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2017-05-04

2017年4月26日~5月1日 南湖大山 日本時代の高山登山ロマンを求めて六日の山行

審馬陣の草原から見る南湖大山、下方に審馬陣避難小屋
南湖大山は玉山や雪山などとは異なり、現代の日本登山者にはなじみが薄い。しかし、実は本来とっても特別な存在だ。台湾中央山脈の北部に位置するこの山塊は、台湾の槍ヶ岳とでもいうべき尖峰中央尖山と合わせ、いわゆる北一段のセクションに属する。日本時代の初期台湾山岳会幹部の沼井鉄太郎や同じく山岳会の千々石助太郎、そして台湾では有名な短命の博学者鹿野忠雄などが愛して止まなかった山だ。初登頂は、1914年4月測量のために登った野呂寧ら一行である。戦前日本時代の山のロマンがあふれる南湖大山は、筆者にとってもあこがれであった。

南湖東峰山頂のメンバー
昨年登った雪山武陵四秀畢祿山などから見えていた南湖大山は、富士山に少し足りない標高3742ⅿの主峰が周囲に北、東、南の峰を従え、さらに派生する稜線上に南湖北山、審馬陣(シンバジン)山、馬比杉(マビーサン)山そして巴巴山のピークを擁する。いわゆる台湾の百岳には、上記のうち北峰を除いた合計七座がカウントされている。鹿野忠雄が発見、学会発表した氷河カールがあり、その山域は広大だ。登山途上の審馬陣山から見る南湖主峰は、深い南湖渓から立ち上がり実に立派な山容である。帝王の山と称えられる由縁だ。

六日の全行程
六日間の歩行高度プロファイル
雄大な山容であるだけに、登山は通常最短でもまる四日が必要だ。もし主峰や東峰など以外のさらに奥の山に登るにはそれ以上の日数が必要になる。今回は、六日で南湖山荘から百岳中最も東に位置する馬比杉山や南峰、巴巴山への往復をする予定で出発した。前半三日の天候がよくなく、南峰と巴巴山への行動は取りやめた。結局百岳は五座の登頂で終了したが、後半壮大な展望を満喫でき、悔いはない。登れなかった山は、次回に行けばよい。南湖大山は、二度でも三度でも訪れたい山だ。

南湖大山は中央山脈の北部に位置する
平日を長く含む活動であるので、今回は5名パーティである。メンバーの一人が車を提供し、カーシェアで昔ピヤナン鞍部と呼ばれた思源啞口登山口へ往復した。4月25日午後出発、南山村(旧称ピヤナン)の民宿で一泊、翌26日から活動した。第一日は雲稜山莊で一泊、翌日審馬陣山や北峰を越えて旧称ブナツケイにある南湖山荘へ向かった。第三、四日は南湖山荘をベースに、主峰と東峰、さらに馬比杉山へ軽装で向かった。本来第三日は、主峰からさらに南峰と巴巴山へ往復する予定であったが、天候が悪く主峰登頂後、引き返した。第五日は、往路を雲稜山莊へ戻り、翌第六日に登山口へ下山した。往路は悪天候で見えなかった山々も、復路ですべてみることができた。今回はすべて山小屋泊で、テントを持っていく必要がなかったが、六日と期間が長くいろいろな面で新たな体験をした。

朝の玉山圓柏(ニイタカビャクシン)
日本のゴールデンウィークと重なったこともあるが、山中で思いがけない数の日本人登山者にであった。中でも50数年前に訪れ登れなかったので、改めて訪れたという年配者パーティは意外であった。悪天候で、結局南湖主峰には行けずに下山されたのは、残念だ。それ以外にも単身で尚且つかなりのペースで行動している若者にもであった。台湾の山も日本の登山者に認知されてきていることは、うれしいことだ。筆者が常々望んでいることであるし、またこのブログ存在の目的のひとつでもあるからだ。

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第一日 4月26日(水)南山村 - 思源啞口 - 710林道 - 6.8K登山口 - 松風嶺 - 多加屯山 - 雲稜山莊
思源啞口から雲稜山莊へ登る
一日目の歩行高度、前半の林道は緩やかな登り
朝の南山村民宿前、青空が見える
前日16時に台北で集合、第五号高速道路をへて宜蘭に入り、そこから蘭陽溪沿いにさかのぼり南山村に19時半前に到着、予約していた民宿に投宿した。千々石助太郎が昭和10年(1935年)に発表した南湖大山登山案内では、台北から鉄道で羅東へ、軽便鉄道で土場まで乗車、そこから徒歩でシキクン(四季)までが第一日となっている。つまりは一日がかりでもピヤナン(南山村)へはつかない。時代の流れのなせる業だ。

登山口にて

当時は原住民の部落であったピヤナンは、いまでは周囲はすべてキャベツ畑になり、また武陵農場観光の途中休憩地として賑やかになっている。昨年暮れにはコンビニもできた。筆者がここを初めて通り過ぎたのはもう20年近く前になる。最近も武陵四秀の帰路に立ち寄った。民宿は、登山者用に数人の部屋があり朝5時から対応できる朝食も含めて一泊500元だ。もちろん、個室のある民宿もある。

打ち捨てられたパワーシャベル

五時に起床、支度をして民宿一階の店舗前で食事をする。チマキを食べる。ちょうど同じ民宿に宿泊し、今日から七日の予定で北一段の山々をめぐるツアーに参加するTさんが小型バスで先に出発するのを見送り、我々も6時前に出発する。青空も少しのぞいている。つづら折りの道で高度を上げ、6時24分思源啞口に到着する。空は曇り、遠くもまだ見えているが天気は下り坂で先が心配される。

