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2016-03-07

2016年3月5日 台中波津加山 谷關七雄七座目を登る

波津加山(2016/2撮影)
昨年秋にはじめて一泊二日で一気に四座を登った、台中市和平区にある温泉谷關の七座の峰々は、今回の波津加山登山で七座全部を登頂し、一区切りとなった。七座といっても、背後の更に高い稜線から派生している支稜上の一ピークに過ぎない山もあるが、それなりの登りがいがあり、多くの登山者が訪れる理由がうなずける。その七座とは、標高順に言うと、八仙山(2366m)馬崙山(2305m),屋我尾山(1796m),波津加山(1722m),東卯山(1690m),白毛山(1522m),唐麻丹山(1305m)となる。山名も少し変わったものがあるが、これは原住民泰雅族の言葉での名前を日本時代に漢字を当て、それが中国語名になっているという由来がある。同行者のVさんによれば、波津加山の日本語読みハツカは、泰雅族語では努力の意味だそうだ。

同一ルートで頂上を往復
歩行高度
台北から行くと、二週間前の馬崙山が一番奥に位置する。その次は、今回の波津加山だ。谷關温泉ホテルなどのすぐ上に位置し、登山口もホテルの近くにある。交通機関などもバスが近くまで来ているので、七座の中では一番アクセスは良いかもしれない。ただ、台北からだと時間が掛かりすぎるので、一日で往復するのであれば自分の車で来ることが必須だ。今回は、台北から出発、谷關温泉の駐車場に車を駐車、大甲溪にかかる吊橋を渡り、四季温泉会館脇から始まる捎來步道からスタート、登ったところにある涼亭からの波津加山登山道を経て頂上を往復した。

谷關七雄の位置と歩いたルート
高速道路から見る大霸尖などの高山
朝6時に集合、三名はカーシェア方式で出発する。途中のインターチェンジ二か所で三人を拾う。第三高速道路の関西インターチェンジ前では、遠くに高山が望める。今日は大霸尖がくっきり見える。少し通いなれた感のある第四高速道路を経て、東勢から中横公路に入り大甲溪の谷間を進む。二週間前とは打って変わって、快晴の空に山々がすくっとそびえている。以前登った山々などを見ながら進み、9時に谷關溫泉に到着。駐車場に車を泊める。

捎來步道入口
石段の捎來步道
9時5分、いよいよ出発だ。天気予報では曇りだったが、予想以上の好天気、心が躍る。谷關吊橋をわたり、明治温泉の脇を進む。上の道で左に折れ、捎來步道入口に来る。桜が満開だ。波津加山へは、この捎來步道をまず登り、途中から波津加山登山道が始まる。捎來步道自体は、山腹を行く遊歩道で温泉宿泊客の散策用といった性格だ。とは言っても、結構急な坂が続く。桟道や石段の良い道である。150mほど高度を稼いだところの最高地点で涼亭があり、休憩する。時刻は9時35分、約30分の登りである。

波津加山登山道入口
急坂を登る
9時40分、涼亭わきの登山口から波津加山登山道を歩き始める。ここも、他の七雄の山と同じようによく整備された道である。まず枝尾根の鞍部に向かって下る。数分で下り切り、ここから登りが始まる。9時57分、0.5㎞のキロポストを過ぎる。少し開けた場所に、多くの木製ベンチが置かれている。そのうち、道はジグザグに山腹を進むようになる。10時5分、休憩をとる。鞍部から高度差約150mほど登ってきた。

大石のセクションを登る
道わきに桜が満開だ
山道は、相変わらず急坂だ。この山は、前回の馬崙山とは対照的に短い距離で高度を稼ぐ。具体的には3.6㎞で標高差約1000mを登る。前回はほぼ同じ高度差を倍の距離で登っている。約30分ごとに一本の休みというペースで登る。11時、標高1300mを超えるあたりからは、大きな石がごろごろするようになる。そのうち2㎞キロポスト付近で、両側にロープが手すりのように張られる道が続く。ところどころ、松葉の道があるが短い。11時半、急坂が終わり緩やかな道になる。頭を上げると、桜が満開に咲いている。空は青く、今日は実によい登山日和だ。

