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2014-09-11

2014年9月10日 陽明山系 紅葉谷瀑布 - 圓柳古道 三芝の古道をつないで歩く

紅葉谷瀑布(柳仔楠瀑布)
新北市三芝区には、山と里の間に藍染料、炭や金、そして今もタケノコ取りで歩かれてきた古道が数箇所並んでいる。いままで、何回かにわけて歩いてきたが、今回も別の古道を歩いた。先月訪れた茄苳坑古道は、小觀音山の北にある菜頭崙から北西に延びる二本の枝尾根の間の谷を行く。南側の稜線は竿尾崙の尾根で、稜線上の竿尾崙古道とその山腹を行く圓柳古道がある。もう一つ北側の尾根上には五腳松古道が行く。この尾根の別側の谷に、內柑宅古道が行く。この谷には、落差が大きく見応えのある紅葉谷瀑布(別名柳仔楠瀑布)がある。この谷の上方は、竹子山の立入禁止区域である。そのためこの谷の上方稜線には、隣の古道をとつなぐ道がなかった。それが、七月に藍天隊が昔の古道を整理、さらにその先を伸ばして五腳松古道をつないだ。今回の山行は、この道ができたことで実現している。

後店から山に上り北新荘へ下る
陽明山系の北側三芝にある古道
この地区は、公共交通機関で行くには少し不便だ。內柑宅古道に一番近いバス停は後店になる。北新荘まではそこそこ便数があるが、それから先後店などを通って101公路を行くバスは、便数が少ない。青溪路を歩き、谷を下った先からは八連溪農園への産業道路を青山路へあがり、そのすこし先の內柑宅古道入口へゆく。古道をその最奥の紅葉谷瀑布へ、そこから新たな紅葉谷山腰歩道を五腳松古道へ上る。五腳松古道を山側に上り圓柳古道へ入る。下って茄苳坑古道を右にわけた後、山腹を下る。台北郷城近くまで下った後、沢を越えて竿尾崙につなぎ、これを下って三板橋へ出た。

後店、左の青渓路を行く、右は101号公路
青渓路から見る、前方の山は雲が掛かっている
今回は、常連のLさんとZさんに加え、Hさん、Wさんそして友人Wさんの合計六名のパーティである。後店バス停を通過するバスは便数が少ない。6時台の始発のあと9時半までない。MRT淡水駅バスターミナルで集合し876番バスで向かう。今日は多人数の老齢ハイカーが乗り、途中地元住人も乗るので、バスは満員だ。しかし新北荘で大部分が下車、後店では我々以外は乗客一名だ。10時少し過ぎに下車し、支度をして青渓路を進む。

內柑宅古道入口

道は、八連溪の谷を左に見ながら、ほぼ平らに進む。空は曇っていて、車道歩きだが比較的楽だ。晴れていれば望める竹子山の稜線などは雲の中だ。十数分歩いてくると、道は下り始める。下って橋を越える。その先右に産業道路にはいる。八連溪農園の道標に従い、五腳松二路の坂を登る。結構急坂である。登ること12分、八連溪農園につく。犬が吠えて門から出てきた。更に登る。大きな手のひらのモニュメントがある分岐で青山路と合流、右に曲がって進むこと間もなく10時44分、內柑宅古道に着く。バス停から歩いて約40分である。青山路をそのまま登っていけば、茄苳坑古道入口に行く。少し休憩する。

渡渉部分、ロープがあり安全に渡れる
菁礐遺址
古道に入る。この部分は廃棄された土の産業道路で道巾がある。そのうち道は狭くなる。倒木などを越え、11時10分、沢越え部分にくる。補助ロープが渡してある。ここを歩く人が多いのだろう。渡った対岸で、もう一つ西內柑宅橋からの道と合流する。ここから古道はずっと右岸を進む。左に竹子山戰備道へと続く道を分岐する。11時21分、もう一つ戰備道への道を分ける。道は一度沢を別れ、折り返して高度を上げる。11時42分、藍染料を作るための池の跡(菁礐遺址)にくる。池は複数個あり、結構規模のある作業をしていたようだ。合成染料に押されて廃れたが、大菁の花の色素を煮詰め、それに石灰をいれて固めるために使われた池である。その先、また左に道を分岐し11時48分、紅葉谷瀑布につく。今日は曇り空で、それほど暑くはないが、滝の近くは空気がひんやりしている。ここで食事休憩をとる。

