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2012-05-07

2012年5月6日 桐花の土城天上山から中和牛埔山へ縦走

天上山登山道上の油桐花
毎年4月中旬から5月は、白い油桐花の鑑賞を中心に桐花節の催事が各地で行われている。土城天上山の麓は、有名な油桐花スポットで、桐花公園とされている。天上山は去年6月に一度登ったが、今回は油桐花の花見も兼ねて、また行ってきた。去年は火焔山を経て天上山に登り、稜線を将軍嶺まで歩いて、緑野香坡へ下って帰った。今回は、火焔山を経ずに直接登り、更に足を伸ばして文筆山、五尖山を越え、中和の円通寺の上を通り楽天宮へ下りMRT景安駅まで歩いた。天気が非常によく、愉快な山行だった。油桐花は、期待していたよりも早く咲いてしまったようで、それほど多くなかったが、山道には白い花が落ちていた。4月下旬の鳶山と同じぐらいな感じだ。晴天の休日なので、山ではとても多くの登山客と出会った。

天上山から獅仔頭山の山塊が南に見える
ルート図(クリックで拡大)
承天禪寺の歩道側入口
今回の山行は、Hさんが同行する。午前7時にMRT永寧の駅でおちあい、承天禅寺に向かい歩く。桐花節の週末は、交通制限が行われ天上山の麓になる南天母広場へ無料シャトルバスが往復している。承天路を歩いているとき、シャトルバスが抜いていった。沢沿いの桟道を行き、車道をまたぐと桐花公園の山門をくぐる。露天商が多く店を出している。まだ朝早いので、観光客はそれほどでもないが、あと2、3時間後にはこの道はかなり賑やかになるのだろう。道脇には仏教関連のものがたくさんある。登ること30分で、承天禅寺に着いた。白壁の禅寺はとても規模が大きい。山腹にあるこの寺からは、土城や板橋の街、その遠く向こうには陽明山の山並みが見える。禅寺の境内を抜け、駐車場のある門に行く。

露天がたくさん出店している
門の前は舗装路で、両脇には多くの露天商が店を出している。ここもあと二、三時間後は多くの観光客で埋まるのだろう。門の対面には天上山への道標があるが、これは登らず舗装路を左に下る。露天商の列が切れ、舗装路が左に折れるところに、二つの登山道入口がある。両方とも桐花公園への道標がある。沢沿いの左の道をとり登る。枕木と石畳のこの道は蛍鑑賞の道であるようだ。100mおきに立てられた道程柱には、「承天賞蛍歩道」と書かれている。若い僧が数名降りてきてすれ違う。緑野山坡という店が現れ、もう一つの登山道と合流すると、そのすぐ上で南天母路に出る。そこから賞桐歩道となる。ここも左右に道があるが、左側を取り登る。道に桐花が落ちている。見上げると油桐花が咲いている。山頂に行かず、右にトラバースして行く道もあるが、これを行けば更に油桐花を見れるのだろう。そのまま道を登りつめると、8時半前に天上山への鞍部である、望月亭についた。

南天母路の賞桐歩道入口
歩道上の桐花
 望月亭で一息ついたあと、天上山へ向かう。途中ピークを越す道と、左に巻いていく道がある。右の道をとり、小ピークに登ると、木々がきれて対面の獅子頭山や大丘田山が見える。去年11月は大丘田山を登るべく歩いたが、道がわからず引き返した。岩と補助ロープのある小ピークの下り道を降り、登り返すと天上山の頂上(標高430m)だ。8時45分、永寧駅から1時間半と少しである。天上山の頂上には、大勢の登山客がいる。みんな朝早くから登っているようだ。頂上の道標に取り付けられている寒暖計は、23度を示している。前回は30度を越えていたが、同じく陽が照りつけているものの、今日は気持ちがよい。尾根づたいに見ると、すぐ近くは五城山、その左奥に文筆山が見える。遠くには霞んでいるが台北101ビルがある。文筆山のすぐ右は緑野香坡の住宅群、左は黄色の屋根の金龍寶塔が目立つ。頂上展望台のすぐ下で、休み食事をとる。