馬崙山方向を望む
涼亭を過ぎる
2.5㎞キロポストを過ぎ、少し下り気味に数分進む。幅がひろくなった尾根上の最低部に涼亭がある。その先少しで、道はまた急な上り坂となる。12時5分右側の樹木が少ない部分を通過、谷を挟んだ対岸に馬崙山とその奥に白姑大山の峰々が続いている。ずっと右の峰は八仙山だろう。3.5㎞キロポストを過ぎ、大きな岩を乗り越える。電柱が前ぶれなしで現れる。林業が盛んな頃の遺物だ。12時16分、頂上に到着。捎來步道入口から、約3時間の登りだ。急坂が続いてきたので、ちょっときつい。

頂上付近から望む、遠くに白毛山や東卯山,屋我尾山
頂上の標識と三角点
頂上でゆっくりと休憩する。三角点基石のある部分はあまり展望がないが、その少し前の岩場では、よい展望がある。ここからは、屋我尾山から東卯山、唐麻丹山そして白毛山など、過去に登ってきた山がすべて望める。谷底には、民宿に泊まった松鶴部落も見える。一緒に登ってきた山仲間たちと一緒に写真を撮る。今回は、筆者にとっていわゆる谷關七雄の最後を締めくくる最高の眺めだ。

八仙山方向を望む
同行の仲間と頂上で撮影
岩場セクションを下る
約50分ほどの長い食事休憩の後、13時5分に名残惜しいが下り始める。登りはきついが、下りは速い。登りの時に見た、白姑大山は頭に雲を被っている。13時35分、涼亭につく。少し休憩する。2.5㎞キロポスト先から、谷間が見える。ここが景色を見える最後のポイントだ。岩が道に転がるセクションが現れ、山腹を下り始める。14時15分、1.5㎞キロポストを過ぎる。捎來步道の約800mの部分も入れ、下山は残り半分だ。

ここから山腹を下り始める
温泉街もすぐ下に見える
14時40分、0.5kキロポストの休憩場所につく。しばし休憩する。更に下り、15時最低鞍部につく。ここから少し登り返しだ。こうした登りは、ことさらつらい。5分ほどで登りが終了、登山口につく。涼亭には多くのハイカーが休憩している。そのまま通過し、捎來步道を下る。階段道を足早に下り、15時23分四季温泉会館脇の入口につく。道を少し下って、売店で少し休憩する。冷たい飲み物がうれしい。吊橋を渡り、15時45分に駐車場に戻ってきた。

吊橋を渡れば歩きは終わりだ
休憩も含め、6時間40分の登山である。歩行距離は約9㎞弱だ。急坂が続くが、それだけに登ったという感が強い。天気もよく、とても良い登山ができた。谷關の山は、これで一通り登ったので、谷關八雄と新たに呼ばれる阿冷山を除いて、しばらくは訪れることはないだろうが、過去の訪問時に見えたその上方の山々などを登っていくことになるだろう。困難度は道はクラス2、体力はクラス3というところだ。

2016-03-03

2016年3月2日 瑞芳南雅山稜 - 海園古道 - 鼻頭山 快晴の海岸路線

鼻頭角步道涼亭から見る鼻頭漁港、その向こう南雅山を含む黄金九稜、そして苦命嶺、草山、半平山
黄金の街であった九分の近くの山々は、海に面しなおかつ樹木が少ないので、独特な風貌がある。天気が良く涼しい季節は、とても気持ちのよい歩きができる場所だ。冬季は東北季節風による雨が多く、なかなか山登りに適した日がやって来ない。春が近づいても、今年は雨が多くしばらくはご無沙汰していた。そして、今回以前より計画していた、快晴のもと鼻頭角近辺の未踏コースを歩いた。

