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2018-04-13

2018年4月12日 宜蘭頭城鶯仔頂山-鶯子嶺‐頭圍山縦走

稜線上から鶯子頂山(中央のピーク)と左の通信施設を見る
天気が良く空が澄んでいるとき、台北市街の東北方向に位置する山々の頂上から東を望むと、長々と続く峰々の中で、頭に多くの通信アンテナを頂く山が見つかる。この山は、新北市と宜蘭県の境界上にある鶯子頂山だ。冬には東北季節風をまともに受けるこの山々の稜線近くには森が育たない。そのため茅が多く密生し藪漕ぎもままならない。以前、七兄弟山から窖寮山を越えて叢雲山を目指したとき、暫く歩かれていないためもとの草藪に戻ってしまった山道で、力尽きて途中下山したことがある。幸いにして、最近藍天隊がこの草藪の稜線に入り、道の整理を行った。今回は、このおかげで縦走することができた。

左側山腹の吉祥寺から時計回りに歩く
歩行高度
今回訪れた主稜線は、台湾島北部を縦断する雪山山脈の北端近くに位置する。宜蘭の蘭陽平野はこの山並みの東にある。すぐ近くのふもとには雪山隧道が抜けて出る頭城の街がある。頭城駅からタクシーで標高約450mの吉祥寺へ向かい、そこから稜線を九股山をへて登り、上記通信施設へつながる四堵戰備道へでる。戰備道を少し登ったところで、左に北宜古道を経て風空子溪を往復、戻って戰備道を2,3㎞歩き通信施設が多くある道路の終点へ登る。道路終点からは山道が始まり、稜線を鶯子頂山、さらに鶯子嶺へ縦走する。鶯子嶺から南に長く頭城市街のわきまで下る長い稜線を歩き、途中礁水坑山と頭圍山を過ぎ、大修宮に降りる。さらに階段道を下って頭城駅へ戻り、回遊式の登山を終えた。道の状態は、事前に想像してよりおおむね良かった。

鶯子嶺山頂のメンバー
鶯子嶺は四年前に一度訪れている。その時は、北側に位置する雙溪區灣潭から枝尾根を登って登頂した。鶯子嶺から南に稜線を少し下がり、折れて大和山へむかったが、その時は道筋がはっきりしない状態だった。今回はその部分も良くなっていた。大和山への分岐からさらに南の部分は、ちょっと草深くあまり歩かれていないようだった。鶯子頂山の通信施設や四堵戰備道と呼ばれる立派な舗装自動車道路は、実は冷戦時代に米国との協力のもとで対中共のために造られた軍事施設の名残である。今も軍事施設はあるが、それ以外にこの地を利用した民間通信施設が多くできている。

宜蘭の蘭陽平野北部にある今回の登山対象
頭城駅前のタクシーで登山口に向かう
台北駅を6時25分発の自強号で出発する。平日なので車中は通学の学生も多い。数分遅れ気味なので、列車は雙溪を過ぎるとスピードを出し、頭城にはほとんど遅れなく7時56分に到着した。プラットホームから遠くに鶯子頂山から鶯子嶺への稜線が見える。駅前にはタクシーが数台並んでいる。近くに観光地があるので交通の便はよい。平日で長い歩きだが18名の参加者がある。四人づつタクシーに分乗し出発する。15分ほどの乗車で吉祥寺に到着する。

吉祥寺のわきから望む、遠くに下山に通る尾根筋が見える
靈光塔とその周辺
お寺のわきからは、目標の稜線も上方に見える。8時30分、広場脇の階段を登り始める。幅の広い道が続き、靈山塔のわきを過ぎる。1888年開山の古刹を感じさせるような場所だ。さらに道を追っていく。靈光塔が現れる。手洗い脇の道を進むが、様子が違う。そこで戻ってみると、靈光塔に下る前に右に尾根上を登っていく道がある。これが正しい登山道だ。水槽わきを過ぎ、登りが始まる。台北と宜蘭をつなぐ古道群のひとつ北宜古道の一部になる道は、そこそこ歩かれているようで、道筋ははっきりしている。

