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2013-12-03

2013年12月1日 雙溪三方向山-宜蘭鹿窟尾尖 山越えをして太平洋へ

鹿窟尾尖から歩いてきた三方向山(右)と睏牛山(手前)を望む、中央の山は横山
今まで三回訪ねた雙溪區泰平は、美しい古道がそのまま残っている。その古道の魅力に惹かれて、また訪ねた。約1ヶ月前に、同じく泰平から横山を越えて桃源谷へ、さらに海岸の大溪へ下る予定で訪れた。しかし、雨にふられて途中、出発点の虎豹潭へくだった。山越えはできなかった。今回好天のもと、横山へは行かなかったが、直接三方向山へ登り、前回予定のルートを経て大溪へ下ることができた。

北の双渓泰平から宜蘭大渓へ山越え
山を越えて向こうの場所にいくのは、新しい世界が広がる如くのように、楽しいものだ。それが、向こう側が大海原であれば、もっとワクワクする。雙溪區泰平は、ゆるやかな谷間に住居や畑が点在する。標高も400~500mあり、泰平から歩き始め標高0mの海岸に下るほうが楽だ。泰平から帰る場合は、公共交通機関は一日二便のF811番バスしかない。一方、大溪は台鉄の汽車が通っているので、そうした制限ない。おのずと、泰平から大溪へという方向で歩くことになる。距離はそこそこあったが、登りが比較的に少なく、体力的には割合と楽な山歩きだ。

双渓の古道、桃源谷の歩道軌跡
軽快な古道歩き
台北市MRT信義線が開通したので、今回は南港駅ではなく台北駅に乗り換えなしで行き、4138番区間電車で雙溪駅へ向かう。7時半過ぎに雙溪駅に到着する。一足先に着いていたZさん夫婦と合流し、台北から一緒に来たHさんとで今日一緒に歩く四人が集まった。駅前に止まっているタクシーに乗り、出発点に向かう。バスであれば、雙泰産道と芊蓁坑產道の分岐から歩くことになるが、タクシーなのでそのまま芊蓁坑產道を走り、古道の入口まで乗って行く。今日もタクシー料金はNT$400だ。こうした場合、タクシーはメーターで走らないので、事前に値段を交渉する必要がある。

道の真ん中に放置された変圧器
8時10分、身支度を済ませて歩き始める。紅壇へ通じるこの古道は、今も使われている幅が広く路面も平な土の道である。四駆であれば通行もできる。少し登り気味の道には、木々を通して朝陽が射しこみ、快適な登山を約束している。木々の切れ目から、遠くに東北角の山々、草山や燦光寮山などが並んでいる。20分ほどの歩きで、分岐に着く。ここは、大平山への山道と紅壇へそのまま行く道、また左に谷へ下る道の四叉路である。電線のメンテ工事が進行中のようで、電線やその他の部品が道端に置いてある。これはもちろん古道を車でも運んできたものだろう。

大平10号の民家
左に道を下る。ここは10月初旬に歩いた場所だ。苔の石段が現れ、その先は沢が道のわきを流れている。開けた場所にでる。道の真中に変圧器が置いてある。運搬用に縄が掛けてあり、二人で担ぐための竹棒が渡してある。かなり重量があるようで、二人で持ち上げて見たが、担ぎ上げることも大変だ。上からここまで運んできたのだろうが、かなりの苦労だろう。更に下り、コンクリ製橋を越える。三方向山へは、左に沢沿いに回っていくか、直進して大平10(30)号の民家を過ぎていくか、どちらでも行ける。ここは直進して苔の石段を登る。

沢を渡渉する、幸いに水量が少ない
沢から数分で、民家に着く。最近手入れをしたようで、屋根や扉のペンキが新しい。もう誰も住んでいない。住所プレートが二つ付いている。ひとつは10号、もうひとつは新しい30号だ。以前は、このような山深い場所で暮らしをしていたのだ。今は打ち捨てられた沢沿いの棚田などで、農業を営んでいたのだろう。家の前庭から大平山が望める。民家のわきを進む。道は、それまでより自然に近い状態だ。杉林の中を回りこみ、三方向山からの沢の左岸を行く。9時10分、道は沢に降り立つ。ここで対岸に渡る。その前に、小休憩する。

