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2012-08-27

台北近郊登山についての簡単ガイド - 番外記事

台北市街を囲む山々(台北市南港山から望む)
(2017年11月最終更新)

台湾の3000m高峰登山簡単ガイドを記載しました。台湾の高山登山に興味のあるかたはこちらもどうぞ。
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八月半ばに鶯歌石へ行った時、左のふくらはぎが少し痛かった。これは肉離れの前兆だったようで、その後病院に行くと痛みが収まるまでは、山に登らないほうがよい、との診断だった。素人判断で治ったかと思って、少し走ったら痛みがぶり返し、まだまだ登山はしばらくできない状態。あと二、三週間は登れないようなので、今回は台北付近に在住、或いは観光に来て台北付近の山でも登ることを考えている人のことを想定して、今までの経験をもとに台北付近の山登り全般について、簡単ガイドを書きます。


場所やコースについて

台北は周囲を山に囲まれている盆地であり、南北に流れる主流の淡水河に基隆河、新店渓などの河川が流れこむ水系がある。海からもそう遠くないので、台北の北側や北東側にある山頂から海が望める場所も結構ある。一方、南側は台湾の背骨を構成する雪山山系の末端となる山塊があり、ここは標高も高く山も深い。人里も遠くなる。

この地図の範囲の山が大体台北近郊の山々だ
山道は、国家公園となっている台北北側に位置する陽明山山系は、石畳の立派な山道がある。Aクラスだ。同じ山域にそれ以外にも歩かれている道があるが、公園事務所の管理外になるので、程度は落ちるし、道標などもない。そこを歩く場合は、道の知識と準備が必要だ。

陽明山国家公園七星山の石畳登山道

つぎに台北市、新北市区役所(旧台北県の各行政単位)の管理する山道がある。これらは石畳やセメント道の部分もあるが、枕木歩道や道標、安全のための手すり、ロープなどの整備をして、歩きやすい道を提供している。Bクラスというべきか。この中でも、台北市南港親山歩道など、全区間が石畳でAクラスの道もある。
海の見える新北市瑞芳区半屏山登山道
行政組織が予算を使い、管理メンテしている山道以外にも、もちろん山道がある。例えば中華民国山岳協会の一部である藍天登山隊は、ボランティアとして自ら道を切り開いたり、その後草刈りなどを含むメンテをしている。Cクラスとしておこう。その中でも多く歩かれている人気のコースは、踏み跡もしっかりしているが、不人気なところは獣道より少し良いかなと、いうところもある。日本の中部山岳や東京に近い山々の山道と比べると、藍天登山隊による山道は、より自然に近い状態だ。もし、台北近郊の山を初めて登るときは、こうしたところだと面食らうかもしれない。GPSや等高線地図を読める力が必要だ。

あまり歩かれていないCクラスの山道
藍天隊の道標や登山クラブの標識リボン
初めて台北付近の山を登るのであれば、上記のABクラスの山道コースからはじめるのが良いだろう。下記のWebサイトなどが参考になる。過去のブログ記事では、51回目に載せたリストで、難易度を「軽」としているところであれば、道もよく歩行時間も少ない。(12/31更新:2012年山行のまとめにも一部上記リストと重なるが、7月以降の山行も含めたリストを載せている)



上記の行政組織の情報以外に、登山者が自分の記録を載せるサイトもかなりある。そのうち下記の二つは多くのルートをカバーし、地図やコースの記述、所要時間などが書かれており、よく参考にさせてもらっている。ただし中国語のみだ。

装備について

一般的な登山靴
台北近郊の山は日帰りコースなので、大掛かりな装備はいらない。場所やコースによって当然差があるが、靴は運動靴や登山靴が望ましい。もしCクラスの道であれば、登山靴を勧める。台湾の登山者は長靴利用も多い。日本の山より湿潤なので、泥濘も多く沢越えもあるので、長靴は便利だ。筆者も長靴で行くことが多い。夏は暑く汗を大量にかくので、水分を十分補給出来るだけの分量は必要だ。一日歩くのであれば、1リットルでも足りない。

補助ロープの下がる岩壁の道
服装は、夏は引っかき傷や日焼けに対応出来るほうが良いだろう。冬でもそれほど厚着は要らない。歩き始めると、風が当たらないルートであれば、下着にシャツ一枚でも十分だ。草深いCクラスの山道だと、ヤマビルがスネに付いて血を吸われることがある。ズボンの裾から入り込むので、時々注意したほうが良い。もし完全にシャットアウトするのであれば、スパッツを着用すればヒルからは免れる。こうしたルートでは半ズボンはお勧めしない。夏は、ズボンの下半分が取り外せる登山ズボンは、山道が終わり舗装された道を歩くときなどに半ズボンにできるので、おすすめだ。

岩や樹木の根を登るような、急な坂道はCクラスの山道でも補助ロープがある場所が多い。この時は、手袋があったほうが良い。軍手や手のひら側にゴムの補強があるような手袋が重宝する。
滑り止めゴム付手袋