路面が大水で流された林道を行く


6時37分、コンクリブロックで車進入を禁止している710林道を歩き始める。710林道は、廃棄されて久しい。たびたびの台風で道は崩れた場所も多い。そのため、今は思源啞口より少し先の勝光から勝光山を越えて710林道4.8kの部分で合流する新道を利用する登山客の方が多い。我々は六日間の食料など各人15~19kgの荷物を背負っているので、初日は体慣らしの意味も含め、勾配の少ない710林道をあえて選んだ。

沢を離れ山腹を歩き始める、1.2K地点

林道は、すぐに大水で路面を流された場所を通り過ぎる。廃棄されたパワーシャベルカーが道端に打ち捨てられている。沢沿いに進んできた道は、0.9Kあたりで右に大きく曲がり山腹を進み始める。幅の広い林道の中央部分に踏み跡が続く。1.2Kをすぎてまもなく、路肩が崩れた場所を通過、またそのさきで高巻き部分を越える。道は整備されているので、問題はない。林道に下ると1.6Kのキロポストがある。時刻は7時半、小休憩をとる。

路肩が崩れた部分を行く
道はしばらくよい状態が続く。本来林道の感じだ。少し雨がぱらつき、傘をさす。3Kを越えてまた土砂崩れを通り越す。8時20分、3.3Kをすぎ左の山側に梯子が取り付けられいる。また高巻きの部分である。林道も本来ここで大きく曲がって高度を上げる場所で、高巻き道を上り詰め林道に戻ると3.6Kになっている。いくつか小規模な土砂崩れ箇所を通過、最後に草藪を抜け9時9分、4.8Kに来る。ここは勝光からの新道との分岐点である。思源啞口から約2時間半の道のりだった。雨はいつの間にか止んだ。

林道から望む、雲が厚い
4.8K分岐についた
松の花が咲いている
林道は、ここからほぼ平らに山腹を縫っていく。道もこれまでやってきた林道と比べると、明らかに踏み跡の状態もよい。旧道の利用者は、はやり少ないのだ。道脇の二葉松はちょうど花が咲いている。残り約2㎞の林道は、一ヶ所大きく崩れているが、それをのぞいて気楽な道のりだ。9時52分、6.8Kの登山口に到着する。標高は約2300m、思源啞口から300数十ⅿの高度を稼いだ。林道が使われている頃は、ここまで車で来ることが可能だった。これから標高差約300mの急坂の山道が始まる、それに備えて休憩する。

丸木橋が渡してある
6.8K登山口、左に投函箱
ジグザグ道を登る、キロポストにある黄色いマーカは携帯通話可能
松風嶺
10時20分、登り口脇に取り付けられている許可書投函箱に入園許可書と入山許可書を投函し、歩き始める。松葉絨毯のジグザグ道をゆっくり同一のペースで登る。道の状態が良いので、助かる。6.9K、7.0Kと100m毎のキロポストが上っていくのが唯一の慰めだ。10時45分、7.3K近くで休憩をとる。引き続き登る。道はジグザグが終わり、右へ緩やかに山腹を登っていく。最後にまた急坂を登りきり、11時20分、8Kキロポストの松風嶺に着く。稜線に上がり、風を意識する。ここは窪みになっている、気持ちのよい場所だ。

多加屯避難小屋
今日の目的地、雲稜山莊は11.7Kの位置にある。残りは4K足らずだが途中に2795mの多加屯山を越えていかなければならない。まだ200mの標高差だ。11時37分、緩い松林の間の坂道を登り始める。松林が終わると草原の坂を上り切る。8.4K部分で右から平岩山の道を合わせる。そちらに少し行ってみると多加屯避難小屋がある。小屋の下方にビニールシートで雨水を貯める小池が造ってあり、水場として緊急の場合には使える。

霧が濃くなってきた






本来の登山道に戻り、稜線を行く。霧が濃くなってきている。8.6Kを過ぎてまもなく、12時4分、基石の埋まっている多加屯西北峰につく。背後にある案内板は、文字が判読できない。少し下り、登り返していく。また雨がぱらつき始めた。道はここ数日の雨で、ドロドロの部分も多く現れる。今回は長靴にして正解だった。背の高い矢竹の間を進み、12時35分、9.3Kのキロポストを過ぎ、左に多加屯山への入口がある。荷物を置いて矢竹をくぐり多加屯山頂上(標高2795m)へ立ち寄る。登山道に戻り昼食をとる。

多加屯山のメンバー
急坂を下る
12時55分、多加屯西山から下り始める。結構急な坂が現れる。森が開けた場所などもあるが、霧で展望はない。13時45分、前方に樹木の向こうに別の山頂が見え始める。雲稜山莊はこの山の最高部分を少し下ったところだ。木杆鞍部に向かって引き続き下る。左側が開け、雲の下に南山村の谷間が望める。大きな倒木を乗り越え、14時に鞍部に到着する。右は中央尖山へと続く道だ。以前は、左方向へ南山村への道があったようだが、今はその入口すらはっきりしない。

南山村を俯瞰する
木杆鞍部、右は中央尖山へ続く
14時13分、今日最後の登りを始める。残りは0.6㎞、標高差100m強とは言えちょっと辛い。雨は上がり、霧も濃くない。鉄杉と松の混合林の登り約20分で最高点を通り過ぎ、下り始める。草原を過ぎてまもなく14時38分、雲稜山莊が現れた。今日の歩行距離11.7㎞、休憩込みで8時間である。