水際の苔の生えた石段を歩いて行く
あと僅かで三方向山だ
今日は、幸い水量が少なく、飛び石をつたって楽に対岸へ渡る。この三方向古道は、貢寮や大溪川へ下っていくために、歩かれた道だ。緩やかな流れのわきには、棚田の遺跡がある。今は草や木々が生えて田んぼには見えないが、この平な場所は人工によるものだ。12、3分右岸を歩き、また渡渉する。沢の水際沿いに石段が続いている。びっしり苔に覆われている。途中、倒木が道を塞ぎ、その上を巻いて越す。左岸を約20分進む。三度目の渡渉だ。その少し先、左から沢が合流する。道は沢を離れ、尾根に取り付き登る。本来の古道は、この道ではなく、左に鞍部へ向けて行くようだが、そちらはもう歩かれておらず道筋も判らない。10時12分、西山方向から続いてくる尾根道と合流する。道は、森を抜け草の中を登る。周囲の景色がよく見えるようになる。これから歩いて行く、桃源谷方向もよく見える。10時24分、三方向山頂上(標高620m)に着く。

三方向山頂上から横山への稜線を望む
桃源谷方向を遠望する、左の山は灣坑頭山
頂上には、三角点基石が中心に埋め込まれている。周囲は草だけなので、360度の展望ができる。前回無念の山行であった、横山とそれから連なる稜線が南西方向に伸びている。この山塊は、海側は切り立った谷、山側はゆるやかな山容であることが、よく判る。深い大渓川の谷を挟んで、対岸に七兄弟山の山塊が控えている。東側は、福隆の海岸から桃源谷へのなだらかで広大な山容が広がっている。ここは、とてもよい眺めの展望台だ。遠くには、平渓の五分山も望める。頂上の草に黄色の認識リボンが付けてあるが、これが横山への稜線道だろう。ただ、草がびっしりと生えており、大変な道のようだ。風景を楽しみながら、しばし休憩する。

ススキの中の三方向山からの下り、前方は桃源谷
草の間を尪子嶺鞍部へ向けて下りはじめる。少し行くと、急坂が現れる。補助ロープの滑りやすい土の道が続く。雑木林の下りが終わり、草の間を進む。振り返ると、三方向山がすでに高い。道が緩やかになり11時10分に、峠に着く。ここはピークではないが、尪子嶺(標高435m)と名付けられ基石が埋められている。道脇に福徳祠土地公がある。中には香炉もあり、まだ焼香がされているようだ。十字路を右にとれば大溪川へ急坂が下っていく。左は、内寮へ下っていく古道だ。

尪子嶺の峠部分、右に大渓川への道が分岐する
鎌で切り開いた急坂を登る
直進して桃源谷方向へ進む。山腹を横切って行く道は、水量のある沢を越えていく。10分ほどで、睏牛山への道が右に分岐する。右へ睏牛山へ登る。こちらは、踏跡がはっきりしない。10分ほど登ってくると、道がわからなくなってしまった。よくよく観察すると、トゲトゲの草に道を塞がれている。そこで、用意してきた鎌を取り出し、草刈りを始める。この道は、もう相当期間歩かれていないようだ。草を刈ると、急坂に補助ロープが取り付けられている。その後も、鎌で道を切り開いていく。幸いにして、古い標識リボンがところどころあるので、助かる。それでも踏跡がはっきりしないので、注意深く観察することが必要だ。12時12分、山腹道の分岐から約50分、睏牛山頂上(標高588m)に着く。道の状態が悪いので、距離に比べて時間がかかった。基石もない樹木に囲まれた頂上だが、山林投を刈り取ると、海に浮かぶ龜山島が望める。

睏牛山頂上から見る亀山島、手前は七兄弟山の尾根
山腹道の一本橋
写真を写し、登ってきた道を引き返す。10分ほどで、登りの時には気づかなった分岐がある。古ぼけた藍天隊の道標が幹に取り付けられている。5年前のものだ。稜線を下っていく道があるが、先ほどの登り道を下る。稜線道の状態も同じように草に覆われている可能性が高く、時間がかかる可能性があるので、低リスクを選んだ。12時51分、山腹道に戻ってくる。鹿窟尾尖へ向けて、道を進む。道脇に石積みの塀や廃棄された茶畑も現れる。このへんは、その昔は人々の生活範囲だったわけだ。13時、棚田の遺跡で休憩し、昼食を取る。

ボコボコの土の道





13時20分、峠部分に来る。五方向に道が続いている。石碑が土の壁に埋め込まれている。どうやらお墓のようだ。道標がないが、沢山標識リボンが取り付けられている道を進んでみる。それで正しかったようで、そのうち東側へ向かって歩くようになる。ところどころ、森から出て草原を歩くようになる。一方、森のなかの道は、掘り返されたかのようにデコボコでぬかっている。ここには放し飼いの牛が歩くためだ。ちょうど、陽明山の擎天崗周辺の道のようだ。