滝わきに咲く鴨腳秋棠花
滝は落差十数メートルの滑滝である。滝壺はそれほど深くない。晴天が続いているが、この滝はそこそこ水量があり立派だ。12時35分、ほぼ50分の休憩後出発する。道を少しもどり、滝の近くの分岐にくる。この分岐は、さきほど內柑宅古道上であった二つの分岐からの道とは違うルートで竹子山戰備道へ続く道である。この道を登っていく。途中急な岩場を登る。補助ロープが頼りだ。分岐から10分ほどで、右に山腹を行く道が分岐する。この道が、新たに開かれた道である。山腹を行く道を進む。

滝から下流方向を見る
ロープを頼りに岩の急坂を登る
道は少し下って沢を越す。ここは紅葉谷瀑布に流れる沢の上部だ。渡渉部分には補助ロープが渡してある。沢を渡ったあと、尾根上の急登が始まる。数分でそのまま尾根をゆく道と分かれ、右に山腹を進む。この道は、その名の通り紅葉谷の水源山腰を巻いていく。もともと右岸からスタートして左岸になる五腳松古道につながるのだ。踏跡は、まだそれほど固まっておらず、柔らかいところも結構ある。13時9分、もう一度沢を越す。そのすぐ上には、炭焼窯跡がある。ここまで、麓から作業のために住民が通っていた古道だ。

山腰古道の二度目の沢越え
何本かある枝尾根を縫うように山腹を進む。滝を出発する時、すこしポツポツと降っていた雨は、本降りになってきた。13時40分、雨具を着ける。その先数分進むと、矢竹が現れ始める。矢竹の中に竹を切り取った道が急坂で登っていく。10分ほどの竹林の中の急登が続き、平らになってまもなく五腳松古道と合流する。分岐のすぐ近くは、厚葉衛矛の老樹がある。14時、滝近くの分岐から約1時間20分近く、休みなく来たので休憩する。幸いに雨も上がりはじめた。矢竹の中を歩いてきて、全身ずぶ濡れだ。

厚葉衛矛老樹
820峰からの展望、霧が晴れていく
金孔平
五腳松古道、矢竹林の間を進む
14時6分、五腳松古道を進む。矢竹の間を進むこと数分、820峰に着く。霧が晴れて、矢竹の向こうに竹子山から菜頭崙の稜線が望める。ここが今日唯一の展望点だ。尾根沿いに下る。14時21分、左に深い竪穴がある。ここは金を探るための竪穴だった。茄苳坑古道には、同じく金鉱坑道が五つあったが、ここは竪堀をしている。更にすすむこと数分、大きな窪地に出る。ここも幾つかの金探しの竪穴があり、金孔平という。茄苳坑古道の金探しと同時期約70年前に、ここでも行われていたようだ。

また矢竹の間の道を進み、約10分ほどで圓柳古道との古道分岐に着く。先月は、菜頭崙から下ってきたが、今日はここから下っていく。残りは、基本下り坂だ。補助ロープの続く急坂を下り、第5号金孔を過ぎる。15時、茄苳坑古道との分岐に来る。一休みする。

圓柳古道を進む
圓柳古道は竿尾崙の山腹を行く道である。概ねゆるやかな下り道が続く。しばらく進むと、先ほど歩いた五腳松古道の820峰が、木々を通して対岸にに高い。20分ほど歩くと、谷に沿った道から広い尾根上を進むようになる。15時40分、炭焼窯跡が現れる。先ほどの雨で濡れているものの、歩きやすい道が続く。部分部分は、草がかぶっているが概ね状態はよい。15時53分、茄苳坑古道への道を右にわけ、台北郷城方面へ進む。そこから3、4分で陽明山国家公園の境界コンクリ標識柱がある。そこから右に道が分岐するが、こちらはあまり歩かれていないようだ。

