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2012-12-28

2012年12月27日 陽明山山系中正山-大屯南峰-西峰から西南稜線を下る

大屯南峰からの台北と背後の台湾中央高山群
今年もあと数日を残すだけとなった。今年の登り納めになる山行として、10月に歩いた中正山を登り、山腹路を経て大屯南峰へ登頂。その後、西峰を経由し山頂を少し下ったところから始まる西峰西南稜線上の山道を清天宮へ下った。天候は曇で時々晴れ間が少しのぞくという天気だったが、雲が高く午前中は台北盆地の向こうに、前衛の山々よりはるかに高くそびえる台湾中央の山脈が、ずっと南方向へ続いているのが見えた。もちろん、今年登った台北周辺の山々も多く眺めることができ、一年の山行の締めくくりとして、思わぬ収穫があった。眺めることができた中央高山は、まだそれぞれのピークを判別できるだけの登山経験がないが、来年は少なくとも、二、三座は登りたいという思いを強くした。

中正山も大屯西峰もこれで三度目の登山だが、今日のような広大なパノラマ展望は経験していないので、これほど遠くまで多くの峰々や台北盆地の様子が見れることを知らず、新しい発見に感動した。冬はやはり空気の透明度が高いので、可能なのだろう。冬のつかの間の好天に、悪い道を苦労して登る甲斐があるというものだ。考えてみれば、陽明山山系は、台北郊外の山々の中では台湾の中心線から外れた位置にあるので、今日のように天候条件がよければ、中央山脈や台北郊外の山々が眺められる展望台になるわけだ。10月のW大校友会ハイキングの時も、中央山脈の峰々が見えたが、今回はそれ以上だ。

大屯山群の南側を登る
右下の十八份から登り、左の清天宮へ下る
雨の日が長く続いたため、大屯南峰や西峰の道はぬかってドロドロの部分が多かった。中正山への道は石畳のAレベル登山道で、もちろんぬかるみの問題はない。一方、中正山から大屯南峰へは、南峰-中正山の稜線山腹をずっと水平に行き、最後に急坂を登る非正規路を歩いた。また、大屯西峰から清天宮への西南山稜の道も非正規路である。この二つの道は、正規路のように多くの登山者に歩かれていいないことが幸いして、道が水分を吸収したり落ち葉があったりでぬかるみはほとんどなく、陽明山国家公園警告板の文言とは裏腹に、歩きやすかった。大屯南峰への山腹道は、もともと10月山行で経由して中正山へ行く予定だったが、途中で間違った分岐で曲がって尾根に戻ってしまい、結局石畳の尾根道を中正山へ下った。今回は、どこで間違ったかを確認する意味も含めて歩いた。以前のブログで、陽明山山系の非正規登山道の登山をしていくことを書いたが、今回もその活動ができたわけだ。

登りはじめ間もないころ、見る台北方向の景色
朝6時40分頃に自宅を出発、東門駅からMRTで北投駅へ向かう。北投駅下のバス停に行くとちょうど小9番バスがやって来た。もともと7時15分発の便が少し遅れているようだ。二十分の乗車で十八份バス停に着いた。ここは昨年六月に初めて中正山へ行き下山した時に、ここからバスで北投駅へ乗って帰った。今回は逆方向に登る。身支度を済ませ登山路(街道の名前)を行く。標高約270mのここからは、畑や民家の向こうに台北の街が見える。背後にはかなり高く見える山々がある。しばらく行くと、右に立祥商店がある。この雑貨店の脇の道が中正山への登山道入口だ。入ってすぐに台北市親山歩道の説明板や陽明山国家公園の道標などが設けてある。国家公園の道標や200m毎の路程表示は、最近建てられたもののようで、真新しい。

修復された炭焼き小屋
石畳の道は、はじめは民家の間を、そして畑の脇を登って行くが、そのうち竹林や雑木林の中を登る。登山口から20分ほどくると、保存された炭焼き小屋に着く。説明によれば160年の歴史があるこの小屋は打ち捨てられていたが、2009年に有志が修復したということだ。今は焼いてはおらず、姿が修復されている。そのすぐ上にはあずま屋がある。森の中なので、展望は紗帽山が見えるだけだ。道はずっと登りが続く。8時半頃、壁だけの廃寺に着く。地藏王菩薩の寺であったようだ。香炉がまだ残っているが、中は何もない。昨年の下りの時は通り過ぎただけだが、奥のほうに休憩小屋があるので、行ってみる。古いが山腹に乗り出したテラスがある。ここからは展望がきく。眼下には地熱谷が、そして烏尖連峰の向こうには士林の街がある。今日は曇りだが、かなり遠くまで見える。遠くの青い山脈はどうやら台湾中央山脈の峰々のようだ。前衛の天上山山塊と比べると高さが格段に高い。登山口付近で見えていたのは、この山々だったのだ。このようなパノラマは初めてなので、思わず驚喜する。

