをしている脇を進み、8時55分、船着き場に着く。まだ時間が早いので、並んでいる人は少ない。間もなく渡し船がやってきて乗船する。

船上から見る淡水とその背後の面天山
ここを右に曲がる、背後に觀音山とその手前の大仏寺
対岸の觀音山が次第に近くなる。淡水側の面天山がその全容が見えるようになる。十数分で八里船着き場に着く。9時20分、川沿いの道を歩き始める。しばらく進み、右に折れて15号濱海公路に出る。また少し進んで龍米路二段159巷の道に入る。町工場の脇を進み、登りが始まる。

大佛山山門前を行く
ここは左に進む
道脇の道しるべは硬漢嶺まで3Km、船着き場まで1.3kと示している。船着き場から山頂まで、都合4.3kとなるわけだ。大仏寺の山門前を過ぎ、さらに左に墓地を見る。9時50分、左に牛寮埔福德宮の石碑がある。ここは道標がさす方向に左に折れ登る。土地公の脇から、石畳の山道が始まる。これを登っていき、北52県道にでる。左に進んで10時、無極宮で休憩をとる。

果樹園の間を登る
牛寮埔步道登山口
10分ほど廟での休憩後、北52号を進む。道標は頂上まで1.5kとなっている。見上げる山頂も近い。その先右に曲がり果樹園の間を進む。みかんが実っている。急坂を登り、10時25分、石段の牛寮埔步道登山口に着く。後方のメンバーを待ち、登り始める。降りてくるパーティとすれ違う。数分で涼亭にくる。立ち寄り風景を望む。三年ほど前に歩いた、北橫古道を横切り、階段道は登っていく。やはり汗が流れるが、風が吹いているので楽だ。

牛寮埔步道500m地点、約半分登った
象牙石から望む、淡水と八里船着き場が見える
土の山腹道を行く
10時50分、象牙石につく。ここから望むと、だいぶ高度が上がってきたことがわかる。残り200mの表示を見ると、すぐにまた山腹を行く道を横切る。ここで少し休憩をとる。そのまま石段を登り、鞍部から山頂に行けるが、左におれて山腹道を行き、途中右に山頂へ直登する土の道を行くことにする。少し下り気味に行き、まもなく右に急な坂が現れる。この坂道を登っていく。わきには古いがロープがずっと取り付けられている。灌木がきれて、草の部分では下方に淡水河が望める。

急坂から淡水河が見える
山頂のメンバー
上方から人の声が聞こえ始める。11時23分、左からの道を合わせ少し登ると、山頂の展望台に着く(標高616m )。日和のよい今日は、山頂には大勢のハイカーがいる。山頂からの景色を眺め、写真を撮る。山頂から石段を下り、11時35分、鞍部の休憩場所につく。ここには涼亭が三か所、トイレや水道もある。ゆっくり昼食休憩をとる。

山頂からの展望
鞍部の休憩所、左の涼亭で昼食をとる
左に眾樂園へ、右は牛寮埔步道
今日は全員で七名だが、みんなが持ってきたビールは全部で10本。事前に言ったわけではないが、すっかり習いになってしまったようだ。ゆっくり時間を過ごす。メンバーはお茶を沸かしたり、即席めんを作ったりする。12時40分、下山を始める。先ほどの牛寮埔步道を少し下り、左に眾樂園への道を行く。眾樂園を通り過ぎ、道は急坂になる。こちらは、ハイカーはいない。古い石段をどんどん下っていく。倒木を潜り抜け、竹林を過ぎると、 13時03分北橫古道を横切る。

厄介な倒木
さらに下っていく。古い道案内を通り過ぎる。前回はこの先の道がはっきりしなくなっていたが、ここ一、二年秘境と呼ばれる場所を訪れる登山者が多くなり、道筋ははっきりしている。果樹園の中を横切り、13時22分舗装路に出る。舗装路を下っていき、右に小桂林(小黃山)と呼ばれている、岩柱が並ぶ場所に来る。立ち寄ってみた後、また舗装路を下る。犬がしきりに吠える民家脇を下り、13時36分北50号県道に出る。右に県道を下る。13時51分、涼亭がある開けた場所がある。涼亭で休憩をとり、先ほど昼食時に飲み切らなかったビールを片付ける。

