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2016-10-24

2016年10月23日 東北角隆隆山 再び自然に戻った山道を歩く

前方に隆隆山(左のピーク)を含め今回歩く稜線が続く
海岸沿いに並行して伸びる、雪山山脈末端の山々は、秋になるとススキが一面にたなびきハイカーでにぎわう。立派な登山道がある草嶺古道、桃源谷は、特にそうだ。山脈末端の山々は、もちろんこの部分だけではない。桃源谷の北にも南にも続いている。ただ、これらの道は、気楽なハイキングコースではない。ボランティアが道の整理をして間もない頃であればまだよいが、一年もたつとまた草が伸びて道ははっきりしなくなる。昨年秋に訪れたほぼ同一のコースは、果たして自然が元の状態に戻り、苦労の登山となった。

南側から回遊する
歩行高度プロファイル
出発前福隆駅にて
吉次茂七郎碑
前回の訪問は、二人だけであったが、今回は十二名のパーティだ。台北駅7時半発の自強号急行で福隆へ向かう。福隆駅で下車、そこで全員合流する。天気は期待以上の好天気、午後から崩れるというが、駅を出ると青空が広がっている。9時に駅から車道を歩き締める。好天の休日、自転車道でもあるこの道は、多くのサイクラーが行きかう。前方が開けると今日の目的地隆隆山の山並みが広がっている。

産業道路を内林街三号民家へ向けて登る
産業道路最後の民家
9時半前、旧草嶺隧道の休憩所に来る。ここには、草嶺隧道の吉次茂七郎の紀念碑もある。去年5月の隆嶺古道山行についでの再訪になる。少しの休憩後、また車道を進む。サイクラーは、旧草嶺隧道を通っていくのでここからは我々だけだ。車も超える峠がないので、ほとんどない。道なりに数分行く。前回は、橋の前の分岐を右に進んだが今日は左だ。道難内は内隆林街は右の方向になっているが、これは間違いだ。直進するのが正しい。道は山腹を登り始める。振り返れば、鉄道の線路と、その背後に金瓜石の山々が見える。更に進むと、福隆海岸も見える。9時54分、寺の脇を通過。緩くなった坂道をさらに進み、10時6分、産業道路の終点内隆林街三號の民家の前に来る。民家の下の庭には鶏が放し飼いだ。

倒木の脇を進む
隆林池
民家の前を通り過ぎ、すぐに山道が始まる。藍天隊の道標は去年3月のものだ。農業用水路を渡り進む。すぐ倒木が現れる。道の状態は、予想通り良くない。左には谷を挟んで、これから歩く予定の稜線が高い。コンクリの橋を越える。道は、樹木が茂って半分自然に戻ってしまっている棚田を通り過ぎていく。そのうち、沢の右岸上部をトラバースし、10時38分前方に堤防が見える。これを上がると、青空を湖面に映した隆林池が現れる。この池は通り過ぎた棚田などへの感慨目的で作られた池だ。今はその役目はない。少し休憩する。

鶯歌石山への登りから望む南方向のパノラマ
草はすっかり整理前通りに生えている
池の脇を通りすぎていく。池の端に降りたち、沢にそって登る。沢はまもなく水がなくなり、草深い緩やかな道を進む。11時峠に着く。ここは、昨年秋に通り過ぎた場所だ。左に主稜線の道を登っていく。実は、稜線道の状態はましかと思っていたが、見事に裏切られた。20分ほど進むと、茅草の草原に入る。草をかき分ければ、足元には踏み跡が見えるが、1年を経て草はすっかり元通りになり、行く手をふさぐ。雑木林に入っても、足元の草に踏み跡は覆われ、倒木も多い。ただ、最近歩かれたような形跡が残っている。滑った跡や、押し倒された草などがある。

