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2019-01-26

2019年1月21日 英國倫敦泰晤士步道 Thames Path 尋找倫敦港口遺址健行

從泰晤士步道(南岸)上遠眺倫敦塔橋、聖保羅教堂(中間)和雙岸上的嶄新超高層大樓,呈現舊新倫敦的對比
英國國家步道(National Trail),是政府單位管理的長途人行步道。其中一條,被稱為泰晤士步道,是從泰晤士河的源頭Cotswolds起一直沿著河流,經過牛津、溫莎等地方走到倫敦東部為止的大約300公里長步道系統。泰晤士河是英國重要的河流,英國首都就在泰晤士河的下游從羅馬時代起發展過來。可以說沒有泰晤士河就沒有今日的英國首都。

包含泰晤士步道的步道標誌,背景為對岸Isle of dogs新開發區大樓群
筆者自年初起逗留於倫敦,每天待在屋內覺得受不了,於是找一找可以健行的地方。倫敦雖然沒有山丘可以爬去,但倫敦市政府有步道系統給人們出戶外走一走。其實倫敦是大城市,其步道都很長,也每條步道有其特色。我在天氣好的一天先試探住所附近的步道走看看,發現還不錯,所以接著決定走泰晤士步道中屬於倫敦市管轄區域的路段。據倫敦市政府網站的說明,倫敦路段的泰晤士步道被分成七段,三段走泰晤士河北岸和四段南岸的。我在1/15走了自倫敦西段郊外的Richmond起至靠近市中心的Albert橋為止的二十餘公里路段,再來在1/17從Albert橋到Tower(倫敦塔)橋止的路段。這次也是走泰晤士河南岸的第三路段。

1/17走的航跡(從西邊Battersea到倫敦塔橋)
1/17從Lambeth橋眺望下游方向的倫敦中心精華區,左岸上看到國會大樓和大笨鐘,右岸上倫敦眼
在1/17走的第二段經過倫敦最精華的路段,路上看得到好多代表倫敦(也英國)的地標,例如國會大樓、大笨鐘、倫敦眼、倫敦橋、聖保羅教堂、倫敦塔等等,是屬於觀光路線。在行經此段你的前後左右是來自世界各地的的觀光客,聽到好多種不同語言。數不完的觀光資料有說明此段,我只表示走過的航跡供參考(途中去參觀帝國戰爭博物館)。

1/21第三段健行航跡(從西邊倫敦塔橋起往東下游走)
雙層巴士行經倫敦塔橋上
10:30從住所附近搭公車前往今天出發點倫敦塔橋(就是1/17走第二段的終點)。倫敦的交通很發達,有國家鐵路系統(National Rail system)、地鐵(有名的倫敦Tube)也有四通八達的公共巴士系統。現在有手機上的APP尋找交通路線和方法很容易,讓像我外來不熟悉路線的訪客也很輕易地上正確的公車。大部分的倫敦公車是雙層,我搭的是雙層,就上去上層坐下。巴士行經市內街道,從上層客艙看到街坊上的民眾活動覺得很有趣。靠近市中心有公車專用道,除公車外腳踏車也可以騎在公車專用道上。倫敦的冬天氣溫低,但騎腳踏車的上班族也不少。倫敦是多人種的城市,巴士上就是都市的縮圖,各種人都在車上,用不同語言交談或講電話。

倫敦塔橋(London Tower Bridge),橋樓中間看到金融區的高樓群
倫敦塔橋附近的觀光街道
11:00抵達倫敦塔橋附近的Boss Street站,我就下車往前走一點再轉彎往倫敦塔橋去。走到橋頭下階梯去河岸。今天天氣晴,但南岸上陽光被房屋遮斷照不到步道上,覺得相當寒冷。氣象報告說氣溫只有四,五度。從此看過去倫敦塔橋,剛好在兩棟橋塔中間看到金融區(所謂City)的幾棟現代高樓大廈群。倫敦的中心本來最高也十層樓左右的重厚石造大樓為主,如今高樓林立呈現新舊對比明顯的景觀。記得在二十多年前造訪倫敦時市中心進行大規模在開發工程,現在還有新大樓在興建中。