北橫古道を横切り、直進する
小桂林
北50縣道から望む、淡水漁人碼頭が対岸に見える
20数分の休憩をしたあと、県道をさらに下る。残り1㎞とちょっとだ。14時30分、15号公路に出て右に少し進む。水雲山莊バス停に着くと、すぐに紅22番バスがやってきた。乗車し、MRT關渡駅にでて帰宅した。休憩込みで約5時間、歩いた距離は約9㎞だ。

最後の休憩で乾杯






果たして、40年前の道をたどったのかは、確信はない。しかし船着き場からの道は、登り下りにとった二つの道しかないので、部分は歩いているのは確かだと思う。觀音山は、台北から近く、そこそこ高さもある近郊低山だ。反対側の凌雲山から登れば、苦労少なく登頂できる。トイレや休憩所も完備していて、手ごろなハイキングができる良い場所だ。


2019-10-15

2019年10月9日~12日 日本會津駒ヶ岳~尾瀨大濕原~尾瀨沼縱走 強大秋颱逼近中的繽紛山野

在駒の小屋觀望會津駒ケ岳(左)和中門岳,前方是駒池
去年訪れた尾瀬を、今度は台湾からの仲間と尾瀬国立公園の北側にある会津駒ヶ岳から入り、尾瀬の湿原を歩き、そして尾瀬沼に抜けた。本来は、駒ケ岳だけでなく燧ヶ岳にも登る予定であったが、三日目は前半二日の好天が曇りになり、山頂は雲の中になっただけでなく、四日目には数十年来最大の威力を有する台風19号が近づくという状況で、予定を変更した。本来は四日目は尾瀬ヶ原の大湿原を歩いて鳩待峠へ出る予定であったが、風雨の中で湿原を歩くのは大変だけでなく、下山帰京の交通の心配もある。そのため、尾瀬沼から大清水登山口へ直接歩くことを前提に、三日目は燧ヶ岳は登らず、尾瀬ヶ原を歩いた。

@尾瀨濕原,背後是燧ケ岳
大清水からは、朝一番のバスで沼田駅に出た。駅で待つこと10分ほどでやってきた電車で、高崎に出た。JRはすでに一部では運転を取りやめていたが、幸いに上野行の当日最終電車に乗車でき、東京に帰った。数年前に台湾花蓮の清水大山へ登った時に、台風がやってきて、最終日は幸いに当日最終の電車に乗車して、台北に戻ることができた。それと同じような成り行きであった。去年と重なる部分が少しあるが、大部分は新たに歩いたルートなので、今回も中国語で記載します。

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過去四年我帶領台灣山友去攀登日本山岳,都是夏天的日本阿爾卑斯山脈高山為主。今年則除了夏天的北阿爾卑斯山脈六天行外,舉辦了秋天的日本東北地方的山旅。我去年秋天與日本朋友造訪尾瀨國立公園,看到以紅黃色彩化妝的繽紛山野,想要與台灣山友分享另一種日本山岳之美,於是規畫此次的秋天行。

四天的路線圖
尾瀨國立公園設立於福島縣,新瀉縣和群馬縣的交界處,屬於每年冬天有幾米高積雪的豪雪地帶。就是因為豐富雪量的緣故,有這麼多的濕潤沼澤,造出獨特的自然環境。幾萬年前燧ヶ岳有爆發,爆發出來的土砂堰塞附近川流造出尾瀨沼和尾瀨原始盆地。從周邊山野流下來的水不容易流出去,濕地生長的水生植物枯死也因低溫而不會完成腐化,每年堆積成泥炭層。估計費時六,七千年形成目前五公尺厚的泥炭層。東西約六公里,南北約兩公里大的盆地平原是日本最大的高地濕原。初夏的水芭蕉、盛夏的花園、秋天的紅黃色草木,每個季節呈現不同風采,吸引好多遊客前來。

四天的行走高度表
東北地區的山岳,其高緯度地理和冬天的膨大積雪強風,影響山上的植生。到大約海拔2000公尺已經針葉樹森林變少,看到台灣三千多公尺才能出現的稜線上草原。到秋天,山腰上的闊葉樹葉子轉為紅色黃色,與原來的綠色葉子混合造成大馬賽克。等到十月底,山上所有山屋關門人員下山,再過兩三周迎接白色無人的世界。