雲稜山莊
予約の小屋のスペースは二階である。荷物を上げ、一息入れる。ちょうど年配日本人数名のグループが小屋で休んでいる。話を聞くと、本来は南湖山荘へ行く予定が、天候が悪く審馬陣山まで行って引き返してきた、ということだ。数十年前に登るつもりで来台したが、許可が下りずに登れなく、今回登山を目指して来台したということだ。彼に合わせて一緒に来た人たちも、結局翌日下山されたようで、残念だったと思う。食事を済ませ、小屋の外にでると天気がよい。夜には星空も見えた。しかし、ぬか喜びに過ぎなかった。
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第二日 4月27日(木)雲稜山莊 - 審馬陣山 - 審馬陣山屋 - 五岩峰 - 南湖北峰 - 南湖山莊

雲稜山莊から南湖山荘へ
約1000ⅿの登りを行く
上下の雨具を着け出発の前小屋の脇で
朝四時に起床、食事を準備する。山に登っていく登山者は早めの出発で、すでににぎやかだ。外にでると霧が深い。天気予報では降雨率100%、やはり今日は覚悟を決めて雨の中を登るしかないようだ。上下の雨具を着け、5時半出発する。小屋の入口の寒暖計は10度を示している。道はすぐに下りはじめる。10分ほど下り、右に旧雲稜山莊跡や水場への道を分ける。5時50分、鞍部に降りる。ここから長い登りの始まりだ。

鉄杉(台湾ツガ)と玉山箭竹(ニイタカヤタケ)の森を登る
痩せ尾根の急坂を登る
等高線の混んだ山腹を登っていく。6時45分、尾根上を行く道は少し緩やかになり、松林の中を進む。7時20分、13.9Kキロポストを過ぎると、尾根は狭くなりまた急坂が始まる。林相も鉄杉(タイワンツガ)の大木が中心になる。8時過ぎ、急坂は終わりその先で草原も現れる。雨の中に石楠花を見る。15.7Kキロポストを過ぎてまもなく、8時25分審馬陣山頂上への分岐にやってくる。すでに標高3000mを越えた。分岐の付近には、先に出発した友人Tさんを含むパーティがいる。我々も荷物をおろし、左へ頂上へ向かう。標高3141mの審馬陣山は、周囲が樹木だ。もし樹木がなくても、この霧では展望は望めない。

草原でも霧が濃く何も見えない
審馬陣山で
審馬陣小屋への分岐
頂上から下り、荷物を担いでまた歩み始める。緩やかな登りの道を行く。周囲は草原だが、濃霧で何も見えない。9時6分、16.4Kの分岐部に来る。右は審馬陣小屋への道だ。時間も早く、冷たい雨の中を進んできたので、審馬陣小屋へ行き十分に休憩のあと、森林限界以上の稜線道を進むことにする。分岐から、山腹の平らな道を数分進むと、小屋が現れる。二戸建っている小屋のうち、大きな左側の小屋に入り、暖を取りながら休憩する。休んでいるうちに、別の10人ぐらいのパーティも同じように休憩のためにやってきた。

霧の中に審馬陣小屋が現れた
南湖北山への分岐
10時50分、約1時間半ほどの長い休みのあと、審馬陣小屋を後にする。外気温度は数度、雨と風でかなり寒い。20数分で登山道に合流、右に進む。ここはひたすら歩くのみだ。休むと逆に寒い。途中風の当たらない場所で一息つき、12時9分南湖北山の分岐に着く。北山へ行っても展望もなく、帰途に立ち寄ることにしてそのまま五岩峰へ向かう。蘭陽溪の源流になる左側は切り立った断崖だが、霧であまり見えない。急な岩場は、ロープが渡してあり注意深く通過すれば問題ない。三つ目の岩ピークを過ぎた19.6Kの場所で休む。ここは風が当たらない。

雨の風の岩場を登る
曲がりくねった幹の圓柏の脇を進む。さらに小さな岩場を乗り越え、13時20分に南湖北峰(標高3592m)に着く。残りはここから標高差約200m下るだけだ。ザレた坂道をひたすら下る。13時48分、霧の中にたつ南湖山荘が現れた。雲稜山莊から8.3㎞、標高差1000mを登ってきた。行動時間は休憩込みで8時間だ。これからこの南湖山荘がしばしの宿である。中に入ると、すでに大勢の登山客が滞在している。外は濃い霧、小屋で時間を過ごす。暗くなっても、相変わらず風が小屋の周りを吹き抜けていく。

霧の中にたたずむ南湖山荘






南湖山荘の建っている場所は、現在下圈谷と呼ばれている氷河カールである。小屋のすぐ近くには沢があり、清流がいつでもある。千々石助太郎の南湖大山の紹介文では、この地は原住民語でブナツケイ(砂原という意味)と呼ばれ、一緒に登ったシキクンの原住民もこの清流を知らなかったという。原住民はこの水をオツトフ·クッシャ(神の水)と呼んだ。今日は霧で何も見えないが、帰る前にぜひともこの素晴らしい楽園の全景を見たいものだ。

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第三日 4月28日(金)南湖山莊 - 南湖大山主峰 - 南湖山莊

南湖山莊から主峰を往復
主峰往復のみ
小屋の内部、気温8度、湿度100%
かなり早くから出発するパーティもある。3時半ごろすでに騒がしい。我々は予定の南湖大山主峰から南峰と巴巴山への往復をするかどうか、天気の様子を見て決めることにする。5時半に食事をとる。山荘内の気温は8度だ。小屋の中でも息が白くなる。