灌木の間も道筋がはっきりしない


今月はじめ、ボランティアの道整備後二、三カ月の山道を歩いた。道筋ははっきりおり、他の登山者も多く歩いていた。台北近郊の山は、こうした道整理後の登山者集中登山と、それが過ぎて忘れ去られ、自然に戻ってしまうことの繰り返しだ。特に茅の茂る場所は、成長が速い。覚悟して悪い道を歩くのも一つだが、それが嫌ならネットなどで十分に事前に確認するほうがよい。

急坂を鶯歌石山へ登る




知らぬうちに草で覆われた田寮洋山を通り過ぎる。一度くだりまた急坂を登り返す。ロープに頼り登り切ると、12時18分鶯歌石山(標高399m)頂上に到着する。ここもすっかり草と倒木に覆われている。全員が到着しここで昼食休憩をとる。冷えたビールがうれしい。休憩中に、雨が少しパラつき始めた。今日から東北季節風が噴き出し、天気が下り坂になるということだが、その前兆のようだ。

倒木や草の密生する鶯歌石山山頂
密生した草木の間を進む
約40分の休憩後、下り始める。ここも踏み跡は細々としたものだ。稜線を追っていく。広い草原の向こうに隆隆山が見える。そこから右に海に落ちる長い支稜もはっきりしている。莱莱山はこの枝尾根上にある。今日は幸いまだ天気がよいので前方が見えるが、深い霧がかかるとこの草原では、方向を見定めるのも大変だ。右の切り立った崖の下には、濱海公路が、左遠くには福隆湾からその背後の草山、燦光寮山、苦命嶺や和美山など以前歩いた山々が望める。

密生する草を藪漕ぎして進む、前方は隆隆山
海側を望む
無名の小ピークを越えていく。道が悪いので結構きつい。13時42分、稜線上に藍天隊の道標を見る。ここは雨風にさらされているので、去年5月の日付だがそれより古く風化している。14時20分ごろ、最後の急坂を登り始める。ここも長い直線的な登りで、長いロープが取り付けられている。雨が降り濡れていれば、滑って大変だ。14時30分登り切る。ガスが掛かってきて、周囲はすっかり霧の中になってしまった。

福隆方向を見る、背後に金瓜石の山並み
隆隆山山頂
本来は、ここから右に莱莱山へ下っていく予定だったが、予定よりは多く時間を費やしたこと、道の状態も良くないようなので、以前あるいた隆隆山から福卯古道鞍部への道を下りことにする。結構疲れ気味のメンバーもいる。全員坂を上り切るのを待ち、隆隆山山頂(標高432m)う。14時50分、頂上に到着する。休憩をとる。ここも霧の中、展望はない。





霧の中根節蘭の咲く山道を急ぐ




15時少し過ぎ、頂上を後にする。日暮れまであと二時間、このような状態の悪い山道を暗い中下るのは、できるだけ避ける必要がある。ほとんど休みなく下り、16時26分、福卯古道の峠に着く。道の状態は少し良くなった。ここは草に覆われている場所は少ない。しかし、日暮れまでの時間は少ない。山腹を道は進む。16時44分、石積壁の廃屋を過ぎる。その先、山崩れで道が途切れた場所は、高巻いて進む。去年はなかった。17時25分、荖寮街九號之二の民家に着く。ここからは、コンクリ道になる。一息つく。


福卯古道を下る


しばし休憩後、コンクリ道を進む。すでに周囲は暗いがこの道であれば、問題ない。17時40分まえ、産業道路の分岐にくる。ここで全員を待ち、福隆駅へ最後のセクションを歩く。18時、出発した福隆駅に戻ってきた。乗車前に福隆駅便を買い、18時30分少し遅れ気味の区間電車で帰途についた。

産業道路に着き、ホッとする
前回の道の整理から一年以上、特に夏を過ぎたこのような不人気道は、状態が悪いのは予想していたが実際はその予想以上であった。またパーティが12人と少し多く、また経験の少ないメンバーもいたこともあり、予定以上に時間を要した。そうしたことで、莱莱山へは行けなかったが、無事に全員歩いたほうが大切である。歩行距離約11㎞、行動時間9時間であった。天気が良ければ、とてもよい景色のルートだが、今の道の状態では経験者向けだ。困難度は山道クラス4、体力的にはクラス3というところだ。

