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2017-01-10

2017年1月8日 合歡山北峰-西峰縱走 華岡へ下る 年初の3000m峰登山

合歡山東峰から望む北峰(2016年12月撮影)
合歡山主峰から望む西峰(左の低い丘の部分が山頂)
昨年から本格的に登り始めた3000m峰は、今年も引き続き登っていく。今回は、一泊だけで行ける場所として、合歡山北峰と西峰を訪れた。先月訪れた合歡山主峰と東峰、また石門山は、台14甲号道路のすぐわきにあり、簡単に登ることができる。台湾の高峰の中で最も登頂が簡単な山だ。同じく合歡山のグループだが、北峰と西峰は様子が異なる。北峰で約1時間半の登頂、さらに西峰にはさらに5㎞弱の稜線の縦走が必要だ。そのため、合歡山連峰の中では、訪れる登山者は少ない。

東の北峰登山口から西へ縦走、華岡へ下る
歩行高度プロファイル
合歡山の峰々
西峰を訪れるには、北峰を経由して訪れるか、華岡から合歡溪沿いに進み渡渉後急坂を登っていくかだ。今回は、北峰経由で登り華岡へ下った。台14甲号道路わきの登山道から北峰経由で往復する登山者も多い。この場合は、帰りに北峰へ登り返すことになり、14㎞弱のそこそこの歩きになる。華岡への下りは、合歡溪を渡ったあと、4㎞ほどの林道歩きになり、距離的は同じようなものだ。

合歡山主峰から望む、北峰(右)から西峰への稜線
北峰登山口にて
今年は、暖冬だ。今のこの時期、合歡山は積雪があってもおかしくないが、今回は雪は全くなく、山頂でもそれほどの寒さではなかった。もちろん日の出のころは、手袋などしないと手はかじかむ。合歡山は、玉山矢竹が斜面を覆う。この時期は黄金色の矢竹が続く幅広い稜線歩きとなる。夏になれば緑の草原となる。天候も遠方の高峰は霧がかかっているところもあったが、おおむね晴れて遠くまでの展望ができた。冬の高山を堪能した。

北峰山頂近くで朝日を迎える

前日大禹嶺の民宿に宿泊し、今朝は三時に起床だ。それぞれ用意した食事を済ませ、四時に昨日乗ってきたシャトルサービスの車に乗る。20分ほど小風口方向に登っていく。4時20分、登山口に着く。まだすべて暗闇の中だが、他のパーティがちょうど登山口から登っていく。登山に不必要なものは車に残し、我々も登り始める。今日は冬の衣類は必要だが、基本的に日帰り荷物でOKだ。

北峰山頂近くから広がる草原と朝日を望む
北峰山頂
ヘッドランプをつけ、登っていく。初めは森の中を少し進む。結構急な坂だ。10数分後、体が温まったので服装を調整する。5時8分、0.8㎞キロポストを通り過ぎる。すでに草原の歩きになるで、風が結構吹いている。5時35分、1.2kmを通過。6時、空が少し白んでくる。反射板の下までやってきた。まだ暗いが、霧が少し出てきているようだ。北峰頂上方向へ少し進み、6時20分道脇の斜面に腰かけ日の出を待つ。頂上まで行っても良いが、風当たりが強いのでここで十分だ。

北峰山頂から雪山山脈方向を望む、谷には梨山の開墾地
西峰へ縦走を開始
6時30分過ぎ、頂上へ少し登る。明るくなった山頂の周囲は、たおやか草原が広がっている。ガスが去来する。昇ってきた赤い太陽が大きい。標高3422mの北峰頂上は、三角点基石が植えられた広い頂上だ。北方向は中央に雪山主峰を名主として雪山山脈のすべての峰々が、水平の光線に照らされ、雲にさえぎられた部分がまだら模様になっている。谷は朝霞が漂い、その中に朝を迎えた梨山の集落や開墾された畑が尾根上に広がっている。東方向には、奇萊北峰が雲を頭にまとい、朝日のなかに立っている。