圓柳古道炭焼窯跡
雨に濡れた草の間を下る
更に下っていく。大きなステンレスタンクが道脇に現れる。塩ビ管も地上をはっている。その先、また二三個のステンレスタンクがあり、そのすぐ先で沢をこす。ここで少し休憩する。少し上り返し、竿尾崙の尾根道に出る。右にとり進む。僅かな下りで左からの竿尾崙古道と合流、更に下り17時35分、産業道路の登山口に出る。山道はこれでおわりだ。三板橋へ下り、お手洗いのある休憩所で濡れた衣服を着替える。靴は中まで濡れているが、その他は乾いたものに着替え気分も爽快だ。ずっとスパッツをつけていたが、半ズボンに着替えるとすねに一箇所血を吸われたあとがある。スパッツの中からヤマビルが入り込み、そのまま落ちたようだ。他のメンバーも、結構やられている。

竿尾崙古道の左右路分岐部、七月には右側を進んだ
北新荘への下り、夕陽が海に映える
17時5分、北新荘に向けて歩く。残りは、二、三キロの車道歩きだ。今日は出発が遅いので、下山時間もそれに連れて遅い。それでも日暮れまでまだ一時間、余裕がある。この道は、数回歩いているが、この時間帯は初めてだ。夕陽が遠くの海に映えている。海に船が浮かんでいる。17時35分、北新荘のバス停に着く。18時19分、淡水行きの875番バスがやって来た。

875番バスがやってきた



今回は、久しぶりに雨に降られた山行となった。ずっと天気が良いが、ここ二、三日は午後夕立が発生しやすく、それに遭遇したわけだ。歩行距離約12km、行動時間は休憩を含めて7時間半である。昼休憩は長かったが、それ以外は雨が降って休みづらいこともあり比較的短い。困難度は、山道クラス4、体力クラス3である。新しい紅葉谷山腰古道はすこし歩きにくい場所もあるが、それに注意すれば、他の古道は結構歩かれており特に難しい場所はない。紅葉谷瀑布だけを往復するのであれば、気楽なハイキングである。その場合はクラス2だ。

2014-09-08

2014年9月6日 鶯子嶺 - 太和山 - 梗枋古道 宜蘭の名山を灣潭から登る

太和山山頂から見る鶯子嶺,手前は縦走してきた稜線
台湾本島の北東に位置する宜蘭県は、東側を太平洋、その他は屏風のように続く山々に囲まれた蘭陽平野が中心である。屏風となる山々の内、蘭陽平野の北端、頭城のすぐ上に標高942mの鶯子嶺が控えている。前回登った烘爐地山とともに、蘭陽五名山の一つに数えられている。五月に頭城の太和山と古道を尋ねた。太和山頂上から南側を望むと、奥に高い山がありその稜線で蘭陽平野の一部は遮られていた。その山が鶯子嶺である。

北西の灣潭から歩く(一部の軌跡なし)
灣潭から登ると登攀高度は少ない
頭城から山を越えると美しい古道が数多く残る新北市雙溪区に入る。今回は、その最奥にある灣潭から出発である。七月に歩いた灣潭古道から烏山古道へ行く途中、灣潭で鶯子嶺登山道の入口を通り過ぎた。灣潭から鶯子嶺へは、もう一つの枝尾根である打鐵寮山を登る道もある。鶯子嶺からは南へ礁水坑山を経て頭城へ降りていく。その途中で、東に折れて太和山へ枝尾根を行き、太和山からは坪溪古道を経て梗枋古道を下って亀山駅へ歩いた。

蘭陽平野の北端にある今回の登山地域、海上には龜山島
タクシーで灣潭橋まで乗車
ネット上にある鶯子嶺登山記録は、あまり多くない。特に灣潭から鶯子嶺への登山記録は多くなく、道の状態については少し心配であった。一度山に入ってしまうと、逃げ道がない。行ってみると、草がかぶっているが踏跡はあり問題がなかった。想定外だったのが、鶯子嶺から太和山への部分である。特に礁水坑山への分岐を過ぎた後は、僅か二年前に藍天隊が整理したが、草に埋もれ踏跡もはっきりしない状態に戻っていた。太和山は石空方面からは宗教登山でよく歩かれているのとは対称的に、このセクションはほとんど歩かれていないようだ。鶯子嶺から太和山まで距離は1.8km、そのうち礁水坑山への分岐からは僅か0.8kmで1時間半を費やしている。時速は何と0.5km/hでしかない。先月下旬歩いた大平林山から内平林山の縦走路を同じような水準だ。ここを歩く場合は、その事を理解した上で入る必要がある。

