台湾山岳は、その高さも規模も日本国内のアルプス山脈に引けを取らないが、残念なことに日本ではその存在すらあまり認知されていない。日本人である筆者は十二、三年前から多くの台湾山岳を登り、今まで約700編の登山記録を当ブログに記してきた。その動機は、日本をはじめとする海外の登山者に素晴らしい台湾山岳を知ってもらい、さらに実際に歩いてもらいたい、という願いである。
創刊90数年の歴史を有する山と溪谷社は、戦前発行の雑誌に台湾登山の記事がある。それから長い年月を経て、また最新の台湾山岳登山を報道する企画が進行中だ。その第一歩の具体的な登山取材が最近9月16日から23日までの訪台中に行われた。幸い筆者は、山と溪谷社の訪台取材に同行し、取材チームの現場を垣間見ることができた。当記事は、その企画の進行状況と実際の玉山取材登山を記すものである。
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現代では台湾の登山情報や記録を日本語で記述する資料は多くない。しかし、日本統治時代(1895~1945年)初期の探検調査登山から、後期の一般登山者の登山まで、その記録が多く残されている。終戦による日本統治の終了とその後の国民党政府による政策などで、長い間日本人が台湾山岳を登山するのは、特別な機会に限られていた。また、台湾国民も政策的な入山制限で、なかなかスポーツやレジャーとしての登山ができなかった。
その状況はここ二十年ほどで変化している。特に過去3年の新コロナ疫病で海外旅行ができないこともあり、より多くの台湾民衆の登山に対する関心や活動にそれが現れている。政府も山林開放を打ち出し、その動きは山小屋の増改築をはじめ、少しづづであるが具体的にその成果が表れ始めている。台湾の大衆登山活動が活発になってきている。日本からも、海外旅行の再開に伴い、筆者への台湾登山について質問が増えつつある。そうした背景をもとに、山と溪谷社では台湾山岳と登山の実際について取材し、その結果を紙面やネットのメディアを通じて日本の登山者に届ける企画がたてられた。一般の日本登山者が、言葉の壁や高山登山の多くで必要とされる事前許可などをはじめとする障害を越えて、台湾の山にいかに登るかを、わかりやすく紹介することがその企画目的の一つである。
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玉山主峰山頂上の山と溪谷チームと筆者(左) |
現地登山取材に先立ち、山と溪谷社五十嵐編集長より連絡相談があり、筆者は今までの登山や講演活動で面識がある
中華民国山岳協会に問い合わせた。その結果全面的な協力を得ることができた(ちなみに中華民國山岳協會の前身は、日本時代1926年に成立した台湾山岳会である)。7月に編集長が台湾を訪れ、
陽明山国家公園管理處や
玉山国家公園管理處へなどの事前表敬訪問などを行い、また事前の打ち合わせをした。日本側では台湾観光局の協力を得た。玉山の取材登山については、台湾の山岳旅行を中心とする
野樵旅行社(Wildman Travel)がその協力を申し出てくれた。台湾山岳界が、日本からの登山者が台湾の山を登ることに対し、非常に歓迎していることを如実に感じた。
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9月16日 五十嵐編集長、日本の登山ユーチューバー山下舞弓さん、そしてカメラマン住田諒さんの三人メンバー取材班が台北に到着、中華民国山岳協会で事前最終打ち合わせが行われた。
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台北松山空港到着の取材チーム |
9月17日 台湾の郊外低山紹介取材という目的で、台北の七星山に登山をした。ルートは七星山の最もポピュラーで尚且つ時間が少なくて済む、冷水坑登山口から七星山を越えて反対側小油坑登山口へと降りるものである。
通常の登山であれば、3時間で十分に歩き終える。しかし、途中での撮影録画などを行うため、都合その倍の六時間を要した。また、筆者の
Taipei Hiker Clubなどを通じて地元の登山者が参加し、インタビューなどに答えた。
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七星山登山途中にて中華民国山岳協会幹部及び地元登山者と合撮 |
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七星山主峰下分岐 |
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下山口小油坑にて録画 |
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軍艦岩上の舞弓さん |
下山後、
台北市内で住居地に近い軍艦岩を訪れ、ちょうど太陽が観音山の向こうに沈むころその様子を収録した。
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觀音山に夕陽が沈む |
9月18日 日本からの登山者来訪、そして玉山登山口へのアクセスを想定し、一般交通機関を利用して嘉義から阿里山へと向かった。具体的には高速鉄道と台灣好行の路線バスである。阿里山自身は、有数な観光地でありそこで登山前に観光するのもよい。或いはそのままバス乗り継ぎタータカ(塔塔加)登山口近くの東浦山莊へ行き事前に一泊することもできる。東浦山莊はシャトルカーサービスがあるので、その車を利用することも可能である。
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雨の小笠原山山頂(晴れていれば玉山山脈が見える)
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9/19~21 三日間の行動軌跡 |
9月19日 いよいよ台湾最高峰玉山登山である。昨日午後阿里山観光中は、かなり強い雨が降り天気が危ぶまれたが、朝から快晴である。6時過ぎ、阿里山からシャトルカーサービスで東浦山莊へ向かい、その取材を行う。その後公園入園許可書のチェックポイント排雲管理站や入山許可書を投函する派出所での取材を行った。チェックポイントからタータカ登山口までのシャトルカーで向かう。
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東埔山莊 |
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排雲管理站(ステーション)にて収録中
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管理站を出発 |