急坂を下る
6時53分、西峰に向かって縦走を開始する。すっかり明るくなった山頂からは、黄金色の草原が広がっている。10分ほど緩やかな坂を下っていき、そのさき急な坂となる。稜線の左は緩やかな斜面だが、右側は切り立った崖だ。下りきり、タイワンツガ(鐵杉)林を過ぎる。また草原が広がる。この雄大な草原は、台湾高山の特徴だ。日本の高山は、森林限界をすぎるとハイ松や岩稜の稜線だ。このような天上の草原は見かけない。道脇にロープが渡してあり、その中には入らないようにとの注意書がある。矢竹(ニイタカヤタケ)の保護のためだ。

矢竹の草原を行く、保護のロープが張ってある
北峰はすでに遠い
キロポスト3.6㎞ぐらいで最低鞍部を通過する。標高は3100mぐらいまで落ちた。西峰から北峰へ折り返していく場合は、ここの登りはかなりきついだろう。しばらく小ピークをいくつか越えていく。森がきれて振り返れば、北峰はすでに遠い。左に谷を挟んで合歡山主峰が控えるが、頭は雲の中だ。4.2㎞ぐらいで尾根は緩やかに下り、眼前に広大な風景が広がる。主稜線の右遠くに、雪山山脈の峰々が続いている。近くの右の峰は閂山だ。





主峰方向を見る

広い稜線から前方を見る、遠くは雪山山脈、右の近い山は閂山

池の脇をゆく
下っていき、池の脇を過ぎる。近くにほかに二つある池は、氷河時代の氷の移動でできた池ということだ。鞍部の4.5kmキロポストを過ぎる。華岡への分岐まであと1㎞足らず、西峰まではあと2㎞ぐらいだ。登り返していくと、右遠くに南湖大山や中央尖山、無明山が見え始める。小ピークを越して9時10分、風が当たらないところで休憩をとる。軽装の登山者が三人やってくる。北峰登山口からここまで2時間ちょっとでやってきたそうだ。とても足が速い。もう一つのピークを乗り越え、少し下り、9時44分華岡への分岐に来る。西峰へはあと1㎞だ。

華岡への分岐が見えた
左下の丘が西峰頂上
ここでリュックをおろし、空身で西峰へ向かう。西峰は標高3145m、ここよりも100m以上低い。すぐに森の中を大きく下っていく。下り切った草原には、また池がある。広い草原の尾根を追っていく。6.3㎞のキロポスト付近から見ると、左下にこんもりした丘がある。その上には標識が見える。西峰山頂だ。また森の中をしばらく下り、すこし登り返す。10時22分、西峰山頂に着く。6.7㎞キロポストや三角点基石、そして大きな山名坂がある。東方向は、高いのでその先が見えないが、他はすべて展望が効く。北二段の尾根筋もはっきり見える。北峰の左奥には、畢祿山の山頂がのぞいている。南方向、中央山脈から少し離れたところに、三角形の山がある。阿里山山脈の最高峰大塔山だろう。

西峰頂上にて
西峰頂上から北方向を見る、手前左は白姑大山、右に雪山山脈
華岡へ向けて下り始める
10時38分、名残惜しいがやってきた道を引き返す。下ってきた道を登り返すが、ちょっと辛い。草原の尾根道に上がり、振り返れば西峰頂上はすでに遠い。さらに森の中を登り返し、11時5分分岐に戻ってくる。昼食休憩をとる。11時30分前、合歡溪へ向けて下り始める。道は枝尾根にそって下る。この道にはキロポストはない。主稜線に比べれば登山者が少ないが、道筋ははっきりしている。11時48分、枝尾根の突端まで下がってくる。左に合歡山北峰から主峰への峰々が見える。ここが最後の見納めだ。

枝尾根上を下っていく
刺柏の急斜面を下る
道は稜線から山腹の急坂を下り始める。葉がとげのような刺柏がたくさん生えている。間違って触れると痛い。急坂なので、高度がどんどん下がっていく。標高2900ⅿあたりで、草原は終わり鐵杉(タイワンツガ)の森に入る。一度休憩し、さらに森の中の急坂を下る。下るにつれ、ツガは大きく立派になる。ちょっとした枝尾根の平らな部分を少し進み、また急坂を下る。沢音が大きくなり、13時22分、合歡溪へ降り立つ。山道は終わりだ。