步道上故意擺設代表船隻的零件
河邊步道的行人橋在維修無法通行
走進過去為倉庫的建築物中之巷子走一段,再出來河岸。河岸步道上置有大型螺栓、船錨等與航海船隻相關的物品。倫敦曾是世界大港口。在大英帝國時代倫敦港口與全世界各地港口來往各樣貨品,貿易帶來英國從未有過的巨大財富。為滿足大量海運需求,有大規模造船行業興起在此供應船隻。倉庫運輸業也隨著很發達。倫敦附近的泰晤士河有潮汐很適合海運。羅馬帝國在第一世紀征服當時的地方土豪後,將今日的City地點造為帝國都市Londinium。這就是他們發現倫敦很適合於航海,與其他帝國範圖的地點來往很方便的緣故。在17世紀英國成立東印度公司後,逐步成為世界大帝國,其首都的港口隨著以貿易繁榮。泰晤士河雙岸上開發碼頭倉庫區,從靠近市中心的地點逐步往下游(往東)方向發展去了。

經過舊倉庫工廠(今辦公區)建築的巷道
汙水隧道工程工地前,路燈桿上有泰晤士步道標誌
過了倫敦塔橋後再也沒有過河橋梁,河流寬度變大,給我很空曠的感覺。11:17來到人行小橋,因維修工程在進行無法通過,跟著表示離開河邊走繞路。又穿過已改裝成辦公住宅的舊倉庫建築區,11:28再出到河岸步道。途中繞過很高牆壁圍住的大區塊前,牆上的說明寫下水處理廠和河底隧道的工程在進行。從河邊看過去對面北岸,不像南岸這裡,大部分是新建的住宅為主,倉庫等舊建築則少。

有銅像的河邊小公園
小貓看著女兒Joyce
跟著泰晤士步道標誌行經河岸步道和住宅區的巷子,11:47來到一處一對男女、小女孩和小貓銅像站立的河岸小公園。他們三個是Ada Brown(1866-1942)和Alfred Slater(1873-1945)以及女兒Joyce。20世紀出頭的Barmondsey區是附近工廠上班的工人家族生活的貧民區。當時此區的人民生活環境很惡劣,小小空間裡兩三個家庭濟在一起生活,沒有衛生設施,新生兒只有一半能夠過一歲生日。Ada和Alfred各自來到此區投入救民工作,後來他們認識結婚。Ada組織工會要求人道水準的勞動條件,醫生Alfred免費看病,也推廣社會改革的工作。他們後來分別被選出為市長和國會議員。他們寧願在此不好的環境裡生活親自了解工人們的悽慘環境,結果唯一的女兒在八歲時不幸得病而死。如今昔日的貧民區都沒有留下悲慘的痕鱗,在溫柔的冬日陽光下他們三個人和小貓似乎很開心地慢慢過時光。
幾百年前小公園是國王行館所在地
聖瑪莉教堂前庭的股墓碑
步道繼續沿著河岸而走,回頭看上游方向倫敦塔橋已經遠方,南岸上的碎片大樓唯獨突出其頭在天空。11:57來到St. Mary's教堂,建築前庭上有好多舊墓碑,添加古色古香。舊倉庫建築旁有一間小Pub,其名字叫May Flower。May Flower就是美國第一批英國移民Pilgrim Fathers搭乘過海的船隻名字。1620年從此地Cumberland碼頭100餘個信徒為設立他們的理想社會過海移民。再走去一點的小公園裡有相關銅像和說明板。這些都是再開發河岸的時候,負責單位規劃設立的。走到此已經沒有觀光客了,寒冷的冬天天空下當地人也很少出來走。