草原を登る
広大な草原の眺め
鹿窟尾尖頂上の軌跡、灣坑頭山が遠くに望める
小草原を越え、高圧線鉄塔の下をくぐり、高度を上げていく。13時57分、大草原に飛び出た。もう桃源谷の一部だ。空は曇だが、遠くまで見渡せる草原は、爽快そのものだ。14時15分、基石のあるピークに登りつめる。ここは鹿窟尾尖だ。西を見れば、歩いてきた三方向山から睏牛山への稜線が、東は灣坑頭山を盟主とする桃源谷が、南側は龜山島が望める。桃源谷歩道が行く、蕃薯寮山の尾根が近い。北側は内寮の谷あいと、その向こうには東北角の山々が並んでいる。草原のピークは、絶好の展望点だ。今日は、出発からいままで誰一人として出会わなかったが、桃源谷方向からはハイカーたちの声が聴こてくる。

桃源谷は眼と鼻の先、前方に歩道が見える
ススキの向こうに蕃薯寮山と龜山島が望める
桃源谷歩道の土地公がある鞍部までは、眼と鼻の先だ。牛が崖に落ちないようにするためと思われる、有刺鉄線の柵沿いに草原を下っていく。ススキの中の道を進み、柵を越えるとそこは石のテーブル・イスがある土地公の峠部分だ。ほんの数分で降りてきた。ここからは、石畳の立派な歩道だ。何人ものハイカーと出会う。今まで、誰にも出会わなかったことが不思議のようだ。

桃源谷歩道に合流
歩道を10分ほど下る。公衆トイレがあるので少し休憩する。二、三分さらに下ると、左に土の道が分岐する。これは、蕃薯寮山の山腹を行く、旧来の古道だ。状態のよい土の道を数分下る。土地公の祠がある。その先は、道が崩れている場所を過ぎ、道幅が細くなる。森から抜けてススキのわきを行く。桃源谷の稜線がすでに高い。対岸は石観音山と、その尾根の向こうに灣坑頭山がある。15時19分、25分の歩きでまた石畳歩道に合流する。そのほんの少し先で、また左に土の旧道が分岐する。ここも左を取り下る。ここからは、坂が急になる。前方には海がだいぶ近く見えてくるようになる。15時40分、再度石畳歩道と合流する。ここには椅子もあるので、一休みする。

旧道にある土地公の祠と説明板
大渓漁港の様子、出店が沢山ある
夕日の中の漁船と背後の七兄弟山
うにの露天店
残りはあと1kmもない。石階段道を下り、15時54分、登山道が始まる公園部分に15時54分降り立つ。そのまま、大渓駅まで行って16時半の電車で帰ることも可能だが、せっかく漁港が近くにあるので、立寄ることにする。第二号省道に出て、漁港へ向かう。湾内には多くの漁船が泊まり、岸壁にはたくさんの魚介類を販売する出店がある。遊楽客も多く、魚を買ったりしている。実際、台北で買う値段の半分以下で買えるようだ。うにをその場で開いて売っている。試しに一つ食べてみる。新鮮なうには甘い。岸壁をひと通り歩き、上の商店に登る。その日にとれたイカやエビなどを食べる。ビールがとてもうまい。18時ごろ、暗くなった二号線を駅へ向かい、5分遅れでやって来た18時17分発区間電車で、台北へ帰った。

内地から山を越えて海岸へ、とても楽しいルートだ。快晴ではないが、天気もよく、ススキを見ながら歩くこともできた。先月の横山山行が残念な結果だったので、その分を取り返した感じだ。距離は13.5km、出発点が高いので三座山を越したが、累計での登りも約700mにすぎない。休憩込み行動時間は約7時間40分である。睏牛山往復が、道の状態が良くないため、予想より多く時間を費やしている。このルートは、人気のあるルートではない。それは、雙溪區泰平が山深いためだろうが、素晴らしい景観やとてもよい古道など、よく歩かれている草嶺古道からのルートに決して劣らない。もちろん、桃源谷歩道のような気楽なハイキングではなく、地図が読めルート判断ができることが、必要条件だ。困難度は、ルート、体力要求度ともにクラス4である。経験者にはおすすめのコースだ。