燧ヶ岳
我們這次先爬尾瀨國立公園北部的會津駒ケ岳,再南下去尾瀨濕原。本來要攀爬燧ヶ岳,但強大颱風19號(哈吉貝)逼近日本中部而天氣轉壞,因此取消攀登燧ヶ岳而行走尾瀨濕原後直接去尾瀨沼旁的山屋過夜,翌日改路線早上一早下山。我們搭巴士到沼田JR站,還好火車還在開,在高崎站轉乘當日最後開往上野站的班次回東京。我們回到東京的第二天得知颱風留下多麼甚大的災害。

横田代濕原,後方山頭為燧ヶ岳
具體行程方面是如下:第一天10/9在東京淺草站集合,搭乘東武鐵路的特快車,在會津高原尾瀨口站轉乘巴士到會津駒ケ岳龍澤登山口。爬升大約1000公尺落差,爬到稜線上的駒之小屋,輕裝來回會津駒ケ岳山頂。第二天,天一亮就出發循走稜脊上的山徑下去御池。得知颱風會來襲,考慮先爬上燧ヶ岳再去預定的元湯山莊,但怕會抹黑而且下山經過的見晴新道路況不大好,決定還是由原定的山腰路去有溫泉的元湯山莊。第三天,不像前半兩天的好天氣,已經出現天色轉變的前兆,決定不爬燧ヶ岳而先去輕裝參觀三条之瀑布,再漫步尾瀨濕原後直接去尾瀨沼旁的長藏小屋。第四天早上,天氣果然轉為風雨,不取原計畫的由尾瀨濕原去鳩待峠的路線,而直接下去大清水登山口。雖然山中遇到颱風,大家安全下山回到東京繼續每人原定的計畫,是對我來說很大安慰。

三条の滝
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第一天 10月9日(三)  東京淺草站 - 會津高原尾瀨口站 - 檜枝岐村龍澤登山口 - 駒の小屋 -會津駒ケ岳 - 駒の小屋(宿)

由龍澤登山口爬上會津駒ヶ岳
上升為主的行程
東武鐵路淺草站
我們隊伍共有九個人。有些山友10/8晚間搭乘深夜航班抵達東京羽田機場,也有的山友先來到東京住宿附近,都能來得及6:30開的東武鐵路Liberty會津號特快車。我們6:15集合於東武鐵路淺草站,購票(票價4,520日圓)後上二樓的月台。此班特快車,共有六節車,前方三節才回到會津高原尾瀨口站,後半三節則在中途分離後前往日光。平日很早的車上,乘客不多。

特快車@下今市站,在此列車分成兩部
從列車車窗遠眺日光地區的山巒
會津高原尾瀨口站
列車開出一下經過天空之樹塔旁,一路走在東京住宅區。乘車一小時多進來田園地帶,在萬里無雲的天空下前方出現關東平野邊端的山巒。8:10在下今市站分離後半的列車,我們進入山區路線。經過好幾座隧道,越過河流幾次,9:20抵達會津高原尾瀨口站。從車廂一踏出來就感覺涼意,這裡秋季已經來到的。下去公車站等侯一下,開往尾瀨沼田峠的巴士來到。 9:40準時開的巴士有八成客滿,大部分都是登山遊客。10:55到達會津駒ケ岳登山口站,下車時支付車費(2,580圓,可找零)。除我們九個人外有幾個登山客也下車,表示現在正是登山旺季。

@公車登山口站
@龍澤登山口
公路對面有一條林道,上去一點地方有洗手間和登山相關的說明板。在那裡補水整裝後11:15啟程。柏油林道有寬度,一般轎車沒問題開上去。我們只好看著路邊的人造林,慢慢走上去。上去大約20分鐘,看到路旁停著好幾部車,應該都是山友開來的。再繼續上去幾分鐘,來到登山口,入口木梯的旁邊有投遞登山計畫書的箱子,我將準備好的計畫書投入。入口旁也有紀錄入山人數的儀器。