天上山への途上ピーク上から見る承天禪寺と土城の街、川向うは樹林の街と大棟山
天上山頂上から見る五城山、その左は文筆山
五城山への道
頂上から下り、次の五城山へ向かう。甘露公園への分岐を過ぎると、石畳が並行する幅広の尾根道となる。登り下りはあるものの、歩きやすい。石畳は、歩かれていない部分もあり、緑の苔でびっしり覆われている。見るからに滑りやすそうだ。苔の緑に落ちている油桐花の白が目を引く。見上げると油桐花が、まだ咲いている。木々の切れ目からも、山腹に油桐花が咲いているのが見える。大勢の人の声が聞こえてくる。急坂を登りつめると、五城山頂上だ。天上山から30分の道のりだった。展望のない、広い頂上は大勢の登山客がいる。犬も2匹、登山客に混じって間をウロウロしている。

五城山頂上
将軍嶺への道、家族連れの登山客が行く
五城山から将軍嶺までは、下り基調の道である。土の道やコンクリ板の敷いてある道など、道の表情は変わる。この区間も子供連れのグループもいれ、多くの登山客とすれ違う。今日はまさにハイキング日和である。翡翠湖への分岐を過ぎると、木がまばらに切られて展望がきく山腹道を行く。急な坂を登り返すと、送電塔が現れる。ペンキの塗り替え作業中だ。そのすぐ先が将軍嶺だ。去年6月はここまでで山を降りたが、今日は予定行程のまだ四割ぐらいだ。まだ先が長い。小休憩のあと、文筆山へ向かう。将軍嶺を下ると、左に道を折れる。そのすぐ先に小さな畑を突っ切る道があるが、これが文筆山への道だ。この道は誰が整備しているのだろうか、ビニールパイプを使って土の階段の補強してある。結構急な坂を登り切ると、コンクリ板の歩道に出会い、さらに行くと10時半に文筆山(標高375m)の頂上についた。北から東側が開け、展望がきく。陽射しは強いが風が涼しい。

文筆山から見る綠野香坡住宅群、送電塔の奥に見えるのは南港山
五尖山頂上
文筆山から五尖山までは、稜線近くまで造成されている緑野香坡住宅のすぐ上を行く。草やぶのなか、林の間など様々なところを過ぎていく。補助ロープなどの山道整備もしてある。五尖山に近づくとゴミが不法に捨てられ臭いを発している。片方が鉄網で囲われた上り坂を行くと、五尖山の頂上だ。頂上の基石はこの網の内側だが、その部分は網が取り外され、基石の脇の木の幹に山名と標高310mが記された板が打ち付けてある。五尖山からは、東を走る南勢角山の山系と、それに並行する円通寺のある牛埔山の二つの稜線道がある。頂上は展望もないので、そのまま下る。下りきると、石畳の立派な山道が現れた。道を左にとり進む。道はあまり登り下りがない。青雲路へと続く道を分岐すると、道標がない左への土の道が現れる。この道を取り、稜線を進むと11時半に小屋のある広場についた。ここは新加坡だ(なぜ新加坡=シンガポールと呼ばれるのかは不明だが)。二組の登山客がお茶を飲んで休んでいる。板橋の街が下に広がる、その向こうは観音山だ。今日二度目の食事休憩をとる。

新加坡
対面の南勢角山
新加坡は、円通寺への稜線道からすると、西側への寄り道となる。下ると二尖山方向からやって来る石畳の道に合流した。ここを右にとり進むと、牛埔頭山を越えて降ってきた、先に分岐した石畳の道に合流する。円通寺方向に歩く。ほぼ平坦な石畳の道は快適だ。途中永豊街への分岐を過ぎ、道は墓地の間を行く。対面の南勢角山の中腹には、油桐花が咲いてところどころ白いパッチとなっている。墓地を過ぎると道は、稜線をいく土の道になる。一度舗装路を横切り、12時40分玉皇廟についた。ここまで来れば今日の行程は残り四分の一である。観音像がある前庭からは、板橋方向の展望ができる。新北市庁のある、板橋駅付近が近い。すぐ下は、第三高速道路の中和インターチェンジだ。