2013-11-30

2013年11月30日 新店小獅山 - 木柵待老坑山 二格山連山の末端を歩く

六分山から望む大香山と待老坑山(右のピーク、2013年10月撮影)
新店はそのすぐ背後に小獅山が迫っている。この山は、尾根を追っていくと大香山を越え、待老坑山から鵝角格山、十六分山を経て二格山からの尾根に出会う。そこで先月訪れた、四面頭山や六分山などの連山と合流する。今回の歩きで、石碇から登る筆架連山からずっと新店まで続く稜線をすべて歩いたことになる。

西の新店から歩き始める
小獅山の歩行高度プロファイル、三つのピークが顕著
小獅山は三つのピークがある。その全てに展望台がある。新店から登る場合の二番目と三番目のピークには、高台の展望台が造られていて、その上からは周囲の樹木に邪魔されず景観を眺めることができる。小獅山は、台北盆地の周囲を囲む山々を眺めるとてもよい展望台でもある。この山の後ろの山には、住宅が開発され尾根上を車道が行く。車道を進んでいくと、右に大香山が、その先左には員潭坑山が現れる。一旦峠に下り、土地公のある鞍部を越えていく道を横切り、登り返す。その先は待老坑山へと登っていく。

小獅山から筆架連山へ連なる山々と歩行軌跡
中興路登山口
乾いた寒気団が訪れ、台湾は寒さに震える週末だ。空は青く晴れ上がり、絶好の登山日和である。こうした冬の日は、遠くまで見渡せることが多い。家を8時に出発、MRTで新店へ向かう。古亭での乗り換えがスムースで、30分足らずで新店駅に着いた。前回碧潭へ行った時もそうだが、今日も新店駅からスタートだ。登山口はいくつかあるが、山の麓を行く中興路一段56号わきから登る。駅から高速道路の下を中興路に渡り、左に折れて進む。わずかの歩きで、車洗浄サービス店のわきに階段の登山口がある。入口には、登山口案内板があるが、相当時間が経っているようで、文字が薄れてしまっていて、あまり目立たない。





石段登山道
石段を登っていく。草もけっこう生えていて、青苔も生えている。利用はされているが、それほど整備されているようでもない。道脇の木々の幹には、説明板が取り付けられているのは、親切だ。つづら折りの石段坂を登ること十数分、展望台のある天籟亭あずま屋がある。この山は、他の住宅に近い山と同じように、付近住人の運動や憩いの場所であるので、多くのあずま屋が設けられている。枕木になった山道を梅花獅子亭を右にみて登る。道標も完備されていて、道が多く入り組んでいるが、迷うことはない。登山口から20分と少しで、一番目のピーク(一峰)の獅子壽亭に着く。標高は約100mだが、台北盆地のヘリにあたるこの場所は、遠くまで展望できる。高速道路の橋が、新店溪を越えていく。その向こうは、中和の山々が望める。新店溪沿いに高層マンションがたくさん建てられている。ずいぶんと発展したものだと思う。

梅花獅子亭と枕木登山道
一峰展望台から望む新店方向の風景、遠くは中和の山並み
木製階段道を登る
一度少し下り、次のピーク(二峰)へ登り返す。急な斜面を木製階段で登る。登り切ったところは、第二ピークで2階建ての展望台が造られている。ここで標高約150mだ。第一ピークより広い範囲が望める。塗潭山から始まり、先程も見えていた中和の山、更には八里の觀音山、そしてその更に右には陽明山連山の山々が大台北をぐるっと取り囲んでいる様が判る。数名の中年登山客が、賑やかに談笑している。

二峰展望台新店から中和の広い範囲が望める。高層マンションが目立つ
烏來方向の風景、手前対岸は湾潭山と和美山
三峰の長寿亭
また、一度下り登り返す。下り坂の途中、右側に展望台がある。ここは新店や烏來の山々を望む絶好点だ。下の新店溪の対岸に和美山と湾潭山、その奥の左には直潭山,右に鹿鵠崙-猴洞尖、そして獅仔頭山、粽串尖がある。その間の谷間には、大桶山,大保克山,拔刀爾山が、その背後には逐鹿山などの烏來と三峽の山々が望める。下りきり慈暉亭のあずま屋を過ぎる。緩やかな枕木階段の坂が続く。上から寒さに負けず上半身ハダカのランナーが下りてくる。登りつめたところは、長壽亭のある第三ピーク、小獅山の標高192m最高点である。時刻は10時10分、中興路の登山口から約1時間10分の道のりだ。三段造りの長壽亭展望台に上がる。犬を連れた家族連れが休憩している。ここからは、台北101ビルや陽明山連山から、南港山や木柵の山々が望める。これから歩いて行く大香山やその奥の待老坑山の向こうは、鵝角格山や六分山、その奥に二格山や猴山岳も頭を突き出している。新店の中嶺山から直潭山への連山が谷を挟んで控えている。一峰から三峰まで、角度や高度は換わるが、台北盆地周辺の山々が全部望めた。