22Kキロポスト部分
東峰への分岐、右に進む
7時に出発する。霧はとても濃く、本来すぐ前にそびえている主峰も全く姿が見えない。主峰への道を進んでいく。U字型の谷を登る。大きな岩がゴロゴロするセクションを過ぎる。このような大岩は水量が少ない谷では、移動してくることすら難しい。大岩は数千年前以前の氷河が運んできたものということだ。7時50分、22Kキロポスト脇にかなりの水が流れている。最近の雨でできた流れだ。更に数分登り、左に東峰への道を分岐する。右に山腹の道を進んでいく。森林限界はとうに過ぎているので、風が吹き抜けていく。幸い雨はない。

頂上に向けて登る
8時9分、山腹途中から少し登り、尾根を乗り越える分岐に来る。右は主峰頂上へ、左は大きく下り南峰へと続く。右にとり、主峰を目指す。距離0.8㎞、標高差は100mぐらいだ。霧でまったく見えない中、登っていく。岩が露出した部分を過ぎる。稜線を行き、大岩の岩場を過ぎる。風があるので慎重に乗り越す。これで終わりかと思えば、まだ先が続いている。最後に上り詰め8時47分、南湖大山主峰(標高3742m)に着く。霧で展望は全くない。写真を撮り、早々に下山を始める。

南湖主峰にて(Vさん撮影)
慎重に岩場を下る
往路を下り、9時32分南峰への分岐に戻る。気温も低くまた風も強く、メンバーもとても寒そうだ。南峰へは高度差400m下り、また戻ってくる必要がある。そこで今回は南峰と巴巴山は諦め、山荘へ戻ることにする。無理をしてまったく展望のないピークを目指しても面白くない。またやってくればいい。往路を東峰の分岐へ戻り、さらに山荘に10時に戻る。

今日は、残りは小屋の中で過ごす。登山者はほとんど外出しているので、小屋はガランとしている。そのうち昼食時間になった。ほかのパーティの協助が、朝に残ったご飯などを温め、おかゆにして我々にごちそうしてくれる。残飯にしても処理しなければいけないので、こうしてすべて食べてしまえば彼らも助かるのは事実だが、ありがたい。午後の時間は、外の風の音を聞いているうちに過ぎていく。

南峰の分岐へ戻る
15時過ぎ、東峰と馬比杉山へ向かったパーティーが戻ってくる。このパーティで歩いてきた友人Tさんから様子を聞く。彼らは稜線の風を避けて、東峰から先に普通復路に使う濁水南溪の谷の道を進んで馬比杉山へ向かい、同じく谷の道を帰ってきたそうだ。見せてもらった写真では、標高が低い馬比杉山では、天気がそれほど悪くなかった。17時過ぎ、早めの夕食をとる。今日は金曜日、週末のため登山者が多く小屋の周りに多くのテントが立ち始めた

ガランとした午後の山荘内部

そのうち、別の東峰と馬比杉山へ行ったパーティも帰ってくる。このパーティは、尾根道を行ったようだが、そのうちの一人は大変な疲労と低温で、山荘に着くや否や倒れてしまった。19時半過ぎ、ウトウトしているとメンバーに起こされる。外は星空だという。小屋の外に出る。果たして満天の星だ。風もおさまっている。明日は実に期待できる。




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第四日 4月29日(土) 南湖山莊 - 南湖東峰 - 陶塞峰 - 南湖東南峰 - 馬比杉山 - 石洞獵寮叉路 - 陶塞山屋遺址 - 南湖山莊

先に稜線を馬比杉山へ、帰りは濁水南溪沿いに登り返す
先に東峰へ登り、その後馬比杉山へは下り、また登り返す
気温0度以下の朝に南湖山荘を出発
3時半に起床、食事準備をする。4時40数分過ぎ、小屋の外に出る。少し明るくなってきた空のもと、カールの向こうに南湖主峰が大きく控えている。昨日は全く見えなかった姿だ。西側には、主峰と北峰の稜線が造るV型の空間の遠くに、山影が見え始める。4時57分、第一の目標東峰に向けて山小屋を後にする。

氷河カールの底に山荘、左には南湖主峰、遠くに雪山山脈も見える
上圏谷と北峰を望む
水場の脇を過ぎ、急坂を登る。登るにつれ、眼下に小屋と周辺の様子が広がっていく。先ほど見えた遠くの山影も形がはっきりしてきた。雪山山脈の雪山とその左に大小剣の峰々が続いている。出発して10分ほど、登りは終わり、いわゆる上圈谷に入ってくる。ここも氷河カールであるが、平たく広い。カールの向こうは東峰だ。カール底に少し下り、平らな道を進む。地面には霜が降りている。どおりで昨晩寒かったはずだ。

主峰に朝日があたり、赤く染まる
東峰と谷道経由馬比杉山との分岐
谷の幅が狭まり、登り気味になる。ここも大きな岩がごろごろしている。氷河が運んだ大石だ。石のくぼみの水は凍っている。5時27分、道標が左の方向をさしている。ここからは、大岩の谷を離れ山腹に取り付いて登る。くねった圓柏も多く現れる。高度が上がり、右に朝日に赤く染まった主峰の大きな山腹が目立つ。5時35分、尾根上に上がる。遠く向こうには雲海が一面に広がっている。神々しい朝だ。少し下がったところで右から主峰方向からの道を合わせる。別パーティの数名がその方向からやってきた。
スレート状の岩の道を東峰へトラバースする
朝日に染まる南湖主峰をバックに登る
我々も、東峰に向け東峰の中腹を横切っていく。行くにつれ右方向に、後で進む予定の陶塞峰と南湖東南峰が見え始める。足元は、薄くはがれるスレート岩に換わっている。更に高度があがると、前面の稜線の向こうに尖った中央尖山がその左に東峰を従えて現れる。稜線に上がり左に少し登る。6時15分、東峰頂上(標高3632m)に着く。空は黒いほど青く、360度さえぎるもののない展望が広がる。昨日までの三日間の苦労がいっぺんに吹き飛ぶ瞬間だ。

