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2020-11-20

2020年11月15日 霞山 - 錦屏山 - 石麻達山 - 屯野生台山縱走 奥深い霞山を霞喀羅古道から訪ねる

霞山山頂

霞を食するという仙人が住んでいるわけではないが、霞山は深く遠い。四方向の尾根から山頂へアクセスできるが、それぞれ往復するのはかなり時間を要する。今年6月に麥巴萊山から霞山へのアプローチを試みた。天候的な理由もあり、この計画はかなわなかった。いずれは訪れようと思っていた。今回は、それを果たすものだ。ルートは、南西に霞喀羅大山へ伸びる尾根を霞喀羅古道が峠として越す部分からたどり、霞山を登頂した後さらに尾根を北東に縦走、錦屏山を越え8月に訪れた石麻達山から屯野生台山を経て下山するというものだ。霞喀羅古道から入るにしても一日では無理なので、前日尾根の登山口に近い古道上で設営し、早朝出発し歩き終えた。

南側から北へ縦走、設営場所と松下駐在所跡の軌跡は未録
歩行高度表
二日間の歩行軌跡
霞喀羅古道は、タイヤル族原住民の管理のため1924(大正13)年から二年を費やし全線開通した、シャカロー・サカヤチン警備道として開削された道だ。そこに多くの駐在所が設けられた。今は車道に拡張されている部分も含め、開削当時は50数キロの山中道路である。松下駐在所は、警備道開通以前原住民制圧管理のための隘勇線として1922年に設けられ、その後原住民事情が安定したので1930(昭和5)年に廃止された。尾根上の平らな場所であるが、とても小さな建物であったようだ。ここが古道上の最高点であり、また霞山から伸びてくる尾根上のポイントだ。我々はここから尾根に取りついた。

石麻達山山頂の全メンバー
山が深く尚且つ重装備で縦走するので、このルートを歩く登山者は多くない。ネット上での記録も少ない。そんなことで、道の状態について心配した。特に古道から麥巴萊山へ分岐点である2210峰までの部分は、地図にも載っていない。またそこから錦屏山への道も不人気ルートだ。実際に歩いてみると、それほど悪くないという感想だ。落ち葉が多く道筋を隠し、またちょっとしたギャップなどもほとんどロープなどがない。そこそこマーカーリボンがあったのは、助かった。一、二カ所道を探す場面はあったが。高山でも同じく発生しているヤタケが枯れるという現象は、ここでもかなりあった。枯れたヤタケは藪漕ぎの苦労が減るので、それはそれでよいが。

枯れたヤタケが多い
最後の石麻達山-屯野生台山は一度歩いているので、様子が分かっている。途中で時間を要し、万一日が暮れても、ヘッドランプ頼りに下るについて不安は少ない。そのような考慮で今回のルートを決めた。幸いに、朝5時半に出発、12時間の行動時間で夕暮れ直前17時15分に登山口にたどり着いた。秋の日暮れはつるべ落とし、といわれるが秋の山では行動時間の把握が大切だ。

まだ暗い中テントを撤収
昨晩宿泊した、獵寮地点から松下駐在所跡地までは1km強ある。朝4時に起床、5時半に出発する。まだ夜明け前でヘッドランプで歩くが、古道の状態はよく問題ない。5時50分、跡地に着く。左に折れて稜線を歩きはじめる。標高約2050mから最初のピーク2210峰まで約150mの落差だ。道は、樹木が邪魔をする部分あるが、驚いたことに広く平らで山腹を行く。おそらく松下駐在所ができたころ、タイヤル族部落民へ制圧のための隘勇線道として開かれ、それが残っているのだろう。実際この道を通じ、部落への攻撃を仕掛けたという記載もある。

良い道が続く、100年前の隘勇路か
黄金の光が森に差し込む
そのうち道は稜線上を行くようになる。空が白んで、あたりが明るくなる。6時20分平らな場所で休憩をとる。休憩後、ヤタケの下草をかき分け進む。黄金の朝陽が森に差し込んでくる。森が輝く。6時48分、2210峰につく。今日の縦走中の最高点になる。狭い山頂には白いシートが残っている。樹木に山名板が取り付けられているが、文字はすでにかすれて判読できない。ここから霞山東南峰までのセクションは、6月に予定したルートの一部でもある。

2210峰


稜線上を進む
道はすぐに急坂で大きく下り始める。松下駐在所跡から登ってきた高度を一気に下る。シャクナゲの灌木などが生え、下草は少なく助かる。一部ヤタケがあるがあまり邪魔にならない。台湾ツガの大木も目に付く。7時20分、右に樹木が切れた場所から大霸尖山のシルエットが見える。そのすぐ左は品田山のいかつい岩峰だ。中級山は山頂からの展望はあまりないが、途中から遠望できるところがある。

シャクナゲの灌木や枯死の大木を行く
樹木の間に大霸尖山のシルエット、左は品田山
隘勇路か
7時半、下り坂が終わる。驚いたことに道は幅が広く、緩やかな山腹を進んでいく。通常の登山道ではない。どうやら100年前の隘勇路のようだ。倒木などはあるが、地形が緩やかなので崩れることなく残っているのだろう。数分良い道を歩き、7時40分休憩をとる。近くに大きな切り株がある。伐採が行われていたようだ。休憩後、道は山腹を登り気味に進む。ヒノキ(台灣扁柏)の大木が二本並んでいる場所で、方向を大きく変える。尾根上の道は登り下りが次々と出てくる。