台北の冬は雨が多く、夏でも夕立など、山で雨に降られる可能性は高い。雨具は忘れないように。雨具も様々だが、歩きやすい道以外では、傘は役にたたないので、カッパは必要、上下分離の上着ズボン雨具があればさらに良い。懐中電灯(ヘッドランプ)なども万一のために、あったほうが良い。

幸いにして今まで遭遇していないが、山には毒蛇やスズメバチなど危害を与える動物昆虫が生息している。山歩きのときは、ニュースなど情報に注意し、これらの存在を認識して歩くことが必要だ。草深い山を登るときは、登山ステッキはあったほうが良いだろう。


同行者、パーティについて

いままで、八割方自分は単独行である。奥深い山でなく、それなりに地図を見て事前にルートを把握していれば、問題ない。ただし、初めて登る場合は、やはり台北の山々に慣れるため、歩きやすく道標も完備されているABクラスの山道から始めたほうが良いだろう。自分はそうしてきた。

台湾には、様々な登山クラブがある。そうしたクラブは会員以外、一般にも山行の参加を募集しているので、コミュニケーションに問題がなければ、そのパーティに参加するのも方法だ。台北近郊の山は必要ないが、台湾中央の高山の場合は、入山許可が必要になる。こうした山の場合は当然パーティに参加することになる。

自分は、幾つか登山候補をプールしておき、その時の天候や自分の好みに合わせてその中から、選んで登っている。もし、読者のうちで興味があれば、事前に山行予定を紹介し、一緒に登ることも可能です。(2014/8追記:Facebook上でTaipei Hiker Clubを主催しています。もし、参加希望の場合は、ご連絡下さい。)

私は、学生時代に奥多摩、奥秩父、丹沢などの山々や、北、南アルプス、八ヶ岳などを四季を通じて登っていた。それから三十数年経ってはいるが、過去の山登りの経験は、台北付近の山々でも当然役立つ。それは地図の見方や、歩き方の基本、コース選定や装備の知識などである。東京の近郊でも雲取山など2000mを越える山があるのに比べると、台北周辺の山は低い。しかし、基本は同じだ。十分な時間的、装備上の余裕を以て、天候に注意し、安全に登山することが大切だ。台北近郊の山でも、死亡事故を含む遭難が発生していることは、忘れてはならないでしょう。

2012-08-14

2012年8月13日 鶯歌石-牛灶坑山-碧龍宮 展望良好のハイキング路

展望台脇の桶に咲く蓮の花、人里近い山ならではのもの
台北市街の南西方向は、あまり高い山はない。淡水河の西側は、標高も200mクラスでどちらかというと、丘という感じだ。それはそれで、取り付き易い山でもある。今回は、最近数回に比べると距離も短い半日の行程で、鶯歌の鶯歌石とその裏山になる牛灶坑山へ行き、碧龍宮へ下りてまた鶯歌駅に戻る回遊ルートを歩いた。鶯歌石は、鄭成功の伝説がある名所だが、それだけではすぐに終わってしまう。鶯歌石から登ると尾根道になる。この尾根道は去年九月に訪れた、大棟山へもつながっていく。実際、鶯歌石からこの山並みを縦走、大棟山や大同山を越えて樹林まで歩く登山者もいるようだ。

台北市街の南西方向の山々、以前の登山軌跡も表示(クリックで拡大)
鶯歌駅から回遊式に歩く、先に尾根道をゆく
鶯歌は、伝説によるともともとこの地には大鳥が棲んでいた。瘴気を吐き人を食らう魔物であった。鄭成功が軍を引き連れてこの地に来た時、この鳥に行く手を妨げられたので、矢を放ち鳥を退治した。そのとき首が地に落ち、鶯歌石になったという。淡水河を挟んで対岸にある鳶山も魔物がいて、鶯歌石の鳥とともに、人々を苦しめていたが、同時に討ち取られたという話だ。もちろん、これは伝説だが、鶯歌石は独立した岩で目立ち、鶯歌の街の名前の由来である。

鶯歌石へは左の階段をのぼる
今回は、Sさんが同行する。台北駅で落ち合い、台鉄の電車で鶯歌へ向かう。7時40分過ぎに到着、駅から歩き始める。鶯歌駅は出口が二つある。建国路側にでて、鶯歌石歩道の始まる宏德宮へ向かう。途中、山の中腹に立つ鶯歌石が見える。宏德宮は戦国時代の兵法家孫臏を祭った、台湾唯一の廟とのこと。建物の上に立つ、孫臏像が大きく目立つ。孫臏は日本でも有名な兵法書を著した孫武の子孫で、斉国にて軍師を務め兵法書を残している。

鶯歌石展望台と説明看板
宏德宮の塀にそって進むと鶯歌石登山歩道の入口がある。コンクリ製の樹木を模した手すりがずっと続く。登山道といっても、ずっと平な道が続く。数分歩くと鶯歌石へ登る階段の分岐に着いた。脇には鶯歌石の由来を説明した大きな案内板がある。ここから登り開始だ。赤いタイルを貼った階段はとても立派だ。登って行くと、右にあづま屋がある。鶯歌石の基部で、壁面に開いている洞には、神像が納めてある。更に登ると、鶯歌の街側に展望が開ける鶯歌石展望台の踊り場に着く。駅から約30分の道のりだ。ここにも、同じく鶯歌石の由来や歩道の説明板が設けられている。鶯歌の街の向こう側には、淡水河を挟んで鳶山の山並みが鎮座している。