長寿亭三階から見る木柵、新店の山々
三峰からの下り道
長春路の登山口、緑9番バス停がわきにある
大香山バス停と9番バス
長壽亭から降り、長春路に向けて下る。登山道には街灯もあり、夜でも登ってくるのが楽だ。小獅山からの台北夜景も悪く無いだろう。長春路登山口には、緑9番バス亭もあり登るのは簡単だ。長春路19巷を進む。ゆっくりとした登りの車道を行く。両わきには、住宅が続く。住宅街をすぎ、山腹を進む。緑9番の終點大香山バス停は、慈音巖の寺院分岐のところにある。バス停で休んでいた老夫婦の婦人が近づいてきて、尋ねてきた。ひと目で日本人だとわかったようで、こんな場所に一人でやって来たので、道を教えてくれた。自分は、このへんの地理はわかっているが、とても親切だ。ここから大香山へ登ることができるが、そのまま車道を進む。

長春路19巷から見る101ビルと背後の陽明山連山(小観音山、七星山)
峠の土地公と待老坑山步道
更にゆっくりとした登りが続く。木柵に近づいてきたので、101ビルが近くなってきた。車道が終わりになり、待老坑山登山道が始まる。長い枕木階段を下っていく。犬をつれた老人が登ってきてすれ違う。下り切ったところは、木柵から新店側へ抜ける峠道だ。鞍部には土地公の神像が祭ってある小さい祠が設けられ、神前にはお供え物もある。信心深い人が常に焼香しているようだ。もともと、ここから木柵側へ下ることを考えていたが、時間も11時20分過ぎでまだ早く、もう一つ山を登って帰ることにした。

優人神鼓


急な枕木階段坂を数分登る。道は小さなピークを越して畑を過ぎ、玉山路に合流する。途中にはサクラが植わっている。春先にはサクラが咲く、良い道だろう。玉山路を左に進み、有應公の少し先の道を右に折れる。これは優人神鼓への道だ。登って行くと左には檳榔林がある。檳榔樹の間からは、大香山などやって来た尾根筋が見える。優人神鼓のわきを過ぎ、枕木階段道を登る。三人のハイカーに、猫空ロープウェイ駅に行けるかどうか道を尋ねられた。稜線へでて右へ行けば、OKと答える。12時に待老坑山(標高382m)に到着する。今日の最高点だ。これで四度目の登頂となる。食事をとり、休憩する。

待老坑山頂上
老泉街から見る木柵方向の風景
恒光橋から待老坑山を振返る
10分と少し休憩し、基石の向こうに続く土の細い道を下る。この道は、反対側の整備された登山道に比べて、山腹にある杏林の上部への近道だ。杏林へ下る道にヒョッコリ出て、そのまま下る。2月に杏の花開くころは、とても賑わうこの場所は、冬の今はひっそりとしている。老泉街45巷の車道から、救千宮歩道を下る。前回は雨の中で、景色はほとんど見えなかったが、今日は遠く木柵の街並み、政治大学キャンパスなどがよく見える。高速道路の下をくぐり、恒光橋をわたる。振り返れば待老坑山が控えている。13時12分に木柵路に着くと、ちょうど251番バスがやって来た。これに乗りMRT木柵駅を経由して帰宅した。

今回の山行は、距離11.3km、累計登攀高度636mである。所要時間は、休憩も含め4時間半弱というところだ。途中には舗装路も長く、けっこう速く歩いている。小獅山は、初めて訪れたが台北を眺めるのにとてもよい展望台の山だ。この山だけであれば、2時間もあれば十分だろう。来春、夜景を見るために夕方から行くのもいいかもしれない。この部分だけを取れば、困難度は、コース、体力要求度ともにクラス2である。今回のルートを追っても、体力要求度はクラス3だ。

2013-11-28

2013年11月24-25日 玉山再訪 Re-visit to Mt. Jade

排雲登山道の西峰下山屋から望む玉山主峰(霧中)と南峰
玉山は、台湾の最高峰であるとともに、日本も含めた北東アジアの最高峰でもある。昨年10月に訪れたが、今回また仲間三人ととも台湾の山岳登山旅行社主催の登山旅行に参加し、再び訪れた。昨年は玉山の主要登山ルートにある排雲山荘が工事中のため、登山口の塔塔加鞍部から一気に玉山主峰までの22kmを13時間を費やして往復した。今回は、第一日に営業再開した排雲山荘まで登り一泊し、翌朝主峰を往復、その後下山という比較的楽なコースである。しかし、第一日の好天とは裏腹に、非情な寒波が訪れ大雨となり、また気温が低く要求される装備がないため、主峰への登頂を諦め山荘からそのまま下った。

