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2013-05-06

2013年5月5日 坪林胡桶古道-梳妝樓山-虎寮潭山縦走 日本統治時代初期に消えた胡桶村をめぐる山歩き

虎寮潭山(左),柑腳坑山,梳妝樓山(一番遠くの霧の山)と虎寮潭の谷あい、胡桶村は谷の一番奥にあった
新北市坪林区は山深いところだ。第五号高速道路の開通から、アクセスはとても便利になったが、山が深いことは変わらない。この深い山の中に、実は100年以上も前に村落があった。台北から宜蘭への交通は、以前訪れた金字牌古道草嶺古道として残っている淡蘭道の表街道に対し、それより短い裏街道があった。石碇には、老街近くに一部が整備されたり、その一部と言われている大格門古道があるが、この胡桶古道は坪林から宜蘭へ向かう街道の一部であった。

街道は山深い中を通過するので、比較的平たい胡桶(湖桶とも称される)には、旅人に商売をする店ができ集落が形成された。日清戦争により、台湾を得た日本は台湾の統治を始めたが、初期は抗日運動が絶えなかった。今まで訪れた山々、例えば深坑烏月山の山中には抗日分子が潜んでいたと言われるところがあるが、湖桶周辺も活動があった。民間に伝わる所では、1897年11月、日本軍は抗日分子掃蕩の目的で湖桶村を包囲、村民全員を殺戮した。このため村は滅亡、付近の人々は、この深い山谷に非業の死をとげた霊魂が残る幽霊村として遠ざけ、次第に忘れられたそうだ。今この遺跡には、その後民間人が小廟や碑を建てている。実際に虐殺があったのか、記録があまりないようで、その真実については議論があるようだが。

南側の乾元宮からスタート、最後は西側の坪林まで歩く
出発点が高い歩き
坪林から宜蘭の間に位置する
日本人として、この場所を訪れることは少しためらいもあるが、今残っている遺跡を見ることは意義がある。そうした意味も含め、今回の山行となった。古道の周辺には、もちろん山々がある。そのうちの三座を歩いた。坪林からタクシーで乾元宮へ、そこから古道を歩き始める。一度峠を越えた後、谷あいの湖桶村へ下っていく。道から分岐して遺跡を見た後、梳妝樓山へ登る。梳妝樓山から下って、谷を上がってくる古道に合流、少し湖桶村側に戻った後、大正11年とある専売局基石の峠部分から尾根道を柑腳坑山へ登る。柑腳坑山から尾根を縦走し虎寮潭山南峰へ、一旦虎寮潭山へ往復した後戻って、急坂を虎寮潭12号の民家へ下った。そこから車道を下って、虎寮潭吊り橋を渡り、坪雙路を歩いて坪林へ戻った。

今日の登山はKさんとLさんの三人パーティだ。MRT新店から8時発の923番バスで向かい、坪林の坪林国中バス停で8時40分前に下車する。ここで予約していたタクシーにのり、十数分で出発点の乾元宮に着く。歩くと7キロほどの道のりで、2時間弱かかるだろう。今日は長い道のりなので、ここまで車で来れると助かる。坪林国中バス停近くには、流しのタクシーはいないので、タクシーを利用したい場合は事前に予約しておいたほうがよい。

出発後乾元宮方向を見る
古道の様子
乾元宮は標高580mほどあり、目の前の山もそれほど高く見えない。胡桶古道から分岐して登れる建牌崙の頂上は霧の中だ。身支度を済ませて9時7分に出発する。緑に苔むした石階段や道幅が広く、古道の様相だ。地元行政による木板で造った階段もある。20分ほど登ると、右に東坑山、建牌崙へ山道が分岐する。山腹を行く古道は、一度下りまた登り返す。蝉の鳴き声が山中に響いている。まだ五月初旬なので、蝉がこれほどいるとは思わなかった。10分ほどで左から虎寮潭より登ってくる、支線と合流する。分岐は峠になっており、ここからは湖桶村に向けて下っていく。山腹を下って行くと、沢音がだんだん大きくなっていく。虎寮潭への分岐から20分ほど下ると、沢を越える。沢を越えて進すみさらに数分、10時8分に胡桶遺跡への分岐につく。