鶯歌石からは土の道を登る
鶯歌石だけでは、すぐ終わってしまう。更に登っていく枝尾根を行き、主稜線を東に進む予定だ。ここからは、土の山道だ。最初から岩が現れる結構急坂な道だが、よく歩かれている。ロープ手すりも設けられている。急坂が終わり、林の中の道を行くと、尾根上のピークに展望台がある。三峽の新台北城の住宅群が対岸に広がる。その後ろは白雞山の山並みだ。白雞山の稜線の上に頭を見せている高い山は、卡保山や北插天山か。犬が一匹やって来た。首輪をしているが飼い主はいない。展望台の脇に、蓮の花が咲いている水桶が二つある。

枝尾根上の展望台から見る三峽
苔に覆われた大石の間を登る
枝尾根上の道は、林の中を進む。小さな登り下りがある。コケに覆われ緑色になっている大岩の脇も歩く。8時50分、鶯歌石の登り口から45分で、主稜線の分岐に着いた。左に行けば、忠義宮へ続く。幅広い尾根道には、木製のベンチやテーブルが造られている。送電線塔の下を通り、小さな登り下りが続く。主稜線上を歩くこと30分で、千年榕樹へ続く主稜線から別れ、枝尾根上の牛灶坑山へ向かう。枕木が現れ登ると展望台がある。牛灶坑山(標高243m)の頂上だ。時刻は9時半。周囲は樹木に覆われているので、展望台が造られているが展望はあまり望めない。樹林や土城方向は、樹木に遮られていない。案内板には台北101ビルが見える説明があるが、逆光だったので判別できない。桃園方向にも少し展望がある。展望台わきから、右に紫玄宮へ下がる道があるが、直進して碧龍宮へ向かう。

岩の露出する龜崙山への下り道
岩も現れる道を10分ほど下るとあづま屋がある。本日行程の最後のピーク、龜崙山だ。あづま屋でしばし休憩する。下り道は、コンクリの階段で手すりもある。まもなく碧龍宮へ着いた。碧龍宮はとても立派で大きな廟宇である。主廟の後ろにある八掛祖師宮の建物からは、遮るもののない展望が眼前に広がる。三峽から桃園の街まで、また背後の山々もすべてはっきり見える。五寮尖の鋸状尾根、熊空の谷合い、左にずっと追っていくと獅仔頭山から熊空山への尾根筋も見える。

碧龍宮からのパノラマ(クリックで拡大)
碧龍宮、背後は龜崙山
歩道の下りでみた奇妙石
碧龍宮からは鶯歌石歩道を歩き、鶯歌駅へ戻るつもりで廟宇の前庭から下る階段を下った。下って行くと舗装路にでたが、期待していたルートと違う。右に舗装路を登っていく。道は碧龍宮の下をぐるっと回って、碧龍宮の左端から下ってくる階段と合う。先ほど、これを下りてくるべきだった。遠回りをしてしまった。駐車場の脇から鶯歌石歩道が始まる。階段の上り道をしばらく登り鞍部に着く。左右に道が分岐する。そのまま峠部分から下る。道半ばに木が生えている、コケに覆われた大石が鎮座している。奇妙石というそうだ。更に下り廃屋の脇を行く。一般の舗装路と合流し、更に下るとまた右に手すりのある歩道が始まる。平坦な道は、すぐに岩を掘り抜いたトンネルをくぐる。四十数年前までは、ここに炭鉱があり、この歩道は石炭を運ぶためのトロッコ道だった。トンネルもそのために掘られた。

旧炭鉱トロッコ道=現在の鶯歌石歩道のトンネル
樹木の下を行く歩道は、麓を行く車道に比べると、クネクネと曲がって道のりは長いが快適だ。農林禪寺までくると、鶯歌の街がすくそこだ。駅も見える。ここからも車道に下れるが、さらに歩道を進む。小沢を越える橋を過ぎ、まもなく鶯歌石の登り口まで戻ってきた。ここで左に下る階段を降り、中正一路に出る。踏切を渡り、文化路を経て11時半に駅に戻った。ちょうどやって来た11時33分発の電車で台北に帰った。

農林禪寺から見る鶯歌の街と鳶山
今回の行程は、歩行距離7.7km、休憩を含めた所要時間3時間45分、登攀高度合計481mである。山は低いが尾根上の登り降りがあったので、知らず知らずに登っていたのだろう。時間も短いので、疲れはない。天気が良ければ、登山道の展望台や碧龍宮から素晴らしい展望が望める。半日で済むので、気楽に来れるハイキング道だ。

