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2014-06-06

2014年6月2日 宜蘭七兄弟山 - 窖寮山縱走 草深い山の苦労登山

鹿窟尖近くから見る七兄弟山と窖寮山。右のピークは睏牛山(2013/12撮影)
昨年後半に歩き始めた新北県雙溪區の山々の一つ、三方向山や鹿窟尖から大溪川の深い谷の向こうにある山が見えていた。また、ほぼ一週間前に同じく宜蘭の外澳にある太和山へ登った時、北側に見えていた山塊が今回登山対象の七兄弟山から窖寮山,叢雲山の連峰である。この山塊には、鉄道の大溪站直上にある鶯石岩(鷹石岩とも記す)の断崖が有名で、ここからの眺めは最高である。車道から少し歩くが、手軽にアクセスできるので、観光スポットとなっている。しかし、そこから南西に延びる稜線山道は全く別物だ。出発前ネット上で探した資料は少ない上、あるものも数年前のもので、あまり人気のある状態では無いことは理解していた。

大溪站より稜線を歩き、宜一県道をもどる
歩行高度プロファイル
実際歩いてみると、予想以上に道の状態は悪かった。鶯石尖近くまではまだ良いが、それを過ぎ七兄弟山の小さい峰々を越えて行くと、森のなかでは踏跡は草に覆われ足もとはほぼ見えず、森を抜けた草原は密集した草に道を閉ざされ、かなりの労力を要求された。そのため、予想していたより行動時間を費やし、夕方4時に叢雲山の手前にある740峰への登りの草薮の中で縦走をやめ、近くの鞍部分岐から車道へ下った。740峰から先の道の様子がわからず、もし同じような状態であれば、日暮れ前に安全な車道へ下れるかどうか、危ぶまれたからだ。

今回と前回太和山登山の軌跡
宜蘭一号県道入口、明山寺の山門
少し戻った鞍部から北側に下っていく、標高差200mぐらいの道は沢沿いに下る。これもあまり歩かれている道ではなく、地図を持っていないため、地形判断や標識リボン頼りにくだることになった。一度はリボンを見失い、危ないところを歩くこともあった。見失った場所に戻り、その先問題なく下り、日暮れ前には車道にでた。天気予報では午後雷雨の可能性があったが、まったく雨が降らなかったのは幸いだった。ほぼ沢の中を歩くようなこの山道では、雷雨で増水があればまたかなりの時間を費やしたことだろう。

今回は、常連のZさんとLさんの同行で都合三名の登山である。この二人は、筆者と同じような年代だがともに健脚である。台北から4138番区間列車で大溪駅に向かう。8時17分に到着。今日は端午節の休日だが、思っていたほど登山客はいない。桃源谷に向かう様子の登山者が他に三名下車した。大溪駅はわきに山が迫っているが、上方に鶯石岩の岩が突き出ている。8時24分、濱海公路を北に向かう。道脇の店はサーファー用品店もある。本来は漁業の集落が、すこしづつ姿を変えている。

近道の山道を行く、月桃が満開だ
大渓漁港が見える
5分ほど歩き、宜蘭第一号県道の入口にくる。明山寺の山門をくぐり、大溪社區の集落の中を歩く。普悠號特急列車が高速で踏切を通り過ぎて行く。集落を過ぎると、道は大きく曲がり、水道局の設備を過ぎるとジグザグの登りが始まる。このつづら折りの間を縫って、近道の山道が横切っている。もちろんこちらの道をとり登る。ところどころ草の間を行くが、概ねよい道だ。月桃の最盛期で、白と薄い黄色の花がたくさん咲いている。振り返れば大渓漁港が、そして海上には薄霧のなかに龜山島が浮かんでいる。

県道から望む睏牛山と大渓川の谷
明山寺
大溪社區から約30分ほどで、近道の山道が終わる。宜一県道もつづら折り部分がすぎ、山腹を進む。右には、深い谷を挟んで睏牛山から鹿窟尖の稜線が連なっている。車道が大きく左に曲がり、明山寺の赤い山門が見える。山門をくぐって階段を登り、9時20分に明山寺境内につく。大渓駅から約1時間である。休憩する。今日は、快晴ではないが天気がよく、気温も高い。すでに汗だくだ。

鶯石岩への幅広登山道


境内を抜け、車道を登る。紫陽花がさいている。寺の塀に鶯石岩や七兄弟山の説明板があるが古ぼけている。寺から数分で、鶯石岩登山口に来る。道標は鷹石岩となっている。山道は、広くて良い道だ。10分ほど山腹を緩い坂で登る。尾根を越えたところに、左から山道が合流する。標識が無いが、宜一県道ツヅラ折りの途中から登ってくる道だろう。右にとり進む。わずか二、三分で右に細い道が分かれていく。あとで我々が進む七兄弟山への道だ。そのまま進み9時54分、鶯石岩に来る。