虎寮潭からの古道支線との合流部

分岐脇には、汐止老人小嬰兒が記したとする黒地に金字の事件来歴石碑が建っている。分岐から下り、遺跡を見に行く。二、三分で小廟の建てられた廟につく。これは汐止老人小嬰兒が、石碑を建てたと同じ頃に建てられたということだ。建てられてから十数年経っているので、周辺に残されている看板の文字は、ほとんど判読できない。この辺りの地形は、傾斜が緩く沢もそれほど遠くないので、集落ができたこともうなずける。薄暗い森のなかで、陰気な感じだ。先ほどの分岐へ登り返す。

胡桶遺址義民廟
霧の山林を登る
胡桶古道に戻り進むことわずか、右に梳妝樓山への道が分岐する。分岐には地元政府による立派な道標があるが、梳妝頂山と胡桶鞍部への表示が逆になっており、正しくない。そこに張ってある藍天隊の紙の道標が正しい。行政による道標は、建立した後おそらくメンテされていないのだろう。梳妝樓山への道は、古道に比べると程度が落ちる。幅も狭くなり、草深い。全面に濡れているので、岩がとても滑りやすい。雑木林から杉林、そしてまた雑木林の中を進む。沢を越えて行き、分岐から約25分で、右に建牌崙への道が分岐する。登りが続く。霧が濃くなってきた。音も殆ど無く、我々の足音だけだ。登りがきつくなって数分、11時に鞍部にたどり着いた。ここは、左に梳妝樓山へ、右に北宜古道と梳妝頂山への道が分岐する。梳妝とは髪を梳かし化粧する意味だ。雨が少しパラつくが、幸いにして本降りにならない。

梳妝樓山鞍部,北宜古道方向を見る
梳妝樓山山頂
一息ついた後、梳妝樓山へ向かう。登り10分ほどで、11時15分に標高889mの梳妝樓山に到着する。本日の行程中最高点だ。霧の中の頂上だが、周囲はすべて樹木なので晴れていても景色は望めない。食事をとって休憩する。休憩後、時々現れる急坂の下りを進むこと10数分で、胡桶古道に合流する。下り途中には、大きく土を掘ったあとがある。動物が掘ったものには見えない。誰かが薬草などを掘り返したあとなのか。分岐には、また立派な道標がある。この指示腕木の一番下には柑腳坑6號民宅と同じ方向に柑腳坑山を指しているが、これも間違いだ。柑腳坑山は胡桶古道を戻り、峠の部分から右に進む。峠には、日本統治時代の專賣局が大正11年(1922年)に建てた基石がある。道を挟んで反対側に苔に覆われた石の祠があるが、中には神像はなく空だ。

胡桶古道に合流、表示に間違いあり
専売局基石、大正11年の文字が判読できる
柑腳坑山山頂
峠から緩い上りで一度小さなピークを越え、12時15分に柑腳坑山(標高750m)についた。広い頂上の周囲はすべて雑木林、霧は晴れているが景色は全く見えない。少し休憩した後、尾根道を進む。概ね下りの道は、あまり登り下りがなく、楽な道だ。途中、二ヶ所右に粗石斛へ降りる道を分岐するが、ほとんど歩かれていないようで、道筋もはっきりしない。今歩いている道そのものも、それほど歩かれていない道なのだから、尚更だ。また、道脇には掘った穴に青いビニールシートを敷いて水を貯めているところがあるが、何の目的だろうか。柑腳坑山から50分で虎寮潭山南峰に着く。その少し前で、後ろからやって来た単独行の登山者が追い抜いていった。明らかに山登りの猛者だ。