石畳の中正山登山道
地蔵王菩薩の廃寺、左の道標が新しい
テラスからの展望、下には地熱谷、左は紗帽山と文化大学キャンパス(クリックで拡大)
ここから道はなだらかになる。標高646mの中正山まではあと数十メートルの高低差だけだ。右に中正山第一登山口へと続く道を分岐し、登って行くと8時50分に展望台についた。三度目の展望台に上がる。下のテラスからよりもはるかに広範囲が見渡せる。今日の展望は、なんといっても中央山脈まで見えることが嬉しい。近くの観音山は手に取るようだ。反対側の大屯南峰や西峰を見る。西峰から長い尾根が淡水河に向かって下っている。これが今日の下りに通る予定の西南稜線だ。展望台は、見晴らしがよいが風も吹き去っていく。歩いているときは汗も出るが、しばらくここで景色を眺めていると寒さを感じる。展望台の床に座ると風が防げる。腰を下ろして休憩し食事をする。

中正山展望台から見る台北市とその背後の中央山脈の山々
大屯西、南峰、左に降りる尾根が西峰南西稜線、山腹道は手前の山の山腹を行く
山腹道の入口、倒木が道を塞いでいる
展望台から、まずは石畳の登山道を少し登ると、左に山腹道が分岐する。倒木が道を塞ぎ、滑りやすく危険なので通行しないように、との国家公園の看板がものももしい。実際、山慣れていな遊楽客が歩くと危ないかも知れない。草に埋もれているが、その下は玉石が敷き詰められた道である。森が開けて左側に観音山が見える。分岐から10分ほどで左に中正山駐車場への道が分岐する。玉石の道もここで終わり、土の道となる。桃色の花が咲いている。梅の花だろうか、冬の森でひときわ目立つ。平な道が続くが、そのうち道にはゴロゴロした岩があわわれる。左に粗坑溪を下っていく道を分岐する。このあたりは、沢から水を引くためのビニール管がたくさんある。ここから道は標高差300mの登りが始まる。山腹道の約半分の位置である。

玉石の山道
道の状態は、そこそこ歩かれているようだ。標識リボンもかかっている。9時40分、この道を歩いて40分ほど来たところで、見たことがある場所が現れた。10月の登山で来たところだ。思っていた通り、涸沢を過ぎた場所だ。注意してみると、道脇の幹に古ぼけた藍天隊の道標が付いている。前回は気づかなかった。ここが間違って曲がった分岐だ。こうして見るとなぜ誤ったかと思うが、その時持っていた地図には尾根に登っていく道は記載がなく、一方沢を過ぎた後少し登り返すように記されているので、すこし下がっていく道に気づかなかったのだろう。補助ロープも道を塞ぐような形で張られている。涸沢を越えると、登り一本の急坂が始まる。二十数分登り、10時22分に中正山へ下る尾根道に合流した。すぐ先には大屯南峰への道が分岐して右に登っていく。

山腹道の様子、300m高度の登り始め
南峰への登り口
南峰への登りは、補助ロープがはられた急坂である。道はぬかってドロドロ、滑りやすい。中正山から通ってきた山腹道は、登山客が少なく雨が降っても吸収されてしまうのだが、この道は常に登山客に踏み固められ草も少ないので、雨が長く降ると乾くこと無く、ぬかってしまうのだろう。10分ほど登ると森が切れて、展望が広がる。10時35分、大屯南峰の頂上(標高959m)に着いた。南峰は二度目であるが、前回は6月でこれほど遠くまでの展望ができなかった。林口の先の桃園や中壢あたりは霞がかかっているが、その左の高山の峰々は延々と続いているのがわかる。100キロ先まで見えている。淡水河とその支流が流れる台北盆地は、所狭しと建物が建てられている。超高層建築が少ない台北は、101ビルや新光ビルがわかりやすいランドマークだ。台北盆地の奥には、今年登った山々が判別できる。背後の大屯山七星山から、姜子寮山四份尾山獅公髻尾山二格山直潭山獅仔頭山大桶山拔刀爾山天上山等が盆地を囲っている。もちろん近くの五指山觀音山なども今年登った山も見える。写真を撮り終えたあと、大屯坪に向けて下る。