九股山山頂
ツツジがさいている
15分ほど登っていく。右に道が分岐する。九股山頂上への道だ。こちらを進む。9時9分、九股山(標高640m)に着く。基石がある狭い頂上の周囲は樹木で展望はない。分岐へもどり、さらに稜線道を登っていく。幅のある稜線の右側近くを行くところは、右に対岸の山が見えるが、登るにつれ霧が多くなってくる。桃色のツツジの花を見てまもなく9時45分に四堵戰備道に出る。ほとんど風もなく、気温も高いのでかなり汗をかく。ここでしばし休憩をとる。

霧の四堵戰備道で小休憩
舗装路を10分ほど登る。左に山道の入り口がある。北宜古道だ。時間的にも大丈夫なので、近くのピーク風空子溪山へ往復する。古道は最近手入れされたこともあり、状態がよい。数分登ると、鞍部右に大きな古い墓がある。最近の清明節で親族が墓参りをしたのだろう、きれいに草が刈られた清朝時代の墓石とその前に焼香された跡がある。風空子溪山へは、その少し先左に道が続く。こちらは、しばらく道の手入れはされていないようで、茅が密生している。道筋はあるが、藪漕ぎが余儀なくされる。10分ほど苦労して登り、10時19分風空子溪山山頂(標高908m)に到着する。周囲は霧で、展望はない。

北宜古道の入り口
100年以上前のお墓
草の生い茂る風空子溪山山頂
往路を下り、四堵戰備道もどる。舗装路を登っていく。上部の施設への車だろう、二、三台行違う。周囲は霧が濃く、晴れていれば遠くが見えるだろうが、すべて白いなかだ。最後につづら折れを登り、11時16分鶯子嶺と大きく記された看板がある。山登りでは鶯子嶺は、ここよりさらに東の峰だが、近くの鶯子頂山と合わせて総称で鶯子嶺ということなのだろう。看板近くの道端には、三年前の日付と櫻木花道と記された石碑もある。櫻木花道とは、台湾で大人気の日本のアニメ、スラムダンクの主人公だ。この地と何の関連があるのかとおもっていたところ、後日聞いた話で理由が分かった。それは、地方政府が予算消化でこの道のわきに桜を植えたが、手入れもせず条件の悪いこの地で、ほとんど枯れてしまったということだ。桜が咲き花の道となる意味だったのだろうが、石碑だけがのこり愚かな役人と税金の無駄遣いを証明しているというわけだ。

鶯子嶺の看板わきで集合写真
桜木花道の石碑
多くのアンテナが建っている
舗装路の終点、稜線道の入口
道の左に数か所の高くそびえるアンテナ群と、右に軍事用施設をすぎると、11時27分舗装路は鉄の門の前で終了する。少し休憩した後、施設の囲いにそって山道を進み始める。屏のわきから大きく下り登り返す。11時45分、鶯子頂山(標高1001m)につく。空は高い雲がかかっているが、霧がはれて周囲が見渡せる。海側は、先ほど通り過ぎたアンテナ群の左下に蘭陽平野前方と海岸線、「礁溪富士」鴻子山の三角ピークがわかる。前方鶯子嶺や、その左には以前歩いた灣潭竹子山から梳妝樓山への稜線が、霧に見え隠れしている。目を凝らすとアンテナ群の奥に高山が見えるが、雪山山脈の一部か。

草がしっかり刈られている鶯子頂山山頂,右に先ほど通り過ぎた通信アンテナ
これから歩く稜線と背後の鶯子嶺を望む
海側を望む
草がしっかり刈られた道を行く、一番奥が鶯子嶺
時間はすでに正午だが、後の行程を考えて鶯子嶺を目指す。稜線上の茅の間には、しっかり道が開かれ、まったく問題ない。道は小さなピークをいくつか越えていく。晴れていれば、とても暑いだろう日陰の無い稜線は、霧が去来し時々風もあるので助かる。最後に大きく下り、12時45分、右に福德坑へくだる道を分岐する鞍部に来る。ここから鶯子嶺へ登り返しだ。約100mの落差で、ちょっと辛い。12時58分、右から灣潭からの道を合わせ、更に二、三分で鶯子嶺(標高943m)に着く。前回の比べ大きな範囲で草が刈りとられ、広くなった頂上で食事休憩をとる。幸い、空は曇りでそれほど暑くない。

時々霧が去来する稜線を行くメンバー
鶯子嶺山頂
晴れていれば、鶯子嶺山頂から鶯子頂山方向がこのように見える(2014年9月撮影)