一開始就要陡上
林相轉為山毛櫸(ブナ)占多的森林
水源叉路口,有2.9K的路標木椿
登山步道路況很好,坡度卻很大。我們從公車站的海拔950公尺,已經爬了1100公尺的登山口,但還要爬升900公尺才能到駒の小屋。周圍主要的林相為枹櫟(ミズナラ),繼續爬上去轉為山毛櫸林(ブナ)。12:20我們爬到能展望的地點,順便休息一下。繼續爬升一點路旁有木椿表示山頂前還有4.1K,不過坡度慢慢緩和下來。12:58走到水源叉路平地。有幾個年紀大的山友在休息中,我們也休息。我下去水源補水。今天住宿的駒の小屋沒有活水,只能用雨水。水源是山壁中滲出來的泉水,很乾淨好喝。我帶上去兩公升的水當作今明兩天的飲用水。

冷杉(オオシラビソ)森林
路旁的喬木越來越低
水源叉路的木椿表示山頂前只剩2.9km,高度有1600多公尺,我們已經爬了一半以上的路程了。休息二十分鐘後,繼續爬去沒多久路上有泥濘地點,木棧道也出現。好多闊葉樹上的葉子已轉為紅色或黃色。路旁的林相又變為冷杉(オオシラビソ)為主的森林。越爬高喬木的高度越低,14:20終於出來草原,前方有用木板的休息處。前遠方看得到我們的山屋,木椿表示到山頂只剩1,3km。眼前的寬大緩和山稜上有個山頭,是會津駒ケ岳山頂,其右邊較低的山頭是中門岳。爬上最後的草原坡道,14:47抵達山屋。山屋的下方有駒池,水面上反映著深藍天空和會津駒ケ岳山頂。

休息處仰望會津駒ヶ岳(中間山頭)和中門岳
草原上的駒の小屋
大家爬上山屋前的最後上坡
往會津駒ケ岳山頂踏木棧道前進
要住宿駒の小屋需要預約,還好我早就訂好,不然今天沒空位可住。登記入住(費用3000圓),把背包放好在山屋內後,15:16我們輕裝前往會津駒ケ岳山頂。漫步草原,爬升一點就到往中門越的叉路口,我們取右往會津駒ケ岳山頂爬上去。15:38爬到山頂。喬木和草叢圍繞著有大圓柱的山頂,視野不怎麼好,但山頂下面一點沒有阻礙物,遠方的日光和尾瀨地區山峰包括燧ヶ岳都很清楚。山頂上過十幾分鐘後由原路下山,16:09回到山屋。我們今天共走了7km,總爬升大約1200公尺。

@會津駒ケ岳山頂
山頂下眺望南方,看到的山屋和其前方的水池
駒の小屋二樓寢室
此家山屋有管理人,卻只提供住宿沒有伙食。我們帶來食品自己炊煮來用。大門旁有食堂,今天住宿人多且我們較晚到山屋,等到17:30才能使用食堂。在山屋前庭的桌上也可以炊煮,但已經寒冷,大家等到17:30從二樓的寢室下去食堂煮東西吃。用餐後出去外頭一下,仰望天空就看到滿天星,明天天氣一定會很好。
從山屋眺望夕陽中的山巒
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第二天 10月10日(四)  駒の小屋 -富士見林道 ‐ 大津岐峠 - 大杉林道 - 大杉岳 - 御池 - 燧裏林道 - 元湯山莊 - 濕原小散步

由北往南縱走
下坡為主的行走高度表
要出發了,木板上有霜
今天是台灣的雙十節日,我們則在日本東北的山上迎接日出。四點鐘起床,自己煮早餐吃,五點半出發。小屋前的木板上有一層霜,昨晚戶外氣溫應該降得很低。昨天得知颱風19號很快速地往日本直撲過來,擔心我們行程後半會受到影響。今天還是藍天白雲的好天氣,天氣預報也說整天維持晴天,但自明天起會轉變。在如此的情況下,我們也許今天先爬燧ヶ岳以確保山頂上的好景,於是我們一天亮就出發。