南峰頂上、中央に新設の路程表示が埋められている
南峰からの大パノラマ
南峰の下り道から見る、左は七星山、その奥は五指山の山並み
大屯坪のあずま屋と新設説明板
大屯坪への下り道は、登り道にくらべて緩やかだ。右には中正山へ続く尾根が伸びていく。森の中にはいり、そのうち土の道が石畳に変わる。その先で大屯山への分岐に着く。最近建立された陽明山公園の看板が脇にある。今歩いてきた道は、困難度が高いとされている。経験がない行楽客だと、今日のような滑りやすい道であれば、確かに大変かもしれない。左に折れて下ると、ひっこり大屯坪のあずま屋が現れた。時刻は11時12分。ここにも新しい看板がある。あずま屋の柱に括りつけられている寒暖計は16度を示している。ここで休憩して軽く食事をとる。休んでいる間に登山客が二組通り過ぎた。今日はずっと誰とも出会わなかったが、このあたりは人気度が高い。

南西峰鞍部への分岐、右は西峰
二子坪方面へ石畳の大屯坪歩道を進む。大屯西、南峰の鞍部への分岐を左に折れる。右側に大屯西峰が近い。雑木林の中を登り、10分ほどで鞍部に着いた。10月に来たときは休日だったこともありとても賑やかだったが、今日はひっそりしている。西峰は三度目の登頂だが、こちらから登るのは初めてだ。直線的に登る土の急坂は、濡れていて滑りやすい。補助ロープがありがたい。登ること十数分、11時50分に西峰(標高988m)に着いた。三人のパーティが休んでいる。これから下るところで、道の状態を尋ねられた。その内の一人が日本人かと尋ねてきたので、そのとおりだと答える。このようなところで、単独の日本人登山客はやはり珍しいようだ。朝に比べると雲が多くなってきた。中央山脈の高山群は南の半分が雲の中に入ってしまっている。風が吹き抜けていくが、頂上にある大岩の陰に座ると風が当たらない。リンゴをかじって休憩する。あとは、清天宮に向けて下るだけだ。

西峰から見る南峰と左奥の大屯山
西峰下りから見る面天山(左)と二子山(右)
西南稜の山道
頂上で20数分過ごし、下りはじめる。右には面天山が大きい。二子山との鞍部の向こうには、三芝の平地や海岸線が見える。数分下ると、補助ロープが現れる。左に踏み跡が尾根方向に伸びている。これが西南稜線の山道だ。道標などもちろん無い。わかっている登山者だけが入る道だ。道の状態もよい。草薮を過ぎていく。振り返れば西峰と南峰やその尾根筋が高くなっている。草薮を過ぎると雑木林の中を下る。ところどころ補助ロープが張られている急坂も現れる。標識リボンもかかっており、迷うことはない。分岐から下るとこ30分、竹林が現れる。ネットの資料では防風竹林ということだ。実際谷側からの風が強い。このあたりで下り道の半分あたりだ。竹林を下って行くと、石の階段がある。農作用に造られたのか。

西南稜山道から振返る、前方の山腹を中正山から歩いた
西南尾根道途中の竹林
更に下ると、四叉路にでた。右の道を取る。幹につけてある藍天隊の道標では、直進すると呉氏宗祠へとなっている。そのうちに菜園が現れる。ここから道は石畳に変わる。農作業のためだけに、これだけよい石畳を敷くとは考えにくい。もともとは別の目的だったのだろうか。更に先にはコンクリ製の立派な橋がかかっている。橋を超えると、段々畑を過ぎる。前方に観音山が、左には關渡、対岸の八里が広がっている。人家も現れ、下り階段を下がると登山道も終了する。ここは面天坪へ続く三聖宮歩道の入口でもある。こちらは、陽明山公園の管理対象の道なので立派な案内があるが、今下ってきた西南稜線道は何の道標もない。13時28分、約1時間の下りであった。ちょうど、すぐ下の復興路を小6バスが登ってきた来た。急いで清天宮バス停へ下り、バスに乗って北投駅へ帰った。

清天宮近くの山道から見る観音山と関渡のあたり
高度プロファイル、ピークは夫々大屯南峰と西峰
歩行距離は8.1kmと比較的少ない。しかし、ほとんどが登山道なので休憩も含めて5時間40分かかった。登攀高度累計は915mだ。冬季の登山は、去年は雨天が多くあまりしていなかったが、今回登ってみれば、他の季節より空気の透明度が高く遠くまで見渡せることに気づいた。気温が低いことや、場所によっては状態の悪い道との苦闘もあるが、そうした苦労を補っても余りある。

2012年は、日本の山2箇所を含めて50回の山行であった。そのうちでのエポックは10月に登った玉山である。来年は、台北近郊の山でまだ歩いていない山やルートを登るつもりだが、同時に今回山頂から見えた中央の高山も登るようにしよう。

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