崖から望む風景、すぐ下は大渓駅
七兄弟山の峰々を望む、これから歩いて行く場所だ
崖に立つ筆者、指さしている先は亀山島
断崖になっている鶯石岩は、とても眺めが良い。直下には大渓の駅、北側には桃源谷に続く蕃薯寮山の尾根と、その向こうには草嶺古道啞口につづく峰々などが、海岸線ギリギリに連なっている。目を南側に向けると、沖に龜山島、山が迫った細い海岸には鉄道と濱海公路が伸びている。ちょうど普悠號が足もとを通り過ぎて行く。山に目を移せば、これから登る七兄弟山の峰々が続いている。

鶯石尖山頂

鶯石岩に着いた時にすでに二名、我々が15分ほど滞在している間に親子連れが来るなど、ここは観光地である。しかし、一旦七兄弟山の稜線道に入ると様子はガラリと変わる。分岐から程なく鶯石尖に着く。森のなかで、展望はない。尾根沿いに進み、送電鉄塔が現れる。先ほどの鶯石岩が望める。道は、小さなピークを越えていく。七兄弟山の一番最後の老七(七男の意)や老六のピークなのだろうが、何も印がないのでよく判別できない。そのうち道は、草深い中を進むようになる。10時42分、開けて基石のある小ピークにでた。これはどうやら老四あたりのようだが。七兄弟山という、小さな表示が樹木に付いている。その上には大きな板切れがある。もともとは文字が書いてあったのだろうが、すっかりかすれて判読できない。行く手には、まだまだ高い峰々が続いている。日差しの中、暑いのでそのまま進む。

草深い森の道、踏跡が見えない
老四の山頂
老四から先を見る、まだ先の峰々が高い
草原の急坂を登る、背後には歩いた峰々
一旦下り、また登り返す。道は草の中で休憩に適したところが少ない。11時、少し開けた場所で小休止する。紫の野牡丹の花が咲き始めている。10分ほど休憩し、登り始める。草原の登りになる。藪こぎをしながら登っていく。振り返れば、先ほど越してきたピークが望める。しかし、行く手もまだまだ峰々が続いている。11時24分、右に外大渓山への分岐を通る。途中に標識があったが、文字判読不可能。森のなかは、草に埋もれて踏跡はほとんど見えない。草原にでると、今度は藪こぎ、いずれにしても道の状態は良くない。標識リボンは少なく、多くは古ぼけているが、コースを判定するには問題ない間隔で残っている。老二のピークあたりで、少し休憩する。11時51分、事前に考えていた行動予定より遅れ気味だ。蒸し暑く、持ってきたアイスコーヒがとても美味い。睏牛山がちょうど対岸にある。

ほんの僅かな区間だけ草が広く刈られている
老大の山頂
食事をすませ、12時10分に出発する。急坂を下ると、いままでの草に埋もれたいた道は、広く草が刈られている。とても歩きやすい。左に樹木が切れた間から龜山島が見えている。ゆるい坂をのぼり、七兄弟山老大(長男の意味)に着く。標高594mと記されている、藍天隊の標識がある。作成時期は2008年5月だ。それほど古くはないが、この山は人気がないので道の状態が良くないのだろう。果たして、まもなくまた草深い道になった。

草原から歩いた峰々を望む、左には睏牛山などが見える
横山方向を望む、蝶が悠々と飛んでいる
藪こぎの道が続く
登って行くと、草原にでる。高さは人の頭が出るぐらいで、周囲が望める。やってきた七兄弟山の峰々、睏牛山から桃源谷を越え、灣坑頭山、さらに稜線末端までが望める。しかし、行く手の草はどんどん密度が高まる。いよいよ持ってきた鎌を取り出し、刈りながら登る。道を切り開いた人の苦労が身にしみる。13時、右に宜一県道への道が分岐するが、こちらも草の中。ほとんど歩かれていないようだ。ピークを越え、一度下りまた登り返す。13時47分、窖寮山頂上への道が右に分岐する。わずか三分ほど歩き、13時50分頂上に到着する。

三角点基石の埋まる窖寮山山頂
頂上からのパノラマ、遠くに瑞芳の山々が見える
下方に七兄弟山の峰々が連なっている
窖寮山からの急坂を下る
三角点基石が埋めてある標高737mの窖寮山山頂は見晴らしがとてもよい。冬は季節風が吹きすさぶので、樹木が成長しにくいためだろう。南側には鶯子嶺が、北東側は七兄弟山の向こうに灣坑頭山などの山々、北側は横山から三方向山、大きく下って睏牛山の稜線が続く。遠くに瑞芳の山々、燦光寮山やその右に草山が見えている。三分二山からの尾根が合わさる740峰やその先に目標の叢雲山が見えているが、まだまだ距離がある。頂上の一角から、下っていく道があるが、これは枝尾根を宜一県道へくだるものだろう。

