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2014-04-21

2014年4月17日 東北角石梯坑山-草山-燦光寮山縱走 黃金八稜より登る

黃金八稜(南雅山付近から望む)
先週に訪れた東北角の鼻頭山稜のすぐとなりに、同じく海から立ち上がって行く石梯坑山山稜がある。この尾根は、昨年訪れた南子吝山からの尾根を合わせて石梯坑山へとつながる。南子吝山からの尾根は黄金七稜、今回の石梯坑山の尾根は黄金八稜と呼ばれている。共に急な勾配で海から上がっていく。途中に岩場も現れる。鼻頭山稜が比較的なだらかなのとは、対照的である。黄金八稜上の山道は、つい最近有志によって開かれた道だが、もうかなり歩きこまれている感じである。

北側南雅から出発して金瓜石へ歩く
海抜0からスタートする歩行高度記録
黄金八稜は、七稜と合流したあと石梯坑山に続き、そこから石梯坑古道が苦命嶺から草山に続く主稜線の峠部分へと登っていく。この峠の古道は、海辺の集落とと金鉱の街九份をつないでいた。土地公の祠もある。周囲には炭鉱もあった。勿論、今は登山者が歩くだけで、森の中の小道である。峠からは、本来草山の北東側から登る山道をへて草山に登る予定であったが、もともとほとんど歩かれることのない道のようで、道がわからず山腹道を進んだ。草山戦備道にでて、そこから草山に続く産業道路を草山主峰に登った。その後、二年半ぶりに燦光寮山へ登り、金瓜石へ下った。

北東端の山々
東北角の山々は、強く吹く季節風の影響で高い灌木が育ちにくい。金瓜石周辺は、過去の精錬による空気汚染などの影響もあったと思う。草が多いこの山は、海に近く山や海の壮大な眺めがあるが、一方陽射しの中を歩くので夏はとてもつらい。時期的には秋から翌春までがよい。まだ4月半ばだが、やはりかなり日に焼けた。

出発点南雅、前方が黄金八稜の末端
沢を渡り登り始める
今回は、Zさんと先週一緒だったLさんの合計三人である。先週と同じく791番バスで向かう。平日は、バス時刻表が少し異なり、週末より10分ほど遅く基隆駅を出る。南雅バス停で下車、自分たち以外にももうひとパーティーメンバーが降りる。どうやら同じく黄金八稜を目指すようだ。8時半過ぎに歩き始める。海岸沿いの遊歩道を歩く。遊歩道の先には南雅奇岩群がある。仁愛橋をくぐり駐車場にでる。石梯坑古道もここから始まる。黄金八稜は、沢の対岸から始まる。すぐ沢に下り、石伝いに渡って山道に取り付く。今月初めに藍天隊が取り付けた道標が新しい。

眼下に海が広がる、左には出発点南雅集落
岩壁の急登、背後に南子吝山
仁愛橋へ来る途中に見る尾根の突端は、岩がゴツゴツして登れるのか、と思うぐらいだが、道はこの岩の後ろを急登していく。切り開かれて一ヶ月程度だが、すでにけっこう歩きこまれている。登り切ると岩の上にでる。すぐ下に濱海公路と海が見える。先ほどバスをおりた南雅の集落も向こうにある。このピークから更に進む。途中、灌木を抜けるとこの山稜で一番落差の大きな岩壁登りとなる。幸いに補助ロープがすでに渡してあるが、灌木もなく小さな木の根などを頼りに登る。振り返れば海が広がっている。140峯展望点との標識が灌木に取り付けられている。南子吝山とその尾根越しに基隆山が見えるようになる。9時13分、陽射しがすでに強く照りつけている。

