このブログを検索:山名などキーワードを入れてください

2020-03-16

2020年3月15日 頭城湖底嶺 不人気山を不人気ルートから登る

鴻子山登山道から見る湖底嶺(中央の低い山)方向の山(2014/11撮影)
去年12月に、台北と宜蘭を結ぶ昔の街道である、北宜公路舊道(淡蘭古道南路の一部)を歩いた。その時今は北宜公路の峠越え部分石牌公園から歩き始めた。峠のすぐ北側には、湖底嶺がある。湖底という名前は、何か湖が関係しているように見えるが、この湖は台湾語で平たい場所に使われる文字で、水のある湖とは関係がない。頂上が平らな山で、以前は林業が行われていた場所でもあるようだ。

跑馬古道木馬にて
第五高速道路の雪山隧道が開通する前は、北宜公路は台北と宜蘭をつなぐ重要な幹道であったが、開通後はその役目を失った。そのため、坪林と宜蘭(頭城や礁溪)とを結ぶバス路線もない。今回は、自分の足で頭城からこの峠まで登り、湖底嶺を訪れた。歩くといっても、ワインディングロードで今やバイクが爆音を上げて往来する北宜公路を歩くわけではない。山道や本来は林道だったような道を歩いた。ただ、本来不人気なルートで、数年間手入れされずほとんど歩かれていないこともあり、一部は踏み跡不明であった。さらに湖底嶺に近い部分は、非常に草深くてそのまま行けばかなり時間を要すると判断し、ルートを変えて一部北宜公路を歩き、跑馬古道につないで石牌公園へ上がった。そこから湖底嶺を往復、その後跑馬古道で礁溪へ下った。

頭城から歩き礁溪へ下る
歩行高度表
地下道のサーフボード芸術
台北駅を7時27分発の自強号急行で出発する。天気のよい週末の今日は、車内はほぼ満席だ。世界中で武漢肺炎がますます広がり、旅行などを控える行動が多くあるが、台湾国内はまだそれほど移動についての問題がない。ましてや中国の自宅から出られないなどということは、危険地区からの帰国者などを除いてない。草嶺古道などある貢寮や福隆でかなり乗客が下車し、だいぶ空席が増える。9時5分、少し遅れ気味で頭城駅に到着する。

頭城から見上げる鶯仔頂山(アンテナの山)と鶯仔嶺
石燭橋たもとの登山口、左に登るが登山道
駅から歩き始める。メンバー中の一人は頭城出身だ。すぐに線路の下を行く地下道を進む。地下道の壁には、サーフボードを使ったアートが取り付けられている。この辺りの海岸はサーフィンで有名だ。地下道から民家の間を通り、吉祥路にでて右におれ山の方向に歩いていく。数分歩いていくと、悅氏というミネラルウォーターの工場がある。ここがその工場であったのは、知らなかった。右(北)側には、前に登った鶯子頂山が通信アンテナを山頂にいただいて聳えている。左に水田が広がり始める。石燭橋を渡り、そのたもと近くから山道が始まる。

九鳳宮,上部に北宜公路が見える
しっかり草刈された広い道
特に表示もないが、斜面に細い山道が登っていく。9時53分、斜面を登り始める。かなり急な坂が始まる。素朴な石段もある道を10数分登っていくと、舗装路に出る。右に進んでいく。10時14分、九鳳宮が眼前に近づいてくる。トイレもある大きな廟で休憩をとる。寒波が訪れているということだが、晴れると気温が上がりかなり暑い。休憩後、草の茂る道を歩き始める。右に舗装路が下がっていくが、左の道が正しい。道幅はけっこうあるし、林道のように見える。山腹を横切っていく道は、そのうち草が刈られているセクションになる。大きな倒木が残っているが、小さな樹木はしっかり切り取られている。誰がこのような草刈道整備をしているのか。これは明らかに機械で処理されている。

草深いセクションを登る
広い道に出る
ヘアピンカーブで方向を変えすすむ。廟から20数分歩いてくると、草刈セクションが終わる。少し進むが、様子がおかしい。地図と確認すると途中からまた折れて登っていく道があるはずだ。少し戻ってみると、草の間に登る道がある。こちらを進む。もともとは道幅があったはずだが、樹木が茂りところどころ棘の植物もある。鎌を取り出して、邪魔な草木を切って進む。20分ほど邪魔な樹木に手間取りながら進み、左にマーカーリボンがある方向に進む。どうやら幅広の道から離れて急斜面を行くようだ。登り切り、少し右に下がると、目の前にまた幅の広い土の道が現れる。短い草が生えているが、歩きやすい。全員やってきたところで、11時20分休憩をとる。風が吹いているので、暑くなくすがすがしい。
頭城の街と海上に龜山島
咲いたばかりの月桃の花
幅広道を進む。右には樹木の間から頭城の街が下方に望め、沖には龜山島が浮かんでいる。標高は360mほど、620mの湖底嶺の半分以上の高さだ。休憩場所から10分足らずで、右から同じような幅広道を合わせる。左に折れてまた山腹を横切って進んでいく。開花したばかりの月桃の花がみずみずしい。11時48分、湖底嶺方向への道の分岐に来る。藍天隊の道しるべがあるが、だいぶ傷んでいる。記された年月は2011年だ。この道を進もうとするが、果たして草木に阻まれ、道筋ははっきりしない。少し進んでみるが、この状態だと通過にかなりの時間を要するかもしれない。そこで、このルートをあきらめ北宜公路を少し歩いてつなぐことにする。

