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2020-06-05

2020年6月3日 坪林虎寮潭山 - 胡桶古道 夏の訪れを感じた山行

北42号線道路から見る北勢溪越しの虎寮潭山とその背後の峰々
台湾は、日本より早く梅雨が来る。日本は、場所によって異なるが6月から7月中旬だが、台湾は5月が梅雨時期だ。最近は地球規模の天候周期が変わりつつあるようだが、今年も梅雨は5月中旬に来た。そのため、予定していた山行も延期した。今回の山行は、本来5月23日に予定したが、雨が降って延期した。先週末は、すでに梅雨が明け始めたようで、午前中は天気が良く午後はにわか雨という形態になりつつあった。二日の行程中、最後にちょっと降られて難儀した。今週も、山はにわか雨の可能性もあるが、梅雨明けで気温はかなり高く、標高が低い今回の山行は暑さに苦労した。

虎寮潭吊橋上のメンバー
場所は、以前に訪れたことがある坪林の北勢溪左岸にある虎寮潭の奥、胡桶古道周辺の山である。もともとは、古道ではなくその上の稜線上にある、最近道整理がされた山々を越えていく予定で出発した。しかし、筆者は最初のピーク虎寮潭山の近くで滑って膝を打ち、次第に痛みが現れ、またメンバーも暑さでかなり大変そうなので、稜線道をやめて山腹をトラバースしていく胡桶古道を歩いた。下山後も産業道路を歩いて坪林へ行くのもやめ、車で戻った。ルートが短縮されたので、時間的は余裕ができ、胡桶古道では沢沿いでゆっくり休んだり、それはそれでよかった。特に古道を歩いているときには、蝉が雷のように森に響きわたり、夏の訪れを感じた。

坪林國中から時計回りに歩く
登りがメインの歩行高度表
第五高速高架橋下で北勢溪自行車道が始まる
台湾犬が我々を先導してサイクリングロードを行く
歩く距離があるので、朝早く出発のため大坪林から7時発9028番で向かう。7時半を少し回ったところで坪林國中バス停に着く。車でやってきたメンバーがすでに待っている。都合12名で早速出発する。今日はここから徒歩だ。坪林老街の方に少し歩き、右に曲がって坪林國中を右に見る。観音像の下を行き、第5高速の高架橋下に来る。どこからか現れた縞柄の台湾犬が先導を始める。今までも、何回か犬が我々の隊列に一緒に歩くことがったが、今日も同じだ。北勢溪自行車道の入口がある。ここからは、川沿いに行くこのサイクリングロードを歩いていく。

水量の多い北勢溪の向こうに櫃子瀨山
蘇鉄の花
川の対岸にある山々はまだ霧がかかっている。サイクリングロードは、ほぼ平らでとても良い道だ。歩いていくと、前方に北勢溪の対岸に鬼子瀨山が川からすぐに切り立ち聳える。1Kを越えて間もなく、キャンプ場に入る。道脇に蘇鉄の花が咲いている。初めて見るものだ。そのうち川沿いから陸地に入り、茶畑の間を行く。また川沿いぎりぎりに進む桟道になり、2Kを見るとサイクリングロードは間もなく、8時25分に終わりになる。第5号高速高架橋下のサイクリングロード入口から、約30分の道のりだ。先導してきた犬は、そのち帰ったのか、みえなくなった。

サイクリングロードの終点
北42号線を歩く
川沿いのサイクリングロードから、中腹を行く北42号線に上がる。右下に北勢溪を見ながら車道を歩く。少し登りが現れる。4K標識をみると、対岸に虎寮潭山やその奥に続く峰々が望める。8時50分、右に川に下っていく道をとり進む。9時、大きな虎寮潭の歓迎ボードを見る。右はキャンプ場、左はちょっとした食事どころだ。そのすぐ先で北勢溪を渡る。車道の橋の上流側に、吊橋がある。そちらへ歩き吊橋を渡る。渡ったところで休憩をとる。

お茶のふるさと、茶畑で作業が進行中
北勢溪と虎寮潭吊橋
滑りやすい急坂がつづく
9時13分、吊橋すぐ近くの登山口から登り始める。道は最近手入れされたので、道筋ははっきりしている。すぐに坂は急になる。またとても滑りやすい。補助ロープが白くまだ新しい。風がなく、汗が噴き出す。こうした登りは、つらいの一言だ。約20分ほどの急登が終わると、尾根上を追っていく。虎寮潭山山頂までは、まだ遠い。単純な高度差はそれほど大きくないが、その間に小さな上り下りを繰り返す。これが厄介だ。先ほどの、途切れない急登ではないが、勾配が強いところもある。幸い、そうした場所はすべてロープが取り付けてある。紫色の野牡丹の花がちょうど満開だ。最後に岩が多く現れる登りを過ぎ、10時25分虎寮潭山山頂(標高566m)に到着する。