虎寮潭山山頂
急坂を下る
下山道は虎寮潭山南峰から分岐していくが、降る前に虎寮潭山を往復する。一度下り登り返すと、数分で虎寮潭山(標高566m)の頂上だ。時刻は13時10分、今日最後の頂上だ。シダ植物の説明看板が建てられている。ここも周囲は樹木、展望はない。直進すると粗石斛へ下る道があるようだが、我々は虎寮潭山南峰へ戻り、虎寮潭へ下る。枝尾根上の道はとても急な下りだ。不人気な山なので、メンテもあまりない。それでも本当に必要な部分には、補助ロープが渡してある。ここも長雨のために土が緩んでいて、滑りやすく足を取られやすい。

草むらをかき分けて進む





30分ほど下ってくると、尾根道は緩い下り道になり、大分下がってきたことがわかる。右に山腹を道が下って行くが、その入口には枯れた木の幹が二、三本ほど渡してあり、この道は不通のようにも見える。また、直進するように見える道には標識リボンもかかってある。どちらを進むべきか、確認のため山腹を下る道のほうの標識リボンも比較してみる。何本かあるうちの一本は、今年4月17日と記してある。こちらも行けそうなので、一人先に下ってみる。どうやら問題無さそうなので、大声て他の二人に下がるように伝える。二人も下がってきて、更に十数分くだると、今度は草むらの上に出た。道はどうやら草むらの中をかき分けて進むようだ。草の中にも標識リボンがかかっている。14時22分、虎寮潭山南峰の分岐から約1時間数分で、茶畑のわきにヒョッコり飛び出た。畑のわきを下りきると、石造りの民家(虎寮潭12号)に下り立つ。犬がいるがとても友好的だ。登山者に慣れているのか。沢を渡り、登山道案内板のまえで休憩する。周囲は茶畑だ。時刻は14時30分、山歩きはここで終了だ。

虎寮潭12號の登山口、赤い屋根の民家が奥に見える
坪林のバス乗場は、まだ遠い。幸いにしてあまり車の通らない車道を歩いて戻る、距離は五キロ強だ。ズボンのすそは泥だらけなので、ズボンの下半分をとり半ズボンにする。緩い下り道をキャンプ場のある虎寮潭に来る。修復された吊り橋が上流側にかかっているので渡る。ここからは、坪雙路に向けて登り返す。Lさんは少し疲れ気味だ。坪雙路との合流点からは、先ほど歩いた梳妝樓山から虎寮潭山への稜線が望める。梳妝樓山は頭を霧の中に見え隠れしている。この山の下の谷にはかつて湖桶村があった。

虎寮潭の吊り橋と渓谷
茶畑と渓谷、背後の山、坪林の景観
坪雙路わきに咲く花
坪雙路は一旦下りまた登り返す。歩くとゆっくり周囲の景色や植物を見ていける。茶畑の上から谷を挟んで対岸に並ぶ山々など、車で通りすぎると気づかない美観に巡りあう。最後の峠から下り、坪林が見える。高速道路の雪山トンネル入口が判別できる。高速道路インターチェンジの下を進み、16時23分坪林国中のバス停に到着した。車道歩きは、都合1時間35分だった。日曜日の道は遊楽客の車で混んでいる。待つこと約十分で、923番バスがやって来た。帰りは混雑のため1時間かかって新店へ戻った。

今回は車道歩きも含め13.9kmの道のりを、7時間15分(休憩含む)で歩いた。累計の登攀は844mである。縦走路の登り下りは、比較的少なかった。もし虎寮潭から坪林まで、またタクシーなど車で移動していれば、山道約8キロの道のりである。冒頭に書いたが、胡桶古道は100数十年前の虐殺悲劇がある、特別の意味のある道だ。この虐殺自身は、その事実についての正反二つの見方がある。ネット上にはあったという前提での記述の紀行文や、なかったとする論文もある。