草藪の間を鶯子嶺から下る
13時40分下りはじめる。前回は苦労した草の道は、思っていたよりはるかに道筋がはっきりしている。すぐに左に打鐵寮山への道をわけ、補助ロープのある急坂を下る。草藪から森の中に入り、14時3分左に大和山への道を分岐する。前回は左に大和山へ向かったが、今回は直進だ。道の状態は、それまでに比べると悪くなる。草が道筋を覆う。ただ、草の下の踏み跡はわりあいとはっきりしている。マーカーリボンも少ないが、困るほどではない。基本は稜線上を追っていくので、方向が大きく変わる場所以外は、迷うこともない。草が濡れている場所もあるが、おおむねOKだ。ただ、長い尾根なので下りだが時間がかかる。14時31分、少しひらけた場所にくる。少し休憩をとる。

草深い下り道
礁水坑山のメンバー
民国42年の造林のコンクリ柱
道は開けた場所の右がわに続く。道は右側に進み、坂もすこしきつくなる。少し登り気味になりそれが終わって14時52分、礁水坑山の圖根點基石が緩やかな坂の真ん中に現れる。山の名前があるが頂上というわけではない。また坂が始まり、明るい感じの場所で民国42年(1953年)にここに植樹したという石柱がある。60数年前だが、その当時の植林はすでに切られているのだろう。周辺の樹木はそれほど樹齢があるように見えない。山腹をトラバースして沢のように窪んだ場所を行く。植林されたぐらいなので、道はよくなる。15時18分、小沢を越す。その先、右に礁水坑山南峰への道が分岐するが立ち寄らず、そのまま下る。先はまだ長い。15時27分、左に火燒寮山への道を分岐する。道端に早咲きの月桃が咲いている。道がしばらく緩やかになり、それが下り始める前、15時42分休憩をとる。

小沢を越え窪んだ場所を歩く、道筋ははっきりする
早咲きの月桃の花
急に眼前に樹木が刈られ開けた場所が現れる
歩き始めてしばらく、前方の樹木がすべて切られて開けた場所に出る。左遠くには亀山島が沖に見える。幅の広い道が始まる。すこしその道を進むが、方向が正しくない。戻ってみると、果たして山道が開けた場所の端から続いている。頭圍山までは、稜線上を進む。森がきれて、また前方に海岸線と 烏石漁港が見える。16時11分、稜線上の山道からいきなり舗装路に出る。左を見ると廃棄された養鶏場がある。このために開かれた道のようだ。

視界が開け、お気に龜山島と烏石漁港が見える
大修宮が見えた
舗装路を少し進むと、道が曲がる部分で右にまた山道が入っていく。この道を進むことわずか16時20分に今日最後のピーク、頭圍山(標高252m)に着く。昼食の時にもあったが、最後のビールをここで開け、乾杯する。頂上から少し下がり、16時30分大修宮に到着する。主要な歩きはこれで終わりだ。ここでしばし休憩する。長靴を脱いでみると、蛭が左足に着き血を吸い始めている。塩をふりかけ落とす。長靴を履いていても、蛭予防は完全ではない。

大修宮から頭城の街を望む
血を吸い始めた蛭
大修宮の前庭からは、広い範囲が見える。下方は頭城の街だ。17時過ぎに最後の下りを始める。1000段以上の階段を下っていく。下り切り街中を通っていく。17時55分、頭城駅に到着する。メンバーのうちの数名は、一緒に礁溪へ行き、そこで食事をとる。19時45分のバスで台北へ戻った。

石段道を頭城駅へ下る





道の状況が想定よりよく、また参加者の足並みもそろっていたので、問題なく休憩込みで9時間20分ほどで歩き終えた。距離は約17㎞である。登りは登山口が高いこともあって860mほどだ。以前から思っていた、鶯子頂山-鶯子嶺の稜線を歩くことができた。天気は曇り気味で、遠くははっきりしなかったが、鶯子嶺からの景色は前回すでにみているので、暑くなく楽だったことを感謝すべきかもしれない。茅の密生する稜線道は、登山者が歩かなくなると、たちまち自然に力でもとに戻ってしまう。いつまで良い状態の道が続くのだろうか。


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