9時、登山口(標高2617m)付近の収録を終え、登山道を歩き始める。前後して長尺登山道補修部材を担いだ協作(ポーター)が出発していく。我々も収録機材やその他の物を担いでくれるポーター一人、そして野樵旅行社から二人のガイド・ヘルパーが同行、都合7人のパーティーである。筆者は、
この登山口から玉山を登るのは、5年ぶりのことだ。
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タータカ(塔塔加)登山口 |
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野樵旅行社のガイドと我々の荷物を担いでくれる協作 |
当登山活動は、単に頂上をめざすだけでなく、その過程を記録することが目的だ。桟道に着けられた管理連番やキロポストの撮影、また道端の花々を写すなど、時々立ち止まる。途中で大きく高度を上げ、右側のタータカ登山口が遠くなり、その左の
鹿林山や麟趾山などが次第に低くになる。少し下って、10時に孟祿亭を過ぎる。その先屋外トイレのところで休憩する。取材グループは下ってトイレを見る。このトイレは、故呉明修建築師が設計した、台湾ではじめての屋外環境対応トイレである。
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桟道管理番号収録中 |
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孟祿亭近くのトイレ(右下) |
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鹿林山・麟趾山(右)がすでに遠い |
10時20分、2Kポストを過ぎ、道は右が開けた見晴らしのよい場所を進む。途中、録画をしながら行くので、後続の団体などが追い越していく。11時に玉山前峰分岐を通り、数分で3Kを見て、道は台湾ツガ(鐵杉)の森の中に入る。道の桟道も多く現れ、その補修のための材料が道脇においてある。見てきた0.5㎞ごとのキロポストはすべてすでに新しいものになっている。
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玉山前峰を上に見る |
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登山団体が追い越していく |
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前方に玉山南峰から玉山小南山への稜線が見えてくる |
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途上で撮影 |
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まだ新しいキロポスト |
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道端の道補修材料 |
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桟道が続く |
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橋のところで撮影 |
樹木が切れところで振り返ると、玉山前峰が高い。森から出て、また右が開ける。その先12時8分、左へのトイレへの分岐を過ぎ間もなく、西峰下觀景台(標高3036m)へ上がり昼食休憩をとる。展望台上には多くの登山者が休憩や食事をしている。対岸の玉山小南山の岩峰が眼前に高く聳える。
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森の中の橋を渡る |
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玉山黃苑(アキノキリンソウ)の咲く道 |
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西峰下觀景台で食事休憩、左奥に玉山小南山 |
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大きな台湾ツガの下を行く |
約40分ほどの休憩及び撮影後、残り3.5㎞の道を再び歩き始める。道はジグザグに高度を上げ、また台湾ツガの森に入る。逞しく枝を伸ばす台湾ツガ原生林は、このルートの見どころだ。14時、6.5Kを過ぎ、間もなく大きな岩壁の脇を下る。道は森を出て右が開けまた森に入る。そうしたことを繰り返し、最後につづら折りで高度を上げる。15時25分、今日の目的地排雲山莊(標高3402m)に着いた。標準コースタイム4時間半に対し、我々は6時間半を費やした。
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小休憩 |
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大露岩の下 |
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排雲山莊下の最後の登り |
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山荘に到着 |
排雲山莊到着後も、まだ撮影録画は続く。チェックインや割り当てられた二階の部屋への移動など、実際に登山者が到着後に直面する場面を、それぞれ収録していく。17時半から始まった夕食も収録の対象だ。明朝は多くの登山者が玉山山頂での日の出を見るため、未明1時半から朝食である。19時の消灯後、ほどなく就寝する。
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排雲山莊内での収録(受付カウンター) |
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寝室 |
9月20日 1時過ぎに起床する。準備をして一階の食堂で食事をとる。戸外は勿論まだ真っ暗だ。2時15分、ヘッドランプを点けて山頂へ歩みを始める。暗い中の進行は、足元だけを見て進むので、時間の感覚が鈍る。2時36分、山荘から0.5km、山頂へ1.9kmキロポストを通過、その後20分ほどで南峰への分岐を通過する。山道は、ジグザグに山腹を登る。遥か遠くに、嘉義方向の灯火が見える。
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暗闇の中の南峰への分岐 |
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休憩中、別のパーティが追い越していく |