今回は排雲山荘までの往復のみ
片道(登り)の高度プロファイル
筆者は、すでに好天下頂上からの眺望の経験があるが、他の三名は初めての玉山登山で残念な結果ではあった。しかし、全く価値が無いわけではない。24日には、塔塔加登山口から玉山前峰から西峰への支稜山腹を行く排雲登山道からは、壮大な山岳景観を十分に堪能できた。昨年の登山時は、登りはまだ夜が明けておらず、また下山時にはガスがかかり、この景色は初めて見ることができた。悪天候の玉山も体験した。これは、次回登山するときに貴重な経験となる。

東埔溫泉から21号線を経て登山口へ往復
日本は、今年富士山が世界遺産に認定されたことで、空前の富士山登山ブームが起こったと聞く。玉山は、排雲山荘が営業再開して体力的な敷居も低くなったので、多くの登山者が登山を希望している。排雲山荘は、一晩100足らずの宿泊スペースがあるが、希望者がはるかに多く抽選にて宿泊予約を決めている。玉山自体も、入山許可が必要であるが、この宿泊スペースの点が玉山登山の最大ボトルネックになっている。もちろん、去年の登山と同じに日帰りすれば、この点は関係がないが、誰でも対応できるわけではない。四回の抽選の結果、最後に11月下旬の登山が確保できた。

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23日の夕方台北をバスで出発、一路南投県信義郷の東埔溫泉に向かう。4時間半の乗車、23時少し前に温泉ホテルに到着した。明日に備えて、早々に就寝する。

東埔溫泉の街並み、背後の山が高い
24日は、快晴である。昨日は暗くて何も見えなかったが、朝起きて窓から外を見ると、谷あいにある温泉街が見える。数件のホテルが道脇にある。食事を済ませ通りに出てみると、道端には付近で採れた野菜などを販売している。通りの奥の方の稜線は、かなり高い。やはりここは3000m級山々の麓だ。この東埔溫泉から直接玉山へ登る道がある。八通關古道を経て、玉山の北峰と主峰の鞍部へと続くルートで,二日がかりの行程である。いずれは歩いてみたい。

陳有蘭溪の橋から見る玉山連峰
7時半過ぎに出発、省道21号線を登山口へ目指す。東埔溫泉は標高約1100m、登山口の塔塔加は約2600m、1500mぐらいの標高差だ。一旦谷を下り、21号線に入る。途中で陳有蘭溪を渡る橋から、谷の奥に玉山が望める。頂上には雪を戴いている。21号線は、急峻な山岳を行くので、しばしば土砂崩れなどで不通になる。台風の時などは通行止めになる。道は、はじめ二又で陳有蘭溪と別れていく支流和社溪沿いに登る。川には巨石がごろごろし、台風などの大雨で大水が流れたことが察せられる。実際、ここは近年来大水で災害が多く発生している。今日のような穏やかな天候では、想像ができないが。

バスの車窓から見る信義郷の谷あい、下は陳有蘭溪



バスは和社溪を渡り、対岸の山腹を登る。そのうちに支稜をこえて反対側の山腹を行くようになる。こちらは陳有蘭溪と上流で別れる支流沙里仙溪の上を登っていく。谷底はかなり下だ。しばらく登ってくると、対岸の下方に昨晩泊まった東埔溫泉の街が見える。出発から一時間ほど登ってくると、左に玉山が近い。北峰から主峰、そして西峰も望める。これから登る山をみて、思わず笑みが溢れる。道路修復工事中の場所を幾つかすぎ、9時少し過ぎに塔塔加登山口への道の分岐に着いた。対岸の阿里山の山並みがくっきり見える。

玉山管理處、ここで入山許可書をチェック。背後は玉山公園ビジターセンタ
塔塔加登山口へは、まだ距離がある。まず、分岐から数百メートルのところにある、玉山管理事務所(警察派出所)にて身分証明書を提出し入山許可書のチェックをする。玉山は、日本の富士山のように外国人登山客も多い。最近は日本人登山客も多いようだ。ここから登山口までは、シャトルサービスがある。往復でNT$200を支払い、ミニバンに乗って登山口に行く。