台湾はとても親日的である。長く住んでいると、ひときわそれを感じる。311東日本大地震後の援助や最近のWBCを通じて、日本もそのことに気づき始めている。しかし、日本が昔この地とこの人々を統治していたのは事実であり、その初期には反日運動を力を以て圧殺したことも事実である。日本人としては、そうした事実を忘れてはならない。そうした事があるにもかかわらず、これだけ親日であることに、感謝の気持ちを忘れてはならない。

2013-05-03

2013年5月2日 瑞芳三爪子坑山 - 瑞芳の展望台の山に登る

霧の中の三爪子坑山、左は五分山 (2013/2撮影)
瑞芳の街は山に囲まれ、基隆河が中心を流れる盆地である。その行政管轄範囲には九份や旧炭鉱などの観光資源がある。最近はこうした観光地近くの山々を歩いてきた。そうした中で、基隆河を挟んだ対岸に並ぶ山の中で、ひときわ目立つ山がある。それが三爪子坑山だ。この山は、頂上に樹木もなく周囲の山より高いので、展望がとてもよい。360度すべて見渡せる展望台の山だ。地元行政が整備している山道ではないため、知名度もそれほどではなく、道の状態も良いとは言い難いが、登る価値が十分にある。

東和里から右回りで尾根を廻る
過去1年の間に登った瑞芳周辺の山々
この山は、実は前から注目していた。ただし、天気がよくないと登っても肝心の展望がない。五月に入ると同時に、梅雨入りのニュースがあった。実際昨日は大雨が降ったが、今日は幸いに雨が止んだ。太陽は顔を出さなかったが、高曇りで展望は十分にきく。四月から、長く雨が降っているので、土は緩んで滑りやすいところが多かったが、瑞芳東和里から尾根道をぐるっと一周回遊する形で、登ってきた。

昨日の大雨に増水した基隆河わきから見る基隆山
保女宮への道
瑞芳へは、台鉄の電車もあるが、筆者の住まいからは高速道路経由のバスが便利だ。瑞芳行1061番か金瓜石行1062番である。本数も多く、気軽に利用できる。忠孝復興バス停から7時半発の1062番で出発する。歩き始めの東和里バス停には8時40分に到着、降りた中山路から三爪子坑路を歩く。東和里は、台鉄駅のある街の中心から、基隆河を挟んだ対岸にある。ここからは、河の上流方向に基隆山が望める。広い車道は、左に曲がって橋をこえていくが、ここは右に三爪子坑路を進む。住宅街の中を歩き、右に折れると保女宮の金属製山門アーチをくぐる。ここから、山登りの始まりだ。

長寿亭への階段道、もうすぐ終わり




舗装路は濡れているが、雨は降っていない。登って行くと石造りの家を過ぎ、数分で保女宮につく。ステンレス手すりのある、コンクリ製階段が長く伸びている。途中一旦平坦な部分があるが、10分ほどの階段登りが続く。階段の最上部には長寿亭のあずま屋がある。二階に登ると、五分山や基隆山が見える。建てられた頃は瑞芳の街も見えたのだろうが、木々が育って遮ってしまっている。

登り途中から見る基隆山
蛇子崙山の頂上
土の山道が始まる。踏み跡ははっきりしている。雑木林の中、竹林のなかと様子を換えて進む。大分高度が上がってきたようで、木々の間に見える基隆山が相対的に低くなってくる。琉瑯步道のもと流籠頭の公園とほぼ同じぐらいの高さだろう。シダが茂るなかを進むと、右から天一宮からの道と合流する。藍天隊の道標が新しい。今年1月に取り付けられたもののようだ。その先少し行き、9時43分、歩き始めて約1時間で本日行程の初めピーク、蛇子崙山(標高290m)に到着した。三角点のある頂上は、そこそこ広いが木々に囲まれ展望はない。そのまま、下り先に行く。右に道が別れ、これを行ってもOKのようだが、木々にかかっている標識リボンはすべてもうひとつの道だ。これを取り進むと、ピークを一つ越え、10時4分に産業道路の峠部分に下り立つ。峠からは、送電線鉄塔が沢山建っている大粗坑山や牡丹山が見える。