2016-10-18

最近の台湾登山制限条例や海外からの台湾登山に関する提案 - 番外記事 對於台灣新登山條例和台灣山岳登山國際化的建議

台湾最高峰玉山主峰(日本時代の新高山)から眺める台湾3000m級高山の峰々
台湾は最近登山の条件を厳しくする地方政府の条例制定や、国会による規制強化の法案提出の動きなど、特に高山登山に対する制限を増やそうという動きがあります。この背後には、登山人口増加により遭難発生件数が増えるなどの社会的要因がある一方、登山に対する基本的な観念、自己責任において登山する、という部分が不足しているためか、救助隊が遭難者を救助できなかったことに対する訴訟で、救助隊が敗訴するという判例などがあります。台湾の救助隊は、基本的に政府の公費でまかなわれるため、浪費という問題も指摘されています。

台湾第二の高峰雪山主峰(日本時代の次高山)頂上
遭難を減らそうという出発点はうなずけますが、規制強化は決して問題解決にはなりません。台湾は高山はもちろん、深い山はほとんど入山許可、そして国立公園内の場合はさらに入園許可が必要です。日本にくらべてアクセスの段階で、すでに敷居が高いです。そこにさらに制限強化では、海外からの登山をすることはさらに難しくなります。富士山より高い山を七座、そして日本では十数座に過ぎない3000m超の山峰を200座近く抱える台湾は、まさに世界でも有数な山岳王国です。台湾は観光立国に力を入れていますが、この貴重な観光資源が、現在では十分に利用されていません。そうしたことに対し、筆者が過去自分で歩いた経験に基づき、また日本との比較において発言提案したく思います。今回は、台湾の読者に対しての発言なので、中国語で記述します。

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對於我們登山人,近日最關心的是若干縣市政府新登山管理條例的實行和有個政黨擬提更嚴厲的登山管理法案。筆者認為,這些新法案基本上是為了減少山難發生而擬訂,這個出發點是好的,但我相信此種加強管理的方式不但無法達到有效的問題解決,也無法充分利用台灣特有的高山觀光資源,更是降低於近年掀起的國民登山熱情。在此根據筆者親身在台灣爬山的經驗和與日本實情的比較後,提供以下意見以讓大家參考討論。

日本也是山岳涵蓋其範圖相當大部分的國家,卻沒有入山(園)證等限制。任何人都可以隨時進入山區,即便是冬天下雪的高山,萬一發生山難,自行負責。正因為要付出很大的代價,故無經驗沒有能力的山友不敢貿然進入爬山。但台灣缺乏此觀念,我相信很多台灣山友已有自負其責的基本登山態度,而一般大眾卻沒有,就如張博崴山難事件所顯示,由此可見台灣山林教育不夠普及。

雖然日本沒有入山(園)證,但有登山計畫書(登山届)的制度.此文件是登山人在登山口自行填寫(或事先填好)投入登山口的投遞箱.這不是強制性而自願性實行(有若干例外)。如果沒有提出計畫書而不幸發生山難,搜救便困難,最吃虧的是遭難人自己,最壞也許面臨死亡。這種遭遇是誰的錯,當然是遭難人本人,絕對不是沒找到人的搜救隊。負責的登山人,除了投遞計畫書外,留一份於親人朋友等,以防萬一過預定日後沒回來,能立即通知相關單位迅速開始搜救。
日本長野縣白馬岳猿倉山屋裡設立的登山諮詢所(提出登山届)
沒有一個登山人願意遭遇山難,然而大自然的威力或個人體力上的錯估輕判,總是會有單一人之力無法抗衡的時刻。為了應付這種萬一的發生,日本國內設有山岳保險,例如日本山岳協會山岳共濟會舉辦的制度,其範圍大的保險都包括幾百萬圓日幣的搜救費用,保險費用是一年自幾千至一萬多圓日幣等,依其保險的內容而不同。