塔塔加登山口から望む風景、対岸は玉山南峰から南玉山への尾根、右遠くに關山のピークが望める
登山口の石碑
数分の乗車で塔塔加登山口に到着する。去年訪れた時は、出発時は夜明け前、また戻ってきた時は日暮れ前だが霧の中で、何も見えなかった。今日は、壮大な景色が広がっている。左に玉山前峰からの尾根 、そして谷を挟んだ向こうには、雪をかぶった南峰とそれから南玉山へ登るノコギリ状の尾根が望める。前峰の山腹には、これから歩く登山道が横切って行く。右(南)のほうには、百岳の一つである關山の尖った青いピークが手前の山々からのぞいている。
塔塔加登山口を振返る:麟趾山への登山道と下っていく楠溪林道

0.5kmごとに現れるキロポスト
9時50分過ぎ出発する。排雲山荘までは8.5kmの道のりだ。標高差は約800m、ゆっくりとした登りである。概ねなだらかな坂が続くが、三ヶ所ほど大きく高度をかせぐ場所がある。快晴のもと、とてもよい山道歩きは、爽快だ。歩くにつれ、登山口が下に小さくなっていく。登山口鞍部から反対に、麟芷山,鹿林山へ登っていく登山道も判別できる。10分ほどで、最初の桟道がある。この山道は、国を代表する玉山の主要登山道なので、整備状態がとてもよい。全部で88箇所の桟道が掛かっている。0.5kmキロポストを過ぎ、はじめの急坂が現れる。10分ほどの登りでまた緩やかな坂になる。高い木々のないこの道からは、谷側に壮大な景色が展開している。山は高く、谷は深い。このような景色は、高山ならではのものである。少しゆるやかな下りになり、10時43分歩き始めて約50分で孟祿亭につく。あずま屋があり、休憩する。警察官が二人、入山してくる登山者の入山許可書をチェックしている。

孟祿亭から前峰分岐の間から見る風景、西峰のわきに主峰の右肩がのぞいている
多くある桟道を渡っていく
鉄杉原生林を抜けていく
旗山溪の谷が深い、左岸は南多摩山、右岸は鹿林山と麟芷山
玉山前峰が遠くになってきた
2.5kmキロポストをすぎ10分ほどで、前峰登山口へ到着する。数名の登山客が休憩している。3kmキロポストを過ぎ、山ひだをまわりこむ。鉄製の桟道が掛かっている。このような大きく重い桟道は、ヘリコプターで運んだのだろう。他にも3箇所あるが、いかにこの歩道整備に費用を費やしているか、判るものだ。3.5kmキロポストあたりからは、鉄杉樹の原生林が始まる。林を抜け、再び草原の道になる。振り返れば、前峰がすでに同じぐらいの高さに見える。このあたりが、排雲山荘への道のりの中間地点だ。土砂に押し流された桟道部分は、あたらに石を積んでまいている。4.5kmキロポストを過ぎるあたりから、立ち枯れた幹が目立ち始める。白木林に入ってきた。排雲93号という住所もついている、コンポストタイプのお手洗いへの分岐を通り過ぎ、まもなく5kmキロポストを見ると、西峰下山屋に着く。ここは、展望台となっている屋根着休憩所だ。時刻は12時35分、休憩し昼食を取る。昼食は、昨日配布されたパン類である。

西峰下山屋から望む玉山から南玉山への稜線
まるまる太った金翼白眉
展望台から眺める対岸は、主峰から南峰、さらに南玉山へと連なる峰々だ。朝方の晴天の天気は変わり、雲が広がっている。雪が被った主峰のピークはガスの中で見えない。谷もだいぶ山に迫り、落差の大きい岩壁が目立つ。金翼白眉鳥が三匹展望台わきの木の枝や、床にやってきている。ここで餌をもらうせいだろう、まるまる太っている。危害を加える人がいないようで、人を恐れない。ただ、壁に取り付けられた注意書きにあるように、餌をやるべきではないだろう。30分ほどの休憩後、再び排雲山荘を目指す。残りは約3.5kmだ。

原生林の中を行く桟道
排雲山荘まで残りは2kmだ
緩やかな道は急坂になる。2番目の急坂セクションだ。急坂を登りきり、再びゆるい坂になる。原生林がまた現れ、その中を進む。桟橋のかかる原生林の森は、この山道ならではの風景だ。厳しい環境に育つ冷杉は、枝が曲りくねり吹き抜けていく風がいかに強いかを示している。6.5kmキロポストを過ぎ、下り始める。その先は、大峭壁という巨大な一枚岩の場所である。この岩には海の生物の化石が見つかっている。ここは以前海底であったわけだ。造山のダイナミズムを感じる。霧がすこし出てきた。少し休憩する。