タイワンツガの森を下る
合歡溪の右岸を行く、高巻部分
沢沿いに右岸を行く。狭い谷の部分は、右側に掛かっている補助ロープを頼りに高巻く。高巻きから下り、そのすぐ先で渡渉できる。心配していた水量は、渇水期のため少なく、思っていたよりはるかに簡単に沢を渡れる。水が多い時は、さらに右岸を高巻きその先で渡渉するようだ。沢を渡り砂防ダムの脇で休憩をとる。残りは林道歩きなので、ほっとする。

渡渉部分
林道を行く
10分ほど休憩し、14時前に最後の4㎞の林道歩きを始める。林道は幅があり、土砂崩れなどが過去にあったようだ。一部はコンクリ舗装で整備されている。四駆であればここまでやって来れそうだ。道が山襞をぬって進むにつれて、沢はかなり下を流れるようになる。ほぼ平らか、少し下り気味の道が続く。道脇にはかなり太い送水管が続く。対岸にかなり高く草原の山が見える。西峰の尾根筋だろう。



右岸の情報に西峰の尾根が見える
14時47分、貯水槽の脇を過ぎ、その先5分ほどで別の水槽と鉄の門を通る。残りはわずかだ。樹木の切れ目から華岡の開墾地が見える。最後の下り坂を下り、15時15分華岡の円環に着く。我々の車が停まっている。全員がそろい、荷物を車に乗せ15時45分帰途に就く。この車は、WVのバンなので力行産業道路を行くのは問題があるようで、遠回りだが梨山から中横公路を経て14甲公路に出る。昨日登ってきた道を下っていく。途中清境農場で食事をとり、台北へ帰った。

華岡の集落が見えた
華岡に着いた
歩行距離は約15㎞、10時間半の活動時間である。あまり長い休憩はとっていない。基本は下りがメインだが、それでも累計で1200m弱ほど登っている。このルートは、反対方向にとると、合歡溪からの登りがかなり急でつらいだろう。渇水期の冬は合歡溪の水量も少なく問題ないが、その他の時期で大雨のあとは沢が増水し渡渉部分は困難度が増す。それがなければずっと見晴らしもよく、一日で歩き終えることができるのでよいルートだ。困難度はルートについては、クラス3、体力的にはクラス4だ。

2017年1月7日 日月潭小百岳兩座 後尖山.貓囒山を登る

登山口(駐車場)から望む後尖山
貓囒山山頂
合歡山北峰-西峰の縦走に先立ち、時間があるので途中立ち寄り宿泊地に向かうことにした。どこが良いか、いくつかの候補を考えそのうち、日月潭の脇にある二つの小百岳後尖山と貓囒山に決めた。理由は、道の状態がよく時間がかからないこと、翌日の縦走の前のウォームアップとしては好都合であるためだ。

日月潭の南にある後尖山と北側の貓囒山
後尖山の歩行高度プロファイル
貓囒山の歩行高度プロファイル
小百岳は、台湾政府体育部門が2003年に国民の登山活動を奨励する目的で、台湾各地を代表する100座の近郊の山を選んだものだ。台湾を代表する100座の3000m峰が百岳として選ばれているが、それに対して「小」百岳である。2006年にリストの一部が入れ替えされている。一部を除いて標高はあまり高くなく、困難度もそれほど高くない。今回登山の二座は、いずれも登りやすい山である。

日月潭
日月潭は、台湾の観光地として有名だ。筆者も今まで観光で何度か訪れている。台湾の中部に位置するもともと自然の淡水湖として、原住民邵族の居住地であった。日本統治時代に水力発電所が造られ、それに応じて湖面が拡大、現在の様子になっている。後尖山(標高1008m)は日月潭の南側、貓囒山(標高1020m)は北側に位置し、それぞれ日月潭を望むことができる。今回の二座で、筆者は小百岳の半分50座を登ったことになる。