北宜公路を自電車が下っていく
圓通寺への分岐の土地公、ここで昼食休憩
すぐ近くに来ている北宜公路にでて、右方向に歩いていく。今北宜公路を行く車両は、ワインディングロードが目的のバイクやスポーツカー、それに自転車である。時々バイクが爆音をたてて通り過ぎる。このような道を歩くのは、実は楽しくない。だが仕方がない。前方に礁溪富士山と呼ばれる鴻子山が近くなってくる。車道を歩くこと10数分、12時21分、左に圓通寺への道が分岐する。北宜公路の右側には、屋根のある土地公がある。そこで休憩をとり、昼食にする。

右に跑馬古道が分岐する、直進すれば圓通寺方向へ
@金面大觀
食事をすませ12時44分、圓通寺への道を取る。少し下り、右に跑馬古道が分岐する。この道を登る。階段道で高度を上げていく。13時2分、金面大觀と刻まれた石碑が現れ古道は終わる。ここは北宜公路の峠であり、石牌公園の場所だ。お手洗いで少し立ち止まり、その対面にある登山口から湖底嶺へ登り始める。急坂を少し登り、そのあと緩やかな登りになる。道は、そこそこはっきりしている。登山口から15分ほど、13時25分右にコンクリの造作物を見るとすぐ左に三角点がある山頂(標高623m)だ。

湖底嶺山頂
山頂近くのコンクリ造作物
石牌公園近くの登山口に降りる
本来は、反対側から登ってくる予定だったので、道の状態がどうか少し山頂から行ってみる。するとすぐに右に道が分岐する。これが予定の道だが、どうやら今までの部分と比べるとだいぶ草深い。ほとんど歩かれていないようだ。左の四堵山戰備道へ降りるほうの道は、しっかりしている。山頂に戻り、往路を下る。山頂近くのコンクリ造作は、林業が行われていたころの護管所の物だそうだ。土台のコンクリもまだ残っている。13,4分で石牌公園前の登山口に戻る。今日は天気もよい休日、バイカーなど人出が多く屋台もある。

跑馬古道を下る
沢を渡る
本来は、後湖子山などへ行くことを予定していたが、すでに時刻は14時近くまた道の状態も不明なので、それは別の機会にして跑馬古道を直接礁溪へくだることにする。先ほどの階段道を下り、圓通寺の前を通過する。その先の橋のたもとから沢沿いの道を進む。ここは以前歩いたことのある道だ。沢を渡り少し登ると、急坂を下る。下りきると14時48分開けた場所に出る。そこは跑馬古道の分岐でもある。

跑馬古道に合流
跑馬古道から高速道路を下に見る
古道を下っていく。すぐに右に沢がある。岩に跑馬古道の文字が刻まれている。少し休憩をとる。沢で汚れた長靴を洗う。メンバーの一人が持ってきたビールを開ける。跑馬古道は、よく整備されたハイキングルートなので大勢のハイカーが行きかう。我々のような物々しい登山者は、逆に少ない。15時18分、山神廟の前を通り過ぎる。左下方に蘭陽平野が広がり始める。雪山隧道に入る五号高速には多くの車が列をなしている。15時50分、木馬のある場所へ着く。その先トイレの脇から左に階段道を降り、礁溪の街へ下っていく。下りきり左に礁溪溫泉公園へ向かう。公園内を進み、16時30分礁溪轉運站(バスターミナル)に到着する。これで歩きは終了だ。

礁溪溫泉公園
バスターミナル駐車場から鴻子山を見る
7時間半、17㎞強の歩きだ。累計で840mほど登っている。一部は舗装路で、山道は3分の2ぐらいだろう。頭城から直接山を登る登山者は少ないようだ。しっかりした車道があり、車やバイクで簡単に行けるので、なおさらかもしれない。頭城出身のメンバーも歩いて登ったのは初めてだとのこと。現在の道の状態だと、一部は道筋がはっきりせず、それなりの経験が必要だ。

0 件のコメント:

コメントを投稿