大峭壁
霧がだいぶ出てきた
この先、また急な坂が始まる。残りはあと1kmだ。急坂の途中で倒木が道に沿って倒れている。これに腰掛け最後の休憩を取る。石段が現れ、そのすぐ上が排雲山荘だ。15時50分、休憩も含め6時間の歩きで到着した。周辺は、濃霧で包まれている。大勢の登山者が、すでに山荘に入っていた。ガイドも入れて9人の我々のグループは、二階のひと部屋に入り二段になっている宿泊台に、それぞれ自分のスペースを確保する。まだ、新しいので設備の状態もよい。

霧の中の排雲山荘
食事は17時からだ。一階入口わきの食堂ホールで食事が始まる。到着時は電灯は消えていたが、食事時間帯は19時まで電灯が灯る。今日の食事はカレーチキンか豚肉の料理だ。韓国人登山者がかなり多い。十数名はいるようだ。日本人登山者は、今日は我々四人だけのようだ。外は冷たい雨が降り出した。離れのトイレに行くのが厄介だ。ガイドのLさんが持ってきたウィスキーをいただき談笑する。19時過ぎ二階の部屋に戻る。寝袋は、旅行社のポーターが担いでやってきたものだ。天気予報では、明日は東北風寒波のため、悪くなるという。奇蹟を念じて床に着く。

山荘食事ホールの様子
寝室の様子
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雨の朝
25日朝2時頃、山荘は騒がしくなる。主峰頂上で日の出を見るべく、暗いうちに出発するためだ。ところが、外は大雨だ。ガイドのLさんは、これでは頂上へ登るのは無理ということだ。雪がある場合は、山登りの決まりではそれ用の装備、アイゼン、ピッケルそしてヘルメットが要求される。それらが無いので、今日は登頂は諦めるしかない。今年は、例年よりも冬の訪れが早いそうだ。

鉄製桟道を下る


本来は、早朝出発に合わせて3時に朝食になるが、今日はそれが6時になった。饅頭やおかゆの朝食である。7時半、雨具をつけ下り始める。メンバーの一人Sさんは、高山病のためだろう、頭が痛そうだ。自分も、昨日はあまり良く寝ていない。30分ほど下ると、雨もほとんど降らなくなった。雨具を取る。出発から50分ほどで大峭壁を通り過ぎる。原生林はガスのなかで、幻想的な景色だ。9時40分、西峰下山屋へ着く。霧で対岸は何も見えない。

霧の中の原生林
ところどころ、霧がはれて周囲や谷の下のほうが望める。しかし、山頂は霧の中のままだ。前峰への分岐を過ぎる頃からは、道はそこそこ乾いている。10時58分、孟祿亭に到着休憩する。出発の時は具合の悪かったSさんは、高度が下がったせいか元気をとりもどしている。西峰下山屋あたりから、登っていく幾つかの登山パーティとすれ違った。明日は天気はまた回復の見込みなので、かれらは登頂できるだろう。

霧がすこし晴れて谷が見える
孟祿亭、山道は残り2km足らずだ
最後の2キロ足らずのセクションを下り、11時42分、塔塔加登山口に戻った。今日は、ガスためほとんど周囲は見えない。下りのシャトルバンが待っている。すぐ乗り込み21号線の分岐へ下る。ここから、また下り東埔山莊(東埔温泉とは別)に行く。ここで、カップ麺の昼食をとり、着替える。昨日の雨のため21号線は土砂崩れが起きて不通ということだったが、その後通行可能になったそうだ。もともとは東埔温泉へ立寄る予定だったが、そのまま21号線を下り、途中水里のレストランで遅い昼食をとり、18時50分台北の出発点へ帰った。

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今回は、何より登頂できなったのは残念だ。高山は、やはり自然条件が厳しいので、こうしたことはあり得る。自分としては、去年登頂でき、なお且つとてもよい天候で頂上からの大パノラマを満喫できたが、排雲登山道からはほとんど景色を見ることができていなかった。今回は、そちらは十分堪能できた。この山道にも慣れた。

昨年主峰登頂時の様子、北方を見る
今回他の三人メンバーは、登頂を果たせなかったので、また行くことになるだろう。その際は、排雲山荘の予約という困難はあるが、主峰だけでなくその他の峰々も一緒に登ることにしたい。経験もできてきたので、次回は自力で行くことも考慮の範囲だ。

頂上から南峰を見る