歩いてきた縦走路を振り返る
長寿嶺近くから見る中和の街
樹齢360年のガジュマロ大樹
一休みしたあと玉皇廟から舗装路を下る。鞍部につくと右に山道が分岐している。この道を取り、少し登り返すと今まで縦走してきた山並みが見える。五尖山とその左に緑野香坡があるが、すでに遠い。その先、天上山方向は五尖山に隠れて見えない。先ほど通り過ぎた墓地が山腹に広がる。山道は稜線をいく。小屋がたくさん道脇に作られ、中では人々がくつろいでいる。仁慈寺の脇をまた稜線へ登り返し進む。このあたりから、道が沢山入りくんでくる。国旗掲揚ポールの立つ長寿嶺を過ぎ下ると、推定樹齢360年の雀榕大木広場につく。このガジュマロは本当に大きく枝は空を覆いかくす。本来、この広場の右端から下りMRT南勢角駅までと考えていたが、左の道を取ったので、その後凌雲亭、楽天宮を通り、中興街237巷へ下り景安駅まで歩いた。

楽天宮登山口
今回の行程は約16km、歩行時間は休憩も含め6時間50分である。土城と中和の二つの行政単位にまたがり、山道の状況も石畳の立派な道から、素朴な土の道まで様々な状態であるが、困難な場所はなく、稜線道もあまり大きな登り下りもなく、歩きやすい。人里が近い山は、道が多く入り込み、慣れていないと予定以外の道に入ってしまうこともあるが、危険などは一切無く心配ない。標高は最高となる天上山が430mで高くないこともあり、老若男女さまざまな登山客が気楽に訪れることができる。

2012-05-02

2012年5月1日 基隆山 - 大粗坑古道 九份の山を歩く

登山道脇に咲く流蘇の白い花、背後は基隆山
九份は、今では台湾観光の必須訪問地だ。日本人観光客がとても多い。でも、ほとんどが九份老街や金瓜石あたりの散策だけで、その周囲の山に登る人は少ないようだ。しっかり整備された登山道があるので、天気が良ければ足を伸ばして九份や金瓜石の地形や景観を上から眺めるのも、かつての金鉱の町を鑑賞するのに役に立つ。

右のルートは昨年9月の金瓜石登山道と貂山古道
去年9月末に金瓜石から金瓜石登山道と貂山古道を経て牡丹まで歩いた。海に近く樹木の少ないこの地帯の山は、夏は強烈な太陽光を遮るものが無く辛い。今年もすでに五月になり日差しが強くなってきたが、真夏到来の前に今回は、九份に近い基隆山を往復、その後また九份の背後にそびえる小金瓜大粗坑山まで登り返し、大粗坑古道をへて侯硐へ下った。

九份から歩き始め、左下の侯硐へ
基隆山登山道入口
基隆山はその古名を雞籠山という。その名の通り、鶏の籠に見える独立峰である。基隆の街の名前は、もともとこの『雞籠』山と同じ音をとり名付けたということだ。標高は588mで、周囲の山に比べて特に高くないが、海岸沿いにそびえる独立峰であり、とても目立つ山である。台北郊外の山々からも、三角形ピラミッドの基隆山はすぐ判別できる。登山口は、瑞金公路の脇にあり、そこから頂上までは約260mの高度差となる。もし海岸からの登りであれば、まるまる588mの登りで、そこそこの登りとなるが、九份から出発であれば、半分ですむことになる。

九份の街は山腹に広がる
基隆山登山だけでは、一日山行としては少ない。そこで、もう一度小金瓜露頭へ登り返し、そこから反対側に下る大粗坑古道を下った。小金瓜露頭は標高560mで基隆山より少し低いが、基隆山から一旦下りまた登り返しになるので、2度目の登りは気温が上がってきたこともあり、少し辛かった。侯硐へは三つの古道がある。小粗坑古道、大粗坑古道、そして金字碑古道である。大粗坑古道はこのなかで、小金瓜露頭から一番近い。廃校になった小学校跡があったり、立派な天橋も作られていて、道としても興味深い。