高度プロファイル

2012-08-12

2012年8月11日 石碇紙寮坑古道から四分尾山を越え茄苳古道へ

紙寮坑古道の石碑(光緒六年=1880年建立)
古道と呼ばれている山道は、自動車道が建設される前、人々が日常の往来に歩いた道だ。そこには安全を祈願した土地公の祠や、歩きやすくするための石段など、その時代の慣習や技術がある。自動車道が造られ忘れさられたこの道が、今我々のような登山者に歩かれている。緑に苔むした積石の壁や土地公の祠などを見ると、単なる自然の中を歩くだけでなく、古人の息吹と歴史が感じられる。

四分尾山は今回も3月の登山でも訪れる(クリックで拡大)
南側の石碇永定村から北側の汐止へ歩く
汐止と石碇の間をつなぐ古来の道として、今回歩いた古道がある。紙寮坑古道はこの二ヶ所の間に立ちはだかる四分尾山の南側、茄苳古道は北側にある。紙寮の名は紙造りをしていた集落から、茄苳は茄苳樹からの名付だ。今回は、石碇の永定村から紙寮坑古道を歩いて頂紙寮に登り、そこから産業道路を四分尾山へ登頂、その後大尖山への尾根道を少し下った後、鞍部から右へ茄苳古道を通って、茄苳瀑布へ出た。その後産業道路を経て、汐止駅まで歩いた。ここでの蘇拉颱風の影響は、先週の瑞芳三貂嶺に比べるとずっと大きかったようで、山道ではかなりの倒木が道をふさいでいた。茄苳瀑布のすぐ上では大きな山崩れが発生し、巨岩と倒木が沢を埋めつくし、そこを行く登山道が埋まっていた。なんとか大石や倒木の上を歩いたりして通ったが、自然の力はとても大きいことを実感させられた。

橋から皇帝殿山を見る、すぐ上は北峰、右に東峰が見える
沢沿いの道を行く、橋下に壊れた石橋が見える
午前7時、MRT木柵駅バス停で1076番バスをほとんど待つことなく乗車した。登山客らしきは自分一人だが、バスは満員だ。約30分の乗車で永定村バス停に着いた。今日は、自宅から1時間で出発点までこれた。雙菁公路から北側に下る道を行き、河にかかる立派な橋を大溪墘へ渡る。橋には路面に十二支像のレリーフが埋め込められている。河の対岸は皇帝殿山の山々が朝日に輝いている。六月にこの永定村から登った、皇帝殿山北峰が高い。舗装路を左にとり少し登ると、別の橋から左側に集落方向へ分岐する。紙寮坑古道へは直進だ。ここからはあまり自動車も通らないのだろう、路面にはコケも生えている。登ること10分で、大樹が道脇に茂り、左の人家へ渡る橋がある。大樹の右に林の中へ入っていく、細い道がある。姑娘山登山道だ。

更に10分ほど登ると、また橋がある。右の小高い場所には、土地公の祠がある。手前に燭台も置かれているので、参拝もあるのだろう。道は舗装が切れ、土の道となる。更に10分の歩きで、自動車道は終了する。車が二台停めてある。後ろからバイクに乗った二人がやって来た。地元の人で、タケノコ採りをするようだ。時々古道の手入れもしている、と言っていた。細くなった道は、鉄枠で上に木の板を載せた橋を渡る。鉄パイプで手すりも造られている。この先には人家があり、そのためなのか道は歩きやすい。その先には、落ちてしまった石橋があるが、そこも同じような橋が架けられている。

古道脇の石の祠
刻まれた文字
小沢を越える
歩き始めて40分ぐらいで、右に沢を渡る橋とコンクリの道の分岐に来た。コンクリ道を直進すると人家へ続くようだ。右の橋をわたる。道はそれまでと比べると、メンテ状態が落ち草に埋もれた道となる。本格的な山道の始まりだ。沢沿いの道を行くと、石の祠がある。それほどコケに覆われていない。壁面に建造の由来が刻んであるのが判別できる。光緒丁丑年十月という年月、寄贈者八人の姓名、それに金額がある。光緒丁丑年は西暦1877年、日本の暦年でいけば明治10年、日本が新政権になって富国強兵を目指し始めた頃だ。

苔むした積石と道
道は沢の左岸を行く。途中小沢や涸沢を渡る。土地公の祠から40分ぐらいで、道は沢を離れ山腹をのぼりはじめる。雨で流されたのだろ、道が一部埋もれている。その先は、木々がきれ広い場所に出た。道脇に立派な石碑が建っている。この道の由来が刻まれているのだろうが、よく判別できない。ただ、光緒陸年という年度はわかる。1880年に建立されたようだ。脇には土地公の祠もある。手前にお供え用のステンレステーブルが置かれているので、ここはよく参拝者が来るのだろう。道は、それまでより歩かれているようだ。苔むした石積みの壁もある。登り切ると人家があり、紙寮坑古道の終点だ。時刻は9時20分、永定村から1時間50分の道のりだった。

