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2020-04-29

2020年4月26日 直潭山列縱走 8年ぶりの縦走

直潭山から東に延びる列山(2018年6月撮影)
翡翠水庫の北側に連なる山々は、多くの送電鉄塔を頂く直潭山からいくつかの山を越えて東方向に連なる。一番東側の雷公埤山までの間の山々の縦走は、直潭山列縱走路として去年藍天隊が整備をした。この山々は、8年前に一人で縦走した場所でもある。その時は、雷公埤山からではなく、雞心尖からであるので、まったくの重複ではない。雷公埤山は、その後別の機会に訪れている。今回は天候がすぐれず、ダムはほぼ霧の中で展望がなかったのは残念だ。昼頃霧雨が少し強くなり、また下山途中でも降られたが、予定コースは歩いた。
翡翠水庫の北に連なる山々、東から歩きはじめる
次第に高度を上げていく
二格公園バス停で緑12番バスを下車、付近にはバイク
休日の北宜公路は、いまやバイクやスポーツカーのレーストラック化している。そして、時々サイクリストが申し訳なさそうに、道の端を行く。7時38分、名称が二格公園と変更された栳寮に緑12番バスで下車すると、すぐわきに多くのバイクが停まっている。ライダーは10名ぐらいいるだろうか。今日はメンバー全員で12名だ。支度をして宜蘭方向へ少し行く。右に登山口がある。樹木を育てている斜面を登り、すぐに尾根上を行く山道になる。道脇の幹に取りつけられた直潭山列縱走と記された表示が新しい。

直潭山列縱走の道標
二格山方向は雲がかかっている
道筋ははっきりしており、常に歩かれているようだ。やせた尾根を進む。破傘蕨の尾根上からは、右に二格山-筆架山方向とその間の谷間がうっすらと見える。8時、右へ北宜公路への道を分ける。その数分先で、また分岐がある。左に雷公埤山方向へ登る。8時16分、また分岐がある。右は谷間に降りていく。坂を少し行き、8時18分雷公埤山山頂(標高548m)に着く。縦走第一番目のピークで、続く山峰のなかでもっとも低い。樹木の山頂は展望がない。もともと直進して下っていくつもりだったが、ルートを知っているメンバーがその先は整備されていないとのこと。そこで折り返し別ルートで進むことにする。

右に谷へ道が下る、倒木に道標
雷公埤山山頂
棚田跡の谷間を下る
すぐに先ほどの分岐に着く。道にツツジの仲間の西施花が落ちている。見上げると真上にはまだ花が咲いている。すぐに谷間に降り、沢沿いの棚田跡が現れる。数枚の棚田を下り、8時40分右からの道を合わせる。先ほど雷公埤山へ登る途中で右に分かれた道だ。ここから先は雷公埤古道ということだ。谷間の道を下っていく。石で水路が造られ、道はそのわきを行く。右は棚田跡のようだ。人が生活していた跡がのごる。8時47分、分岐に来る。古道は沢沿いに下っていく。古道は、翡翠水庫ができる前、湖底に沈んた集落へと続く道だった。右にとり、山腹沿いの道を進む。沢を渡る丸木橋は、苔が生えて滑りやすい。

分岐の丸木橋、左はダム方向へ下る雷公埤古道、右の道を進む
崖崩れ高巻きを登る
廃坑空気取り入れ口
すこし登っていく。前面にがけ崩れが現れる。最近起きた崖崩れのようで、まだ傷跡が生々しい。少し高巻いて登り、本来の山腹を行く道に降りる。9時7分、右の山壁に穴が開いている。そばに取り付けられた説明では、坑道の空気取り入れ口とのこと。以前は近くに炭鉱があったのだろう。あまり起伏のない道を行くこと約10分、右からの道を合わせる。北宜公路へと続く蕃薯寮古道だ。分岐部分で休みを取る。

右に蕃薯寮古道が下る分岐
農道から左に下る
車閂寮古道の分岐部を行く
数分のぼると、幅のある土の農道にでる。右にとり道なりに登っていく。畑が現れ、地元民が仕事をしている。9時36分、左に山道が分岐する。こちらを取り下る。下り切ったところに分岐がある。左は、車閂寮古道で、谷間に下った後雷公埤山へと続く。前にはこちらを歩いて雷公埤山へと歩いた。右にとり進む。すぐに秀峰路105號の住所プレートが付く、無人の民家の前を通る。すぐ下には別の民家があり、犬の吠え声が聞こえてくる。

秀峰路105號の前を進む
古い道標がある雞心尖への分岐
右に秀峰路が分かれる。山道を進んでいく。そのうち尾根上を進み、10時3分古い道しるべの残る雞心尖からの道と合流する。尾根上の道を追っていく。少し開けた場所がある。隘勇線の隘寮遺跡だ。直潭山からの稜線は、その昔原住民タイヤル族との境界の役割の隘勇線があった。隘寮はその境界線の警備員の駐在場所だ。その先道を右に分け、最後の坂を登る。年代物の鉄板製の立派な道しるべが幹に取り付けられている。この周辺は、昔から山登りが行われていた場所のようだ。カヤの間を登り、10時23分、二番目のピークとなる中嶺山山頂(標高625m)につく。霧で周囲は真っ白、展望はない。