産業道路わきの第二登山口
台北から自強号急行列車で、雙溪駅へ向かう。メンバーは、最近常連のZさんとLさんだ。前回同じ列車で行った時は、遅れて8:36分発のF811無料コミュニティーバスに間に合わなかった。今回は間に合ったものの、マイクロバスは満員、立席は不可ということで結局乗車できなかった。そこで、前回同様駅前のタクシーで向かう。灣潭へは、虎豹潭への二倍NT$800である。くねくね曲がる産業道路を進み、9時15分に灣潭に到着する。バスだと、様々なところを回って来るので、10時頃の到着だ。費用はかかったものの、一時間ほど早く到着した。

草に覆われているが、その下に踏跡はある
木々のあいだより豎旗山が見える
灣潭崙、手前にコンクリ標柱
支度をして出発する。灣潭橋のたもとにある登山口から入る。入ってすぐ、道はアヒルの囲いわきでなくなってしまった。そこで、産業道路をすこし登り返し、道脇のもう一つの第二登山口から登る。橋わきの道は、誰も歩かなくなり通じなくなってしまったようだ。第二登山口はOKである。10分ほど進むと踏跡は草に覆われてくるが、しっかりしていて問題ない。振り返ると木々の間より、豎旗山が対岸に望める。9時53分、灣潭崙の表示が幹に取り付けれられいる。ここは苔むした標柱があるだけで、山頂ではない。

補助ロープの急登を行く
草原の部分に飛び出る、周囲の展望が広がる
尾根道は、急登がしばらく続く。10時12分、平になった場所で休憩する。緩い坂道を進む。尾根は結構巾があり、快適だ。道の状態も予想以上によい。もう一つの急登を行く。一度補助ロープの登りがあるが短い。木々のあいだより鶯子嶺が見える。10時54分、大石のところでもう一度小休憩する。灌木がまばらな林間の坂道は続く。11時27分、樹木が低くなってくると同時に、草が現れる。そのすぐ上で、草の間に飛び出る。周囲の景色が目に飛び込んでくる。その広大な展望にしばし見とれる。豎旗山が同じような高さになり、その背後に金瓜石の山々も望める。灣潭竹子山から坪林へ続く山々も見える。草の道を数分のぼり、右に鶯子頂山への道が分岐する。そのすぐ上が鶯子嶺頂上だ。11時36分、灣潭第二登山口から約二時間の道のりである。

草に囲まれた鶯子嶺山頂、三角点基石の周囲は草が刈られている
山頂から海側を見る、海上には龜山島,左の山は叢雲山
山側のパノラマ、灌木のすぐ右が豎旗山その右に橫山三方向山、間に金瓜石の燦光寮山、草山が遠くに見える
三角点基石での筆者
鶯子嶺頂上はなだらかで結構広いが、草に囲まれている。幸い最近草刈りが行われたようで、二等三角点基石の周囲は草がない。蘭陽五名山の一つに数えられることに恥じない、360度の展望ができる。蘭陽平野は勿論、亀山島が少し雲を頭にたなびかせが海に浮かんでいるのが見える。海のすぐ近くの山は六月に途中撤退した叢雲山である。その奥には桃源谷の灣坑頭山、その左は横山から三方向山への稜線だ。晴天下の頂上は暑いので、わきの木の下でゆっくり食事を取りながら休憩する。心配だった道が問題なかったので、ほっとする。しかし、それは少し甘かったようだ。