三箇所目の土地公
もとともは、ここからも四分尾山へは、同じような山道だったのだろうが、今は自動車道になっているので面影は全くない。人家から登って行き、光明路を歩く。谷の対岸は九層坪山だろう。天気がよく太陽光は強いが、風があるのでそれほど暑く感じない。紙寮坑の谷の向こうには、青く霞んだ山が見える。どうやら峰頭尖の山並みだろう。その右は獅公髻尾山だ。登って行くと、右に九層坪山へ続く産道を分ける。上から大勢の登山者パーティが下りてきた。これから紙寮坑古道を下ると言う。道なりに登って行くと、左に人家がある。犬が吠え立てくる。高度が上がるに連れ、対岸の山も多く見えるようになる。皇帝殿山の山並みも青く霞んで見える。

紙寮坑古道終点近くから四分尾山を見る
四分尾山への登り産業道路からみる、峰頭尖、獅公髻尾山、皇帝殿山
紙寮坑古道の終点の終点から舗装路を歩くこと約50分、四分尾山へ続く分岐に来た。上鹿窟崙へ続く山道入口が覗いている。セメントで舗装された道を行くと、右に聖安宮がある。ガチョウと七面鳥がこっちの方に歩いてくる。途中、右に九層坪山へとある道案内を過ぎ、分岐から15分で四分尾山直下の登山口に着いた。ここは三月耳空龜山を縦走した時、通った場所だ。四分尾山はこれで三度めの訪問だ。今日は、三月の頂上より少しましな展望だが、陽明山山系は青く霞んでる。101ビルや台北の街も見えるが、もう一つはっきりしない。冬の頃に訪れれば、もっとはっきり見えるかもしれない。頂上は樹木がなく直射日光下で暑い。写真を撮り終えた後、少し下った樹木の下で、休憩する。時刻は10時48分、歩き始めて約3時間20分だ。途中水分補給だけで、休憩はしていなかったので、ゆっくり食事をしながら休む。休んでいる間に二人の登山者が登ってきた。

耳空龜山縦走路の尾根、その奥は姜子寮山
四分尾山から見る陽明山、五指山系
尾根の分岐直下
標高641mの四分尾山は、今日の行程最高点だ。あとは、汐止に向けて下るだけである。茄苳古道の鞍部に向けて下る。去年七月に初めて来た時は、うるさいぐらいの蝉しぐれだったが、今日は全くセミの鳴き声がない。犬を数匹つれた登山客とすれ違う。下ること10分ぐらいで、茄苳古道の分岐に着いた。尾根道と比べると、こちらは登山者数がずっと少ないのだろう。道は草深い中を下っていく。石の階段があるが、すべてコケでびっしり覆われている。一段一段慎重に下る。滑ったら厄介だ。下ること10数分で、石の祠が現れた。この祠はコケに覆われ、中は空のようだ。ここはもう参拝する人はいないのだろう。さらに時々現れる滑りやすい石段もある道を10分ほど下ると、沢が現れた。ちょうど二つの小沢が合流する場所だ。補助ロープが張ってある大石を歩いて、沢を越え対岸を行く。道脇に鴨嘴秋海棠花が群生している。最近折れたのだろう、まだ緑の葉を沢山つけた大枝が折れて道を塞いでいる。枝の上を歩いて倒木を越える。

苔むした石段とその右に石の祠
小沢に降り立つ
茄苳瀑布への道
尾根の分岐から下ること約1時間、そのまま進む茄苳古道と茄苳瀑布へ続く道の分岐に着いた。ここは茄苳瀑布へのルートをとる。道は急坂で沢に降りていく。森が切れると、そこに畑ができている。急坂には石段が造られている。この石段は比較的新しいもののようで、茄苳古道のと比べるとそれほどコケが生えていない。沢沿いの道を30分ほど下って行くと、滝の音が大きくなる。沢に降り立ったが、先には道がない。様子がおかしい。見ると、ここは土砂崩れで沢が埋まっている。沢の水もせき止められて深いところもある。登山道が埋もれてしまっているので、折り返さなければならないかという思いがよぎる。とりあえず、行けるとこまで行って様子を見ることにする。水の浅い部分で対岸に渡り、沢を塞いでいる大石を登ってみる。すると、向こうに石畳の道が続いている。間の土砂崩れの石や木々を越えていけば、通過できそうだ。そう思ったとたん、ツルッと滑って右腿を打った。痛さをこらえて立ち上がり、岩などを越え、石畳の遊歩道にたどり着いた。振り返ると、沢の対岸の山肌がかなり高いところから地すべりし、沢を埋め尽くしているのが分かった。

土砂崩れでで埋めつくされた沢
道を少し行くと、小沢が流れている。歩みを止め、水をすくって顔を洗う。ほっと一息つく。石段を下って行くと、左に茄苳瀑布がある。家族連れ数人が滝壺で遊んでいる。ここは山登りとは別世界だ。舗装路が滝のすぐ下まで来ているので、茄苳瀑布は気軽に訪れることができる。入口には車が二、三台止まっている。茄苳瀑布遊歩道の入口にあるあづま屋で休憩する。時刻は13時、四分尾山から2時間の下りであった。ここからは、舗装路を下るだけなのでズボンの下部分を外し、シャツも着替えた。