即將走的稜脊,後方有燧ヶ岳和至佛岳(最右山峰)
燧ヶ岳的左方有白色湖面的尾瀨沼

行走稜線總走路,後方山頭為會津駒ヶ岳
小池潭的水有結冰
縱走路在御池登山口之前,基本上是下坡路。山徑循著稜脊的東側而下去。陽光慢慢照出東側的山壁,被染紅的稜線的遠方,燧ヶ岳的雄姿豎立著,其左方有個白色水面的湖,是尾瀨沼。視線往更左邊,看得到白根山、男體山等日光地區的名峰。黃色草原上有小池潭,發現水面上有薄冰。稜脊轉成很寬,最後爬坡一點,7:02走到大津峠鞍部,我們休息一下。回頭看,會津駒ケ岳山頂已經很遠。路標上表示往駒の小屋有3.3km,往御池6.9km。此鞍部是叉路,往左可下去キリンテ登山口。

穿越草原而前進
大津岐峠
路面上有被砍的山白竹葉子
休息十多分,繼續走稜線路。下去大約二十分鐘,山徑進入山白竹林(クマザサ)。路上有好多竹葉,顯然最近有人砍過路上的竹葉清路。走到最低鞍,再爬上100公尺的落差,8:10到了送電高塔下面休息一下。經過電力公司的工寮旁再越過小丘,前方出現大杉岳,其左方的燧ヶ岳已變大了。縱走路進入森林裡,爬上大約半小時出來草原,草原上回頭看會津駒ケ岳已在遠方。9:23爬到樹林中的大杉岳山頂,只有傾斜的路標標示此地是山頂。
高鐵塔下休息,前方有小房子
大杉岳(右邊平山頭)和燧ヶ岳
從大杉岳下面草原眺望會津駒ヶ岳
大杉岳山頂
燧ヶ岳已經很近
在無展望的山頂上休息二十分鐘後,我們往御池下去大約400公尺的落差路段。從山頂附近的針葉樹林出來,燧ヶ岳已在呎尺之間。林相轉為山毛櫸等闊葉樹林。最後下去陡坡,10:22抵達柏油路旁的登山口。走一段柏油路,10:30走到御池,有好大的停車場,御池山莊和遊客中心商店。御池是尾瀨公園的重要路線起點之一。我們昨日搭的巴士路線也開到此地。我們在活動中心休息一陣。

御池
御池登山口
很好的木棧道@往燧ヶ岳叉路口
我們已經走了五小時,如果先越過燧ヶ岳再去今天的元湯山莊,需要再走七、八小時,如此很可能下坡路上要抹黑下山。見晴新道路況不太好,所以決定還是由原定的燧ヶ岳山腰路(燧裏林道)前往山屋。11:30我們離開遊客中心穿過大停車場,由登山口進入山徑。這段的木棧道又寬又新,不像我們走過來的會津駒ケ岳附近的木棧道,好走多。馬上經過往燧ヶ岳山頂的叉路,我們繼續走山腰路。

御池田代
爬上階梯
眼前突然展開黃色草原(御池田代;田代是指濕原的當地語言)。到目前為止,我們走過不少草原,都是有起伏的山稜上草原,眼前的草原則又平又大,是另一種的自然美。走到草原末端,山路開始上升。我們要爬升大約100公尺的落差。行經姫田代,再爬升一點。12:05爬完上坡,出現很大的上田代濕原。燧ヶ岳山頂(俎嵓)在中午的陽光下高聳在草原後方。我們在木棧道旁的休息處休息一下。

走在上田代,後方山頭為大杉越
過小溪
走完草原,山腰路下去越過小溪,又爬到另一處濕原橫田代。山徑再過小溪,之後都走在森林中。路上我們遇到走往御池方向的幾個山友,其中一個山友穿雨鞋。我們大部分的山友在台灣穿雨鞋爬山,但這次都是穿登山鞋,沒想到在此碰到穿雨鞋的日本山友。不過這裡的路線比較潮濕泥濘,穿雨鞋走其實很合理。13:14走出來吊橋旁的平地休息一下。

@裏燧吊橋
行進於光亮的樹林裡
樹幹上的刻字
新建於平成九年(1997年)的裏燧吊橋,跨過乾枯的シボ澤,看起來還很新。過橋後下去一點,路徑一直橫過山腰,以闊葉樹為主的森林裡會看到高大雲杉(トウヒ)等的針葉樹。路旁的山毛櫸樹幹上刻有人名和昭和三十年(1955年)七月的日期。以今日的眼光這個就是塗鴉,六十幾年前的日本沒有環保的概念,認為刻名字可當炫耀紀念。如今這麼清楚的名字只是很可恥的事,不過本人很可能已經不在世吧。13:50走到叉路口,往右可下去三条瀑布,我們則取左繼續走山腰路。