我認為減少山難發生的解決法並不是加強限制,而是取消由公家單位以稅款來進行搜救活動以民間組成的搜救隊來做或公家做搜救工作但費用要由山友自己負擔。同時建立很好的山岳保險制度,讓山友安心的進行登山活動,因為有經驗的山友也會面臨突變沒想到的情況。有了齊全的保險,搜救費用由保險來支付,不會產生個人付不起的窘境。

如果要把很稀有寶貴的台灣山岳當作國家觀光資源,我建議:

1. 取消入山證等繁雜也沒有真正落實實行的制度
要爬國家公園內的山峰,不但要申請入園證,也要另外申請入山證,而且申請不同的單位。對於外國山友,這個制度既不容易申請,也必須要在事先幾天得到許可,通常外國山友到台灣後得知,想申請根本來不及。以實行方面來說,除幾個登山口外。多半沒有檢查證件的關卡,常聽到偷跑的例子。管理單位到底沒有充分實行,這是一個大漏洞,管理法條只是紙上談兵。
據相關文件,入山證是過去日治時代為理蕃政策而設置,後來民國政府為軍事戰略的目的繼續實行.如今上述目的已不存在,只有環保和山難搜救的目的而已。山難方面,我認為入山證的作用很少,反而偷跑等事使得問題更加嚴重.日本沒有入山證,其他擁有高山的國家如美國歐洲各國也沒有入山證,但也有環保的政策實行有效果。入山證並不是唯一實行環保的方法,其他方法可代替。
效法日本登山計畫書的方法,可代替入山山友的行蹤管理.如果沒有提出或登山經驗不足而貿然入山遭難,那就是他個人的問題.我相信台灣山岳也不歡迎不負責的山友入山.
日本長野縣八ヶ岳みどり池登山口的計劃書投遞箱與取回文件的官員

2. 加強山屋的基本建設
台灣高山步道是基本上很不錯,但除玉山的排雲山莊外,不客氣地說,都沒有國際水準。現在的台灣高山山屋大部分只是避難山屋的水準,都沒有寢具供餐的功能,在目前如此的條件下,外國山友要準備很多東西背上來才能爬高山。
日本山上的山屋當然有避難小屋性質的小屋,也有堤供寢具餐飲的大規模山屋.後者集中在日本中央的高山區,包括南北阿爾卑斯山脈(赤石山脈和飛驒山脈),八ヶ岳等.其經營由民間,山岳會等組職或當地政府等有不同型態。住宿這種山屋,登山者不需要自備睡袋等寢具,主餐都由山屋供餐,午餐便當也可以購買,因此山友只要背衣服裝備和行動糧等即可享受高山的樂趣.收費方面,含早晚餐的住宿大約日幣一萬元上下.如果只住而自己準備餐飲,價格相對低廉些,一般山屋旁有營地,紮營飲食全由自己來也行。
日本山屋供應的標準晚餐(大天莊山屋)
除了有些地方之外(例如:尾瀨的山屋),日本山屋就算沒有預約也可以住宿,因為它也有避難所的性質。反觀台灣的山屋設備不良卻供不應求,連台灣山友都難以申請,何況國外來的山友?他們要如何自行申請?
台灣的山屋數量和規模方面需要大規模改進,有些熱門高山區,有所謂的協作業者供應台灣避難山屋所缺少的功能,就是提供帳棚睡袋和餐飲.不過這也是需要另外以電話等與業者聯絡安排,服務內容和價格不透明,外國山友更是難以與業者聯繫。
如何設計建設山屋,如何經營當然要研究討論,這是台灣政府要與相關民間團體互相進行的課題,單價方面也是很重要的議題,能夠新建或擴展山屋之後的經營都是看經濟要素。例如日本高山山屋因只有無雪期間能夠經營,單價方面比台灣水準高.台灣高山則下雪的情況較少,山屋可經營的期間比日本長。