埔里で給油、遠くの山は守城大山
台北を6時半に出発、第六高速道路を埔里インターチェンジで降りる。9時半前にガソリンスタンドで給油、台21号公路で日月潭に9時50分に着く。湖水にそって南に回っていく。10時投62号郷道に入り登山口へ向かう。細い道だが行き交う車が多い。数分で頭社仏堂へ分岐し、少し登っていく。10時10分、仏堂の駐車場へ着く。新しい道案内が入口にある。外国語として英語だけでなく、日本語や韓国語の説明もある。

後尖山登山口にて
コンクリ枕木の道を登る
尾根上の急坂を頂上へ登る
10時17分、必要なものだけをもって、歩き始める。コンクリの道が檳榔の林の間を登っていく。新しい道標がある。少し行くと梅の花が咲いている。数分でコンクリ道が終わり、枕木の登山道が始まる。勾配もきつくなる。ジグザグに登っていく。5,6分ほどで道は最近整備されたようで、コンクリ製枕木の道になる。10時44分、稜線に上がる。地面に埋められた距離を示す板は、残り100mとなっている。ここから右に稜線上の急坂階段を登る。階段は落差が大きなところもなる。登りるにつれ、展望が開ける。右側に日月潭が見える。10時55分、頂上に着く。

日月潭を望む
頂上から水社大山を望む
頂上にて
檳榔の収穫中
頂上は木製のプラットフォームになっている。まだ新しいので、道の整備と併せて行われたものだろう。頂上からは、樹木が邪魔してもう一つ湖面は見えない。11時23分、下り始める。登ってきた階段は、下りは速い。前方には水社大山が、その右奥にはさらに大きな3000m峰西巒大山が雲の間に見え隠れしている。11時33分、稜線から離れ山腹を下る。十数分で登山口近くに戻る。ちょうど檳榔の収穫をしている。トラックには山のように檳榔が積まれている。12時5分、駐車場から日月潭に向かって発車する。

日月潭湖畔のあずま屋
12時20分、水社埠頭近くで車を降り、メンバー個々それぞれ昼食をとることにする。湖水の近くのあずま屋で食事をとる。冬の日差しは温かく、風もなく心地よい。日月潭は、中国観光客が多く訪れていた。中国人観光客は、政治的理由で大幅に減り、以前の混雑はない。観光業者にとっては大変だが、観光客としては今のような静かな日月潭は歓迎だ。

貓囒山登山口の新井耕吉郎記念碑と説明板
紅葉歩道
13時20分、次の目的地貓囒山登山口に向かう。水社埠頭から台21号公路を少し戻り、右に貓囒山産業道路を登っていく。13時32分、登山口に着く。登山口には、新井耕吉郎の記念碑と説明文がある。貓囒山には茶の試験場がある。その設置に参画し、日本統治時代の最後の所長として勤め1947年にこの地で没した。その功績をたたえて、1949年にこの紀念碑が建てられたそうだ。ここにも、台湾で評価された日本人がいたことを知って、うれしく思う。

一番目の展望台から日月潭を望む、背後に水社大山、前方右の建物は茶試験場
試験用茶畑が広がる
頂上気象観測所の門
登山口から茶畑の間の階段道を登る。右に畑の上を行くと、舗装路にでる。試験場施設から上って行く道だ。この部分は紅葉歩道とよばれ、スリランカオリーブの大樹が街路樹として並んでいる。道には赤い枯葉が落ちている。貓囒山へは、ずっとこの舗装路を登っていく。前方に展望台がある。日月潭が下方に見える。背後には水社大山が控えている。更に登っていく。二か所展望台を過ぎる。14時7分、頂上にある気象観測所の門を入る。約40分の登りだ。

頂上からの日月潭、右の方に後尖山が見える
頂上の気象観測所
貓囒山は、1940年に建てられた風力測定装置が前身で、その後気象観測所になっている。頂上からはさらに広い範囲が望める。日月潭の向こうに、午前中登った後尖山もある。風力測定塔が建っている最高点の脇からは、西や北方向が望める。14時30分、往路を下り始める。20分ほどで登山口に戻る。14時50分過ぎ、今日の宿泊地大禹嶺に向けて出発した。