尾根道から草山(中央の山)と半平山を望む、手前の尾根は南子吝山からの黄金七稜
草の間を急登する
稜線道は低い灌木の中を進んでいく。登るに連れ、海が低くなっていく。振り返れば、先ほどの140峯への岩壁の上に、後続の登山グループが登ってきているのが望める。尾根は向きの変えていく。草の中を登るが、道筋は綺麗に草が刈ってある。ここは240峯展望点の標識がある。だいぶ高度が上がってきて、今日の行程の最高点である草山が、山稜の向こうに見える。その右は、壮絶な岩壁斜面の半平山の尖った峰々が続いて、対照をなしている。一度少し下り、大岩のわきを巻いて登る。岩肌が露出した大岩に上がると、これまた壮大な展望がある。東側の対岸は、先週登った南雅山から苦命嶺への尾根が長く伸びている。時刻は9時44分だ。

白い羽が道に散乱
灌木の中を進む。道の真中に白い羽根が沢山落ちている。血が羽に付いている。ここで鳥が殺され食われたようだ。登山者とは関係なく、自然の営みがある。もうひとつ尾根上ピークを越し、急登する。10時20分、南子吝山から登ってくる黄金七稜との分岐に着く。今年4月5日付けの道標が灌木に取り付けれられている。去年七稜を登った時は、勿論なかった。ここで休憩する。

黄金七、八稜の合流点
石梯坑山
稜線歩きもあとすこしだ。そのうち竹林の中を登り、分岐に着く。左は稜線沿い行き、岩に開けられたトンネルからトロッコ線路跡の道が始まる。今回は左に、石梯坑山を目指す。分岐からわずかで、11時に木にくくり付けられた石梯坑山の標識がある場所につく。山といっても、ここは基石がある山腹で、頂上ではない。下っていく山道は、石梯坑古道に合流する。右にとり数分登る。道脇には、以前家屋があったと思われる、石積みの基礎がある。数分で、右からトロッコ道が合流する。その先わずかに行くと、左に土地公の祠が佇んでいる。祠のなかに神像は無いが、手前にはお供え物が数個ある。登山者がおいて行ったものだろう。

石梯坑古道を行き、峠を目指す
草山の山腹、緑が美しい
土地公から峠までは、同じ古道だ。歩かれている程度は少し低いようで、踏跡が細い。森の中を登っていく。木々の間から半平山が高い。11時37分、峠に着く。風が強くなる。鞍部は風が吹き抜けていく。反対側に北勢坑古道が下っていく。右にとり、草山に向かう。すぐ戦備道になる。このあたりから、草山への登山道があるはずなので、探しながら進む。戦備道は、最近多く歩かれるようになったようで、踏跡がはっきりしている。12時少し過ぎ、左に標識テープがある。これが登山口のようだ。この道を進み始める。わずか数分で、基石の埋まっている場所に着く。これが草山東北峰だ。草山へ向けて進む。比較的はっきりしている踏み跡を追っていく。シダ類の下草が一面に広がり、緑が美しい。しかし、道は下がっていく。そのうち、戦備道に降りてしまった。どうやら草山東北峰へ登るための道だったようだ。

歩いてきた稜線を見る
道わきで昼食をとる
ネット上の資料では、草をかき分けて草山頂上へ行く道があるようだが、それも数年以前のもので、その後新たな情報がない。この道は、不人気な道のようで、無理して進んで大変なだけとの判断で、戦備道を進むことにする。山腹を進む道は、以前びっしりと茂っていた草も少なくなっている。燦光寮山が近くなり、12時44分コンクリ道の戦備道分岐にでる。左に折れ、草山を目指す。この辺りは、樹木が殆ど無く強い陽射しの中を歩く。ただ、風があるので暑さはあまり感じない。数分歩き、右に貢寮方面へくだる道を分ける。その分岐部には、木が日陰を作っているので腰をおろして昼食をとる。

左の燦光寮山が同じ高さになってきた、草山頂上は近い
草山頂上、アンテナが立つ
20数分の休憩後、コンクリ産業道路を草山へ目指す。今回同行のLさんは、金瓜石出身とのことで、この山は以前ミサイル基地だったそうだ。そのため、この辺りは立入禁止だったとのことだ。道は、大きくつづら折りに登っていく。車道なので、距離を歩かなければならない。しかし、樹木がなく周囲の広大な風景を眺めながら登れるので、これはこれで楽しい。鞍部を挟んだ向こうの燦光寮山が同じような高さになる。約30分ほど歩き、13時44分廃棄された通信施設の建物に着く。そのわきからまた、道をのぼり広い草山頂上(標高723m)に着く。通信アンテナや電波反射板が設けられている頂上は広くて、すべての方向を一度に眺めることはできない。