3. 加強前往登山口的公共交通
目前要爬高山中級山,大部分自行開車或雇用接駁車才能抵達登山口。對於不通語言不熟悉行情的外國人來說,這既很困難且不易事先規劃。從國外飛到桃園機場等出發點再前往登山口,需要轉乘好幾次,有些地方的公車等班次少,乘車時間不方便,需要浪費好多時間才能抵達。就算租車開去登山口,不熟悉的台灣交通情形,對外國人來說,都具有挑戰性。曾經有個日本山友自行租車,開到中橫公路去登山,結束山行後向筆者說他再也不敢開車去。

4. 擴充台灣山岳相關的外語資訊
以日語來說:近年訪台的日本旅客不少,但大部分只去美食觀光景點,來爬山的山友則不多.日本書店裡有很多台灣美食觀光的指南書本,卻幾乎找不到介紹台灣山岳的日語書籍.網路有發達,但網路上的日語描寫台灣山岳資訊少之又少.就算要去爬台灣山岳,無法了解情形而規劃山行.外語登山指南書籍和網頁必須包括介紹山岳本身、登山路線、交通、住宿等基本且完善資訊,才能讓國外山友準備來往台灣山岳。

筆者在此部落格紀錄過去五年在台灣的山行,時常接到日本山友的發問,但如果要更多日本山友要來台灣爬山,我認為上述的改變是必要的.日本對登山有興趣的人口,據統計有至少幾百萬人.對於這麼龐大的日本山友來說,台灣可吸引的不只是美食人文等觀光景點,而是擁有比日本最高富士山還高的台灣山岳。

日本已是高齡社會,老年人的健康不只是個人問題而是社會的問題.當日本十年前起大量上班人面臨退休時,很多人選擇開始爬山為剩餘人生的目標,掀起高齡人爬山的熱潮.倘若諸位有機會去爬日本高山,便會遇到很多高年齡登山人,年紀已是八十歲的山友也很健健康康地爬山。台灣也沒多久邁進高齡社會。你想想看很多老年人不是沮喪地坐在輪椅而是很快樂地去爬山的情景,這對個人當然很好,而且對整個社會多麼好的事。

2016-10-17

2016年10月16日 金山阿里磅瀑布 陽名山系最大の滝を訪れる

阿里磅瀑布
今年の台湾の天気は、例年に比べると異常だ。通常多い夏の間に台風がほとんどなかったが、9月になり台風がひっきりなしに訪れている。このため、予定の登山計画を中止や変更にせざるを得ないことが続いている。今回は、十数日続いた雨がやっとおさまり、青空が広がった中の登山だ。

東側の軌跡は、竹子山古道入口へ戻るもの
初めの3kmは、産業道路歩き
陽明山系は、台北から近いのでいままでかなりの回数訪れている。その中で、アクセスが良くないため訪れなかったところがある。それが今回の金山近くの場所だ。自家用車で行けば大したことがないが、登山口へ一般交通機関で行こうと思うと時間がかかり、また便数などの制限で不便だ。今回は、人数もあるので金山からはタクシーで登山口へ向かい、費用はシェアした。

阿里磅瀑布は陽明山系の北端にある
竹子山古道をへて、この山系最大の滝阿里磅瀑布を訪れるルート自体は、人気コースではある。特に最近藍天隊が付近に入り、矢竹の道を整備したので、さらに歩きやすくなっている。阿里磅瀑布から山を一つ隔てると、陽名山系第二の滝青山瀑布がある。本来は、この二つをつらねて歩く予定だったが、出発点で少し問題があったことや、メンバーの体調、天候などの理由で、青山瀑布へは歩かなかった。しばらく降り続いた雨のため、阿里磅瀑布は、水量が豊富で実に見ごたえがあった。この辺りの様子もわかったので、また別の機会に青山瀑布へ行けばよい。