Mayflower PUB
Mayflower相關的銅像和Cumberland碼頭說明板
Rotherhithe隧道的設施建築,對岸上也有相同建築物
12:04來到磚塊建造的河邊圓筒建築,是Rotherhithe河底隧道的入口建築物,對岸上也有相同建築可見。越過再也不會上開的舊上開橋,繼續走河岸步道。前方出現幾棟超高層大樓群林立於對岸上,是Canary Wharf(碼頭)的新開發金融區。為應付年年增加的貿易物資量,19世紀初商人興建大規模碼頭倉庫區West India Docks。航海船隻由泰晤士河直接進來碼頭內水,在倉庫旁卸貨,大為提高作業效率。隨著英國貿易的發展,碼頭也發展繁榮,1960年代到顛峰。但海運方式逐漸改為貨櫃方式,歐洲其他海港也投資擴大,倫敦港的地位越來越降低,直到1980年終於閉幕其一百幾十年的榮耀歷史。然而政府成立再開發單位(London Docklands Development Corporation)以優惠條件等招商,如今高樓林立世界級的金融機構入進。不管英國脫離歐盟的影響如何,幾棟新大樓仍在興建中。

不會再開的上開橋

對岸為Isle of Dogs Canary Wharf的再開發區高樓群
Surry Docks Farm小農場入口
從此看到水上巴士的碼頭在超高層大群前方的對面河岸上。往返市中心搭倫敦市快速艇是又方便又快的交通方式,都不受地上交通的壅塞。繼續前進步道經過Durand's whalf,12:40來到Surry Docks Farm小農場。農場內有幾張長椅,順便坐下來休息吃點東西。到此我走了今天預定路程的三分之一了。

不會再開的旋開人性橋和其水壓機構(圍籬內),橋的旁邊有另一座車道橋
水門的水壓機構,背景是Canary Whalf的高樓群
休息十幾分後繼續往Greenwich(格林尼治)前進。走到Greenland(格陵蘭) dock。這曾是捕鯨魚和木材運輸的主要碼頭,與其他的碼頭一樣已不使用。當時的旋轉行人橋被留下來,如今讓人聯想當時的榮景。旁邊的水門和水壓機器也還留著,都是再開時故意沒拆卸留下來。經過Greenland Pier倫敦市快艇站再走一段長的河岸,13:16離開河岸右轉穿過大公園。再走在街道大約二十幾分,又回到河邊步道。走到現代的旋轉行人橋,剛好旋開無法過橋。操作員說要等二十分,於是又走進街道前往Greenwich碼頭。

快速艇行駛於泰晤士河,前方藝術品下水鳥在休息
在旋開中的人行橋
Cutty Sark號
經過街道,13:56出來到河邊,前方出現陸上的帆船。它是有名的Cutty Sark號。為運輸茶葉而1868年建造,是當時最快速的帆船。這裡是格林尼治的觀光區,路上有好多觀光客在逛街。繼續前進經過世界文化遺產的Old Royal Naval College(舊皇家海軍學校)前。學校前面的步道靠近河水,有的地方被水沖洗路面濕滑。走到Trafalgar Tavern走進古老建築中間的巷子走一陣,發現靠近水岸步道在維修必要繞路。跟著標誌走過有大煙囪的格林尼治發電廠後面,14:14走回到河邊Anchor Iron Wharf。再前進河岸步道就進入新住宅開發區。
Old Royal Naval  College和前方的泰晤士河
上潮時水面很接近步道
新開發住宅區,正在販售中
看到O2體育館和前方的工廠
整土工程在進行,背後是O2體育館
走完住宅開發區路段,步道行在工廠建築等地旁邊,慢慢走進來格林尼治半島。此地曾經是大規模瓦斯工廠,現在還看到大型瓦斯貯存槽。好多土木工程機器在運轉,開發工程正在進行,這裡現在只是一大片空地。本來從遠地一直看到的O2體育館,越走越近,來到旁邊看真是一大巨蛋。繞過體育館走河邊步道,前方出現過河的Emirates Air Line纜車(阿聯航空空中纜車),是阿聯航空資助建設費用興建的。纜車爬到高點過河,從車廂能俯瞰大倫敦市街。走過纜車下方後,河岸邊都是在興建中的住宅區。15:00發現前遠方有今天目的地的Thames Barrier(泰晤士防洪閘)。1982年完工的防洪閘是為保護倫敦市區從北海的異常高潮災害而興建的。