茄苳瀑布
茄福路から見る四分尾山の山々
汐止駅に向かって舗装路を下る。小雨がぱらつき始めた。ここまでくれば雨が降っても気楽だ。傘をさして歩く。下って行くと、小沢の脇に大尖山瀑布への登山道入口と思われる石段の道がある。さらに行くと、右に下っていく道が分岐する。そのまま進んで、以前歩いた勤進路を下り、汐止へいくこともできるが、ここは右にとり茄福街へ進む。台新五路の近くまで来ると、新しい住宅ビルが沢山建てられている。振り返ると大尖山から四分尾山への山並み全体が見れる。茄苳瀑布から歩くこと50分、14時20分に汐止駅前のバス停に着いた。668番バスにて台北へ戻った。

高度プロファイル、単一山登山なので単純な山形だ
今回の行程は、歩行距離13km、休憩を含めた所要時間6時間50分、登攀高度合計601mだ。緩やかな登りであったので、それほどキツくはない。天気はよかったが、舗装路を除いて森の中の道なので、汗はもちろん流れるが、辛さは感じなかった。今日歩いたところは、古人が石碇の谷から汐止まで歩いたのと(ほぼ)同じ道をあるいたことになる。昔、自動車交通のないころは、こうした移動は日常茶飯事のことだったのだろう。今は、リクレーションとなっているが、当時は生活の一部である。現代の都会人が運動しない、歩かないため、様々な生活習慣病に苦しんでいるが、当時の人は無縁の病気であったろう。

2012-08-09

2012年8月8日 瑞芳三貂嶺瀑布群から獅子嘴岩へ - 滝と小沢の道

枇杷洞瀑布
夏の暑い時期は、沢沿いの道を歩くのも一興だ。今回は、大きな滝が上下に連なる,瑞芳の奥まった三貂嶺にある三つの滝を見た後、小沢にそって歩く中坑古道を経て獅子嘴奇岩を往復、柴寮古道を下って侯硐へ歩いた。人気のあるルートのようで、平日だが複数の登山パーティにであった。

獅子嘴奇岩
三貂嶺から基隆河を遡ると、有名な十分瀑布がある。三貂嶺瀑布群の滝は、水量は当然十分瀑布に及ばないが、落差が大きく、特に上の二つの滝、摩天瀑布と枇杷洞瀑布は、オーバーハングした岩から二、三十メートル流れ落ちる様は、豪快だ。滝の道を登りつめると、今度は中坑古道の森の道を行く。この道は緩やかな谷や山腹を通るが、いくつかの小沢にであい、また峠を越ていく。中坑古道は獅子嘴奇岩へ連なる尾根の峠で終わり、そこから侯硐へは柴寮古道が始まる。獅子嘴奇岩へは、この峠から以外に柴寮古道の途中から直接登る道、また三貂嶺瀑布群歩道へ直接下る道もあるが、今回は峠から途中烏塗窟山を経て往復した。

瑞芳の奥、三貂嶺にある滝と古道

三貂嶺駅からスタートし、侯硐駅まで歩く

先週台湾北部に上陸した蘇拉颱風は、驚異的な量の雨を降らせた。特に北東部の雨は、山間で大きな災害をもたらした。それから数日が経たが、沢の水量は多く、道も流れた雨水に大きく掘られてしまっているところも多々あった。今回の山道は、獅子嘴岩への道を除いて、地方行政により整備されている道で、通行不能のようなところはなかったが、倒れた木の枝が道を覆う場面はあった。もちろん、水量の多い滝は見応えがあるので、それ自身は歓迎だが。

碩仁國小脇の登山道案内
朝7時に家を出発、台北発7時35分の宜蘭行き電車で三貂嶺へ向かう。夏休中なので学生の乗客は少ない。乗車約1時間、8時33分に三貂嶺に着いた。谷あいのこの小駅は、宜蘭への本線と平渓線の分岐点だ。線路沿いの道を進む。基隆河の対岸に、かすかにトンネルの入口が見える。本線複線化に伴い廃棄された三爪子隧道だ。樹木が前に茂り、案内の看板が無ければ気づかないだろう。このトンネル入口の上部には、日本統治時代19人の台湾総督のうち、唯一台湾に骨を埋めた明石元二郎の書になる「至誠動天地」という、石板が埋め込まれているそうだ。ここからは、樹木が覆い隠し残念ながら見えないが。

合谷瀑布、水量が豊富だ
本線と分岐し、平渓線が右に曲がっていく。鉄橋のペンキ塗装工事が進行中だ。その先は、線路床が広くなり、右に廃棄された碩仁國小の建物が見える。今は観光目的に使用されている。広がった線路床は、以前ここで列車がすれちがいできるように、待避線があったのだろうか。ちょうど平渓線のディーゼル列車がやって来た。線路を渡り、碩仁國小の前を行く。孫文の胸像が建っている。集落を抜けるると、三貂嶺歩道がはじまる。