西側南雅からスタートし、東の鼻頭角まで
単純な歩行高度、ピーク部分は高度不正確
海岸脇の遊歩道から見る南雅山
鼻頭角から立ち上がり南雅山へと続く山稜は、黄金第九稜として人気コースになっている。筆者も歩いている。今回のルートは、濱海公路仁愛橋のすぐ近くから、南雅山の急な支稜に取り付いて登り、南雅山からは黄金第九稜を進み、途中から支稜を下って海園古道を経て鼻頭へ降りるルートだ。その後、鼻頭漁港の脇から、岬先端の山々をはじめは石段回遊歩道を歩き、途中から草の尾根道を鼻頭山南峰をへて歩いた。

補助ロープのかかる登山口

長雨の後の晴天は、実に気持ちの良いものだ。今日は、早めに台北をスタート、404自強号で向かう。車内は通学生でいっぱいだ。瑞芳に7時11分に到着、駅舎を出て広場脇のバス停で886番バスを待つ。九分方向へのバスは、駅前の通りを左へ少し進んだバス停からだが、886番は駅前なので間違えないように。7時半にバスがやってくる。今日は、筆者も含めて十人のパーティだ。20数分で、目的地南雅バス停に到着する。

対岸の稜線は黄金八稜
断崖上の道を登る
支度をして8時少し前に出発する。晴れ渡った青空、蒼い海、実に気持ちが良い。海岸から見る南雅山は、逆光の中これから登る支稜から続く稜線が見えている。濱海公路と平行に海岸を進む遊歩道は、整備がされて道の状態が良くなっている。海岸に打ち上げられたゴミは、相変わらず多い。引き潮なので、遠くまで凹凸の多い岩底が伸びている。仁愛橋の下で沢を越すが、今日は増水しているので慎重にわたる。数名のメンバーは、道路に上がり橋を渡る。沢沿いに石梯坑古道方向に少し進む。赤い警告板のたつ橋のたもとすぐ左にある岩には、補助ロープが掛かっている。ここが、南雅山支稜道の入口だ。

海が見え始める、稜線から半平山と基隆山が頭をのぞかせる
ガジュマルの根がはびこる急坂
8時12分、登り始める。この道は、二、三年前にボランティアによって開かれた道だ。カール上に窪んだところを回り込み、岸壁の上に出る。数十メートル上がっただけだが、さえぎるものがないので、雄大な景色が展開する。すぐ前は黄金八稜の稜線だ。登るに従い、半平山基隆山が頭を現す。稜線道は海側に回り込み、今度は眼前に大海原が広がる。更に方向を変え南東に南雅山主稜線を目指して登る。左に、虫歯の歯並びのような奇岩の稜線が望める。灌木の稜線は、日差しが差し込み明るい。主稜線の稜線道に合流し、左に南雅山頂上へ向かう。9時10分、標高270mの頂上に着く。今日の行程最高点である。

大海原が広がる
南雅山頂上にて
頂上から海側に少し進み、展望点から望む。遠くには鼻頭角の岬、その手前には虫歯岩(と呼んでおこう)の稜線を含む黄金九稜、その右には龍洞灣がある。南雅山頂上に戻り、さらに分岐へ進んで、9時26分左に稜線道を下り始める。9時31分、左に信義橋へ下る道を分岐する。稜線を登り返していく。左に枝尾根を行く道が分岐する。これを行くとまもなく、断崖に出る。前面は虫歯岩だ。主稜線に戻り、大きく下りまた登り返す。草原の登り道からは広い展望がある。龍洞灣から黃金十稜が立ち上がり和美山へ、さらに、苦命嶺から草山、半平山へと稜線がつながる。

南雅山頂上付近から遠くに鼻頭角、手前に虫歯岩を見る
虫歯岩を近くから見る
稜線上から見る和美山から半平山までの稜線
大岩上の筆者
灌木と草やぶの稜線を風が吹き抜けていく。三月の風は涼しく、晴天のもと実にすがすがしい。10時13分、左に海園古道へつながる稜線道の分岐に来る。左にとり、尾根を下っていく。鼻頭角がだいぶ近くなった来た。高度を下げ、大石を過ぎる。ここは、見晴らしがとてもよい。その先、補助ロープのかかる急な岩場を過ぎ、その下を回り込んで沢に降りる。10時40分、水際で休憩をとる。