鶯子嶺からの下り道、左に太和山が見える、海上には龜山島
草の間に補助ロープの道が下っていく
約50分ほどの休憩の後、下り始める。道脇の灌木に取り付けられた藍天隊道標の方向に歩き始める。草が押し倒されて誰かが歩いたように見える。それを下ってみる。しかし、草の下に踏跡がなく、様子がおかしい。先ほど休んだ別の灌木わきの先に道があるようで、そちらに戻って進む。果たしてこちらが登山道であった。草の下に踏跡が続いている。草間なので、標識リボンは結んでないがしばらく進むと、灌木に付いている。先ほどの道のように見えた草が倒された踏跡は、おそらく最近登山者が、藍天隊道標が示している先ほどの方向に強引に下っていったのだろう。

下り道から見る蘭陽平野、手前は頭城の街
手前に坪溪山への尾根すじが見える、右の谷を挟んで右に太和山、奥は叢雲山
打鐵寮山・坪溪山への分岐、こちらも草深い道
前方には、これから行く太和山とその更に遠く、今日の最終目的地梗枋魚港のある龜山の集落が見える。太和山の左には、谷を挟んで鶯子嶺から坪溪山への尾根が伸びている。草の道は、直射日光が強いが風も吹いているので、それほど暑さを感じない。12時45分、頂上から約10分で、左から草を押し倒したあとが合流する。これは先ほど頂上で別方向に下って行った部分につながるのか。この辺りで、草と灌木との間を行くようになる。すぐ左に、打鐵寮山、坪溪山への道を分岐する。更に下って行くと、草はなくなり森の中を進む。結構勾配があり、足を取られる。補助ロープも現れる。

礁水坑山への分岐点
13時20分、頂上からくだること約45分、礁水坑山への分岐に来る。左にとり、進む。道に入ると今までより踏跡が細い。狭い尾根上部分を登っていく。残っている標識リボンは、だいぶ年季の入ったものが多い。あまり歩かれていないようだ。密生した草が現れ藪こぎをする。13時45分、分岐にくる。右に行くと礁水坑山への道に続く。そちらは踏跡がすこしわかるが、太和山方向へは草が密生して道が判らない。方向を見定めて、草の間を強引に進む。すると、別の分岐が現れる。ここは、太和山の麓を沢沿いに進む道との分岐だが、その道もはっきりしない。

藪こぎをして太和山へ進む、背後の山は鶯子嶺
太和山への尾根沿いの道に入り進む。踏跡ははっきりしない。時々現れる標識リボンが頼りだ。尾根上のピークに登る。前方には太和山の小屋が見えるが、その手前にはいくつか小ピークがあり、まだまだ遠い。草の部分から振り返れば、鶯子嶺がすでに高い。稜線をほぼ忠実に追っていく。雑木林の中に杉の大木が現れ始める。これが最後のピークで、大きく下った後急坂を登る。14時48分、やっと太和山頂上(標高705m)に着いた。この僅か0.8kmの尾根道に1時間半を要している。ここまでは不人気ルートであるが、これほどの状態であるとは予想外だった。藍天隊が二年前に道の整理をした後、あまり歩かれず自然に戻ってしまったようだ。アクセスもあまり便利でない場所の山道は、人気ルートでない限りこうした藪こぎは不可欠であるし、時間もかかる。

太和山頂上の五檔祖廟
これから先の道は、状態がよいのでホッとする。しばし休憩し、風景を眺める。二度目の来訪だが、前回は眺めていた鶯子嶺からやって来たので、感慨無量だ。15時8分、頂上から下り始める。格段に状態の良い道は気楽だ。急坂もあるが、実に歩きやすい。遠くに梗枋魚港が望める。鶯子嶺頂上からよりは、近づいているがまだまだ遠い。15時30分、新しい土地公の分岐に来る。左に取り坪溪古道を目指す。少し登り返し、尾根を巻いて進む。約10分で、象寮古道へとの三叉路に来る。立派な地方政府による道標がある。この道標では、今歩いてきた道は石硿子古道と記してある。