基隆山山腹の道から見る西方向の眺め、左の五分山から台北市、その右は五指、陽明山系
直行道と山腹道との合流点
台北市忠孝東路のバス停から金瓜石行き7時10分発1062番バスで出発。1時間ほどで、九份老街につく。今日は休日であるが、時間が早いので乗客は少ない。瑞金公路を登り、数分で基隆山登山口に着く。入口の石碑には雞籠山と記してある。石畳の立派な道が始まる。登ること数分で、そのまま直進する道と左に山腹を巻いてゆるい登りの枝道との分岐がある。距離は山腹を行く道のほうが長いが、基隆方向の景色を見れるので、こちらを進む。右の道は石段だが、こちらは土の道である。道はゆっくりと登っていく。途中に展望台が二ヶ所作られている。この道も高い木はないが、まだ朝早いので陽が当たらず、歩きやすい。二ヶ所目の展望台から、山腹の巻き道が方向を換え、高度を上げるようになる。分岐から40分、二つ目のあずま屋のすぐ下で、直行の道と合流した。更に登ること10分、9時20分に基隆山の頂上に着いた。枝道分岐で、そのまま直進した登山客はすでに到着し、しばらく休んでいる様子だ。時間はかかったが、この道は別の眺めができるので、登り或いは下りに歩いたほうが、もっとこの山を楽しめる。

基隆山山頂から東方向を見る、金瓜石とその背後の山々、半平山、燦光寮山、牡丹山
大粗坑山小金瓜、下に欽賢國中と登山道が見える

基隆山頂上
基隆山は独立峰だけに、眺めは広い。登ってきた道のすぐ脇に通信施設があるので、この部分は頂上からの展望が遮られるが、それ以外には頂上の脇に設けられている展望台から、海と山の景色が感動的だ。今まで登った山々から基隆山が見えたが、今回はここからそれらの山が遠くに見える。陽明山山系から、五指山、五分山中央尖、もちろん金瓜石の谷を挟んで半平山とその右に燦光寮山がある。台北の街、101ビルも見える。茶壺山の頂上岩は半平山から手前側に派生する尾根の突端に載っかっている。海側は基隆の町や港はもちろんはっきり見える。反対側は東北角の先端になる鼻頭角が海に飛び出している。半平山の左にある低い山は苦命嶺や和美山だろう。天気はよいが、日差しが強いので頂上のあずま屋で食事をとり休む。

基隆山登山道とあずま屋、下に九份とその左に墓地
半時間ほど頂上で過ごした後、登ってきた道を下る。基隆山は反対側に下る道はない。枝道の分岐からは、直進の石段道を下る。老若男女が何人もグループで道を登ってくる。天気が良いので、この登り一本の道はきつそうだ。多くは軽装なので、九份観光に来たついで登るというところのようだ。二番目の登山道脇のあずま屋から、道は少しジグザグになり下っていく。約30分で登山口に降り立った。ここは、双渓まで続く双渓公道と瑞金公路の分岐でもある。右に双渓公道を取り、道の両側に多くの墓が立っている中を登っていく。道からは、基隆山や半平山がよく見える。この墓地は、金鉱の栄華を過ごした人たちが、眠っているのだろう。このあたりから見る基隆山は、妊婦が横になっているように見えるそうで、基隆山は別の名を大肚美人山とも言うそうだが、どうみれば妊婦に見えるのだろうか。

双渓公路から見る半平山と金瓜石、手前は墓地
双渓公道を登り、聖明宮の山門前の分岐を右にとる。この道は欽賢中学校へ続く。分岐から登りは少しきつくなる。10分ほどで、小金瓜へ続く山道の入口が左に現れる。表示は金字碑通往九份觀光步道となっている。花崗岩の石畳が敷き詰められた、立派な山道である。ところどころ階段が現れるが、全体的にはゆっくりと山腹を登っていく。途中、白い花の流蘇の潅木が二、三箇所群生していた。基隆山がだんだんと同じぐらいの高さになってくると、この山道もそろそろ終わりに近づく。右から小金瓜露頭へ続く道が合流する。この道を登ると、下ってくる登山客とすれ違った。基隆山とは違い、こちらは登山客はあまり多くない。小金瓜露頭は、金を含む岩石のある場所で、以前は金鉱があった。金鉱開発前の砂金が発見されたのも、ここから流れ出す大、小粗坑渓に砂金が流れていったから、ということだ。もともとかぼちゃのような形状だったそうだが、掘られて形が変わり、今は双渓公路の角度から見ると河馬の頭のように見える。

