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2013-03-14

2013年3月13日 平溪石底觀音山-作埤內古道 基隆河の源流から汐止へ山越え

581峰への尾根から展望する刀石崙(左)と石底觀音山
石底観音近くにある基隆河水源の表示
台北の河川、淡水河には三大支流が流れ込む。そのひとつ基隆河は、その源を平溪の最奥、石碇との境にある石底観音に発する。分水嶺の石底観音山の反対側は、もう一つの三大支流新店渓に流れ込む景美渓の源である。今回は、その石底觀音山から歩き始めて581峰で耳空龜山縦走路へ、そこから耳空龜山方向に下り雙石塔の分岐から作埤內古道を下った。東山からはコミュニティバスがあるが、時間があわず汐止駅まで歩いた。数日続いた好天だが、寒波が午後から近づいて下山したころはすっかり曇りになった。昼間は暑く半袖での山行だったが、夜には気温が十数度まで下がった。

石底觀音山からは北側に刀石崙を経て尾根が伸びる。この尾根は耳空龜山から盤石嶺への尾根と581峰で合わさる。周辺は過去炭鉱があり、それに関連した道や施設が残っている。今は古道として歩かれている作埤內古道や一坑古道がある。古道は山頂を通らず山腹を巻いていく。581峰と耳空龜山との鞍部には、石造りの塔が二つ並んでいる。石碇側五坑の炭鉱で採れた石炭を汐止側に運ぶためのロープウェイがあり、この塔はその一部だったということだ。作埤內古道はこの作業のためにも歩かれていたのだろう。

南の石底観音山から北へ歩く
出発点は300m、左の尾根道部分は昇り降りを繰り返す
795番バス
朝7時少し前、MRT木柵駅のバス停で平渓行き795番バスに乗る。このバスは以前1076番と呼称されていたが、2月からこの795番に変更され、休日には便数も増えている。通学時間帯なので、学生が多く乗る。石碇高中で高校生が下車、小学生は永安国小で下車すると、車内はガラガラだ。分水嶺への登りを終えると、平渓への谷へ下り始める。7時35分観音山バス停で下車する。少し来た方向に戻ると、右に観音寺への道が登っていく。分岐には基隆河源流の案内板がある。数分登ると観音禅寺が現れる。遅咲きの桜がまだ咲いている。

石底観音
建物の前で尼さんが一人、庭花の作業をしている。挨拶をして左側に登っていく階段を進む。わずかの登りで、階段の左側に石底觀音山への入口がある。登り始める前に、その先にある石底觀音へ行く。大岩にくぼみがあり、その中に観音像がある。自然にできたくぼみの中の岩も観音様のように見える。ここからも、山腹を石底觀音山と刀石崙との鞍部へ登っていく道がある。石底觀音山登山道口に戻り、登り始める。いきなり急な登りが始まる。しばらく山腹を登った後、枝尾根に取り付く。道端に天燈の残骸が落ちている。まだ新しいので、先月の天燈節に飛ばされたものか。8時22分、登山口から22分で石底觀音山頂上(標高519m)に着いた。

石底観音山頂上から見る四分尾山方向
石底観音山頂上
中央に基石が埋まる頂上は、そこそこ広い。北西方向の樹木がなく、四分尾山方向が望める。去年八月に歩いた紙寮坑の谷から、その上の四分尾山斜面上にある産業道路などが見える。下りは、登りにまして急坂だ。補助ロープを頼りに下る場面も多い。痩せた尾根上の道を進み、一度登り返したあとの下りでは、大岩に取り付けられたロープ梯子を下る。この梯子は力が加わるとたわみ、見た目より手ごわい。8時55分、鞍部に着いた。慎重に下る場所が多いので、下りにも20数分かかっている。鞍部は右から石底觀音からの道が合流し、そのまま左に山腹を行く。ここは直進して刀石崙への尾根を登る。
岩にかかるロープ梯子





登り返しもけっこう急坂だ。15分登ると、右に刀石崙への道が分岐する。右にとり刀石崙へ向かう。一度下った後、急斜面の下に着く。普通ならば補助ロープがあるような場面だが、ここは登山者が少ないのか、ところどころに生えている樹の枝だけが頼りだ。9時20分、刀石崙(標高576m)の頂上に着く。ここは山名表示など何もない。西側が開けけている。遠くに二格山から猴山岳への尾根筋が判別できる。その南側には皇帝殿山の西峰あたりが見える。ただ、春の山景はぼんやりしている。1時間半ぐらい歩いたので、腰をおろし休憩する。