滝の前で集合写真
バスの車窓から見る海岸、まだ波が高い
昨晩、かなり強い雨が降っていた。早朝起きてみると、夜明け前の空には星が輝いている。期待できそうだ。今日は、全員7名のパーティだ。台電大樓バス停から1068バスで金山へ向かう。台北からは、このほかに台北駅からの1815番バス、板橋発で台北市内を経由していく953番バス、さらに陽金公路経由の1717番バスなどがある。このうち、1068番が一番速いようだ。7時20分過ぎに乗車する。市内の数か所のバス停に立ち寄った後、すぐ第三高速道路を一路進み、萬里近くで金基公路に降りる。まだ少し高い波が打ち寄せる海岸を通り過ぎ、金山には8時27分に到着する。

産業道路わきの大路崁步道登山口、この反対側を登る
本来は、金山區公所(区役所)8時20分発の無料コミュティーバス(F932-820)に乗る予定だったが、すでに遅い。そこで、タクシーに分乗して登山口に向かう。地元のタクシーだが、登山口のある倒照湖47號の住所を告げてもわからない。自分たちのGPSを頼りに進む。山すそを登りはじめて北22号県道の一番高いあたりにくる。ところが分岐の印を見過ごし、下り始めていく。8時58分、登山道が横切る部分に来て止まる。ここは、竹子山古道の入口ではないが、GPSが示すにこの道を行けば古道の土地公に合流できる。そこで下車して準備する。タクシー代は一一台あたりNT$300だ。

土地公がある歩道終点
大路崁步道と記されている地図の説明では、これから進む道に土地公が示してある。9時11分、枕木階段道を進む。それほど歩かれている感じではないが、道はとてもよい。ほんの数分の登りで、終点にきてしまった。ここにも確かに土地公がある。竹子山古道へは、ここから稜線を進むようだ。ところが踏み跡がわからない。忘れ去られてしまったようだ。土地公から下っていく方向にはマーカーリボンがついている。こちらを進んでいくが、廃屋にでる。近くで作業をしている地元の農民は、廃屋から左に進めという。そちらに進んでいく。棚田の上にでる。青空のもとには、遠く海岸の向こうに野柳の岬と基隆嶼の島が浮かんでいる。これはこれでよい眺めだ。

棚田の上から海の方向を眺める
産業道路を竹山古道へ続く道の分岐へ戻る
道はその先草藪になり、道らしい様子ではない。そこで右に産業道路に下り、これをたどって竹子山古道登山口へ登り返す。天気が良く、眺めもあるのでこれはこれで悪くはないが、結局時間を浪費してしまった。10時9分、竹山古道と表示のある分岐にくる。ここには確かに倒照湖47號を含む住所表示もある。古道の名前は竹山でネット上などで見かける表示とは少し違うが間違いない。竹子山の下を通過する古道なので、本来は竹子山古道が正しいのだろう。少し休憩後、舗装路を最後の民家へと進む。古道は、民家の前を通り過ぎたところから始まる。

分岐から入る、前方左の民家が古道入口
この民家の前を通っていく
竹子山古道:程度がよい道が続く
古道は、緩い坂で上り始める。雑木林の中を進む。赤土は濡れて滑りやいところもあるが、おおむね良い道である。20分ほど登って振り返ると、谷の向こうに先ほどあるいた舗装路が見える。さらに10分ほどで、左側に沢が近づいてくる。水量がとても多い。石の階段もあり、古道の趣がある。11時18分、土地公の祠がある。中には神像もあり、結構焼香されている。しばらく休憩する。そのうち後方から二人のパーティがやってきた。