小沢を越える





14時20分、出発する。頂上の下に登ってきたのとは別の道があるが、道標はない。先の分岐へもどる。そこから右に折れて進む。その先、分岐がある。こちらには標識があり、窖寮山を示している。頂上から直接この道を下ってきたほうが速かったようだ。急坂を下ると、小沢に降り立つ。顔を洗う。水は冷たい。道は、この沢を少し下ったとこから、また山腹を進む。下ると、また小沢に下りる。この辺りは水源に近い。

740峰を目指して進む
道なき道を進む、古く切れた標識テープが灌木に残っている
草の中の折り返し点
740峰に向けて進む。藪こぎが続く。また森になると、左に海側に分岐がある。表示は橋板湖山となっている。鶯石岩から見えていた、海に下っていく長い尾根の先まで続く道だろうが、こちらも道筋ははっきりしない。さらに10分ほど下って鞍部に着く。右に宜一県道の石棺材へと続く道が分岐する。小沢が現れ、湿った道を進む。森が切れるとまた草原の道になる。この部分は、草が密生し踏跡が判らない。また鎌を取り出し、切り開いて登る。740峰が近づいていたが、時刻はすでに16時。メンバーも疲れが見えてきた。更に740峰を越えて叢雲山へ行き、そこからまた山道を下るのに、山中で日が暮れてしまうおそれがある。初回の山行なので様子がわからず、ここから折り返し暗くても安全な宜一県道へ下ることにする。

沢沿沿いに下る


先ほどの分岐まで下る。左に折れて進む。下るに連れ、沢の水が流れ始める。道は、沢の中をゆく場所が多い。県道までの高度差は約200m、それほど大きくはないが、こちらもあまり歩かれていない道、標識のりボンも少ない。16時37分、開けた場所にでる。しばし休憩する。このさき沢は大きな滝がある。沢沿いの道は、滝が現れることが多い。踏跡は、滝を避けて急斜面を下っていく。しかし、途中で道筋がわからなくなった。急な斜面を進むが、道らしいものは見つからない。そこで折り返し、見失った場所へ戻る。沢沿いに下りると、どうやら踏み跡らしい物が見つかり、ほっとする。急斜面で苦労したので、沢沿いでまた休憩する。17時20分、日暮れまであと1時間ぐらいだ。宜一県道まで半分ぐらい降りてきた。

開けた場所で休憩する、このすぐ下には大滝
渡渉を繰り返す
網にかかって死んだ野生の鹿
渡渉を何回か繰り返す。また滝のわきを下る。すこし道らしい様子になってくる。沢の中や、すぐ上の道を進んでいく。沢はゆるやかになっている。17時50分、右から小沢が合流する。小沢には、水管のビニールパイプが何本が走っている。これは、もう人家が近いということだ。パイプ沿いに道を下っていく。開けた農耕地が現れる。網で周囲を囲ってあるが、動物たちが中に入って農作物を荒らすのを防ぐためだろう。実際、網に野生の鹿が角を絡めて死んでいた。死んでまだ間もない様子だ。18時6分、宜一県道に降り立った。これで一安心だ。

石棺材、奥には三分二山が見える
小沢のわきで、靴の中の水を出したりタオルで拭いたり、一休みする。だんだん暗くなるが、車道を下るぶんには、何の危険もない。大溪駅に向け歩き始めすぐに、左に石棺材がある。自然にできた岩だが、ちょうど中国の伝統的な棺に見える。前には祭壇が設けられている。県道はまだ9キロほどあるが、足取りは軽い。左に暮れゆく睏牛山などの稜線を見ながら、緩い下り道を歩いて行く。19時過ぎにはだいぶ暗くなってきた。ヘッドライトを取り出しつける。朝通り過ぎた明山寺をすぎる。下りは、車道を忠実に追い、20時過ぎ大溪社區に下る。雑貨屋前でビールで乾杯する。次の電車は20時36分、駅に向けて歩く。20時20分過ぎに到着。着替えをすませ時間通りやってきた区間電車で帰途に着いた。

県道から暮れゆく対岸の稜線を望む
20時36分発の区間電車で帰途に着く
今回は、最後の長い車道歩きがあり、距離としては18kmを越えている。本当の登山道は6,7kmぐらいだろうが、道の状態がよくなく思わぬ時間を要した。行動時間は12時間である。幸いに逃げ道があり、良くない山道を暗い中下ることは避ける事ができた。ネットの記録では、本来予定していた叢雲山を越えて亀山駅までの道のりを、8時間ぐらいで歩いている記録もある。はやり、道の状態の差だろう。東北角の山々も、わずか1年ぐらい前までは細い踏み跡だったが、最近活況を呈し道が良くなっている。台北郊外の山は、常に歩かれている一般的に知られた山は問題ないが、こうした辺鄙な場所の山は、流行り廃りがあり注意が必要だ。景色がよいので、もっと多くの登山者がいてもよいと思うが。今回のルートは山道困難度5、体力要求も5である。もし、行く場合は事前に調査した上で行くことを勧める。

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