刀石崙からの西方向展望、深坑の街が中央に見える
思ったよりわけなく、先ほど登ってきた急斜面を下り分岐についた。ここから、また鞍部に向けて下る。この下りも同じく急斜面で、補助ロープが多くかかっている。左から山腹を来る古道に合流し、その先でに一坑から登ってくる道との分岐がある鞍部に、9時50分降りたった。距離は大してないが、急坂で足場も悪く、石底觀音山からの尾根道縦走は時間がかかる。樹の幹に台北縣99年度登山步道工程の張り紙がある。それによると道標や階段の設置が記してある。それから三年が過ぎているがそうした工事はされていない。現状の山道でも問題ない。

展望点への登りから見る、左に薯榔尖、奥には峰頭尖と中央尖(左)
581峰から東に伸びる峰々、一番右端は薯榔尖
薯榔尖から見る刀石崙から581 峰へ伸びる尾根筋と一坑の谷間(2011/10撮影)
展望点からの下り
581峰方面へ、また稜線道を登り返す。十数分登ると、右側の樹木が少なく展望ができる場所がある。刀石崙とその左側に薯榔尖が望める。その奥は峰頭尖だ。特長ある中央尖も判別できる。更に少し登ると、裸岩の部分から展望ができる。こちらからは581峰から盤石嶺への連峰がとても近い。反対側は、今歩いてきた刀石崙と石底觀音山が並んでいる。その奥には皇帝殿山の全景、そしてその左には切り立った斜面がある人面山の尾根筋が望める。また急な坂を下り、10時20分鞍部に着く。ここは右から登ってくる一坑古道との分岐だ。左には耳空龜山へ山腹の古道が続く。
581峰頂上







581峰に向けて直進する。急坂を登りきりしばらく平な道が続くと、581峰に着いた。10時38分、先の鞍部から十数分の登りだ。昨年三月からちょうど一年ぶりに来た。ここで休憩、食事を取る。二十数分の休憩後、耳空龜山方向へ下る。縦走路は地方政府による整備が行われているので、木製の道標や案内などがある。15分ほど下ると、左から古道が合流する。ここから先は古道の一部なので、岩に彫り込まれた階段が現れる、割合と平な道が続く。少し登り返すと右に作埤內古道への分岐部に、11時半に着いた。そのすぐ上は雙石塔だ。対向方向から二人の登山者がやって来た。今日山中で出会う、唯一の登山者だ。このあたりの山は、それほど人気がある山ではない。

双石塔
双石塔の基部床にある鉄リングと花びら
雙石塔は、二つ並んだ石の塔が目立つが、その基礎部分も石造りの強固なものだ。植物に隠れて目立たないが、この工事はかなり大掛かりなものだ。石炭産業は廃れ、今は樹木の中でひっそりとしている。自然は変わらず、毎年四季を繰り返す。塔の周辺には、白い花が落ちている。分岐にもどり作埤內古道を下り始める。この道は、今日の中では一番自然に近い状態だ。草深い部分も多く現れる。倒木も多く道を塞いでいる。山腹から沢に沿った道になってくる。20分ほど下ってくると、沢を越える。このすぐ先右に廃屋の石壁が草木に埋もれている。けっこうな大きさだ。更に15分ほど歩き、12時15分沢底に下りる。沢を少し下り左岸に渡ると畑がある。その先に屋根も見える。ここは誰かの別荘のようだ。内曽路16-1号という標識がある。家の手前の庭は、通泉花が一面に咲いている。蝶々が花から花へ飛び回っている。家は戸締りがされ、誰もいないようだ。静かなこの軒先で、しばし休憩する。

作埤內古道、沢を越える
内曽路6-1号住宅前の庭に咲く花
作埤內古道主線、良い道だ
二十分ほどゆっくり休んだあと、更に作埤內古道を歩く。少し登ると右から作埤內古道の主線に合流する。ここを右に行けば盤石嶺へ続く。それまでとは異なり、よく歩かれているようで、道に草などがない良い道だ。少し登り返した後、平な道が山腹を縫って行く。10数分で、内曽路の舗装路に飛び出た。左に取り、内曽路を登っていく。天気もよく、車も殆どやって来ない道は快適だ。振り返ると盤石嶺が見える。道が平らになり山裾を回りこむと、展望峰への登山口を通過する。その先は桜の並木が植えられている。七割方はすでに葉桜だが、まだ花が咲いている樹もある。13時15分、慈聖宮への分岐にやってくる。この周辺には吉野桜が多くある。ちょうど花見ごろだ。まだ樹が若いので、花の数が少ないが。谷向こうには姜子寮山が手前の盤石嶺から下る枝尾根から頭を出している。