沢が近づき、沢沿いに登っていく
土地公のある分岐
ここは分岐で、そのまま進む竹子山古道はさらに竹子山方向へ登っていく。我々は10ほどの休憩後、右に阿里磅瀑布の方向へ進む。少し急な坂を上ると幅の広い尾根上を緩い坂が続く。11時45分、右に稜線を倒照湖47號の登山口近く民家へと続く道を分岐する。道標の日付を見ると8月に藍天隊が道を整備したようだ。その少し左には、竹子山北峰への道が分岐する。阿里磅瀑布方向へ更に数分進むと、滝見の場所にくる。木々の切れ目から正面にちょうど滝が望める。上部は霧が去来しそこから豪快に水が落ちている。少し遠いが、さすがに立派な滝である。

新しい道標、右に滝にむかって下っていく
木々の間遠くに滝が見える、大岩が多い
道は山腹を小さい登り下りを繰り返し、進んでいく。12時10分、左に滝の上部から二子坪古道へと続く道が分岐する。滝へは、右の道を下り気味に進んでいく。下るにつれ、滝の音が大きくなる。12時24分、滝の下へ着く。沢幅いっぱいに流れる水の上部は、壮大な水の帯が落ちている。ネット上で見る写真には渇水期は、ちょろちょろという流れだが、今日のこの滝はまったく別物だ。実に立派で、陽名山第一の滝の名に恥じない。ここで昼食をとる。

水量が豊富な阿里磅瀑布
沢の対岸に竹里山への道が続く
帰路に滝見台から見る阿里磅瀑布全容
13時10分、ゆっくりとした休憩のあと、往路を戻る。沢を渡った対岸には、竹里山(785峰)への道が続く。本来はこちらをさらに進む予定だった。予定通りに歩けないのは、少し残念だが、未知の部分を日暮れまでぎりぎりの時間で歩くのは、ちょっとリスクがある。また訪ればよいので、今日は安全をみてここで引き返す。13時38分、滝見台へ着く。先ほどの霧ははれて、滝の上部もはっきり見える。滝の下から見えていた部分は下部で、その上にも滝がある。実に大きな滝だ。13時52分、稜線道の分岐に戻ってくる。

刈られた矢竹の間を下る





ここからは、登りの時とは別の道だ。分岐から入るとすぐ、矢竹の間を進む。最近刈り取られたので、実に軽快に進める。竹子山古道は谷あいを進むが、この道はそれと並行して稜線を進む。数分で左に阿里磅瀑布水路を分ける。この道は沢沿いに下る道のようだが、果たしてどのような状態なのかわからない。右に稜線道を追っていく。矢竹の間を通り過ぎていく。背丈以上の矢竹は、刈られていなければ道もわからない。実にボランティアの仕事に感謝である。

背丈より高い矢竹の間を行く
道は高度を下げていく。ところどころ、急な部分は滑らないように慎重に進むが、転んでしまうこともある。約1時間の下りで、最後の急坂が現れる。補助ロープも取り付けてある。道標を見て、左に桜の幼木地帯を過ぎ、大きなガジュマロが現れるともう下は登山口の民家が見える。15時10分、登山口に戻ってきた。

登山口の民家がみえた












登山口からは、産業道路を下って陽金公路へ行くことも可能だが、みんな疲れ気味でタクシーを呼んで下ることにする。メンバー一人はU-Barを呼び、結局二台に分乗して金山へ向かう。16時少し前、金山に到着、老街へ向かいそこでみんなで食事をとる。17時半前に、バスで金山を後にし、台北へ戻った。

下山後産業道路の分岐でタクシーを待つ
長く降る雨、実に厄介だ。ただ、そのおかげで水量豊富な阿里磅瀑布が見れた。次回訪れるときは、それほどの水量ではないかもしれない。しばらくは、藍天隊の道整理で訪れる登山者もおおいので、道の心配をすることなく再訪できるだろう。今回の歩行距離は9㎞強、累計で高度差700mほど登っている。活動時間は休憩込みで6時間だ。往復異なる道だったが、いずれも状態は良い。阿里磅瀑布だけの往復であれば、山道体力ともクラス3である。アクセスが良くないが、それが解決できれば誰にでもお勧めだ。