ヒノキ大樹の脇を進む
二つに切られた太い倒木
太い倒木が真っ二つに切られている。誰が切ったのか。しっかりメンテされている登山道であれば、珍しくないがこのような不人気ルートでは、不思議だ。大岩が現れている狭い尾根や、松葉が地面を覆う緩やかな尾根など、広葉樹と針葉樹が混合している道を進む。9時50分、盗伐された樹木に林野局が赤ペンキで調査済みの印がつけてある。台湾ではヒノキなどの伐採はすでに禁止されて久しいが、山老鼠(山ネズミ)と呼ばれる違法盗伐者があとをたたない。10時47分、やっと霞山東南峰(標高2180m)に着く。

倒木を乗り越える


盗伐されたヒノキ
霞山東南峰に着いた
霞山に向けて鞍部へ下る
小休憩後、ザックを山頂にデポし霞山へ空身で出発する。すぐに急な坂を数十メートル下り、鞍部からまた急坂で登り返す。11時20分、霞山山頂(標高2167m)に登りつく。狭い灌木に囲まれた山頂は、展望はないが低い灌木を通した光が注ぎ明るい。6月来れなかった山頂に今立っている。確かに遥か遠い山頂だ。往路を戻り、11時48分霞山東南峰山頂に着く。

@霞山
霞山東南峰から下る
そのままザックを担いで出発する。すでに昼近いが、まだ本日ルートの半分も来ていない。少し遅れ気味だ。幸いこの先は、途中の小ピークなどがあるが、基本は下りメインだ。大きく急な坂を下る。ちょっと足場が良くないところでも、補助ロープなどがないので緊張する。坂がゆるなったところで、12時40分食事休憩をとる。標高は2000m強、まだ先は長い。

切り株の残る稜線


人造林帯を登る
13時10分、標高約1920mの最低鞍部を通過、登り返しが始まる。小さなピークを越えると、杉人造林が広がる。この辺りは原生林伐採後、植林が行われたようだ。13時53分、左からの道を合わせすぐに錦屏山山頂(標高2022m)に着く。山頂には山火事などを発見するための瞭望台がある。伐採作業が終了して久しいので屋根や壁が壊れているが、鉄骨はまだしっかり立っている。

壊れた瞭望台が残る錦屏山山頂
小休憩後、14時10分石麻達山への道を下り始める。ここから先は登山者が多いようで、道の状態は良くなる。杉人造林が続く。登り返して、14時27分2000峰を通過。また下り、1900mを切る最低鞍部から登り返す。ヤタケが多くなると山頂は遠くない。左に樹木の間から島田山の山容が見える。15時15分、3か月前に訪れた石麻達山山頂(標高1942m)が現れる。錦屏山から休憩なし一本でやってきた。
杉林の中を進む


島田山が見える
この上が石麻達山山頂だ
石麻達山山頂についた
山頂で休憩していると、下方から人声が聞こえる。そのうち大勢の登山者が登ってくる。写真をとり、15時26分最後のセクションを下り始める。まだ記憶に新しい山道は、山頂直下で左に島田山方面の道を分け、急坂が続く。20分ほどの急坂が終わり、隘勇寮があった平らな場所を通過する。ここからは隘勇路になる。道わきには石を積んだ基礎も残る。15時57分、海豚石を通過、さらに下り16時4分夫妻樹を見る。

急坂を下る
夫婦樹

屯野生台山への分岐
道の状態は良いが距離があるので、少し面倒くさい。16時26分左へ登山口へ直接下る道を分け、右に屯野生台山へ進む。少し登り返しがある。アカマツの落ち葉を踏み、16時36分日本時代の砲台跡石積壁を見て間もなく、屯野生台山山頂(標高1607m)が現れる。筆者を含め今回パーティの大部分メンバーは以前訪れているが、縦走最後のピークにたどり着いたのは嬉しい。

@屯野生台山
最後の下り
16時53分、最後の下り坂を進む。辺りは暗くなってきた。雑木林から竹林、また雑木林の間を下る。17時12分、樹木がきれて前方に展望が開ける。正面には夕暮れの李棟山が大きい。その下の田埔部落の灯火も点きだしている。17時15分、大きな水タンク脇の登山口に降り立つ。シャトルサービスの車はすぐ下の平らな場所で待っている。他にも石麻達山で出会ったパーティを迎える車が三台ある。

李棟山
車が待っていた
着替えをしている間に日が暮れ辺りは暗くなる。石麻達山で出会った後方のパーティがヘッドランプを点けて下ってくるのを見て、我々の車は下り始める。8月に訪れたときは、この田埔產道を歩いて下った。今日は車で下るので楽だ。帰途中、橫山の台3線脇の客家料理店で夕飯を取り、22時20分台北駅に帰り着いた。

夕暮れの中着替えをして乗車



日暮れ前に歩き終えるため、後半はかなり飛ばしまた休憩時間も短めにした。メンバーには苦労を掛けたと思う。休憩込みで約12時間、距離は約15㎞、登坂1060m、下降1654mである。コース定数は38となる。約14kgの荷物を担ぎ縦走したので、この数字でもちょっときつかった。

2 件のコメント:

  1. 参加されている一色さんにブログを紹介していただき読ませてもらってます。感動です。

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    1. Nishida 様、駄文をご覧いただきありがとうございました。
      先週一週間は、一色さんもメンバー一員で台湾島南部にある3000m峰新康山の縦走に行ってきました。記事を書きますので、ご興味があればご覧ください。

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