海園古道が山腹を下っていく
鼻頭漁港
鼻頭角歩道木階段を稜線へ登る
休憩後、反対側の坂を上り返す。すぐ左に展望点を往復し、そこから山腹をトラバースしていく海園古道を歩いていく。高度を次第に下げ、11時17分、土地公の脇から濱海公路83.9㎞地点に降り立つ。道路を渡り、反対側の公園に入る。右に進んで売店のある休憩場所に立ち寄る。濱海公路脇を進み、鼻頭漁港の脇を進む。鼻頭公園を少し訪れ、少し往路を引き返し、左に折れて鼻頭角歩道入口に向かう。道すがらメンバー一人が買ってみんなに分けてくれた滷蛋がとてもうまい。11時50分、歩道を登り始める。急な石階段を登り、しばらく石畳の道が谷間を進む。木製階段が現れ登り切ると、稜線にでる。左に少し行き、涼亭で昼食休憩をとる。

鼻頭角歩道からの眺め、前方に昼食をとった涼亭
稜線上を行く歩道と南西方向のパノラマ、涼亭の右側に鼻頭山南峰
軍事施設入口
昼食中周囲に広がる海と山を眺めていると、左の低い崖上のピークに登山者が一人いる。鎌をふるっているので、道を切り開いているようだ。鼻頭角の山稜には、公式歩道以外にこうしたボランティアの開いた道がある。12時25分食事を終え、出発する。メンバーの三人は、ここからボランティアのほうへ向かうということ分かれる。残り7人で歩道を進む。万里の長城を彷彿させる稜線上の道を進み、展望台を過ぎる。その先もう一つの涼亭に来る。左は、軍事施設がある。その先に灯台が見えている。海の向こうには台灣最東端三貂角の半島と隆隆山から続いていく稜線が見えている。涼亭から下りはじめ、軍事施設の入口に来る。中には入れないようだ。そこで、また来た道を登り返し涼亭まで行く。

二番目の涼亭から望む
鼻頭山南峰山頂
涼亭わきから草の間に道が続く。公式歩道を離れ、稜線上の道を進む。稜線を忠実の上り下りし、13時2分鼻頭山南峰(標高118m)につく。主峰は軍事施設の中になるようだ。頂上から、また尾根上の急な下りを行く。左に鼻頭小学校が見える。左に下り、歩道に合流。歩道を下りきって、13時25分濱海公路上の鼻頭角バス停に到着する。待つこと十数分、瑞芳行のバスがやってきた。

鼻頭小学校、背後は龍洞灣

今回は午後2時前に終了した、気楽な山行であった。最上の天気で、帰るのがもったいないような素晴らしいものだった。長く続いた雨天のあとなので、ことさらなのかもしれない。歩行距離8.4㎞、休憩込みの活動時間5時間半である。鼻頭角歩道は、クラス1の最上ルートだが、それ以外はクラス3~4なので地図が読める必要がある。体力的にはクラス2としておこう。