慈聖宮分岐近くから見る、桜の向こうは姜子寮山が頭をのぞかせる
吉野桜も満開だ
鵠鵠崙登山口
内曽路を更に下っていくと鵠鵠崙路につながる。これを下り三徳廟の前を過ぎ、月桃が咲いている鵠鵠崙登山道口に来る。もともとは予定していなかったが、時間も早いし、この山だけを登りに来ることもないので、立ち寄ることにする。数分で頂上に着いた。基石がある頂上は、周囲すべて樹木で展望はない。登ってきた道を戻り、鵠鵠崙路を更に下る。つづら折れの道のわきには山桜がまだかなり咲いている。14時10分、鵠鵠崙路を下りきり汐平公路に着いた。作埤內古道入口から約1時間20分の歩きだ。少し下り東山国小の前に着く。コミュニティバスが往来しているが、15時過ぎまでない。そのまま歩いていくことにする。

東山国小前
2011年10月に菁桐古道を下ってきた時も、時間があったので途中まで下って、やってきたコミュニティバスに乗った。今日も、もし途中で出会えば乗るつもりで、汐平公路を歩いて行く。14時35分、新台五路との交差点に着く。ここから新台五路を歩く。交通量の多い道を歩くは、楽しいものではないが。大きなコンテナヤードなど、普段気にしない風景を見ながら歩く。茄苳路を進み15時14分に汐止駅についた。結局、コミュニティバスよりも早く着いた。

今日の行程は、歩行距離14.8km、所要時間約7時間半である。前半の山道部分、特に石底觀音山の尾根筋の道は、時間を要した。出発点の観音山バス停は標高約300mとそこそこ高いので、はじめの登り部分はそれほど高度差がない。累計の登攀高度は903mであった。平渓の山はしばらく来ていないが、未踏の部分もまだあるので、また登りに行くつもりだ。

2013-03-11

2013年3月10日 瑞芳小粗坑古道から九份へ W大校友会ハイキング

基隆山を真正面に見て下る、右山腹に広がる九份の街まであとわずかだ
今週一週間は天気がとてもよく、この山登りで四回目となる。今日は昨年10月に引き続き、台北のW大校友会名目のハイキング活動だ。前回は陽明山山系だったが、今回は台北の北東に位置する瑞芳の山歩きだ。侯硐から小粗坑古道を登り、九份へ歩いた。歴史を体験しながら観光地九份へ向かう趣旨だ。

南側の侯硐から峠を越えて九份へ(マウスクリックで拡大表示)
登りが下りより多い高度プロファイル
九份は、今や説明する必要も無いほど有名な観光地だ。一度はアジアで最大の金鉱として栄華を欲しいままにしたが、やがて金産出がなくなり没落した。ゴールドラッシュの後は、世界どこでも同じだ。人は去り、街はさびれる。九份も同じ運命を辿った。「悲情城市」の映画で、山腹に広がった歴史の街が紹介され、今日の観光スポットとしての新しい時代が始まった。

ツツジ咲く道の向こうに九份の街
九份ははじめから、今日のような交通手段があったわけではない。山の上の不便な場所でも、一攫千金を目指す金鉱堀にとっては、道を切り開いてでも入っていく。金鉱が見つかった九份の南側、大粗坑山の沢周辺には、坑道が掘られる。人が集まり、やがて集落が形成される。それが小粗坑や大粗坑の集落である。集落と坑道入口や麓の農村などとの間に、道が整備される。人や物資がその道を経て行き来する。そうした道が、九份の付近にはいくつかある。今回歩いた小粗坑古道も、金採掘のためにできた小粗坑集落を麓の侯硐と、また峠を越えて九份と結ぶ。豊かな財力を生かして、石畳や石垣などがこの道には造られた。金が出なくなり人が去った後、道は忘れられたが、近年再び整理されハイキング道として復活している。この道は、数十年前に人々が生活していた集落の遺跡を通過していく。道には、当地の生活の一部だった土地公や山神廟がある。道を歩くことによって、単に景色を眺めるだけでなく、九份の形成や人々の生活を偲ぶことができる。