頂上下の岩壁登り
三爪子山の登り口は、産業道路の反対側だ。いきなり急な坂が始まる。登りつめると、しばらくはゆっくりな坂が続く。右から別の道が合流し、長い急坂が始まる。補助ロープもある。一度狭い尾根を進むと、山腹にもどり沢の音が聞こえる。道はこの沢を越えていく。また急な補助ロープの登りを過ぎると、草の展望ができる部分に来る。ここからは基隆嶼など基隆側が見える。その先で、長い岩壁を登る。補助ロープが無ければ、今日のように濡れている時は、難儀するだろう。登り切った後尾根をしばらいくと、10時50分に三角点のある三爪子坑山(標高536m)の頂上に着いた。歩き始めて約2時間だ。

頂上からのパノラマ、左は五分山、右は基隆山(マウスクリックで拡大表示)
基隆河を挟んだ対岸の九份から牡丹への山々、左端は基隆山、右奥は宜蘭の山
平渓の山々、遠くに中央山や峰頭尖などが見える、右は五分山
頂上の三角点
東側は草の丈が少し高いが、その他は抜群の展望ができる。陽明山系方向は、少し遠いのでぼんやりしているが、それ以外はすべて手に取るが如くだ。今まで登った、平溪の中央尖峰頭尖五分山、その先には石碇の皇帝殿山獅公髻尾山が判別できる。目を反対東側に向ければ、基隆山はもちろん、小、大粗坑山から牡丹山をへて三貂嶺山への稜線がある。その上には、半平山と燦光寮山が頭を出している。近くに目を移せば、烏塗窟山と独特の大岩の獅子嘴岩が見える。その更に向こうは、宜蘭の山々だ。北側は、瑞芳の街、それを越えて遠くには基隆と海が見える。実に優れた展望台だ。北台湾の海に近い地域の地形が一目瞭然だ。

歩きにくい山投林の間を進む

食事をして、ゆっくり休憩する。これだけの眺めは、ゆっくり鑑賞するに値する。時々薄日も差す。30分ほど過ごした後、下り始める。すぐ下に樹が生えているが、ここに山名のプレートが取り付けられている。急坂下りの後、またピークを登り返す。山林投がびっしり生えていて、歩きにくい。右下に、これから歩く八分寮山への尾根筋が伸びている。一度下りもう一度登り返すと、分岐に着く。直進すれば五分山方向、右に八分寮山へと続く。下りはとても急だ。ロープを頼りに下る。この山は、補助ロープが他所に比べると少ないが、それでも肝心なところにはあるので、ありがたい。土の部分は、長雨のために緩んでおり、気をつけないとすぐ足をとられる。三爪子山から40分、12時に八分寮古道と交わる鞍部についた。

縦走路から三爪子坑山を振返る、奥に基隆山と海
八分寮山への分岐近くから見る。奥が瑞芳の街、右の尾根から登り、左側の尾根を下る
八分寮山への道、山投林が茂る
鞍部からまた登り返し、尾根上のピークを越えていく。こちらは山林投もあり、びっしりと所狭しに生える曲がりくねった幹や枝が実に邪魔だ。鞍部から20分ぐらいのところで、草原に出る。右に朝歩いた蛇子崙山の尾根筋と、その向こうに基隆山や九份の山々が見える。さらに15分ほど歩き、わずかに登り返すと八分寮山(標高322m)の頂上だ。12時35分、下りのほぼ半分地点だ。直進すると、八分寮の谷に下る。稜線道はここから右に折れて進む。三角点基石に腰を下ろしてしばし休む。