往三条の滝的叉路口
過大橇澤
走平緩的山腰路十幾分,山徑下去比較深的大橇澤,過溪後又爬上去。我們經過從三条瀑布上來的叉路口,14:28抵達今天住宿的元湯山屋。此區有兩家山屋,另一家是靠近赤田代濕原的溫泉小屋。元湯山屋是東京電力公司經營的五家山屋之一。東電公司擁有尾瀨國家公園區域內的四成土地。為了水力發電事業,東電的前身公司購入土地。隨著1960年代日本的登山健行活動掀起,後來環保的想法普及,東電投入資本人力做維護尾瀨環境工作。經營山屋也此活動的一部分,整理山徑包括維修木棧道等也是東電負責的工作。

元湯山莊
赤田代
去散步
我們登記入住山屋(費用9000日圓含晚早餐)。此家有兩層樓,一樓有溫泉浴室和餐廳等。我們的房間在二樓。晚餐是17:30才供應,在晚餐之前我們輕裝出去走一走附近,以欣賞好天氣下的尾瀨大濕原。15:30大家在大門前集合,往濕原方向起步。經過赤田代,越過小溪走到叉路。往左到見晴,我們取右往東電小屋方向走去。從早上一直陪伴我們的燧ヶ岳,在無雲的藍天下展出另一面的容貌。

已轉黃色的大濕原,左方有燧ヶ岳
透過樹葉看到東電尾瀨橋
路旁的烏頭花
大家邊走邊照相,慢慢前進。發現路旁還有花開,例如有毒的烏頭(トリカブト)、蝦夷龍膽(エゾリンドウ)等的藍色花卉。經過紅黃色葉子點綴著的森林,下去東電尾瀨橋頭。時間已是四點多,我們走到此為止返回原路, 16:40到元湯山屋。我們今天走了大約21km,總上升740m,總下降1400m。

晚餐
回到山屋泡一下溫泉。為保護濕原的環境,洗澡不可使用肥皂洗髮精。洗手間等的汙水全部經過淨化後,由專用導管引到河流下游遠處放水,維護自然生態。洗好後在入口大聽上網看天氣情形。颱風19號的確向日本中部快速撲過來,後天很可能登陸關東地區。17:30我們去食堂用餐。菜色豐富,也有生啤酒可以喝,真是一大享受。懷著不安的心情,20點多去就寢。

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第三天 10月11日(五)  元湯山莊 - 東電小屋 - 尾瀨大濕原 - 見晴 - 白砂峠 - 沼尻平 - 長藏小屋


從尾瀨平原走去尾瀨沼
行進高度表
山莊食堂
五點多起床,出去戶外發現木板濕,昨晚下過雨了。現在雖沒下雨,昨天的藍天已不在。就算爬上去燧ヶ岳,在雲霧中看不到尾瀨大濕原。明天很可能颱風來襲,在風雨中走沒有樹木保護的平原會危險。我決定不去燧ヶ岳,今天先走尾瀨濕原後直接去長藏小屋。尾瀨濕原是我們山旅的重要景點,不去太可惜。山屋管理人跟我說本來今晚訂滿房間,因颱風的關係全部被取消,結果今晚都沒住客了。

往三条の滝的叉路口,昨天從右邊走過來
下去木梯
六點鐘在食堂用早餐,昨天訂購便當(600圓)的山友順便拿自己的便當。我們6:40集合在門口後,先輕裝去觀賞平滑瀑布和三条瀑布。往昨天過來的方向走一點,在叉路口我們取左下去。部分的坡度相當大,也有梯子。7:07來到平滑瀑布(平滑の滝)的景觀台,觀賞瀑布一下再繼續下坡。過小溪兩三次,行走較平緩的山腰路。7:39到了往瀑布的叉路,取左繼續下去。再走陡坡和木梯的小徑幾分鐘,下到三条瀑布(三条の滝)展望台。水量豐富的只見川在三条瀑布落下100公尺的高度,相當壯觀。瀑布雙邊有已變色的紅黃葉子點綴其美景。