Emirates Air Line纜車 
經過工業區
Thames Barrier
15:19在河旁的小公園裡休息一下,再繼續走進工業區旁的路段。經過有運輸機器或大設備等工廠旁,走到往Charlton火車站的叉路口。泰晤士步道延伸到泰晤士防洪閘旁邊,但時間已是15:45,冬天此時太陽在16:00多就下山,於是決定不去防洪閘而前往火車站。就算走到泰晤士防洪閘,也要由原路回來去火車站才有交通可搭。往市內走大約十分鐘走到火車站,在其旁邊的公車站搭乘公車返回住所了。

Iron Anchor,倫敦港口象徵
除倫敦塔橋和格林尼治鎮街道外,幾乎沒有遇到觀光客。只有少數當地的住民散步和跑步或騎腳踏車行進泰晤士步道而已。今天行程的前半看到好多倫敦與泰晤士河的歷史遺址,很有教育價值,後半則是開發中的住宅區或整土工程區以及工業區,如果時間有限我認為只走前半就夠好了。在冬天季節冒著寒冷行走河邊步道的人本來就不多,只是我太閒也要保持體力而走。然而走完後我覺得很高興,因為親自體驗倫敦城市的環境,進而學到其歷史背景。我費時五小時走了幾乎都水平的大約20km路程。

2019-01-20

2019年1月15日 UK Thames Path イギリス テームズ(河)歩道を歩く

テームズ歩道(Thames Path National Trail)の標識
今年は年頭からロンドンに来ている。今回の訪問は少し長い。イギリスは緯度が高いので、夏は日照時間が長い分、冬は短い。朝八時になってやっと明るくなり、夕方四時には日が暮れる。もちろん日に日に長くなってはいくが、一月の今はこんな状態だ。山歩きとして、以前訪れたイギリス北部ウェールズ或いはスコットランドがあるが、これらは冬山であり、それなりの装備や準備が必要である。そこで今回は、登山ではなくロンドン近くのハイキングコースを中心に訪れることにした。

テームズ歩道から河を望む
ロンドンは、平らな場所である。もちろん丘や谷があるが、それは高いものではない。東京近くの多摩丘陵のようなものだ。そうしたところに住宅地が広がっている。残された緑地をつないで歩く道、或いはテームズ河に沿って歩く道がある。まず初めに、ロンドン市のネット情報を参考に、市中心の西側郊外にあるRichmondから東に河沿いのThames Pathを20KmほどBattersea Parkへ歩いた。山登りが本ブログの中心だが、今回は平地のハイキングの記録である。

西のRichimond から東のBattersea公園までテームズ河沿いに歩く
テームズ歩道(Thames Path National Trail)は、川の両岸沿いに続く道である。テームズ河は、イギリスにとって重要な河川である。首都ロンドンはこの川の下流に発展した。産業発展にも寄与した。テームズ歩道は、その源流からロンドンの東まで約300㎞が指定されている。もともとあった船を馬や人力或いは機械で引っ張るための岸にそった道Towpath などをつなげてできたものだ。National Trailとされているので、政府部門が管理する歩道である。イギリスは学校で習った囲い込み運動があったように、私有地に対する考え方が強い。私有地には勝手に入ってはならない。そこで誰でもが歩ける公共歩道(public path)が存在する。テームズ歩道もこうした公共歩道の一つでもあり、誰でもが歩ける。

Waterloo駅からReading行電車に乗る
ロンドン近くの宿泊場所から出発し、市中心のWaterloo駅でSouthwestern Railwayの電車に乗る。Waterlooは、イギリス西部方面への長距離列車も含め多くの通勤電車が発着する。プラットフォームは最近完成した部分も含め全部で24もある。ただ、入口が同じではないので注意が必要だ。筆者は、一番左側の一桁台の改札から入ったところ、乗るべき電車がある22番には行けない。そこで係員に話して一度改札を出て、22番に向かった。しかし予定の電車はすでに発車しており、次の電車を待つ。10時20分発の電車がやってくる。大勢の通勤客が下りる。乗り込む乗客は少ない。