侯硐駅の猫駅長像
メンバー四名は台北駅に集合し、7時35分発の羅東行き区間電車で侯硐へ向かう。休日のこの電車はハイカーが多い。8時半に侯硐に到着。まだ早いので観光客は少なく、駅や周辺はひっそりしている。猫が一匹改札口の待合室にいる。ここは猫で有名な街だ。駅前から北方向に進む。旧鉄道トンネルをくぐりビジターセンターわきの橋で基隆河を越える。今日は晴天、これから歩く小粗坑古道の峠部分が目の前の尾根筋に判別できる。瑞侯公路を進む。侯硐国小を過ぎるとまもなく小粗坑古道の入口だ。

草刈りされた、山道入口部
石段道を登る
先月も同じく小粗坑古道を歩いた。その時に比べると、今日は気温が高く、汗が流れてくる。新北市の道案内看板まで登ってくると、野良犬が数匹道の真中で休んでる。我々が近づくと、吠えることもなくどいた。何かおどおどしている感じだ。案内看板は、先月は草に埋もれていたが、その後草刈りされてさっぱりしている。山道が始まる。鉄製の橋を越え進む。土地公に立ち寄る。小沢を越えると、石段の道が登っていく。石垣がつまれた古道に、メンバー皆は感心する。実際、この古道は昔のままであるが、初めからそれだけしっかり造られているということだ。9時35分、小粗坑集落に着いた。侯硐駅から約1時間だ。
小山国小の廃屋と説明板
山神廟への上り道
先に道を左に取り、小山国小跡を見に行く。一教室で先生も一人、小学1,2年生が就学していた。今は草や木々に埋もれた苔むした石壁が残るだけだ。大粗坑集落の小学校も同じく分校で、こちらは大山国小、それに対しこちは小山国小と呼ばれた。分岐部に戻り、古道を登る。山神廟まで高度差100mぐらいの直線的な登りが十数分続く。ここが小粗坑古道中、一番つらい登り坂だ。山神廟の前にはサインブックが置いてある。メンバーのYさんがサインをはじめ、全員名前を残した。山神廟から山腹を平らに歩いた後、方向を換え登っていく。木々の間から瑞芳の街が見える。道の前方が明るくなり、峠が近い。10時10分過ぎに峠に着いた。目的地の九份が基隆山の麓に広がっている。街の上方はお墓がたくさんあるのが見える。瑞侯公道の古道入口から約1時間の道のりである。道わきのベンチに座り休憩、軽い食事をとる。

峠で休憩、九份も見える
あずま屋前から見る
休憩後小粗坑山頂(標高485m)へ往復する。今日の行程最高点である。下りはとても気楽だ。陽射しは強くなってきているが、風も少し吹いているので気持ちが良い。真正面に基隆山を見て下る。途中、道の階段に腰掛けて休んでいるハイカーと出会う。今日山道で初めて出会う登山者だ。10時55分、あずま屋まで降りてきた。ここまで来ると、九份はもう目と鼻の先だ。あずま屋は、大きな石のテーブルがあるが、もとあった椅子は取り除かれ、跡だけが床に残っている。威勢のよい台湾犬が登ってくる。その後を飼い主の登山者が登ってきた。いつもこの黒犬をつれて登山しているとのことだ。数日前石碇登山で一緒について来た犬のことを思い出した。

頌德公園
ツツジの咲く道を下りきると頌德公園に降り立つ。記念写真を写す。前回はここから左に取り、軽便路から琉榔步道を経て瑞芳へ歩いた。今回は右に曲り、九份へ歩く。軽便路から基山路へ入りると観光客が多くなる。11時40分に老街の入口に着いた。このあたりは人であふれている。登山とは別の世界だ。老街中程の肉圓店で食事をする。ここは去年観光旅行できたところだ。食事後、瑞双公路のバス停から台北行直通バスで帰京した。

九份集山路からの眺め
今日の行程は、一日前と比べるとずっと楽だ。歩行距離は5km、所要時間は休憩も含め約3時間半だった。登攀高度累計は501mだ。九份から侯硐駅へ、逆方向に歩けば登りが少なく、坂もゆるやかなので更に楽なルートとなる。

2013年3月9日 陽明山七星山 凱達格蘭遺跡、金露天宮経由、天母古道を下る

七星山主峰山頂
しばらくぶりの七星山登山に行った。去年九月以来だ。今回は、陽明山バスセンターから苗圃登山道を経て、主峰の南側にある凱達格蘭遺跡に立ち寄ったあと主峰に登った。下りは、小油坑への道の途中から金露天宮へ下る非正規山路を歩いた。陽明書局から陽明公園へ下り、その後さらに天母古道を経て天母まで歩いた。今回の山行は、友人二人と都合三人の登山である。そのうちの一人KSさんは、筆者のブログを見て連絡があり、今回一緒に登った。ブログを通じて登山同行できたことは、筆者として嬉しい。もう一人のKKさんは、これで数回の同行だ。彼はもともとスポーツマンだが、山が好きになったようだ。