一番目の吊り橋

石段を登って行くと、道は平坦になる。小砂利が敷いてある道が数分続く。それが切れると、素朴な土の道となる。雑木林の道は、相変わらず平坦だ。竹林の脇に、獅子嘴岩への道が分岐する。ここまで、三貂嶺駅から約四十分だ。獅子嘴岩への道は、ネット情報だと路基が流されてしまったりで、大変だということだが、今はどうだろうか。機会があったら、歩いて見よう。更に歩くこと数分、一番目の滝、合谷瀑布の展望台についた。木製の展望台は、手すりの一部が壊れている。建てられたころから植物が大分成長したのだろう、滝の下部が樹木に遮られて見えない。手すりのたもとに花束と果物が添えてある。何なのだろうか。展望台の脇には、土地公の祠があるが、最近整理されたのだろう、立派な基礎が造られている。人々がお参りに来ているようだ。

摩天瀑布
岩場の梯子
展望台から進むと、吊り橋がある。もともとあった橋が流され、この新しい橋が造られた。沢沿いの道を行くと、もう一つの吊り橋を越す。道はゆるい上りとなり、ずっと沢沿いに進んでいく。十数分ほど進むと、滝の音が聞こえてきた。摩天瀑布だ。オーバーハングした上部から、水が一気に宙を舞い、下の大岩に砕ける。水簾型の滝ということだ。展望台が造られている。道は滝から離れる形で、急な登りをいく。岩場に木製の梯子が下がっている。その脇には岩壁に足場が刻まれている。補助ロープや鉄の鎖も下がっている。しっかり掴んで登れば問題ない。

岩場を登りきり進むと、今度は二つ目の水簾型滝、枇杷洞瀑布がある。時間は10時20分過ぎ、歩き始めて1時間半強だ。この滝は下の摩天瀑布に比べると前に広くて平な河床があり、休憩には適している。沢を渡り、反対側で休憩する。微風もあり、水近くでの食事休憩は快適だ。河床の岩は、小石と水が長い年月をかけて造った大小様々な穴が沢山あいている。


枇杷洞瀑布のオーバーハング
福興宮の分岐点、脇から中坑古道がはじまる
休憩後急な登りを行くと、右に滝のオーバーハング下の方向に進める。摩天瀑布も同様な道が造られている。ここから見ると、滝の水が宙を駆け落ちていく様がよく分かる。左に進むと木の梯子、その先には金属梯子が下がっている。これを登ると、滝沿いの道は終わりだ。コンクリートの歩道が左右に続いている。左に行けば五分寮を経て大華駅へ続く。右を取り進む。枇杷洞瀑布の上部の沢をコンクリ製飛び石の橋で越す。大雨で流された樹木の枝が飛び石に引っかかっている。少し登り、沢沿いの平な道を行くと、福興宮がある分岐だ。左の道は五寮分産業道路へつながる。道の脇に流し台があり、塩ビ管で引かれた水が流れている。顔を洗い、リフレッシュする。駐車場も近くにあり、滝を見るにはここから出発すれば一番近い。

古道の特徴、石の祠福龍宮
中坑古道は、福興宮の脇から始まる。はじめはコンクリ製の階段があるが、まもなく本来の土の古道の姿になる。小沢に沿って道は進み、何度か木製の橋で越える。ところどころぬかっている場所も現れる。枕木階段が現れ、登りが始まる。登りつめると休憩所があり、峠を越える。下り、また登り返す。この峠のすぐ下には、苔むした福龍宮の石の祠が道端にある。お供え物が前に置かれている。

下りきると、沢を越える。ここは橋が無いので、飛び石を踏んで渡る。この沢は水量がある。沢から登り返し、中腹を行くと十数人の登山パーティとすれ違う。こちらが一人だとわかると感心する。自分は殆ど単独行なので、そうなのかなと思う。岩に丸い穴が開いた、湿った岩の道を進む。この穴は、水と小石の侵食作用でできたように見えるが、なぜ水も流れていないこの高さの位置にあるのだろうか、不思議だ。その先で、道はまた沢に降りる。反対側には道がない。どうやらここは河床を歩くようだ。十メートルほど河床を登ると、右に道が登っていく。大雨の直後などは、この部分を歩くのは水量が増えて難儀するだろう。

沢の河床を歩く
小沢を渡る橋
登り返し峠を越す。下ると、右に觀瀑台へ続く道を分岐する。この道は獅子嘴岩から三貂嶺歩道へ下る道に合流する。あまり歩かれていないようで、道は草に埋もれている。ここで、中坑歩道の約半分を歩いたことになる。登り下りを繰り返し、また沢沿いの道になる。道は沢の右、左と橋を越えて進む。ゆるい登りを進むと、小滝が現れた。中坑古道を歩き始めて1時間ぐらいだ。この滝の上も二段ほど段差のある流れがある。三貂嶺瀑布群に比べれば、はるかに規模が小さいが、森の中のこうした滝も良いものである。歩みを止めて、しばし眺める。