登山口へ戻ってきた
休憩を含め後尖山は往復約1.6㎞、1時間45分、貓囒山は約2.1㎞、1時間15分で終了した。いずれも、コース、体力ともにクラス1、誰でも問題ない。景色もよく、日月潭を訪れたらついでに登ってみるとよい。

2016-12-27

2016年12月26日 法大團@小南港山 - 白匏湖 - 十三份山

小南港山山頂
台北は周囲を山に囲まれている盆地だ。住居やオフィスが盆地の平地を隙間なく埋め、さらに山の中腹へと昇っていく。そうした中、つい最近まで軍部の弾薬貯蔵場所としてオフリミットであった場所が、南港の近くにある。ここはそうした理由で開発などが一切されず、都市部から近いにも関わらず自然が残っている。

西のMRT南港展示館駅からスタートし汐科駅へ歩く
歩行高度プロファイル、0m以下の部分は不正確
大都市台北のすぐ近くの山歩き
今回の山歩きはこの部分からスタートして、十三份山へと登るものだ。また今回は、自分で企画したものではなく、友人Lさんが中心となって活動している法大團というグループへの参加である。この山歩きに参加しなければ、このような身近な場所にまだこんなに自然が残っていることに気づかなかっただろう。

カラオケの鳴り響く廟にて
今回はMRT南港展示館駅に8時半に集合だ。ほぼ時間通りにつくと、すでにほぼ参加者全員が集まっている。今日は総勢40名だ。友人Lさんの山歩きはいつも参加者が多く、にぎやかだ。8時40分過ぎ駅から歩きだす。以前仕事で車で通り過ぎた道を、今日は徒歩で進む。高速道路の高架橋をくぐり、小南港山を登り始める。石段を登っていくと、すぐに展望が広がる。途中廟で少し調整後頂上に向かう。標高90メートルの小南港山山頂は、台北の街方向に向かって開けている。今日は、遠くまで遠望できる。南港山の左肩遠くには、新店の獅子頭山が望める。そしてその左遠くには逐鹿山・卡保山から北插天山の峰々も見える。こんな近くにこのような展望台があるのは知らなかった。なるほどここには三等三角点がある。

小南港山から遠くを望む
旧弾薬倉庫、左の道を進む
次の目的地白匏湖に向かって、南側に小南港山を下る。今日は自分が道案内ではないので、実に気楽だ。皆に付いていけばよい。第三高速道路をくぐり、産業道路を進む。9時47分、左に廃棄された倉庫の建物がある。更に行くと分岐のある所にも廃棄倉庫がある。以前軍部が弾薬を貯蔵していた倉庫とのこと。分岐は左にとり登っていく。民家を過ぎてしばらく大きな池が見える。白匏湖は、かなり大きな池である。左に土の道をとり池沿いに進んでいく。幅の広い道が終わり、そこから山道が始まる。しばらく池のふちを進む。池越しに101ビルが見える。

白匏湖
沢沿いのぬかるみ道を行く
山道は急な登りくだりが現れる。沢に下っていく。人里から近いが、自然がそのまま残されている。左に折れて沢沿いに進む。道はぬかり歩きにくい。幸い今日は長靴でやってきたので、こうした場所でも問題ない。登山靴のメンバーは苦労している。11時、右に山腹を登る。民家の菜園わきを進み、尾根にとりつく。細い桂竹の林を過ぎる。11時16分、白匏湖山につく。周囲は樹木で全く展望はない。標高わずか80m、しかしやってきた道は二けたの標高の道には不相応に苦労する。