斜面の道は、かなり切り立った岩壁際を進み、3時57分山荘から2㎞、山頂へ0.4㎞キロポストを見る。まもなく落石避けトンネルのところで一休みする。日の出は5時40分ごろなので、まだ時間がある。最後の400mほどの距離の急斜面を登り、5時に標高3952mの山頂に立つ。山頂にはすでに多くの登山者が日の出を待っている。筆者はこれで4回目の登頂だ。
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山頂まで0.4㎞ |
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まだ暗い山頂到着 |
5時15分ごろになると、黎明が始まり、周囲の山々の輪郭が明瞭になってくる。北遠くには雪山山脈が、その東側にはずっと中央山脈北部の南湖大山、中央尖から始まる長い山脈が南下する。筆者が今まで歩いた峰々が一つ一つその姿をあらわにする。合歡山、奇萊連峰、能高山、干卓萬。そして玉山東峰の向こう対岸の馬博拉斯山、秀姑巒山、大水窟山。目を南に転じれば玉山南峰の向こうに三角ピラミッドの關山をはじめとする南一段、またその左には南二段の山々、そしてさらに視線を東に追えば将棋の駒のような新康山。再び玉山主峰に立ち、自分の足で歩いた峰々を望めることは、何と幸せなことだろうか!
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玉山北峰の遠くに雪山山脈、その右から中央山脈が南下 |
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未明の山頂西側の展望 |
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東側馬博拉斯山,秀姑巒山,大水窟山,手前は玉山東峰 |
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日の出を待つ |
5時42分、太陽は秀姑巒山東肩の向こうにある雲の間からその顔を出し始める。陽が差し込み、周囲は一瞬にして黄金色に輝く。目を西に転じれば、玉山西峰はそのさらに向こうの阿里山山脈の峰々に大きく投じられた玉山主峰の大きな影の中だ。今日も、素晴らしい天気だ!よい収録ができる。
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朝陽が黄金色に染める |
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主峰の影が西峰を覆う |
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撮影を進行 |
日の出を見た登山者は、次々と下山していく。我々は、まだまだ録画や撮影など忙しい。許可を得ているドローンも飛ばす。だいぶ人が少なくなった山頂に、チベットヤマウズラがやってきて周りを跳ね回る。このように長い時間、穏やかな山頂で過ごせるのはとても幸せだ。
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南東方向を見る、南二段や新康山が見える |
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チベットヤマウズラと主峰石碑 |
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岩のうえでは保護色で目立たない |
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山頂をあとにする |
8時20分、3時間以上も滞在した山頂を後にする。20分ほどで北峰への分岐小風口に着く。分岐での収録後、北峰に向け下り始める。かなり急な坂を下っていく。9時10分、
八通関草原への分岐を通り過ぎ、さらに下って鞍部に着く。9時半を回った稜線は、かなり強い日差しが照らし、木陰で休憩をとる。
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小風口で収録 |
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小風口から見る信義區の谷間、明日通過する予定 |
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北峰へ向かって急坂を下る |
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八通関への分岐付近 |
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木陰で休憩 |
北峰への登りは、勾配は緩やかだがそれなりに長い。山頂へ0.9km地点で休憩をとり、森からでて低いビャクシンの斜面を登る。12時、玉山北峰山頂直下の気象観測所へ着く。今回は、取材のために関係当局より特別許可を得て、観測所でお世話になる。
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前方に馬博拉斯山、秀姑巒山を見て進む |
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森を抜けて北峰へ最後の登り |
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北峰観測所から見る東峰と主峰、西側の谷はガスが出てきた |
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主峰と星空 |
9月21日 4時半過ぎに起床、5時15分に建物の外に出る。すぐ上の北峰山頂に登り、日の出を待つ。排雲山荘からやってきた登山者も登ってくる。昨日に続き、連続二日で玉山からの日の出を眺められるのは、最高だ!5時38分、今日も秀姑巒山の右肩から太陽が登る。北方向を見れば、群大溪の谷間は雲海で埋まっている。その遠く向こうには、雪山山脈が浮かんでいる。6時少し前に、山頂を降りる。前方には、上部だけに陽が当たった玉山主峰と東峰が聳え立つ。
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夜明け前の馬博拉斯山、秀姑巒山のシルエット |
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北方向を望む |
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山頂で日の出を待つ |
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ちょうど訪れた日本人登山者に編集長がインタビュー |