2016-03-01

2016年2月29日 汐止大尖山-南港土庫岳縱走 台北近場の歴史事象に触れる不人気縦走路

四分尾山から見る土庫岳方面の山並み(2013年12月撮影)
台北に近い四分尾山土庫山は、5年前に本格的に山登りを再開して間もない頃訪れ、またその後も再訪している。この二つの山は、瑞芳の三爪子坑山五分山姜子寮山などを経て台北の街のすぐ近くまで続く、基隆河の東側の山並み上にある。土庫山はさらに南に深坑の倒照湖山へ連なっている。この一筆書きできる山稜は、今回歩いた部分が空白であった。
北側の汐止大尖山から南へ縦走
最高地点四分尾山から下って最後に土庫山を越える
もっと早く訪れてもおかしくないこの山稜は、実は3分の1が舗装された産業道路、そして残り3分の2はあまり歩かれていない、不人気ルートである。近すぎて特徴も少なく、見向きもされないというのが実情だ。そんなこんなで行かなかったが、訪れてみると稜線を行く山道は、踏跡も少なく決して侮れる山道ではない。近いからといいって、誰でも簡単に歩ける稜線ではない。汐止大尖山からスタートし、南港舊庄まで八時間かかった。
天秀宮の前から台北方向を望む、霞んでよく見えない
昨年暮れから続く長雨は、やっと回復を見せた。昨日のようなすっきり快晴というわけではないが、今日は雨が降る気配はない。228事件(戦後1947年2月28日に国民党政権下で起きた白色テロ流血事件、多くの犠牲者と行先不明者を出した)記念日連休の最終日、F911コミュニティーバスに乗るべく8時少し前に、汐止駅前大同路上のバス停に集まる。メンバー四名は8時にやってきたバスに乗り、十数分で終点五谷金聖殿バス停につく。平日はその先の天秀宮まで行くが、休日はここまでで引き返す。五谷金聖殿バス停には、もう一人のメンバーWさんが我々を待っていた。

石段を大尖山へ登る
8時22分、出発する。すぐに急な石段を登り天秀宮につく。近くにある桜はすでに咲き終わっている。今年の桜は、不順な天候や雪をもたらし寒波のために、ここだけでなく開花時期が乱れ、咲いても非常に寂しい状態だ。廟の屋根の上高くにこれから登る大尖山がそびえている。境内脇の石段を登り始める。標高差約250mの急登が始まる。花崗岩の石段道は、立派だが一定の速度で登るのはつらい。二度ほど緩い部分を通り過ぎ、8時50分大尖山頂上(標高460m)に着く。

大尖山頂上からの景色、霞んでいる
稜線上の桜は少し咲いている
晴れていればとてもよい展望の頂上は、中国から流されてきたPM2.5のため、とても霞んだ景色しかない。101ビルもやっと判別できる。足元の谷間にある汐止の街もかすみ、その対岸に基隆まで続く五指山の山並やさらに奥の陽明山系も、まったく見えない。涼亭の寒暖計は12度を示している。頂上脇の山桜は、一二本を除きまだまだつぼみの状態だ。

枕木階段を登る









四分尾山山頂から平溪方面を望む
一休みしたあと、四分尾山を目指す。小山を超えていく。前方に四分尾山へつづく峰々が見える。石段道が終わると広い土の道になる。ところどころ、桜が花をつけている。枕木階段が続く長い登りを行く。尾根上を追っていく道は、急な土の道を登りきり、前方に四分尾山が見えてくる。9時29分、和尚尖への道を左に分ける。更に少し下り、左に茄苳古道への道を分岐する。最後の登りを行き、9時41分に仏教関係の活動が行われたように見える四分尾山(標高651m)に到着する。三角点基点を丸く囲む石のふみ台の周囲に、経文の紙切れがたくさん落ちている。彼らにとっては聖なるものかもしれないが、一般にはゴミでしかない。活動を行うのは自由だが、ゴミは持って帰るべだろう。

産業道路を下る
頂上からの展望は、大尖山と同じで遠くは霞んでいる。平溪方面の山々が見えるのは幸いだ。ここで往路を引き返すWさんと別れ、10時に残り四名は土庫岳方面へ歩き始める。枕木階段をおり、左に耳空龜山方面へ続く縦走路を左に見て、舗装された産業道路を下り始める。三年前、暑いなかこの道を登ってきたことがあるが、今日は冷たい風が吹く下り道、気楽だ。九層坪山への道標を過ぎる。人家を過ぎるとき、犬がしきりに吠え掛かる。道なりに進み、10時12分、石碇方面への分岐に来る。正面に山道入口がある。これから進む上鹿窟崙山への道だ。
上鹿窟崙山山頂
ツツジの産業道路から四分尾山を見る
草深い山道が始まる。倒木も現れる。少し登っていき、数分で頂上につく。紙寮山とも呼ばれる標高528mの頂上は、周囲はすべて樹木で展望は全くない。頂上から下り始める。こちらは、先ほどより草深い。最後にすこし急な坂を下り、10時33分産業道路に降り立つ。先ほどの分岐から産業道路を右にたどってもここまでやって来られる。桜がそこここに咲いている。少し登り気味に舗装路を進む。右側に、大尖山から四分尾山への稜線が見える。10時41分、涼亭が建つ分岐に来る。涼亭で一休みする。