稜線に上がる、東側は一面の雲海だ
東峰の筆者
盟主主峰は、朝日の中にすくっとその巨大な山容を見せている。その右には雪山山脈が雪山から大霸尖山へと、聖稜線を伸ばしている。今年の秋にはぜひ訪れたい。近くには北峰とそれに続く五岩峰が続いている。眼を南側に向ければ、中央尖山の西側遠くには合歡山のたおやかな峰々がある。また中央尖山の東側には、奇萊北峰から伸びる東稜の峰々、雲海上には太魯閣大山,立霧主山,帕托魯山が浮かんでいる。

東から南方向のパノラマ
西方向のパノラマ、遠くに雪山山脈
左の稜線を進む、前方に南湖東南峰が見える
6時27分、東峰を下り始める。通常四日の日程では、東峰と主峰を第三日目に登り下山する。我々の六日の日程は、それ以外の南湖大山の峰々にも登るためだ。別パーティは、東峰から南湖山荘へ下っていくが、こちらは馬比杉山へ向けて稜線を進み始める。今日は最高の天気で、風も強くなく稜線道を行くのに問題はない。下り始めて、稜線道の入口を見誤ったが、その地点までもどり陶塞峰に向けて歩き始める。馬比杉山は標高3200m、これからは基本は下り坂である。
稜線道からふりかえる、左に主峰、右に東峰
南湖杜鵑(石楠花)
少し行くと、こわれた古い道標がある。前は、ここが東峰への分岐点だったのか。稜線上の鉄杉の森に入る。葉の裏が赤銅色の南湖杜鵑が咲いている。稜線上の小ピークを越して進む。東峰から一時間ほどやってくると、右の谷底には濁水南溪の幅の広い涸沢がうねっているのば見える。この辺は伏流水になっているようだ。特徴ある陶塞峰がだんだん近づき、7時33分基底部に来る。右側に基底部を回って下っていく。背後から、単独登山者が来て追い越していく。下がり切ると、岩場が現れ登り返す。7時47分、分岐がある。左は陶塞峰最上部へ続く。右にとり次へ向かう。

下方に午後復路で歩く谷間が見える
陶塞峰
`岩場を登る
陶塞峰を背後に岩壁を登る
森から抜けて草原を少し進む。振り返れば、主峰が左に高く遠くなってきている。陶塞峰も高い。右下には、大きな池が見えている。復路にはこの池のそばを通っていく。8時9分、東南峰の登りにかかる。いきなり岩が現れ、かなり急な坂を上る。補助ロープなども少なく、自分の力量が頼りだ。岩場を登り切り、尾根上に上がる。前方に東南峰の大きな岩が近くなってきている。まもなく着くかと思えば、巨岩地区が現れる。大石の間を飛びながら進む。巨岩地区を過ぎ、また森の中に入る。森を抜けると頂上へ最後の登りだ。8時45分、大岩の最高部に着く。ここにはステンレス製の山名柱が転がっているはずだが、見つからない。標高は3462mだ。望む主峰も東峰もすでに遠い。

稜線上の石楠花
大岩セクションを進む
東南峰頂上へあとわずか
石が累々と重なる東南峰頂上
東南峰からの眺め、中央尖山、南湖主峰、東峰を望む
岩場から森の中に入り下る
9時、大石が累々と重なる頂上を下り始める。霧がかかって雨で岩がぬれていると、方向を見失いやすそうだ。乾いた岩は摩擦も十分なので心配なく岩の上を下る。そのうち枝にマーカーリボンがついた、森への入口に入る。ここから今日の目的地馬比杉山が見え始める。鉄杉の森の中を急坂で10分ほど下り、草原に出る。下方に復路にとる谷への道との分岐が見える。その左下方向には二つ池がある。日当たりが良いので南湖杜鵑が満開だ。ぐんぐん高度を下げていくと同時に、馬比杉山が高くなっていく。9時50分、分岐に到着し一休みする。
東南峰の下りから馬比杉山と分岐部を望む
分岐部から馬比杉山を望む
古い倒れ掛かった道標(二か所目)
長めの20分の休憩後、10時10分出発する。先に森に入り最低鞍部に下る。大きな倒木を乗り越える。森から草原へ、また森の中へと進む。矢竹が密生した場所は、かき分けて進む。10数分の下りの後、高度差約200mの登りが始まる。前方に馬比杉山が近くなってくる。10時50分、古い道標を過ぎる。馬比杉山へ1㎞、南湖東峰4.3㎞と記してある。10分ほど行くとまた古い道標がある。南湖東峰へは5.3kmとなっているが、まだ馬比杉山についていないので、計算がおかしい。最後に急な坂を進み、幅の広い馬比杉山の真ん中あたりの山腹を登っていく。11時19分、頂上(標高3211m)につく。

馬比杉山頂上のメンバー
陽光があふれた広い頂上は、ちょっと暑いぐらいだ。風もあまりない。東側は雲海が埋まっている。雲海がなければ太平洋も見えるようだ。西側は中央尖山が目立つ。近くはやってきた南湖東南峰が高い。頂上近くは岩が露出し、こちらのなだらかな草原の山とは大きな対比だ。眼を遠くに転じれば、奇萊北峰東稜の長い稜線が雲海に浮かんでいる。昨年6月奇萊北峰から下山途中、MIT台湾誌撮影部隊とすれ違ったが、そのメンバーの一人だった頼俊祥師範大学助教授が、その翌日この東稜で滑落命を落としたことを思い出す。