ゆるい登りを続けて歩く。コケむした石を積み上げた壁らしきものがある。途中の福興宮の石の祠もそうだが、この道が古くから歩かれていることを示している。沢から離れ、枕木階段を登りつめると、中坑歩道の終点だ。時刻は12時半、約一時間半の道のりだった。ここは柴寮古道と獅子嘴岩への分岐でもある。砂利の敷き詰められた休憩所にもなっている。時々微風が吹いてくる。枇杷洞瀑布から休みなしで来たので、ここで休憩し食事をとる。

獅子嘴岩への分岐点の峠
中坑古道は思っていたより結構登り下りがあり、少しバテ気味だったが、水分を補給し食事をすると元気が戻った。20分の休憩後、獅子嘴岩へ向かう。道標には50分とある。尾根上の道は、急に高度を上げる。補助ロープも現れ登っていく。樹木が切れて、手前に茂っている山林投の向こうに、三爪子坑山の山並みが見える。侯硐の街も少し見える。ここから、平坦な道を行くと、烏塗窟山(標高422m)についた。基石が埋まっている小さな頂上は、周りが樹木で囲まれ展望はない。そのまま進み、獅子嘴岩の鞍部へ下る。山林投の枯れ葉が道に沢山落ちている。この道は、行政単位の整備対象ではなく、程度はそれまでの古道より落ちるが、あまり歩かれていない他の山の道に比べたらよい方だ。

急な道を下がりきると、三貂嶺歩道へ続く道と合流、そのすこし先で、柴寮古道から分岐して直接登ってくる道と合流する。ここには長い電柱のような柱が転がっているが、これは何なのだろうか。樹木の切れ間に獅子嘴岩の絶壁が見える。13時17分、獅子嘴岩頂上(標高400m)についた。中坑古道終点の峠から30分ほど、思っていたより早かった。頂上は、一部樹木がきれて、北西と北東方向の展望がある。来る途中ちらっと見えた、侯硐と基隆河の谷間が眼下にはっきり見える。その背後は大粗坑や牡丹山の山並み、その奥にはすそ野が前の山に遮らているが、基隆山のピラミッドがある。牡丹山の向こうには、燦光寮山の頂上がチョコッとのぞいている。今日の行程中唯一の展望だ。

侯硐の谷を望む、左に基隆山がのぞく、右は大粗坑山と牡丹山
小沢の脇で休憩
休憩後、今やって来た道を戻る。鞍部から直接下る道もあるがとても急坂なようだ。今日は気楽に下りたいので、烏塗窟山の登り返しがあるものの、戻ることにする。同じく30分ほどで14時に峠へ戻り、柴寮古道を下る。はじめは枕木階段だが、数分で本来の土の道になる。下って行くと、水の流れ道となる部分は、流れた雨水に彫り込まれ、溝のようになっている。今回初めての訪問なので比較できないが、最近の大量降雨が関係しているはずだ。下って15分ぐらい、小沢を越えるところで休憩する。沢の水で顔を洗う。すっきりする。残っていた果物などもここですべて食べた。

柴寮古道の民家近くから見る獅子嘴岩
柴寮古道の終点、線路下をくぐる
更に下ると、木製の立派な橋が現れた。道は緩やかになり、右が開けて視界が広がる。先ほど登った獅子嘴岩と烏塗窟山が高くそびえている。獅子嘴岩が奇岩と呼ばれていることに納得する。ここから見ると、確かに切り立った岩のピークで、左に幾つかの小ピークがつらなり、なかなか壮観だ。こちらに面した岩場だけ見ると、登攀不能かのようだ。人家も現れ、里が近いことが感じられる。古道は、道幅が広がりセメントの路面が続く。だいぶ下ると、左に山道が分岐する。これが本来の古道で、石の階段を下っていく。また幅広の道に合流すると、古道は終点だ。線路の下をくぐり、基隆河のわきにでる。ここは旧內寮仔炭鉱寮の建物がある。今は、炭鉱博物館の一部だが、ほんの三、四十年前は石炭産業の重要な一部だった。ここから侯硐駅まで、残すところ1kmぐらいだ。

侯硐駅から見る獅子嘴岩と烏塗窟山
線路沿いに道を進む。獅子嘴岩から見えていた川向うの寺院や駐車場などを通り過ぎ、15時半に侯硐駅に着いた。ここから振返ると、獅子嘴岩と烏塗窟山が並んでいるのが見える。この角度からだと、獅子嘴岩は柴寮古道から見たような奇岩の景観はなく、右側が垂直に切れた山容だ。15時47分発の電車で七堵へ、そこで乗り換え17時少し過ぎに台北駅に戻った。

今回は、歩行距離11.6km、歩行時間は休憩も含め6時間40分である。登攀高度合計は、山自身は低いが、登り下りが結構あったので、759mだった。滝や小沢沿いの道は、大雨直後は増水して危険もあるが、夏の日に歩くのは楽しいものだ。今日八月八日は、華人世界では父の日(八八=爸爸、音が近い)である。台風の後で道の状況が不安だったが、父の日の登山としては、満足できる行程だった。滝見や沢沿いの道として、おすすめのルートだ。

高度プロファイル