東方向を見る、対岸は蛇子崙山の尾根すじ
八分寮山頂上
坑仔内山への道、岩の登り
八分寮山から、道は岩が露出した急坂を登り返す。しばらくは狭い尾根上を進む。八分寮山から約20分ほど来ると、右に瑞慈宮へ下る道を分岐する。左の道を取り、尾根をさらに追いかける。下って行くと坑仔內山に着く。ここは、山と言っても斜面に基石が植えられているところで、頂上ではない。竹林、送電線鉄塔の下を過ぎ、保線路との十字路を過ぎる。直進して竹の間を進み、南萬壽山(標高135m)へ道を登り返す。山道を、もう一度登ると木製階段の道に合流した。右に登って行くと、萬壽山(標高180m)だ。椅子やブランコがある、広い頂上だ。今はだれもいないが、瑞芳住人の憩いの場所だろう。時刻は13時56分、今日最後のピークで少し休憩する。

萬壽山頂上
階段道がずっと続く。数分下ると、早健会の建物を過ぎる。椅子や運動器具が置いてある。展望台に登ると、瑞芳の街や先ほど登った三爪子山が見える。石段道がずっと続き、最後は路地道に下り立つ。これを少し行くと中山路に出る。右に進むと、朝降りた東和里のバス停に着いた。時刻は14時30分である。十分ほど待つと、台北行きの1062番バスがやって来た。

東和里バス停
今回は約8.7kmの道のりを、休憩込み5時間45分で歩いた。ほとんどが山道になるので、時間がかかっている。登攀累計は655mだ。今日は、晴れなかったものの、遠くまで視界の利く高曇りだったので、本来の目的を十分果たせた。山としては、そんなに高くはないが、滑りやすい道だったり、補助ロープが少なかったりで、台北近郊登山の経験のある登山者向けだ。平日のこともあるが、今日は山中で誰ひとり登山者とは出会わなかった。

2013-05-01

2013年4月29日 鶯歌石-大棟山-大同山 鶯歌から樹林へ桐花の稜線を歩く

石灰坑山から見る大棟山(アンテナが頂上に建つ)、右に多くの油桐花が咲いている
今年の四月は雨が多い。久しぶりに訪れた快晴は、長続きしそうもない。この好天を逃す手は無いので、昨日登った土城天上山の大漢溪を挟んだ対岸の山々を縦走した。登りはじめの鶯歌石周辺は昨年八月、後半の大棟山は2011年秋に訪れている。この二つのセクションを結んで歩くと、最高の大棟山でも標高405mと低い山々だが、そこそこの距離となる。天上山ほどではないが、こちらも油桐の花が咲いて、単調な山に変化をつけている。

満開の油桐の花
鶯歌駅から歩き始め、過去には炭鉱の搬出道であった孫龍步道を行く。紫玄宮の脇から山腹を登り、鞍部から牛灶坑山へ登る。百年大榕樹を経て石灰坑山へ続く主稜線を歩く。山道から車道を歩いて大棟山を登り、青龍嶺から大同山を経て樹林駅まで下った。鶯歌から百年大榕樹への山道、大棟山から樹林までの山道は、ともに地元行政の整備がありA、Bクラスの良い道だ。一方、石灰坑山前後の道は、殆ど道標もない踏跡の道で、Cクラスの上といったところだ。このセクションは、両端の山道に比べれば歩かれていないようだ。

南側の鶯歌から北側の樹林まで山を縦走
登り下りを繰り返す縦走の高度プロファイル
朝起きると、とてもよい天気だ。カラッと晴れ上がり、気持ちのよい晴天、前にコースを検討してストックしていた、鶯歌から樹林への縦走をすることにした。久しぶりの単独行となる。いつもより少し遅め、7時半に出発する。台北駅8時5分発の区間電車で鶯歌には8時半過ぎに到着。通勤通学時間帯を過ぎているので、駅はガランとしている。