太和山の下りから見る、筆者の指しているのは目的地梗枋港/龜山
坪溪古道開始点の道標
坪溪古道は、道幅のひろいゆったりとした道である。雙溪の古道の中でもとても美しい道の一つだ。時刻は16時近いが、こうした道はゆっくり歩きたい。夕陽が杉の木立の間から、路面に差し込む。15時54分、沢を越す。沢巾は広いが、今は渇水期なので水量が少なく敷いてある石の上を歩けば、靴を脱がずに越せる。沢きわでしばし休む。その先、木製橋を渡りすぐ右に梗枋古道が分岐する。大きな道標は叢雲山を示している。

とても美しい坪溪古道
渡渉部分、水量が少ない
草に埋もれた梗枋古道を峠に登る
右にとり沢に下りる。ここも飛び石をつたって難なく渡渉し、対岸から峠に向けて登る。沢から約10分、16時17分に峠の十字路に着く。左に行けば叢雲山だが、分岐から先は草の中で踏跡もさだかでない。これを進むのは大変だろう。右には、尾根を坪溪古道入口のまで行く山道があるが、こちらも草に埋もれている。

梗枋古道の上部





直進していく梗枋古道も草がかぶっている。草の間を少し進むと、坂が急になる。この古道は、石空古道や象寮古道などに比べると人気がもう一つで、あまり歩かれていないようだ。そのうち、道は涸沢の道となる。ところどころ深く彫り込まれていて、歩きにくい。数分下り、涸沢から離れる。そのうち大きく左に曲がり込み、16時40分涸沢を越す。そこから少し先からは、道幅が広がり古道の趣きとなる。16時47分、道が大きく左に曲がり込むところで、右に道が分岐する。こちらも標識リボンがあるが、左の道にもある。地図を確認して、左に進む。緩い下りを行き、右に大きく曲がる。10分ほど下ってくると、道が左に下っていく。標識リボンはこちらに付いている。右からも道が合流する。先ほどの分岐を右に取っていれば、ここへ近道で来たのかもしれない。
道幅が広がり、古道らしくなる
新開拓の果樹園で休憩する
コンクリの階段が現れる。左に廃屋を見る。17時4分、樹木を取り除き、苗木を植えてある場所に出る。正面には、谷の間から海が、そして龜山島が望める。島の左右には、様々形の雲が浮かんでいる。太陽はだいぶ傾いてきて、谷はかなり暗くなってきている。空には、月がかかっている。中秋の名月は三日後である。ここで一休みする。最終点、亀山駅もそう遠くない。

空には月が掛かっている、島の左右には雲が並んで浮かんでいる
山門の向こうに太和山がシルエットになっている
十数分休んで、また下り始める。果樹園の間のコンクリ階段を下る。先ほどから聞こえていたスピーカーからの音が大きくなる。17時27分、古道入口につく。入口のすぐとなりは頭城農場で、音はそこで行われているイベントの放送だ。車道を下る。振り返れば、今下りてきた古道が越える山並みが屏風のように左右に伸びている。下ること10分、福徳宮土地公廟がある。わきにテーブル・イスや水道があるので、そこで一休みして着替えをさせてもらう。更に下り、鉄道と川を渡る。山門より振り返れば、3時間前に立っていた太和山が、遠くに山のシルエットの左端に見える。濱海公路を亀山駅に向かって歩く。だいぶ暗くなってきた。18時18分、亀山駅に着く。上り列車がちょうど出たところで、次までは一時間ほどある。近くの海鮮料理店で食事をし、19時半過ぎの区間電車で帰京した。

 上り区間電車がやって来た
道の状態が良くなかったので、予定より1時間以上多く要した。休憩込みの行動時間は約9時間、距離は約12kmである。鶯子嶺は、礁水坑山を越えていく道であれば、おそらくこれほど悪くはないと思う。太和山は、多く登られている一般路である。しかし、この二つの山を縦走する登山者は、明らかに多くない。藪こぎや長時間の道探しなどが苦労でなければ問題ないが、一般的な道ではない。困難度は、この部分に限ってクラス5の道、その他はクラス2~4である。体力的にはクラス4だ。考えてみれば、雙溪駅でF811バスに乗れずタクシーで向かったので、出発が早くできた。もし遅ければ、予定コースを歩けず途中で下山もあったかもしれない。見えざる力があったのか。