広い馬比杉山頂上の向こうに奇萊北峰東稜が長く連なっている
ガスが掛かってきた、東南峰は霧の向こう
大岩を回り込むと池が見えた
12時10分、長い昼休みの後下山を始める。周囲の山にはガスが掛かってきた。往路を戻る。鞍部から登り返し、13時12分分岐にやってくる。直進する道は南湖東南峰へ、左に濁水南溪の谷を経る道をとる。道は南湖東南峰の山腹を縫っていく。ほぼ平らな道は、そのうち少し登り気味になる。土砂崩れ場所が現れるが問題ない。13時50分、左に開けた草原が見え始める。道なりに下っていき、大岩の脇を回り込む。左に池が見える。午前中稜線上を歩いているとき見えていた池だ。13時58分、水のない幅広沢に着く。道標は左は石洞獵寮0.1Kとある。休憩をとる。

河床を進む、右の稜線上に陶塞峰
狭い渓谷の下に水
10分の休憩後河床を歩き始める。一部河床から離れるが、午後の明るい陽光のもとでU字型の谷底を歩くのは、気持ちがとてもよい。ここも氷河があったのだろう。右上方には、陶塞峰や東南峰の岩が白く光っている。ケルンやマーカーリボンに従い進む。20分ほどやってくると、河床の岩は大きくなり勾配も少し増してくる。14時34分、水源にくる。この沢は伏流水なので、今まで水がないが、狭まった峡谷の間に水が流れ、そこから水が見えなくなっている。水を補給し、少し休憩する。

重なる倒木を乗り越え登っていく






沢はここから幅が狭まり渓谷となる。道はこの部分を高巻いていく。水場の少し下方左岸の岩を登り、高巻きが始まる。かなりの勾配の上、これでもかというほど倒木が現れる。軽装だとはいえ、とても疲れる。登るにつれ、周囲の山は低くなってくる。振り返れば東南峰が同じぐらいの高さに見えるようになってきた。途中休憩し、15時31分陶塞山屋跡を通過する。トタンなどが転がっているが、もう小屋としては使えない。

また涸沢を遡っていく
水たまりのある沢底を行く
小屋跡からまた左に沢に降りていく。沢は幅が狭まり、勾配もきつくなる。大石を乗り越え高度を上げる。16時5分、沢に水が現れる。一枚岩で水が染み込むことができないので、前日までの雨水がまだ残っている。16時10分、眼前上方に南湖東峰が出現する。だいぶ戻ってきた。そのすぐ先には水が流れている。水は緑色に輝いている。周囲は開けたカールの底、実に美しい場所だ。一休みする。

東峰が見えてきた
谷間のオアシス
最後の詰めを登る
鞍部の道標が見えた、登りは終わりだ
やっと山荘に戻ってきた
沢をさらにさかのぼる。水はまたなくなり、岩がゴロゴロする涸沢になる。左に狭い沢をとり、登っていく。最後の詰めの部分だ。登りつめると、朝に通過した東峰の鞍部が見える。道標も立っている。登りはもう残りわずかだ。16時52分、鞍部分岐に到着、ほっとする。上圈谷へ下る。傾いてきた太陽は、谷に影を落とす。17時21分、南湖とともにカール底の山荘が見えた。山荘周囲には、さらに多くのテントが立っている。今日は土曜日、多くの登山者がやってきている。17時31分、山荘に到着、今日の行程は終了した。歩行距離約12㎞、累計1160ⅿの登攀だ。活動時間は休憩込みで12時間半、馬比杉山は遠い。昨日まで水分摂取や、睡眠がよくないこともあり、今日は本当に疲れた。

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第五日 4月30日 (日)  南湖山莊 - 南湖主峰 - 南湖山莊 - 南湖北峰 - 五岩峰 - 南湖北山 - 雲稜山莊

先に南湖主峰を往復、その後雲稜山莊へ向かう
主峰の後は、基本下りの歩行高度
朝出発前の南湖山荘
昨晩は十分眠れた。4時半に起床。昨晩はほとんど食べていないので、朝はしっかりとる。外にでると、今日も快晴だ。主峰の山肌が次第に赤く染まってくる。一昨日の主峰登頂は霧の中、今日は雲稜山莊までの出発前に再度主峰を登頂する。昨日戻ってきたときは、疲労困憊だったが、よく休憩し水を補充したところ、体力は回復し問題ない。パーティ中の二名は山荘に残るということで、三名で6時15分に主峰に向け出発する。
カールの間を登る、右は主峰

霧の中の様子とは、だいぶ異なる。氷河カールの様子も十分わかる。U字型谷の底を登っていく。22Kキロポストのところは、一昨日かなり水が流れていたが今日は乾いている。この辺りは樹木も少なく保水力はなく、雨が降ってはじめて水が流れるようだ。6時47分、東峰への分岐に来る。右に主峰を目指す。主峰の山腹を登っていく。振り返れば、今日は東峰が朝日の中にたたずんでいる。その前は平らな台地が広がる。7時4分、南峰への分岐に来る。今日は南峰やその先の巴巴山がはっきりわかる。その背後は中央尖山どっしりと座っている。

南峰への分岐から中央尖山方向を望む
東峰とその右に昨日歩いた稜線が見える
乾いた岩を登る、背後に稜線上の道
主峰頂上に向け登っていく。霧の中と晴天のもとの道は、こうも違うものかと思う。歩みを止めて頭を上げれば、そこは限りない展望が広がる。高度や角度が違うと、風景も変わっていく。長い主峰の稜線を進んでいく。7時32分、岩場にやってくる。乾いた岩は、風もないので心配なく通過する。最後の登りを上がり7時45分、主峰山頂に着く。キロポスト22.9K、思源啞口からの起算距離である。二度目の登頂だが、自分の足でこの距離をカバーし、ここに立っていることを実感する。それは、多加屯山からずっと続く稜線がはっきり見えることもある。