大きな蝸牛が道を横切る
線路沿いに文化路を進み、踏切を越えて住宅の間の道を入る。正面の山腹に鶯歌石が飛び出している。北鶯公園わきの階段を登り、孫龍步道に出る。ここから登っていく道を上がれば、鶯歌石の基部に着くが、去年行ったので今日はそのまま孫龍步道を進む。ところどころ、油桐の花が歩道上に落ちている。道の真中を大きな蝸牛が横切っている。ここは人が歩くだけの道なので、のっそり横切っても潰されることはないだろう。農林禪寺からは、正面に大漢溪を挟んで三峽鳶山が見える。山腹には白い桐花が緑の肌に変化をつけている。

石炭搬送道の名残のトンネルを抜け進むと、紫玄宮に着く。道はここから階段の登り道になる。奇妙石の脇を登り、9時20分にあずま屋のある鞍部に着く。右に行くと展望台になる。ちょっとした下り登りで展望台に来る。晴天の今日は、絶好の展望ができる。北東側に碧龍宮が龜公山の山腹に建っている。碧龍宮の左側には、油桐花が群生している。目を大漢溪の方向に向ければ、対岸は三峡台北鎮の新開発住宅群、そしてその奥には白鶏山の山塊が控えている。その背後の獅仔頭山から熊空山への縦走路も一目瞭然だ。白鶏山の右側は五寮尖そして大溪金面山の山並みが続く。その奥に見えるのは北插天山などの三峽奥地の山塊だろう。昨日登った天上山山塊も東側に見えるが、朝の光線の中では逆光でもう少しはっきりしない。
展望台から碧龍宮を望む

展望台から三峽鳶山方向を望む
大漢渓を挟んだ対岸の山々(マウスクリックで拡大)
鞍部へ戻り、そのまま枝尾根を牛灶坑山へ登る。幅広の尾根道は、岩が露出している部分もあるが、概ね歩きやすい道だ。落ちた桐花をまとめてハート形が道の真中に作られている。月曜日の今日は他に登山者がいないが、昨日日曜日には多くの登山客が訪れ、残したものだろう。9時47分、牛灶坑山展望台(標高243m)に着いた。鞍部から約10分の登りだ。多く咲く桐花の向こうに、桃園の街が望める。

牛灶坑山から桃園方向を望む
大樹佛
左に尾根を進む。10分ほどで百年大榕樹へ続く主稜線道に合流する。右に少し下ると、車道に出る。車道を少し進むと、左側に階段で山道が登っていく。岩の上や階段を登って行くと、ベンチのあるピークに着く。すぐ近くに桐花が咲いている。普段は樹木の枝の高いところに咲いているので、すぐ近くに見るのは初めてだ。石段をくだり、また登り返すと10時20分に光明山大樹佛に着いた。ピーク上の大岩にガジュマロが生え、その根本に仏像や香炉が置いてある。手前の展望台には、水瓶に蓮が咲いている。展望台の下は、寺院の屋根が見える。その向こうは大漢溪の谷間が広がる。


百年大榕樹へ登る
光明山頂上から一旦下り、小沢を越える。ここからしばらく登りが続く。10時42分、車道のある分岐に着く。展望台も設けられている。ここからの展望も素晴らしい。樹林から桃園まで見渡せる。歩いてきた尾根道も判別できる。石灰坑山への縦走路が直進するが、左奥にある百年大榕樹に立ち寄る。樹齢は約350年ということだ。台湾の漢人による開拓が始まって間もないころから、台湾の歴史を見守って生きてきていることになる。手前には焼香台も設けられている。先に進んでいく道は、1号省道へ続く福源山步道だ。付近のテーブル・ベンチで休憩し、軽く食事をする。