尾根上はしっかり草が刈られている
虎寮潭山山頂
虎寮潭山南峰
山頂は、草がしっかり刈られている。二度目の来訪になるが、その時より広く感じる。先ほどの登りの際に、誤って足を滑らせ膝を岩にぶつけてしまった。かなり痛いが、歩けるので問題なく登ってきた。これが、実はその後けっこう痛くなるとは、その時は思わなかった。今回は12名で出発したが、先ほどの登りでは二人がかなり遅れ、なおかつ一人はアブに三か所も刺されて、退散するとのこと。山頂で20分ほど待ったが、やってこない。先ほど、待たずに先に行ってくれとのことだったので、我々10名は10時45分、次の目標に向け進む。

柑腳坑山への尾根道
尾根上の急坂
少し下り、登り返すと虎寮潭山南峰だ。ここは分岐になっており、右に行けば虎寮潭に下れる。7年前に訪れたときは、この道経由で下った。直進して柑腳坑山へ稜線道を行く。すぐに左に道が分岐、この道も手入れされている。登りが始まる。前回は下ってきたので、あまり気にしなかったが、登りにとるとけっこうつらい。特に気温が高いのがきいてくる。ほぼ稜線を忠実に、雑木林のなかを進む。11時23分、柑腳坑山山頂(標高750m)に到着、休憩をとる。

柑腳坑山山頂
樹木も切り倒されている
20分ほどの休憩後、稜線上の道を胡桶古道の鞍部へ向かう。少し下り、途中ひとつコブを越してまた下る。途中にはかなり太い、往来に邪魔になる樹木が切り倒されている。聯合探勘隊と呼ばれるこのボランティアの道整備仕事は、本当に徹底している。12時を回り、前方に梳妝樓山の緩やかな山容が見えると、2,3分で鞍部に着く。ここは、大正11年と刻まれた日本時代の專賣局の石がある。ここも標高は750mだ。昼食休憩をとる。

前方に梳妝樓山
胡桶古道鞍部、左の石柱が大正11年專賣局のもの
先ほどの石にぶつけた場所は、痛みが少しひどくなってきた。そこで、本来予定の尾根上を行くルートを、山腹を行く胡桶古道を歩くことに変更する。メンバーも暑さに参っていたようで、すぐに歓迎の意を表す。山腹を行く道は、それほど時間がかからないので、昼食時間を長くとることにする。鞍部なので、ときどき風が吹き抜けるが唯一の慰めだ。

胡桶古道を行く
梳妝樓山への分岐
13時過ぎ、胡桶古道を進み始める。はじめはしばらく下っていく。そのうち小沢を過ぎ、道は平らになる。蝉の声が森をとどろかすように鳴り響く。もうすっかり夏だ。ちょっと大き目の沢を越える。石は苔をまとい緑色だ。13時22分、梳妝樓山の鞍部から下ってくる道と合流する。数年前に訪れたときは、道標が間違っていたが、新しい正しいものに交換されている。その少し先で、右に胡桶遺址へ下る道が分岐する。

非常に大きく広い遺跡
民間人が立てた遺跡の記念碑
時間もあるので、右に下っていく。石祠の脇からさらに道が続いている。さらに下っていくと、最近草刈されて姿を現した家屋の土台や石壁が現れる。さらにその下にはかなり大きな高い土留壁で囲われた台地がある。この斜面には大きな住居などがあったことがわかる。胡桶遺跡については、過去に触れているが、これだけの規模の集落を維持できるのは、それだけの往来があったはずだ。近くには、ほかの古道で見るような棚田跡はなく、別の手段、例えば行きかう旅人相手の商売で生活を維持していたと思われる。

沢を越す
沢からしばらく登る
胡桶古道へ登り返し進む。道は少し登り気味になり、13時46分水流の多い沢を渡渉する。この沢は、先ほどの胡桶遺跡の下を流れていくもので、居住するために必要だった。沢沿いで休憩をとる。暑いので、沢の冷たい水が嬉しい。20分ほど休んだあと、坂道を登る。そのうち緩やかな登り下りのトラバースを続ける。樹木の間遠く、先ほど歩いた柑腳坑山の稜線が見える。階段道を登り、14時26分、右に虎寮潭への道を分ける。左は東坑山への道があるが、ほぼ草木にふさがれている。

草木におおわれた開眼崙への道
古道を下っていく
山腹道をさらに10分ほど進む。左から東坑山からの道が合わさる。右には稜線をさらに開眼崙への道がある。こちらは、少し入ってみるが草深い。おそらく行くのは可能だが、時間がかかることを覚悟する必要がある。こちらの道は行かずに、小休憩後そのまま乾元宮へ下ることにする。道はすぐ下りになる。古道を下ること10数分、森から出て視界が開け、花の香りがする。14時57分、乾元宮に到着、廟の前庭で休む。歩きはこれで終わりだ。約11㎞、所要時間は休憩込みで7時間強であった。メンバーが、近くの民家で交渉し、この車に乗っていき、坪林國中站に戻った。

蓮の池がある乾元宮の前庭
虎寮潭山山頂で見た昆虫
滑ってぶつけたひざは、台北に帰りつくとけっこう痛く、歩くのに支障をきたした。その後病院に行き診察を受けたところ、骨には異常ないが皮だけの部分なのでこのような状態とのこと。とりあえず大きな問題はなく、最低一週間のドクターストップとなった。いずれにしても、常に気を抜かずに足元に注意するに越したことはない。

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