岩場付近から眺め、上下圈谷と北峰、東峰や歩いてきた山道が見える
頂上にて中央尖山から白姑大山、雪山山脈を見る
審馬陣山、南湖北山、五岩峰、北峰を望む、左下の草原には墜落したヘリコプターの残骸が残る
主峰頂上の筆者、背後は聖稜線
雪山山脈全貌が、はっきりわかる。大霸尖山の前面に連なる武陵四秀の山々、暮れ行く桃山山頂で見た南湖大山の山頂に立って、今は桃山を眺めている。品田山はひときわその凸型の形状が目立つ。反対側を望めば、北峰の麓に南湖山荘がたたずんでいる。北峰へ登る登山道も見える。後であそこを登るのだ。審馬陣山方向は、手前の草原に墜落した飛行機残骸が見える。目を凝らすと、審馬陣山屋もわかる。東峰はその岩板で朝日を反射している。昨日歩いた陶塞峰や南湖東南峰が、そして馬比杉山の右半分が望める。南方向は中央尖山や奇萊北峰,畢祿山や合歡山連峰その右には白姑大山がひとりその高さを誇っている。条件が好ければ玉山も見えるそうだが、今日ははっきりしない。いつまで眺めていても飽きない。

南湖山荘へ下る
氷河によって削られた硬砂岩
8時13分、なごりは惜しいが下山を開始する。8時35分、南峰への分岐を通過、8時42分東峰への分岐を通過する。谷間を下りはじめ、22Kキロポストのすぐ下でMIT台灣誌の番組(#552)中紹介されていた、南湖大山には氷河があったことの証拠としての石を見つけた。この石は、鹿野忠雄自身が氷河の存在を示す証拠として挙げたものだそうだ。更に谷間の道を下り9時4分に、山荘に戻る。

雲稜山莊へ向けて出発
北峰へ登る

戻ったあと荷造りをし、10時過ぎに三泊した山荘を後に下山を開始する。霧の中下ってきた北峰は、快晴のもと山道がはっきりわかる。振り向けば主峰の下に広がるカールと山荘が見える。今度来るのはいつの日か。標高差200mの登りだが、重荷を担いでの登りはきつい。4日分の食料が減ったはずだが、あまり差を感じない。ひたすら滑らないよう、足元に注意して登っていく。ロープが伸びている最後のセクションをつめ、10時52分北峰の肩につく。左に少し歩き、北峰の頂上に再びのる。足元の山荘を中心に、右は主峰、左は東峰がくっきり見える。カールの状態も手に取るようにわかる。

北峰から東峰(左)と主峰を望む、上下のカールもよくわかる
圓柏(ビャクシン)の道
11時8分、五岩峰に向け歩き始める。風が結構強い。往路ではガスで見えなかった、右側蘭陽溪源流の崩落はすごい。岩場が現れるが、高度感はあるものの、危険ではない。丁寧に一歩一歩進む。岩場の間の玉山圓柏(ニイタカビャクシン)は、その体をくねらせ存在を示す。道脇に咲いている石楠花も陽光のもとに微笑んでいる。11時42分、三つ目の小ピークで休憩する。往路でも休んだ風の当たらない場所だ。更に岩場を通り過ぎ、12時29分、南湖北山の分岐に来る。往路は天気が悪くスキップしたピークだ。荷物をおろし、頂上へ向かう。ほんの4,5分で標高3536mの山頂に到着する。これで、今回山行中五つ目の百岳となる。写真を写し、往路を分岐に戻り、食事をとる。

五岩峰を通過中
往路は寒さに震えた場所も、陽光のもとゆっくり休憩
引き続き岩場を進む
南湖北山山頂にて
南湖北山からの展望、左から五岩峰、主峰、中央尖山
雪山山脈を正面にみて草原の道を下る
13時2分、出発する。午後の陽光のもと、草原を下っていくのは実に爽快だ。尾根はここから方向を西に換え、雪山山脈を真正面にみて進む。このまま下っていくのは惜しいような気持ちだ。下るにつれ、南湖大山主峰と中央尖山の位置と高さが変わっていく。13時36分、審馬陣山屋への分岐を通過する。その少し先、右に1978年に遭難した三名の追悼プレートを見る。少し行くと、下方に審馬陣小屋が見える。

南湖主峰、南峰(中央の突起)そして中央尖山
16.4K地点の審馬陣小屋への分岐点で少し休憩する。南湖溪を挟んで主峰がどっしりと座っている。右には南湖南峰のとがったピーク、そして少し距離をおいて中央尖山の三角ピークがある。千々石助太郎の言葉を借りれば、「ふりかえれば南湖大山の悠々せまらない雄大な姿と、南湖大山南峰の鎌のような鋭峰と、中央尖山のピラミッド型の尖鋭とは、実に造化の妙、美の極致である。」千々石は、審馬陣の近くから稜線を離れキレツトイ(奇烈亭、今はその道の入口すらはっきりしない)経由でピヤナン(南山村)へ下っている。この言葉は、昭和7年(1932年)に畢祿山から今でいう北二段を越え、さらに中央尖山から南湖大山を経てここまでやってきた11日の長期縦走の最後に見た、自分の歩いた峰々に対する感慨深い思いの吐露である。