百年大榕樹近くの展望台から見る(マウスクリックで拡大)
大榕樹
石灰坑山への山道
十数分の休憩後、展望台の場所へ戻り土の縦走路を登る。登り切ると右に道が分岐する。これが石灰坑山へ続く縦走路だ。ここから今までの道とは様相が異なる。しっかり踏まれて道筋ははっきりしているが、幅はずっと狭く歩行者が比較的少ない様子だ。11時13分に金色の小仏像が置かれている頂上に着く。何の表示も無いが、ここが石灰坑山(標高374m)だろう。小学校で使われていたような木製イスが三脚置かれている。進む方向を望むと、かなた向こうに通信用の鉄塔が建っている峰がある。大棟山だ。まだ、けっこう距離がある。概ね下り坂の道を歩いて行く。11時30分に福安宮の脇で車道に降りた。ここには野良犬が数匹たむろしている。病気の犬もいるようだが、吠えてくる。

石灰坑山頂上
大棟山へ車道を登る、アンテナが山頂
ここからは、北57県道を進む。数分下って行くと、道標があり右に下る道は山佳駅を指している。ここは前に大棟山を訪れた時、下っていった道だ。直進して、車道を登っていく。一旦峠を越え、少し下りのあと右からの道と合流、もう一度登り返すと東和街との分岐点に来る。新しい道標が設けられている。左は龜山へ下る道、右は山佳へ下る道、直進する車道は大棟山への道だ。12時7分、大棟山頂上(標高405m)に着く。鶯歌駅を出発して約3時間半、ここが今日の行程のほぼ中間点だ。あずま屋の中で、登山客が一人休んでいる。どこからと尋ねられ、鶯歌からと答え、所要時間を話すと割りと速いと言う。実際、今日は自分の体力確認も含めて割合と早足で歩いてきた。

大棟山から林口方向を望む
青龍嶺へ山道を下る
前回訪問に比べると、あずま屋周辺の地面が整備され綺麗になっている。北方向をみると、林林の台地とそこに建つ丸い体育館も望める。20分ほど休憩し、青龍嶺へ向け縦走路を下っていく。ここからの道は、木製階段も設けられ整備がされている。秋壇山の石碑を途中見て下り、東和街への道を分岐する。回音亭のあずま屋を過ぎ進むと、大きな墓地の上部に出る。その先には建設中の北霊宮がある。前回訪問時から1年半経つが、それほど建設が進んでいない感じだ。けたたましいエンジン音とともに、トライアルバイクに乗ったライダーが上がってきた。先程からエンジン音が聞こえていたが、このバイクだったようだ。乗るのは構わないが、排気ガスを吸っての山登りは勘弁してほしい。その先わずかで、車道に降り立つ。13時20分に青清宮のある分岐部に着いた。右奥の丘に建っているあずま屋でしばし休憩する。

大同山から天上山方向を見る
大同山から新荘、板橋方面を見る
大同山からの下り道
大同山へ向け、山道を歩く。この道はボランティアなどが掃除をしているのだろう、枯葉やゴミもなくとても綺麗な道だ。13時55分、細長い大同山(標高237m)に着いた。ここからは、天上山山脈が、樹林と土城の街を挟んで、真正面に見える。北方向を見れば、新荘や板橋の街が広がっている。急な階段道が南寮福德宮に向けて下っていく。人里近いこの辺りは登る人も多い。数人とすれ違い下り、14時10分大きな金色の像が建つ南寮福德宮の上部に着いた。

南寮福德宮の境内を通りぬけ、山門から下っていく幅の広い道を進む。14時30分、大安路の登山口に下り立つ。街の中を通りぬけ14時46分に樹林駅に着いた。ちょうど8分遅れの区間電車が来たので、都合よく乗車し台北に帰った。

南寮福徳宮の銅像と桐花
今日の歩行距離は14.9km,休憩込みの所要時間6時間8分である。山は低いが縦走路で登り下りを繰り返したので、累計高度は878mある。平均の速度は2.85kmで、途中舗装路もあるが山登りとしては速いほうだ。久しぶりの好天の山登り、気温が高くなったものの、様々な方向の展望ができ、もとてもよい歩きができた。