昨晩と同じに、特別にアレンジされた食事をとる。観測所付近の撮影録画を収録し、7時半に出発する。まだ登ってくる登山者と途中すれ違い、鞍部へと下る。8時半鞍部を通る。西側を望むと、昨日に比べふもと方向には多くの雲がかかり始めている。小風口への急坂はつらい。ひたすら登る。9時2分に登りきる。
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朝食の卵焼き |
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玉山東峰、主峰、西峰 |
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出発前に収録 |
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別れを告げ下る |
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協作の荷物負荷を体験 |
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急な小風口への登りが待っている |
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小風口まであと少し |
昨日は、まったく暗い中の登りで周囲の撮影はできなかった。下りに道の要所を撮影していく。暗くてよく見えなかった場所は、実はかなり切り立っていたりする。ジグザグ道を下り、9時47分南峰への分岐を通過、さらに下って10時6分、排雲山莊に到着する。
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落石避けトンネル |
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かなり切り立っている |
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ジグザグ道を下る |
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排雲山莊に到着 |
排雲山莊では、日の出を見て下山してくる登山者のために、ソバのサービスがある。そうした場面の収録を行い、11時8分排雲山莊を後にする。残りは8.5㎞の下り道、取材予定もスムースに進捗し、気分は上々だ。途上少しさらに収録をする。
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山荘で収録作業 |
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山荘から下る |
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下りは気楽だ |
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台湾ツガの森を下る |
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道は山腹を縫っていく |
12時30分、5K地点で小休憩をとる。その先少し行くと、先ほどから濃くなってきた霧が雨に換わる。傘や雨具を取り出し着ける。朝に3700mの稜線上で見えていた下方の雲は、今では頭上でいよいよ厚くなって雨となったようだ。北峰観測所でも、今日午後は雨ということであった。雨脚が強まり、道は水たまりができる。
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孟祿亭 |
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残り僅か |
13時50分、孟祿亭まで下ってくると雨脚が弱まった。しかし霧は濃いままだ。残り2㎞をさらに下り、14時半、タータカ登山口に着いた。シャトルカーを待つ登山者が行列している。我々も並び、三台目の車で東浦山莊へ行く。山莊でさらに収録を行い、東浦山莊のシャトルサービスで日月潭へ向かう。21号線を下っていくと、雨は上がり信義鄉の谷間は晴れている。18時に、山岳協會で準備してくれたホテルに到着した。
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タータカ登山口に到着 |
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東埔山莊へ戻った
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日月潭から台湾好行バスで台中へ |
台北への帰京は、9月22日に日月潭から台灣好行バスと高速鉄道を利用した。これも一般交通機関であり、その取材も行った。台北到着後は、主に台湾北部の道整備ボランティアである藍天隊江隊長へのインタビューを行い、すべての台湾登山関連の取材作業を終了した。
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水里の新高山(=玉山)登山口石碑 |
取材の成果は、まず11月中旬に
山と溪谷チャンネルで公開、その後『山と溪谷』来年4月号(2024年3月15日発売)で掲載するということである。ぜひご覧いただきたい。また、取材中のモデル山下舞弓さんのユーチューブ・チャンネル上でも、今回の訪問登山録画が記載されるはずです。
筆者は、通常は登山目的での行動であり、ブログではその記録の記載、或いは特定コースをガイドブック的な手法で記載してきた。今回は、報道メディアの同行記録という、ちょっと違う趣旨の記事である。将来ネット上での録画や雑誌記事が発表発売された時には、報道の現場状況を踏まえて鑑賞閲読していたけたら、幸いです。
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2023年12月1日追記:
上記のビデオは公開されました。
ヤマケイチャンネル:
七星山:https://www.youtube.com/watch?v=tpOPQg374BM
玉山:https://www.youtube.com/watch?v=Q42PAYTj-lM
山下舞弓さんビデオ:
七星山:https://www.youtube.com/watch?v=H-texTEGwMQ&t=1374s
玉山:hhttps://www.youtube.com/watch?v=34uc4AJJEX0
筆者の玉山取材現場記録ビデオ:
https://www.youtube.com/watch?v=q70GGalQBzA&t=6s
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