九份の街と基隆山
小金瓜露頭
時刻は11時20分、基隆山の登山口からちょうど1時間だ。ここからは、反対側が見えるようになる。牡丹山から三貂山へと連なる尾根の山腹を双渓公路がいく。すぐ下の谷には、大粗坑古道の天橋が見える。木々しかない緑の山腹にある白い天橋はとてもめだつ。小金瓜露頭から先の道を戻り、双渓公道への入口まで行く。入口は鉄の門が作られ、車は入ってこれないようになっている。すぐとなりは、大粗坑古道の入口だ。古道といっても、この道はしっかり舗装されている、幅広の道である。古道という雰囲気はない。道はさきほどの小金瓜露頭の下を行き、方向を換えて下ると天橋が現れる。こんな場所に、このような立派な橋をなぜ作ったのか。橋からは、これから通過する集落廃墟が見える。先の広い場所は、大川小学校分校の廃墟である。

大粗坑古道入口
大粗坑の集落は、もともとあった金鉱のためのもので、200戸1200人の住民がいたそうだ。当時の繁栄が偲ばれる。橋を降りてすぐの廃屋の前は、変わらず小沢が流れ、花も咲いている。家屋の中からは、人の話し声が聞こえる気がするが、錯覚だろう。大川分校は、小学一、二年生が登校し、それ以上は麓の本校に通っていた。有名な映画監督呉念真は、ここの出身と聞く。

天橋から見る廃墟と周囲の山々
古道脇の廃屋
ここからは、石段の道となり沢沿い下っていく。沢沿いの道もあまり木々がなく、暑い。途中、天災で流された場所もあるが、それを乗り越えるように道が作られている。萬善堂の祠の脇を下り、森の中をいくと、12時半古道の入口についた。双渓公路の入口から、下ること約40分である。

少し休んだ後、侯硐駅へ向かって舗装路を下る。遠くには五分山のレーダーが前の山の奥に見えている。住居が現れるが、黒犬がすごい勢いで吠えかかってきた。小さいのに威勢がよい。更に下ると、金字碑古道への分岐が現れる。脇に車が2台止まっているが、おそらく登山者がここに置いていったのだろう。ここから下ると右に旧侯硐小学校がある。ここは、2000年の台風の鉄砲水で大被害を受け、廃棄されたそうだ。すでに土砂などは取り除かれ、教室や校庭などははガラガラである以外、被害の程を知ることはできないが。沢では地元の人達だろう、釣りをしたり水遊びをしたりしている。瑞芳へと続く瑞侯公道を左に曲がり、侯硐の集落を過ぎる。狭い道を観光客が車を駆って通り過ぎる。基隆河を橋で渡り、右に侯硐駅が見えてきた。

侯硐の集落、残る廃屋
侯硐は炭鉱の町であったが、付近の炭鉱の町と同様に石炭産業は廃れ、今は観光の街へと変身している。多くの観光客が駅の周りにいる。到着した電車からは、多くの観光客が降りてくる。1時10分に駅につくと、ちょうど台北方面の電車が出るところ、次の電車は1時間後だ。ここでゆっくり待ち、14時12分発の電車で台北に戻った。

今回の山行は、距離10.6km、時間は5時間である。高度差は、二回の登りであったので合計600mを超える。小金瓜への登りの際は、陽が陰り助かったが、それでも太陽光線は強く、手や顔はすっかり日焼けした。東北角の山は、まだまだ登るに値する道が結構ある。金字碑古道などもそうだが、それ以外に草山やそれに連なる苦命嶺などの山々もある。いずれは登ってみたい。