鉄杉森の中、急な痩せ尾根を下る
14時24分、審馬陣山への分岐を通過、草原から森の中を進む。ところどころ現れる、小さな草原からはまだ遠くが望める。15.1Kを過ぎた小草原部分が、南湖主峰と中央尖山を同時に眺められる最後のポイントだ。その先まもなく、鉄杉(タイワンツガ)黒森林の中を急な下りで高度を下げていく。一度道はゆるやかになるが、また急坂で下る。16時に鞍部に着く。小休憩のあと、最後の数十メートルの高低差を登り、16時30分雲稜山莊に到着する。今日の行動時間は、南湖主峰への往復も含めて9時間半である。距離は約12㎞だ。

雲稜山莊についた






連休とあって、山荘は満員だ。小屋手前にもテントが数個張られている。関西地区からやってきた日本人登山グループや単独の日本人青年もいる。夕飯を用意しようとしたところ、他のパーティの協助が余ったので、食事を提供してくれた。またお世話になってしまった。我々は、残りは明日下るのみ。気持ちも軽い。

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第六日 5月1日(月)雲稜山莊 - 多加屯山 - 松風嶺 - 6.8K登山口 - 4.8K叉路 - 勝光山 - 勝光

雲稜山小屋から勝光へ下山
多加屯山の登りのあとは一本調子の下り
小屋の後ろから望む中央尖山
5時に起床する。小屋の裏に中央尖山が望める。登りの登山者は早々と出発していった。我々は、ゆっくりと準備をする。登山者がほぼ出きって、山小屋はガラガラになる。小屋入口の寒暖計は10度を示している。7時40分、いよいよ最後の歩きを始める。

登山者が出払ったあとの山荘内部
雪山山脈が見える
初めわずかの登りのあと、木杆鞍部へ下る。8時鞍部を通過。鞍部から雪山山脈が望める。今日も引き続き天気が良い。ここから多加屯山への標高差250mの登りが始まる。しばらく行くと、倒木を乗り越える。樹木が少ないので、ここからも中央尖山が見える。これが見納めだ。右下には、往路と同じく南山村が見える。同じ道でも、天気がよいと違って見える。

倒木の上から中央尖山の見納め
再び南山村を望む、今日は背後のやまも望める
三日の晴天後でもまだぬかっている
ロープのかかる急坂を上りつめ、9時28分多加屯山への入口を通過する。ちょうど後方から、日本人青年がやってくる。朝、南湖山荘から出発したそうだ。昨日は登山口から一日で南湖山荘に入ったそうだ。すごい俊足である。道のぬかるみは三日の晴れでよくはなっているが、場所によってはまだドロドロだ。10時15分、多加屯山西北峰を通過。残りは基本下り道だ。10時33分、松風嶺に到着、ゆっくり休憩する。

さわやかな松風嶺
松林を下る
急坂を下って11時27分、6.8K登山口に降りる。平らな林道を進む。12時18分、4.8Kの分岐に来る。5日前は思源啞口から林道を登ってきた。今日は、林道でなく勝光へ降りることにする。こちらの方が距離が短く、時間が短縮できる。休憩後少し登り12時25分、勝光山を通過、稜線にそって数分下り左に山腹の急坂を下っていく。人工の杉林は上部では下枝おろしが行われている。痩せた尾根になり12時53分、ビニールシートを使った貯水池脇を過ぎる。下方の果樹園で使う水だ。脇を過ぎるとすぐ、幅の広い未舗装道路にでた。果樹園のための道だ。

足取りも軽快に平らな林道を行く、5.7K地点
@勝光山
杉林の急坂を下る
果樹園で樹木がないので、上部からは展望がきく。下方には集落や、武陵農場方向へと続く道が見える。この谷の左は中央山脈、右は雪山山脈となる。少し休憩し、ジグザグの土の道を下っていく。道の脇には農薬の空き瓶などゴミが多い。ちょっと残念な状態だ。15分ほど下り、道が舗装路になる。更に数分下り、13時22分7甲公路に着いた。今日は約9.2㎞の道のりを、休憩込みで5時間40分で歩いた。

果樹園の上部から勝光の谷を望む
7甲公路の登山口に着いた
六日間の山行が終了した。車のオーナーLさんは、まもなくやってきた野菜運搬トラックに便乗させてもらい、数キロ先の思源啞口に駐車してある車を取りに行く。そのうちLさんが戻ってきた。彼の車に乗せてあったビールをいただく。冷えていて実にうまい。14時過ぎ、台北に向けて帰途に就く。途中一緒に食事をして、一路台北へ帰った。




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南湖杜鵑(南湖特有の石楠花)
6日間の歩行距離累計は、約57㎞である。高山登山は、これまでは山中二泊が最長であった。今回は一気に五泊となり、食料などのが増えたが、テント泊ではないのその分だけ楽である。とは言え、食料以外の疲労度などもその分だけ増える。日数が長ければ長いほど、余裕のある日程が必要だ。自分の年齢や、睡眠また水分の取り方など、今回は学んだことが多い。まだまだ高山には登れるだけの体力はあると思うが、今後は学んだことを参考に予定を組むことが必要だと思う。

今回は、長靴を履いて登った。日本では長靴などを履いて高山を登ることは、想像できないかもしれない。台湾では結構多い。それは、山道がぬかってドロドロであったり、沢を渡ることが結構あるからだ。一方、長靴に慣れていればそれほど困らない。出発前に登山靴にするか、長靴にするか迷ったが、結局長靴で正解だった。

今年は、これからもまだ高山に登っていく。体力のあるうちに百岳全部を登れるかどうかは、わからない。いずれにしても、美しい展望を山仲間たちと分かち合うことができることが、まずの目標だ。

南湖大山東南峰にて、左に主峰、右に東峰を望む


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