中心の陽明山バスセンターから出発、七星山下山後天母古道を下る
一本調子の登りの後は長い下り
最後は天母まで
今回の山登りは、実のところキツイ山行に属する。登りは累計で1000m弱だが、長い階段の登りが続き体力が要求され、また下りも長い道のりで健脚向けの行程だ。KSさんは登山経験が少なく、この山行は大変だったと思うが、しっかり完走した。普段から歩くことが多いとのことで、それが助けになっている。天気のよい春の七星山は、夏のアルプス銀座よろしく、登山客がとても多い。一般登山道は、老若男女、さまざまなハイカーが歩く。一歩非正規山道にはいると、様子はガラッと変わる。ほとんど誰にも合わない、静かな山歩きができる。

ビジターセンタ近くから見る七星山
苗圃登山口
花の時期の陽明山は、遊楽客がとても多い。交通規制もあるが、同時に山中では観光スポットとの間を結ぶ臨時シャトルバスなども運行され、普段より忙しい。そうした混雑を避けるため、早め7時半にMRT劍潭駅で落ち合い、紅5番バスで陽明山バスセンターに向かう。土曜日だが文化大学で多くの学生が下車する。8時10分過ぎにバスセンターに到着。支度を済ませ、陽明山公園の方角へ歩く。人車分離道の入口に十匹の野良犬がたむろしている。入口からトンネルをくぐり階段をのぼる。分離道を登ること10分ほどで、8時37分にビジターセンターに着く。ビジターセンターに立ち寄り、展示物を10分ぐらい見て回る。ビジターセンターの前からは、これから登る七星山が道脇の桜の向こう高い。

大分登ってきた、紗帽山が下方に
更に人車分離道を進み、苗圃登山道入口に着く。ここから七星山登山開始だ。今日は登山道を行くハイカーがとても多い。若い人がかなりのハイペースで登っていく。登山口から20分ほど石段道を登ってくると、左に道標はないが土の道が分岐していく。金露天宮へ続く山腹道だ。更に10分登り、9時25分に七星公園に続く分岐点に着く。ここのあずま屋で休憩する。新しい時計がかかっている。寒暖計は17度を示しているが、汗をかいた体にはその感覚がない。数分の休憩後急な石段道を登りはじめる。十数分の登りの後、樹木がきれて展望がきく。朝陽の中に、紗帽山が下方に大分低く見える。9時54分、あずま屋から約20分ほどで凱達格蘭遺跡へ続く山道の入口に着いた。苗圃登山口から1.7kmの路程ポストの少し上だ。ここはもちろん道標などはない。

凱達格蘭遺跡への道
非常によい陽明山の登山道に比べれば落差があるが、この山道は他の台北近郊の山道に比べたら良い方だ。少しこの道を進むと標識リボンなども現れる。はじめは平な道が続くが、そのまま進む道から右に登っていく道が分岐する。平な道は、金露天宮への道へつながる。樹の間を登って行くと、草原に出て展望ができる。さらに進むと、前方に一面笹やぶの中に凱達格蘭山がちょこんと座っている。周りは背丈の高い笹やぶだが、道の部分はしっかり草刈りされている。岩を乗り越え進み、10時15分に凱達格蘭山に着いた。前方には主峰、左側には南峰、そして右奥は東峰が座っている。反対方向は、びっしり茂る笹やぶの先は遠く紗帽山などが見える。ここは南、主、そして東峰に囲まれたテラス状の地形で、その中央に凱達格蘭山が立っている。狭い頂上で休憩する。二人登山者が登ってきた。下方の藪がガサガサ動いている。だれか別の登山者が歩いていのだろう。