平滑瀑布
@三条の滝
我們欣賞瀑布二十多分,由原路回去,9:06回到元湯山莊。很親切的管理員在大門送別,我們揹著重裝9:30出發。由昨天走過的路線走去東電尾瀨橋,越過它繼續往東電小屋。偶爾天空變亮,好像天氣會轉好似的,不過燧ヶ岳的山頂在雲霧中。10:12走到東電小屋休息一下。東電小屋是東電公司經營的山屋之一,本來是1920年代在東電的前身關東水電公司為調查當地的降雨量而建的工作小屋,後來改建為登山客住宿的山屋。目前有兩棟房屋,都是二十年前改建成目前的模樣。

走回元湯山莊
要出發
東電小屋
背著很大物品的揹工
繼續前進已轉黃色的草原。前方有一個揹著身體一倍高物品的揹工(歩荷)走過來。尾瀨平原上的山屋靠他們的補給工作才營運。10:44我們走到ヨッピ吊橋。去年我走到此座橋,當時所有吊橋踏板已經被收走,無法度過橋。今年也等到十月底一樣踏板被收起來以避免積雪壓壞。過了橋就有岔路,往左可達龍宮山屋,我們取右前進。

ヨッピ吊橋
看著大小池潭前進
池潭遠方燧ヶ岳的前方正在下著雨
往牛首走
牛首叉路口
大濕元的此區出現很多大型池潭,我們走過去看看。池潭的遠方看到燧ヶ岳、其上一半戴上厚雲看不到山頂。忽然覺得有點水氣,應該是燧ヶ岳附近下的細雨被風吹過來的。天氣的確在轉變中。往牛首叉路口前進,路上越過另一座橋。平原上的木棧道狀態很佳,是東電和其他負責單位積極維修更換腐蝕掉的木板。前方的至佛山也被雲層蒙住上一半。11:24我們走到牛首叉路口。往右可達鳩待峠登山,我們取左往見晴前進。

轉換木板的工作在進行中,正前方是燧ヶ岳
更換橋的工作現場
龍宮山屋
自明天10/12起日本有三天連休,尾瀨平原本來會有很多山友來訪,但在大型颱風在接近的天候下,木棧道上的登山客不多,讓人覺得有點冷淡。11:35我們經過更換橋體工作的現場。路上看到兩三處較大池潭,11:55我們走到龍宮山屋。我們在山屋的前庭用午餐休息。

縣界的說明
前方是見晴
休息半小時後,我們往見晴出發。走去沒多久我們過橋。下面的沼尻川是群馬縣和福島縣的縣界也是日本關東區和東北區的界線,過橋就進入東北區的福島縣。其實今天我們早上走去東電小屋時進入新瀉縣,離開後又過縣界進入群馬縣。可以說我們在三四個小時內走了三個縣了。

走過去見晴山舞區
見晴新道叉路口,往尾瀨沼還有6.5km
眼前的燧ヶ岳越走越近,其山頂卻都在雲霧中。12:45我們經過見晴區的五家山屋旁,繼續往尾瀨沼爬上森林中的緩坡路。13:00往燧ヶ岳的見晴新道往左分岐出去。山徑行進在山腰,有路段變為原始土路。越走坡度約大,最後爬上大石塊的土徑越過白砂峠鞍部。我們過了越嶺鞍部後,前一陣前已下起的的雨變大,我們拿出來雨傘等撐著走下坡路。14:02前方出現白砂濕原,再進入森林行進,14:20走到沼尻叉路口。叉路旁有新建的有屋頂休息處,我們進入休息一陣。

上去追後大小石塊的土坡道
撐著雨傘走草原
沼尻平叉路口的新休息站
我們穿上雨衣再出去休息處外,往長藏小屋走起尾瀨沼北岸的路線。北岸路先沿著湖岸走一段,之後進入森林越過小丘而去。15:11經過往燧ヶ岳的長英新道岔路口。如果天氣沒問題,我們本來越過燧ヶ岳從此下來的。再前進十分鐘,我們出來湖畔的大草原,草原的另一邊看到長藏小屋。經過往沼山峠的叉路, 15:30走到山屋。今天走了共大約20公里,總爬升840公尺,總下降590公尺。