分岐の涼亭
黒犬と子犬たち
10分ほどの休み後、産業道路を引き続き歩き始める。黒犬が前を行く。そのうち子犬がたくさん出てきた。舗装路は左に小道を分け、進んでいく。道脇に、石碇郷(今は石碇区)の境界を示した銅像がある。黄色の壁が続く大きな光明寺の脇を過ぎ、下っていく。左に谷を挟んで皇帝殿山の連峰があるが、霞んでいる。道沿いに下り光明寺の山門をくぐり、右にとって汐碇公路を進む。鹿窟事件紀念碑が現れる。

光明寺の前からかすんだ皇帝殿山を望む
鹿窟事件紀念碑
今日は四年に一度の2月29日月曜日、本来2月28日が祭日でその振替休日になっている。その2月28日は、冒頭でも述べたように228紀念日である。鹿窟事件は、228事件の数年あと、1952年にこの地で起きた別の白色テロ事件である。当時、中国から台湾へ渡った国民党政府は、台湾国民に対し厳しい態度で対応、共産党活動があるということで、この地の農民などをとらえ、死刑者35名を含む過酷な対応をした事件である。それから約半世紀を経て、冤罪の犠牲者などに対する補償も行われ、行き過ぎた対応に対する反省を込め、この記念碑が造られた。

南港茶廠步道
左に道をとり、南港茶廠方向へ進む。南港は、実は台湾茶にとって重要な土地である。この地で、中国本土とは違う製法のお茶が考案され製造されるようになった。今日の台湾茶の名声は、ここに始まる。それを記念すべく、南港茶廠が建てられている。少し下り、台北市の境界を超える。右に駐車場、左に木製桟道の歩道が始まる。歩道を登り始める。稜線にそって道は続く。10分ほど登った最高部に、涼亭がある。休憩する。

涼亭から草深い稜線道を行く
竹やぶの間を深按頭山へ向かう
稜線道は、この涼亭脇からスタートする。11時43分、柵を超えて稜線を歩き始める。草に埋もれた、不人気路の開始だ。緩い稜線を進み、竹やぶに入る。歩いて約10ほどで深按頭山(標高427m)につく。基石の埋まる頂上は竹やぶに囲まれ、展望はない。頂上から下り始める。倒木が現れ厄介だ。そのうち苦茶樹の畑にでる。畑のをくだり、お墓をすぎていくと、峠につく。右に道が下っていく。直進する。その先に、古い藍天隊の道標がある。進行方向は、新興坑,三層崎山,土庫岳となっている。そのすぐ右に尾根上へ上がっていく道があるが、直進する広い道を進む。のちに気づいたのだが、その尾根上へ上がる道が稜線を行く道であった。

分岐で左の道をすすむ

踏跡のはっきりしている道を数分進む。しかし稜線から離れていく。どうやら、産業道路に降りてしまう道のようだ。しかし、これを進んで産業道路に降り、右におれて鞍部に行けばまた稜線上の道に合流するので、そのまま進む。途中、草深いところも現れるが、おおむね道筋ははっきりしている。12時37分、畑の脇から舗装路に降りる。犬が現れ吠えてくる。

峠部分、石碇郷の境界銅像がある
先に右へ進むが民家になってしまう。左にもどり下っていくと産業道路に降りる。峠に向けて右に進む。ほぼ水平に進んでいき、少しのぼったあと、12時57分峠部分につく。右に細い道が入っていくが、これが先ほどの分岐から稜線をやってくる道だ。ただ、ちょっと見では、明らかに踏跡が心細い。峠部分で昼食をとる。すぐそばには、また石碇の境界銅像が建っている。