凱達格蘭山、左は七星山主峰、遠く右奥は東峰
凱達格蘭山頂上から見る、左から南峰、主峰、東峰
凱達格蘭山頂上から南方向を見る、笹ヤブの中に道が続く
積み上げられように見える巨石
凱達格蘭山を下り、主峰方向に進む。開けた場所に出た。遺跡の祭壇と言われている部分だろう。ここに立って周囲を眺めると、中心に凱達格蘭山のピラミッドが座っている。この開けたところから少しのぼると巨石がある。この巨石は石を積み上げてできているように見える。繋ぎ目があるのだ。世界中には巨石の文化があるが、ここもそれと同様に歴史前の原住民が何らかの方法で造ったのか。そこから数分登り、藪をかき分け進むと、ひょっこり石畳登山道に飛び出た。何の標識もない笹薮から我々が飛びでてきて、ちょうどそこを歩いていた登山者が、少し驚いている。登山道を進み、11時に主峰に到着した。頂上には大勢の人が、思い思いに写真と撮ったり休憩したりしている。このような天気のよい日は、多くの人が登ってくる。われわれも記念写真を写す。

金露天宮への山道入口、奥に展望台
登ってきた道を下り、さらに南峰への分岐を経て展望台へ進む。その少し前、左に笹薮のなかへ土の道が下がっていく。これが金露天宮へ下る道だ。降る前に展望台へいく。ここも登山者でいっぱいだ。分岐へ戻り、山道を下りはじめる。ちょうど親子連れがそばを通り、道標もない山道に入っていく我々を、訝しげな表情で見ている。背が高い笹薮をかき分けて進むと、前方に紗帽山が見える。木々のある部分にくると、赤のプラスッチク製椅子が二つ置いてある。誰かが持ってきたのだろうが、大分年月が経っているようだ。坂道が急になり補助ロープも現れる。笹が次第に少なくなり、林の中を下るようになる。分岐から20数分くだってくると、少し開けた場所に降り立つ。左から小道が合流する。これは凱達格蘭遺跡から山腹を横切ってくる道だ。南峰からもここへ降ってこれるようだ。少し登り返し、また急坂の下りが続く。12時5分、山道が終わり金露天宮が現れた。約30分の下りだ。

金露天宮への下り道
金露天宮の前で休憩する。辺りは我々三人だけで、七星山主峰などの賑わいが嘘のようだ。登山日和の七星山でも場所やルートのとり方で、静かな山歩きができる。30分近くゆっくり休憩した後、舗装路を下る。十数分下ると、小油坑から下りてくる人車分離道と交わる。ここは一昨年九月に歩いた以来だ。左に曲り、こけがびっしり生えた石畳の道を歩く。数分で竹子湖の警察局裏に着く。陽金公路を渡り、対面に続く人車分離道へ進む。このセクションは、よく歩かれている。道の石畳に苔もあまり着いていない。実際、何人ものハイカーとすれ違う。先程竹子湖までは全く出会わなかった。

金露天宮前で休憩する
中興路で右に曲り、車道を下る。サクラや椿の花が咲いている。正面に大屯山が高い。陽明書局を過ぎ、さらに下る。ここも遊楽客が多く道を行く。13時40分、陽明公園に着いた。金露天宮から約1時間の道のりだ。公園内は大勢の人出で賑わっている。家族連れやカップルなど、老若男女さまざまな人がくつろいでいる。我々も少し休憩し、果物を食べる。

陽明公園は花が満開
黒犬がついてくる
公園からバスセンター方向へ歩く。入園してくる遊楽客がひっきりなしだ。路上には屋台も出ており、お祭りのようだ。山登りの我々は少し場違いの感じだ。14時20分、バスセンターに戻ってきた。帰りには時間が少し早いのか、バスを待つ行列は予想に反しとても短い。バスで帰ることもできるが、更に天母古道を下ることにする。紗帽路を下り、左に河へ下がっていく人車分離道を歩く。ここは昨年九月訪問時は、一部分補修中で通れなかった道だ。道は河沿いを進む。温泉から流れる水のせいで、硫黄の臭がする。橋をわたると黒犬がいる。我々について歩いてくる。愛富三路を登り14時50分天母古道入口に着く。犬が少し遅れて、登ってくる。我々がまだいるのをみて、嬉しそうだ。

天母古道から見る大屯山(左)、小観音山(中)、紗帽山(右)
天母古道も歩く人が多い。石畳の道をおりきり、道脇のベンチで少し休憩する。砂利の敷いてある平な山腹の道を20分ほどで歩き終わり、階段道を下る。15時40分、中山北路終点の登山口に着いた。愛富三路入口から50分の歩きだ。中山北路ロータリーまで更に下り、近くのバス停からそれぞれ帰宅した。

今回の行程、歩行距離は16kmある。最近の山行では一番長い。所要時間は7時間半、登攀累計は972mである。舗装路やAクラスの登山道部分が多いが、一方かなり急な土の山道もあり、ハードな行程である。初めてのKSさんもよく歩いたと思う。