Richmond駅
日本でいえば通勤急行になるのか、途中一駅だけ停まりほかは通過、10時36分にRichmond駅に到着する。駅舎を出て左に進む。商店がならぶ通りを行き、右に河岸に下る。河の上流側に石造りの橋が見える。結構多くの車両が行き来している。Richmondという名は、実は懐かしい。筆者が学生のころ交換留学生として過ごしたアメリカ、インディアナ州の町がRichmondであった。トウモロコシや麦畑に囲まれた小さな町であった。もちろんこのイギリスの町とは違うが、アメリカの多くの地名は、移民たちの故郷の町を名乗るものも多い。

Richmond橋の上をバスや車が行く
Southwestern 鉄道の橋
Richmond水門橋、上空にはヒースローに着陸する航空機
河沿いに歩道が続く。10時53分、右に折れて下流に向け歩き始める。空は曇りで、どんよりとしている。典型的なロンドンの冬景色である。幸い今日はそれほど温度が低くなく、風もあまりない。乳母車を推している母親や、老夫婦に交じり、ジョギングしていく人も多い。サイクリストも結構いる。この道は冬でも多くの人が往来している。

Richmond水門橋の上から下流方向を見る
水門が閉じているときは、船はこのドッグを通過する
水門説明板
ヒースロー空港に着陸する航空機が、上空を飛んでいく。かなり頻繁にジェットエンジン音が聞こえてくる。ヒースロー空港は、とても忙しい空港である。先ほど乗ってきたSouthwestern鉄道の橋の下をくぐり、歩き始めて10数分でRichmond Lock & Weirに来る。テームズ河は、季節によりその流量が変わる。船の航行に影響する。それをコントロールするための施設が、このLock & Weir(水門)である。水門の上には歩道が設けられ、歩行者は橋としてわたることができる。

テームズ歩道を行くサイクリスト
溝を挟んで右はOld Deer Park
散歩やジョギングで多くの人が利用している
橋の上に行き、流れる河を望む。水は川幅いっぱいに流れている。平らな土地が広がり、近くには丘なども見えない。歩道にもどり、川下にむかって進んでいく。右側は、溝を挟んでOld deer parkそしてKew Gardenと緑の地帯が続く。歩道わきの樹木が多い。ところどころ樹木がきれて、左側の川面が望める。11時48分、Kew Garden入口の駐車場わきを通り過ぎる。さらに10分ほど進み、石造りのKew橋の下をくぐる。

右にKew Gardenをみて歩く
石造りのKew橋
Kew船着き場
橋をくぐってすぐ、テームズ河を上下に航行する観光船乗り場がある。冬のこの時期は営業していない。しばらく住宅地が歩道わきに続く。対岸も同様に住宅地だ。雲間から差し込む冬の陽光が、対岸の白壁の家を照らし出し川面に反射している。その先10分ほどで、鉄道橋の下をくぐる。住宅地が切れ、緑が多くなる。樹木の奥は、National ArchivesやKew Riverside Parkだが間の樹木が多いので、建物はあまり見えない。Putney Town Rowling Clubの青い建物が見えると、前方に橋を見る。この橋も下をくぐって進む。
冬の陽光が対岸の白壁家を川面に映し出す
鉄道橋を列車が行く
Puntey Town Rowling Clubの建物が現れた
石畳の歩道を行く
河沿いの車道を少し進み、道しるべに従いまた石畳の歩道に入る。右わきはレンガ造りの高い建物で、以前は工場か倉庫だったように見える。アーチ型の優雅なBarnes橋が近づいてくる。この橋は鉄道と歩道用である。12時43分、橋の下をくぐると、車の往来が多いLonsdale Roadをしばらく歩く。この辺りで今日の行程の約3分の1を歩いた。まだ先は長い。河岸にはカモがたくさん戯れている。

Barnes橋が遠くに見える
Banes橋からしばらく車道を行く
多くのカモがいる
背もたれに名前の刻まれたベンチ
車道からはなれ歩道に入る部分にあるベンチには、テームズ歩道の成立に寄与した人の名前が背もたれの部分に彫り込まれている。イギリスの公園にあるベンチには、その椅子を寄付した人の名前などを見かけることが多い。対岸は民家が続いているが、こちら側は家がなく樹木が続く。練習中のレガッタ船が河を遡っていく。伝統あるケンブリッジ・オックスフォードのボートレースはここで行われる。13時17分、優美なビクトリア調のHammersmith橋の下をくぐる。