ブリキ板の地図






稜線上の道を登っていく。分岐にはブリキ板に地図が描かれている。今年5月のものでまだ新しい。道はその時に開かれたのだろう。稜線を追っていき、送電鉄塔の下を過ぎる。一度下った後、古道と思われる道を登りきると産業道路にでる。舗装路を左に少し下っていく。12時7分、右に山道の入り口がある。上方の白雲路へ続く道だ。木の幹に、ビニール袋がところどころ取り付けてある。昆虫を採集するためのものなのだろうか。急坂を登ること約20分、白雲路にでる。右に舗装路を少し登り12時48分、白雲寺にやってくる。ここで食事休憩だ。

ビニール袋が幹に取り付けれられている
白雲寺についた
白雲寺にて、Lさんと
一時間以上ゆっくり休憩した後、14時10分十三份山に向けて出発する。Lさんは体調がよくなく、ここから直接下山する。ほかに数名も一緒に下山し、残りの約半数のメンバーで寺の奥の方から登り始める。奥の院になる場所を過ぎると、山道となる。数分で稜線に上がる。分岐につけられた藍天隊の道標は今年11月の日付だ。稜線上の道は結構急だ。ススキの部分からは、遠方が望める。結構高くなってきた。14時40分、十三份山山頂(標高438m)に着く。樹木の間の頂上は、展望はない。

十三份山にて(JKさん撮影)
稜線道を行く、左に四分尾山が見える
勤進路にでた
稜線上の道を追っていく。傾いてきた日が差し込む桂竹林は明るい。灌木も低く、四分尾山も見える。この枝尾根は、思っていたよりも長い。上り下りもそこそこある。15時18分、右下に光明寺が見えると、山道も終わりに近づく。左に折れて下っていく。15時21分、勤進路にでる。ここは2月末に四分尾山から土庫岳へ縦走したときに通過した場所だ。

朝山古道入口
残りのメンバーがそろい15時39分に下り始める。一部のメンバーは、光明寺からバスで下るのでここでまた別れる。残りは十数名のみだ。左に勤進路を少し下る。数分で左に朝山古道の入口がある。この道は水源路に対し近道になる。入口にある道標は、11月で最近整理された道だ。数分下ると大きなガジュマロ樹の脇を過ぎる。百年老樹という説明板が張ってある。15時51分、土地公が現れ水源路に合流する。

水源路を下る
抗日忠烈紀念碑と左の骨を集めたお堂
水源路を下る。すぐに左に山道が分岐するが、そのまま水源路を行く。道を回り込んでいくと、山道がある。先ほどの道だ。これを下ってきてもよかった。更に下っていく。16時8分、抗日忠烈紀念碑の前を通り過ぎる。2000年に建てられた碑には、1895年の日本台湾接収後、陳秋菊などの率いる抗日聯軍が負け、負傷し死亡した遺骨がこの場で打ち捨てられ、またその後遺骨は水害などで流され、残されたものを集めてこの地に碑を建てたとある。100年を経て、当時の抗日烈士が祭られたわけだ。四年前深坑烏月山を歩いた時、抗日軍の最後の砦となった白馬将軍洞のことを思い出した。

白雲古道分岐部
16時26分、白雲古道の分岐を過ぎる。白雲古道を行けば、昼休憩をとった白雲寺にすぐ着く。Lさんたちはこの古道を下った。我々は、ぐるっと大回りをしたわけだ。水源路は多くの土地公を過ぎていく。今は舗装されているが、この道はもともと康誥坑古道である。16時35分、右に新しく建てられた住宅ビルの背後に大尖山が高い。F902バスがやってくる。ここからは無料バスがある。水源路をさらに下り、台5公路を横切って17時6分、夕暮れが迫る汐科駅に到着した。

新築の住宅ビルの背後に大尖山が高い、F902バスが行く
Lさんとは、以前一緒に歩いたことがある。今回は、途中で分かれたが大勢の仲間と歩くのは、それなりに楽しい。彼以外に、自分が主催する山行に参加する友人も多くこのグループの活動に参加している。つまりは、知り合いの多くと一緒に歩いた。産業道路の部分が結構あるが、都合8時間半で15㎞歩いている。また、意外なことに累計で1200ⅿも登っている。都市のすぐ近くだが、多くの自然が残っている。困難度は、山道はクラス4、体力は今日の全コースを歩く場合はクラス4としておこう。