走尾瀨沼湖畔的路
快到長藏小屋了
長藏小屋
二樓八號房間
當去年我住此家時,旺季已過住客不多,今天因颱風的關係住客很少。山屋主人很關心地問我們路上有否問題。登記住宿(費用9100圓含晚早餐和暖房費),脫鞋雨衣上去二樓房間。在浴室洗澡時,有個山友說他越過燧ヶ岳下來,風雨很大很不好走,都沒有景觀可看。如果我們照原計畫上去的話,也碰到同樣情形吧。17:30用晚餐,用完後去談話室上網看天氣情況。明天颱風會逼近日本東海關東地區,我們決定一早由最短的路徑下去大清水登山口,搭乘最早班次巴士下山,以免回不了東京的窘境。


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第四天 10月12日(六) 長藏小屋 - 三平峠 - 一ノ瀬休憩所 -大清水登山口 - 沼田站 - 東京

四天活動中最短的路
行進高度表
山屋的早餐
五點起床,看戶外果然下著雨,還好風勢沒那麼強。六點鐘用早餐後馬上出發。山屋主人替我們查交通情況,說一ノ瀬的接駁車還在運作,自大清水9:15開往沼田站的巴士也應該沒問題。穿上上下雨衣,6:30便出發。

穿上雨衣出發
燧ヶ岳秀出全貌
走十五分鐘來到草原,右邊的水岸對面有燧ヶ岳,昨日整天黏住其上一半的雲霧現在少了很多,彷彿向我們道別似的。繼續走湖旁的路徑幾分鐘,到了往三平峠的叉路口。路旁的尾瀨沼山莊還在經營,但沒有住客的樣子。此山莊也由東電經營,昨日元湯山莊管理人說東電系統的山莊今天一個住客都沒有。

往三平峠的叉路口,後方是尾瀨沼山莊
三平峠
我們爬起緩坡。往大清水登山口,要先越過落差大約100公尺的三平峠越嶺鞍部再下去。上去大約二十分,抵達三平峠。下去木棧道,部分路段在維修施工中,要走繞路。下去三十分鐘左右後過溪,溪水果然較多潺潺流下去。7:52我們走到一ノ瀬休息站,站前有一部接駁車。我們上8:00開的接駁車(車費700圓),節省一半的下坡路。大約十分鐘抵達大清水站。雖然如此的天氣,有職員來開休息站,我們買車票(2300圓)等公車來。

接駁車@一ノ瀬
上9:15開往沼田火車站的巴士
開往上野最後班次車廂內,我們以外都沒乘客
我們搭上準時來的開往沼田的巴士,車上的乘客只有我們幾個。途中有一個當地的乘客上來,司機跟他提醒下午巴士會停開。10:48巴士開到沼田火車站,進入車站確認火車運作情形。售票人員跟我們說上越線的火車,13:00前還會開,但往東京的火車中午後很可能停開。搭上11:00來的火車,在前橋站轉乘另一班到高崎站。在我們不知如何是好時,剛好有廣播說開往上野的最後班次會來。我們的運氣還好,至少能回去東京了。14:00左右座到東京區內時,風雨已經很大。地上走的JR線和私鐵線都停開,不過參加的山友都能去到預定地點和大飯店了。

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這次的秋天山行給大型颱風搞亂,後半不得不改變預定路線。據專家說法,這個季節有幾十年來最大的颱風,是因為地球暖化海洋溫度上升有關。高水溫產生多水氣,幫助颱風生長。颱風19號造成從來未有的洪水山崩等,留下甚大的災害。我寫此文章,已經過了快兩周,但好多災害區的住民還不能回復原來的平靜生活。

儘管如此,我們前半兩天在很舒適的晴空下能夠縱走,欣賞紅葉,還算運氣好吧。其他季節尾瀨呈現不同的風貌,例如六月融雪下的水芭蕉花園等,也值得造訪。

旅行費用如下:
交通費 12,640日圓(去程淺草-登山口7000 回程一ノ瀬-上野 5640)
住宿費 21,100日圓 (3000 + 9000 + 9100)