レガッタの訓練中
Hammersmith橋
Harrods Village
幅の広い土の歩道は、右にHarrods Villageの高級住宅をみて進む。有名なハロッズ百貨店が、そのお店におけないような大きな商品をここに置いておいたが、その後リノベーションで住宅になった。イギリスは建物の外観はそのままに、内部を住宅に改造したものが結構ある。

Steve Fairbairnの石碑、ここからテームズ河が一望だ
ボートを陸に上げている、遠くにPutney橋が見える
河べりのベンチで休憩
13時半、右に白い石碑がある。立ち止まって見ると、Steve Fairbairnのレリーフが取り付けてある。ケンブリッジでボートレースに参加、その後トレーナーとして尽くしたということだ。毎年春に行われるボートレースを今でもここから見守っている。その先でSouth Bank Rowling Clubの建物とボート収納所を見る。練習を終えてボートを収納している。前方に、Putney橋が見えてくる。13時41分、河岸のベンチで休憩をとり、持ってきた昼飯を食べる。3時間弱歩いてきた。

Putney High School Boathouse
ボートハウス前の河岸、スロープ状になっている
Putney橋を渡った後の河岸
休憩後Putney橋方向にすすむ。Putney High School boat houseわきを行く。ここは岸辺の広い部分がスロープになっており、河へ船のおろし上げがしやすくなっている。Putney橋は下をくぐれない。橋へ続く道へ上がり、対面へ道を渡る。周囲は住宅や商店が多くなり、今までの自然が多い道とは様子を劃す。道しるべに従い高級住宅街を抜けると、広いWandsworth公園が広がる。説明によると河岸の湿地帯は様々な生物の生息地だそうだ。覆いかぶさるような大きな樹木の下を進み、公園から出る。出たところは開発建設中の住宅地だ。河岸から離れ、支流を橋で渡り進む。リサイクルセンターやセメント工場を過ぎる。その後また河岸に戻る。

河岸から離れ住宅街の間を行く
Wandsworth公園に入る
建設中の高層住宅
セメント工場もフル稼働のようだ
下流方向Wandsworth橋への対岸も住宅開発が進んでいる。もともと2階建やせいぜい4、5階建の建物が多いロンドンも、新しい住宅は高層集合住宅である。オイルマネーや、ロシア、チャイナマネーなどでロンドンの不動産価格も大幅にあがり、一般市民はその影響を受けているという。住宅開発も、そうした流れを受けているのだろう。

対岸の建設中新住宅群、右はWondsworth橋
Wandsworth橋の下をくぐる
河岸のオフィス、住宅ビル
聖マリー教会
14時43分、Wandsworth橋の下をくぐり、今日の歩きのラストセクションに入る。鉄道橋の下をくぐり、新開発のオフィス、住宅区のわきを進む。ますます都市の様子になってくる。前方には、高層ビルも見えてくる。聖マリー教会のわきを進み、数分でBattersea橋のたもとにつく。道を渡り、河沿いに数分進んでクリーム色と淡い緑のパステルカラーに塗られたAlbert橋へ歩く。対面のBattersea公園に入る。1858年にオープンされた大きな公園だ。約20分ほどで公園を抜け、Battersea Park駅に着く。15時55分、駅のすぐ近くにあるバス停から市バスに乗り戻った。

Albert橋
Battersea公園内
ほとんど平らな道であるが、テームズ歩道へのアクセス部分も含め、約23㎞の道のりである。休憩は食事の時だけであったが、約5時間かけて歩いた。普段の山歩きとは異なるが、このような歩道歩きもまた面白いものだ。今までロンドンはしばしば訪れているが、時間の制約もあり、こんな歩いてみるようなことは少なかった。自分の足で歩くと、街の様子がわかる。過去の歴史、そして今を身近に接することができる。まだ、しばらく滞在するので、引き続きテームズ歩道やその他の歩道を歩いてみることにする。