侯硐の橋から見る大粗坑山方向
高度プロファイル

2012-04-25

2012年4月23日 油桐花の三峽鳶山を登る

油桐花、まだつぼみも多い
三峽の鳶山は、三峽の街のすぐ後ろにそびえる山だ。桃園の台地から大漢渓を挟んで、スクっと屏風のように連なる山並みである。第三号高速道路から、南に向かうとき土城料金所にあたりから左に見え始める。この山並みは一番北に位置する鳶山から、南西方向に大漢渓に沿って福徳坑山、十五分山と連なっていく。標高は300mクラスだけだが、この山並みを最南端の娘子坑山から最北端の鳶山まで端から端まで歩くと、途中のピークの登り下りあるので、結構の健脚ルートとなる。人里が近いので、常連の登山客も多いようで、集まってみんなでお茶を飲んだりしてくつろいでいる。
鳶山は三峽のすぐ脇、白鶏山系は近く
鳶尾山から登り、仁愛路へ下る
今回は、このうち北側の三分の一ぐらいに相当する部分、福徳坑山から鳶山までの稜線を歩いた。この稜線へのアクセスは、三峡の南になる中埔から鳶尾山を経て長春嶺へ登った。長春嶺からは福徳坑山を往復した。4月から5月は、白い油桐花が山肌を白くする。台北付近では土城天上山が有名だが、この鳶山でも桐花が見られる。今回は、まだつぼみの油桐花の木もあるが、結構咲いており、登山道上にはすでに散って落ちた花びらも結構見られた。あとしばらくすれば、もっと白く雪のような山道の部分も見られるだろう。

拱橋、遠くの山は白鶏山
朝7時に自宅を出発、MRT板南線で永寧へ、916番バスに乗り換え三峡老街バス停に8時過ぎに到着した。去年12月は、ここでもう一度乗り換えて白鶏山へ行ったが、今日はここから歩き始める。バス停近くの三峽拱橋の脇から三峽溪沿いに歩く。この橋は1933年に完成したもので、今見ると幅員がととても狭いが当時は陸上輸送の要で、アーチが続き三峽を象徴する橋である。川沿いの道は整備され、川側には歩道が増設されている。祖師廟の前を行き、さらに川沿いを歩く。対岸の住宅ビルが多いが、その向こうに白鶏山の稜線が見える。八安大橋の脇から大同街を歩き、240巷で右折、山が近くなる。山腹にはところどころ白い油桐花が見える。橋を渡り右に長春園へ続く道を分岐したあと、道なりに行くと昔ながらのレンガ造りの農家がある。この農家のすぐ先から、鳶尾山登山道が始まる。もし道標がなければ、気づかないかも知れない。

登山口と道標
鳶尾山登山道は、地元行政が整備しているので、土の素朴な道だが道標や枕木、手すりなどが設けられている。歩き始めてまもなく、小沢を超える橋板には、油桐樹の白い花が沢山落ちている。小尾根上を行く道は、石や木の根をこえていく部分もある。登山口から20分ほどで、鳶尾山(標高157m)についた。ここは、ベンチと説明案内板があるが、展望はまったくきかず、これらがなければ山頂とは見えない。尾根道は、幅が広くなってくる。ところどころ、油桐の花が道に落ちている。

尾根上の休憩所
途中一箇所長春園への道を分岐し、テントが張ってある休憩所などを過ぎ、登って行くと30分ほどで長春園と福徳坑山東峰への分岐に着いた。ここは右を行き、福徳坑山東峰をまくこともできるが、左の道を進む。枕木の脇にロープ手すりのある部分もでてくる。登山客と何人もすれ違う。福徳坑山東峰(標高220m)は、道の脇に基石と山岳クラブの標識があるだけで、これも気づかずに通りすぎてしまうかもしれない。しかし、主稜線上の福徳坑山とは途中に長春嶺もあり、なぜこのような命名になっているのだろうか。一度下り、長春園からの道と合流すると主稜線に向けて、急な登りの道が始まる。登りはきついが、枕木と手すりが設けられているので、歩きやすい。

長春嶺への登り
鳶尾山登山道入口から登ること1時間10分、10時ちょうどに、主稜線上の長春嶺に到着した。頂上には椅子とその上にテントがかけられている。周囲はなだらかで、花が沢山植えてある。頂上からは三峽溪の左側には白鶏山系の鹿窟尖が、右には五寮山が見える。その奥はかすんでもうひとつはっきりしないが、烏来の山々だろう。反対側は、大溪溪が下に、その向こうには中壢の台地が広がる。左には、これから歩く尾根が続く。山腹は桐花で結構白くなっている。