草山頂上からの眺め、北東端の山稜、右には福隆が望める
燦光寮山と背後の平渓の山、手前にミサイル基地時代の廃屋
南草山方面を望む、産業道路が眼下に見える
草に阻まれ、折り返す
北東方向は、コンクリ台のわきになり、遮るものがない広範な展望ができる。途切れることのない草原の下方には、数本の尾根が海へ下っていく。そのうちの一つが、午前中登ってきた尾根だ。その右には、先週歩いた鼻頭山稜だ。さらに苦命嶺から和美山辺の稜線がある。ここは、これらの山々を従える盟主の山だ。遠く福隆方面から、宜蘭の山々が望める。一番低い鞍部は、草嶺古道の埡口だろう。頂上の反対側に行く。草が生えているが、その向こうには燦光寮山と、その左に牡丹方面の山が、そしてその奥には平溪や雙溪の山々が途切れることなく続いている。手前には、ミサイル基地時代の廃屋がある。

登り道から草山を振返る
14時10分過ぎ下り始める。先ほどの廃棄通信施設前で、右に草の中に続く廃棄産業道路をとる。手持ちの地図では、山道がこの産道の先から下っている。入口を探すべく、背丈以上の草を分けて進む。そのうち草が密集し、それ以上進むのが難しく、折り返す。標識リボン一つすらない。ほとんど歩かれていないのだろう。登ってきた車道を下る。途中、自転車で登ってくるラーダーとすれ違う。草山は、登山者よりもライダーの方が登頂が多いのではないだろうか。下りきり、燦光寮山の鞍部から登り始める。すぐ右側に、新しい登山口がある。戦備道は、つづら折りで登っていくので、それの近道なのかと思いこれを登る。急登が続く。数分斜面を登る。草が刈取られ、基石がある。ここは燦光寮山東北峰だそうだ。

燦光寮山の登りから半平山と草山を望む、遠方は北東端の山々
道わきに咲く花
さらに登り、戦備道に戻る。右に歩いて行く。燦光寮山登山口がある。入口の表示もある、二年半ぶりに登る山道は、踏跡もしっかりして巾もある。その間、多くの登山者が常に登るようになったのだろう。まさに、人が歩くと道ができる。10数分登り15時27分、頂上に着く。一等三角点の頂上(標高738m)は、まさに展望台だ。周囲360度の展望が広がる。空は、厚い雲が覆い初めている。雨が降る様子ではないが、薄暗い感じである。暑くないのは助かる。

燦光寮山から西方向を望む
南東方向を望む
一等三角点のある頂上
本山露天掘り跡が近くなってきた
15時45分、金瓜石へ下り始める。下りは別の道をとる。この登山道も多く歩かれているようで、草薮の中もよく踏まれている。補助ロープのある急坂も現れる。本山の露天掘りが近くなってくる。16時2分、土地公のある廃屋わきに降りる。燦光寮古道からの道と合流する。右に登って行き、戦備道と合流、左に進んで本山歩道を下る。ここからは、石畳の良い道だ。急坂は階段で高度を下げる。黄金神社わきを黄金博物館に降りる。16時32分に博物館に到着。着替えなどをすませ、金瓜石バス停へ平らな旧軽便道の遊歩道を進む。17時発の1062番バスで台北へ帰った。

本山歩道の階段を金瓜石へ下る




今回は、比較的長い歩きであった。行動時間約8時間半、歩行距離約15kmである。海岸からスタートなので、まさに昇降高度は標高に等しい。縦走で上り下りもあり、都合1090mを登っている。足並みの揃ったパーティだったので、休憩もあまり多くなくハイペースで終了した。草山は、登山道がみつからなったかのが残念だが、山自身はどの道を経由するかに関係なく、天気さえ良ければ登るのに十分値する。その展望はその山容と同様実に雄大だ。

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