廃棄された茶畑の脇を登る


13時18分、出発する。広い道を進むが、これは行き止まりになってしまった。峠付近に戻り、右にほとんど草の踏跡のようなところを行く。また道脇に頭がかけた基石のようなものがある。これが三層埼山のようだ。山頂ではない。草の急坂を登る。以前は茶畑だったようだ。送電鉄塔の下を過ぎると、踏跡は草の中に消えた。ポツンポツンと現れる、マーカーリボンを頼りに進む。方向はあっているので、稜線を追っていけば大丈夫だ。白い月桃の花が咲いている。少し時季外れの感じだ。普通はもう少し後だ。稜線を寒い風が吹き抜けていく。

早咲きの月桃の花
倒木を超えて進む
13時50分、ヒョコンと茶畑の端にでる。進むとまた草の道となるが、すぐまた茶畑が現れる。三か所目の少し大きめの茶畑を上り詰め、そこから始まる草の道を登る。すぐに見捨てられたと思われる墓地の中を進む。草がそこら中に生えているので、墓のへりを進む。特に怖いとも思わないが、このルートが不人気なのもうなずける。痩せた尾根部分を超え、草をかき分け進む。14時23分、急な坂を下りきると廃棄産業道路に降り立つ。峠の部分だ。また、急坂を登り尾根に取り付く。岩場部分を乗り越えていく。14時33分、土庫岳東峰(標高356m)にヒョコリつく。

茶畑脇をゆく
草深い坂を土庫山へ登る
土庫岳東峰
下り坂を行くと、倒木がすっかり道を覆っている。ままよと倒れた枝の下に入り、何とか抜ける。ほかのメンバーは、少しもどり迂回して下ってきた。逆方向から来ればわかりやすいが、下っていくとちょっと迂回路に気づかない。リュックを背負い直し少し下る。14時52分、土庫岳の更寮古道に出た。普段は文句をいう石段だが、今までの草深い道を思うと感謝だ。すぐに分岐を過ぎ、枕木階段をのぼって14時56分、土庫岳に到着する。今日の最終ピークだ。

土庫岳を後にする
休憩するが、風が強く寒い。ジャケットを取り出し着用する。頂上脇の送電鉄塔には作業員が高所で作業している。寒い風のなか、大変だ。15時18分、下山を開始する。先ほどの東峰からの道との分岐をすぎ、石段を下っていく。15時28分、栳寮古道への分岐につく。右にとり下り。少し壊れた橋を超え、ちょっと登り返す。そこからはずっと下りだ。送電鉄塔脇を過ぎ、15時38分舊庄路に降り立つ。左にさらに下り、まもなくまた右への石段道を下る。

昔砲台があった涼亭
下りきると、涼亭がある。その前には説明表示があり、日本統治時代にはこの涼亭の位置に大砲が据えられていたとのこと。また、その反対側の朽ちかけが石積の壁の廃屋は、台湾茶の父と呼ばれた魏靜時の家屋だったとのことだ。魏靜時は南港包種茶を作り出し、1909年の博覧会で優秀賞を取得、その後総督府の経費で茶工場が設立されたとのことだ。石段道を下りきり、また舊庄路と合流する。ここが栳寮古道の入口だ。左に道なりに進む。更寮古道入口を通り過ぎ、16時30分舊庄バス停に到着、今日の歩きは終わりだ。

石階段の栳寮古道
行動時間約8時間、約17㎞の道のりであった。正直言って、当初は軽く見ていた。舗装路もあり、また人里近い山なので、大したことはないとたかをくくっていた。しかし、稜線は、草深い山道であり、ちょっと予想外だった。これで、深坑倒照湖山から瑞芳三爪子坑山までの稜線をすべてカバーしたことになる。今回のルートは、途中の稜線道はクラス4、その他はクラス1,2の良好な道だ。稜線上の上り下りは多くないので、草深いところはちょっと大変だが、それでも体力的にはクラス3だ。稜線道部分は経験者向けだ。