霧の中の中嶺山山頂
ダム湖面がかろうじて見える
同じ地点から天気がよければこのように見える(2012年10月撮影)
金属板道標のある分岐は、左へ
石碇後山山頂のメンバー
十数分の休憩後、下り始める。10分ほど下り、山の文字がくっきりわかる林務局のコンクリ柱をみてすぐ、左側が開ける。かろうじてダムの湖面が見えるが、その先の山々は霧の中だ。隘寮の遺跡と思われる低い石積壁がある場所で右に秀峰路へと続く下山道を分ける。左に登り始める。間もなく、古い道しるべを見る。周囲は霧が濃い。急坂を通り過ぎ、11時22分、石碇後山(標高669m)につく。きれいに草が刈られた山頂は、天気が良ければ翡翠水庫などが良く見えるはずだが、すべて霧の中だ。実は、この山頂は遺失していた三角点基石がみつかり、それが戻された場所で8年前に通過した場所とは異なる。

岩の露出する稜線を行く
尾根上の道は、ところどころ岩が現れ幅も狭いところを通過する。上り下りをすぎ、急坂を登る。11時54分、赤腳蘭山山頂(標高640m)に着く。ちょうど昼時なので、ここで昼食休憩とする。食事をしている間に、木の葉を通してぽつぽつ雨が落ち始める。雨具を出し取り付ける。午後から回復基調のはずだが、いよいよ雨となった。12時半前、下り始める。すぐに送電鉄塔の下にくる。ここから右に下山の道がある。メンバー中二人はここで分かれ、下山する。我々はそのまま暗寶劍山へ向かう。

赤腳蘭山山頂で昼食、雨が降り出した
急坂を登る
さらに下り、左から烏嘴尖から道を合わせる。先ほどの赤腳蘭山から烏嘴尖への道もそうだが、あまり歩かれていないようで、草深い。登り返しが始まる。補助ロープがあるけっこう急な坂を登る。ちょっと規模の大きい隘寮遺跡を見る。下って登り返す。13時3分、暗寶劍山山頂(標高670m)につく。雨は止み、空は明るくなってきている。雨具を脱ぐ。雨脚が強まれば途中で下山も考えたが、この様子では予定通り歩けるようだ。

隘寮遺跡
暗寶劍山山頂
翠峰路が前方に見えた
下って間もなくまた隘寮遺跡を通過し、送電鉄塔を過ぎると保線路となり、道の状態は良くなる。13時29分、翠峰路にでる。直潭山への登山口で小休憩をとり、登り始める。はじめは緩やかな坂が続く。急な坂が現れ登っていく。分岐をすぎて13時56分直潭山山頂(標高728m)に着く。山頂は天候観測の機器が据えられ、前と同じだ。縦走最後のピークへは、考えていたより早く到着した。

直潭山山頂にて
急坂を下る
14時17分、山頂から下り始める。少し戻り、二龍山方向への尾根道を下る。間もなく急坂が始まる。遠くには、雲の下の新店方向が見える。岩の露出する部分を通り過ぎ、14時36分花園新城方向への道が右に分岐する。こちらを取り下り始める。この道はあまり歩かれていないようだ。それでも新しいロープもあり、メンテはされているようだ。下っていくと、地図上とは方向が違う道の分岐がある。どちらが正しいのか、探ってみる。手持ちの地図にはないが、方向は正しいので右に平らな道を進む。14時53分、果たしてすぐに永福路にでる。

永福路にでた
大型犬がしきりに吠える
舗装路を下る。車はここまでほとんど来ないようで路面には苔が生えている。つづら折りに下っていく。15時、民家が現れる。犬が猛烈に吠え立てる。さらに下っていく。すぐに右に小沢を見る。汚れた長靴を洗う。雨が降り出し、傘をさす。15時30分、右に梅崗路に入り少し登っていく。周囲には油桐花が咲いている。湖興福德宮を通り過ぎ花園新城に入ってく。山腹に広がる民家脇の階段を下り、16時バス停に着く。着替えなどすませ16時30分発の緑3番バスで帰途に就いた。

民家をみて永福路を下っていく
油桐花が満開だ
距離約15キロ、累計登坂1000m弱だ。休憩込みで約8時間を要した。人数は12名であったが、足並みがそろっていたので、考えていたより速く進行できた。道の状態が良いのも勿論関係している。天候が良くなく、展望がなかったのは残念だ。前回は、遠くまで眺めがきいたのとは差が大きい。ただ、予定通りのルートを素早く歩いたのは、それはそれで成就感がある。現在の状態であれば、ルートはレベル3、体力的にはレベル3.5といったところか。足に自信があれば、お薦めだ。
花園新城のバス停に到着
草の上に落ちた西施花

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