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2015-11-09

2015年11月8日 福隆隆隆山-石城山縱走 大景観のススキの道を歩く

福隆山への登りでみる隆隆山から石城山への山並み(2015年5月撮影)
台湾は九州ぐらいの土地に3000m級の山が並ぶ山脈が走っている。全部で五山脈とされるが、大きいのは雪山山脈、中央山脈、そして玉山山脈である。雪山山脈と中央山脈は、宜蘭の南で平行して南北に走っている。雪山山脈は、蘭陽平野のへりをさら北へ伸びて台湾の最東端三貂角岬で海に落ちる。草嶺古道峠以北を一般的に雪山山脈北端と呼んでいる。今回の山行は、この北端部分の最北端が目的地だ。今年五月に隆嶺古道から福隆山に登り稜線を追って草嶺古道へ歩いた。これは今回山行の南部分になる。

隆隆山近くから望む南方向の大パノラマ
今回のルートは、福隆駅から歩き始め隆隆古道(福卯古道)を峠にたどる。その後稜線を隆隆山、鶯歌石山,大堀澳山,石城山などを越え、隆嶺古道峠から海側へ石城駅まで歩いた。今回の縦走は隆隆古道から南へ歩いたので、その峠の北にある荖蘭山へは行っておらず、正確に言うと全てではないが、基本的には雪山山脈の最北端から、雙溪の三方向山までの山脈の主稜を途切れること無くすべて歩いたことになる。将来は、雪山山脈のハイライト雪山や大小霸尖などを訪れるつもりだが、すこしずつ台湾の背骨に足跡を残していくつもりだ。

福隆駅からの2kmぐらいは記録なし
前半の一部は記録なし
川ごしに今日歩く隆隆山の稜線が見える
雪山山脈北端は、海に面している。冬の東北季節風のため、稜線近くは樹木が育たずススキの草原が多い。秋になるとススキの穂が陽光に映え、背後の大海とあいまって、雄大な景色を呈する。登山道が整備されている草嶺古道-桃源谷は、そうした風景やススキが有名だが、実は今回歩いた稜線からの景色のほうが、平均標高は低いが遥かに雄大である。天気が良ければ、雪山山脈の中央部分、雪山や大霸尖が望めるのである。筆者が歩いた台北近郊の山々の中で、一二を競う絶景だ。

隆隆古道の土地公
苔の生えたコンクリ道は滑りやすい
今日は、さまざまな登山グループの活動がありそちらへ参加している人が多いようで、参加者は自分と以前に何回か一緒に歩いているAさんの二人である。最近は、同行者が結構いるので二人は寂しい部類だが、足並みが揃っているのでそれはそれでプラスもある。台北7時半発の自強号で出発する。休日の今日は、車内はとても混んでいる。ハイカーもとても多い。8時47分、福隆駅に到着。空が青い。今日は、本当に登山日和だ。

山道の最初は石段が続く





支度をすませ、9時5分に歩き始める。前回の隆嶺古道の時と同じに鉄道にそって歩く。数分で左に別れる道を進む。レンタル自転車店の前を通る。橋の上から、これから歩く隆隆山の稜線が川の向こうに広がっている。9時21分、車道の左脇に細いコンクリ舗装の道が別れる。隆隆古道の入口だ。道をすすんでまもなく、右の少し高いところに土地公の祠がある。100年レベルの年季だそうだ。祠の上には屋根が掛けられ、今もお参りされていることがわかる。陽があたらないコンクリの部分は苔が生え、滑りやすい。実際、滑って道端の深みにハマってしまったオートバイの脇を行く。紐を掛けて引き上げようとしたが、一人では力不足で助けを呼びに行っているようだ。

荖寮坑集落あと、樹木に石壁の廃屋が埋まる
隆隆古道の峠、やって来た方向を望む、隆隆山は左へ
9時33分、荖寮街9之2号住宅でコンクリの道は終わり、土の山道が始まる。枕木や石の階段が続く。昔は、かなり整備された道だったようだ。山腹をゆるい坂道で巻いていく。10時7分、石壁の廃屋が現れる。そのすぐ上には数軒の廃屋が並んでいる。今は廃棄された荖寮坑の集落だ。周辺には畑だったと思われるような平らなところもある。少し坂が急になり、枕木の道を登っていく。10時22分、峠に到着する。古ぼけた道案内板がある。海側からは風が吹いてきて、登りに無風で汗をかいた額に涼しい。少し休憩する。

展望が開けた、隆隆山を前方にみて稜線を進む
ススキが光る尾根
峠のすぐ上には車道がある。それをたどれば、荖蘭山へつく。今回は訪れずに、南に隆隆山へ進む。思っていたより、道の状態はよい。緩やかな森の道をすすむ。ところどころ急な坂が現れ高度を上げる。海に近い山で、低い灌木の森は明るい。峠から30分ほどやってくると、稜線の西側に回りこみ、急坂をのぼる。補助ロープが取り付けられている。道は湿っているので、ロープがあるのは助かる。稜線に飛び出ると、明るい空が広がる。ススキの穂が陽に映えて眩しい。前方にピークが見える。ただ、隆隆山山頂の前にあるニセピークだ。