長春嶺からの眺め、左が鹿窟尖、右が五寮山
長春嶺からの眺め、山腹には白い桐花、真ん中のピークが福徳坑山、右の平野部は中壢
福徳坑山への道
福徳坑山へは、稜線上の道を進む。すぐに下りになる。緑の苔で覆われた大石や、木の根が絡む部分も現れる。登り返し、ピークを一つ超えると、屋根のかかった休憩所がある。ここからは、西側に展望が広がる。第三と第二高速道路のインターチェンジが見える。更に下って補助ロープもある急な坂を登り返すと、三角点のある福徳坑山(標高321m)に着いた。長春嶺から約30分、10時40分だ。大岩がいくつもある頂上は広い。油桐花も咲いている。片隅にはブラジルアイリスが群生している。周囲は木々が多いが、西側は開けている。ここからは、鶯歌やその右奥に大棟山も見える。食事をとり、30分ほど休憩する。

福徳坑山頂上
尾根上の道をさらにたどれば十五分山などにつながる。これらピークの縦走は次回と言うことにし、今日はここで折り返す。帰りは20分ほどで長春嶺に着いた。ここからは、下りが始まる。朱府王爺廟への道を左に分岐し、小さな登り下りを繰り返すと、大きな送電線鉄塔の脇についた。ここからは、これから歩く鳶山から、三峽の街、朝登ってきた鳶尾山からの尾根などのパノラマが見渡せる。鳶山の尾根上には光復大鐘の黄色い屋根が、油桐花が咲く白と緑の山腹の上に載っかっている。ここでしばらく寄り道をしたあと、尾根道をさらに下ると電信設備があり、その脇を登り返すと鳶山の頂上だ。時刻は12時を少し回ったところ。

光福大鐘と鳶山の山腹
白鶏山と三峽

鳶山山頂
色とりどりのチベット語経文の布切れが掛かっている。頂上は木々と電信設備で遮られた南側を除いて、ぐるりと展望ができる。高速道路が足元を弧を描いてのびている。高速道路を行く車の騒音も聞こえてくる。昼近くの光線なので、遠くは少し霞んでいるが、それでもこの展望は素晴らしい。土城の天上山山系は判別できるが、その先の台北方向ははっきりしない。遮るもののない頂上は、太陽が照りつけ、暑い。夏の太陽も、もうまもなくやってくる。頂上から下ると、すぐに登山道は終わりになり、光復大鐘につく。脇のあずま屋で休憩をとる。麓から鳶峰路を車やバイクでここまで登ってこれる。

鳶山頂上から桃園や鶯歌方向を望む、高速道路が足元を行く
鳶山山頂から、左は台北新城の住宅群、その右奥は天上山系
光福大鐘
下りは、舗装された鳶峰路を降りていくだけだ。下ると、鳶山景観咖啡が現れる、ここから道を右にとれば長春園を経由して、朝登り始めた中埔に着く。そのまま鳶峰路を下ると、途中に景観亭が二ヶ所現れる。ところどころ油桐花が道に落ちている。近くで見ると、まだつぼみ段階の油桐樹も結構多い。寺院やレストランの脇を更に下って行くと、桟道が左側に現れる。これを下りきると、1時15分に仁愛路の登山口に着いた。光復大鐘から30分だ。目の前には、三峽三角湧老街の入口がある。老街を経てバス停に行き、台北に帰った。台北に帰り着き、まもなく夕立がやって来た。ニュースでは三峽でも結構雨が降ったとのこと、今日はいいタイミングで登山を終えた。

仁愛路の登山口、反対側は老街へ通じる路地
今回の登山行程は10.2km、時間は休憩も含め5時間、高度差は250mである。登りはゆっくりの坂なので、楽な山行であった。天気がよく気温も上がったが、木陰では風がまだ涼しい。油桐花も咲き始め、登山にはよいシーズンがやって来た。この期間に油桐花を鑑賞でききるルートを登って行きたい。
高度プロファイル