明るい森を進む
稜線から三貂角を望む
湾の向こうに大平山、右には雪山山脈の中央の峰々
隆隆山頂上
左下には三貂角の岬がある。白い灯台が目立つ。南方が開け、展望ができる。隆隆山頂上から福隆山、さらに桃源谷方面の峰々が伸びていく。灣坑頭山のコブ状の山が目立つ。その更に遠く、雪山の群峰が空に浮かんでる。稜線から飛び出た塊は大霸尖だ。雪山群峰の左には、太平山が湾の向こうに雲をまとって浮かんでいる。ススキの急坂を登ってピークを越す。もう一度下って登り返し、11時32分隆隆山(標高433m)に到着。ススキが邪魔するが、開けた頂上は秋の光で溢れている。今日は、実に爽快だ。海には龜山島が浮かんでる。

海に浮かぶ亀山島
福隆方面を望む、その向こうは瑞芳九份の山々
草の急坂を下る
木陰のない頂上は、少し暑いぐらいだ。稜線を数分進む。分岐にくる。直進すると萊萊山への枝尾根を三貂角へ下る。右へ急な直線の下りが縦走路だ。この分岐点からの眺めは絶景だ。青空のもと、海と山の大パノラマ、ススキの穂が飾りをそえる。しばし立ち止まり、360度のこの展望を眺めるのは、山登り至福のひとときだ。

12時2分、名残惜しいが下り始める。長い補助ロープで下る坂道は、滑りやすい。数分下ると、分岐がある。左へ海岸へ下る道があるようだが、道の状態はわからない。ススキの尾根を追っていく。結構急な上り下りが現れる。隆林山は、知らないうちに通り越してしまったようだ。樹木が多くなった登りを行く。12時38分、鶯歌石山に着く。福隆駅から歩き始めて約3時間半、予定時間の半分、ここで昼食休憩を取る。

ススキの尾根道を行く、背後は隆隆山
鶯歌石山で休憩
40分ほどたっぷり休憩をとり、13時20分縦走路を進む。道の状態は、今までに比べると草が生えて踏跡が隠れているところもあり、ちょっと心もとなくなる。少しの登りはあるものの、隆隆山から基本は下り坂だ。ススキの穂が午後の陽に白く風になびいている。森の中に入り、13時50分、鞍部の分岐にくる。ここは十字路で、右に行けば福隆へ、左には濱海公路へ下る。稜線を登り返していく。数分で森を抜け、またススキの草原を行く。14時8分、大堀澳山を過ぎる。コンクリ基石がある。一度くだり、また登り返す。14時34分、今日の最後のピーク石城山に着く。空は少し雲が多くなってきた。しばし休憩する。

ススキの尾根を進む、前方には石城山が見える。背後は福隆山
尾根から海岸を見下ろす
鞍部十字路
前方には、これから下っていく尾根にススキの穂が光を反射している。その先には福隆山が大きく控えている。左の海側は、大渓湾の向こうに頭城の鶯仔嶺が蕃薯寮山の向こうに控えている。振り返れば、歩いてきた峰々がススキの草原の上に並んでいる。だいぶ歩いてきた。14時58分、下り始める。ススキの下りが終わると、稜線の右側山腹を巻いていく。森の中で、展望はない。15時23分、水頭土地公のある隆嶺古道の峠に到着する。

石城山から歩いてきた山並み振り返る
石城山頂上から南方を見る
隆嶺古道を下る
左に海側へ下る。山脈の海側は急に海へ落ちる。山道も勢い急坂である。補助ロープの坂を過ぎ、峠から数分で石の貯水槽がある。どのような目的で作られたのだろうか。更に数分下ると、土地公の祠がある。こちらは石城土地公ということだ。道はゆるやかになり、山腹にそって進む。右に龜山島が木々の切れ目からのぞく。下方に集落が見え、15時57分、濱海公路に降り立つ。縦走はこれで終わりだ。

石城土地公
海岸が眼下に、亀山島が沖に見える
濱海公路を石城駅に向けてあるく。この道は基幹道路なので、交通量が多い。トラックも含め、車がひっきりなしに通る。16時13分、石城駅前まで来る。ちょうど電車が停車しているが、ここからでは間に合わない。この電車は、もともと16時発の便で遅れている。道路沿いの雑貨店で飲み物を買う。石城駅は無人駅だ。跨線橋を越えてホームに入る。特急や急行列車が狭いホームを駆け抜けていく。17時、同じく十数分遅れで区間電車がやって来た。

石城駅
このあたりの山は、はやり秋のススキの時期に訪れるのがベストだ。季節風が吹き始め、天候がすぐれない時もあるが、晴天に恵まれれば最高の山行ができる。今日は、まさにその当たり日であった。陽が射せば確かに暑いが、稜線にでれば風が吹き抜けていく。絶景の稜線歩きは、なんといっても最高である。近くの桃源谷や草嶺古道は、おそらくハイカーで賑わっていただろうが、こちらは終日二人だけ。後続で登山グループが歩いたようだが、先を行く我々は誰にも出会わなかった。絶景を独り占め、なんとも贅沢な山行である。活動時間は休憩を含め約7時間、約12kmである。困難度は山道レベル3~4、体力的にはレベル3だ。

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