このブログを検索:山名などキーワードを入れてください

2012-11-08

2012年11月7日 東北角和美山-金瓜石縦走 海が見えるススキの山道

龍洞灣岬歩道からみる和美山、手前の尾根を登っていく
台湾の東北端は山が海に迫っている。十年以上昔まだ雪山隧道が開通する以前、宜蘭への往復には、山越えの北宜公路か海岸沿いの北部濱海公路を何度も車で通った。海の道は海岸線からすぐ山が上がっていく。当時は、これらの山々は通過する時の景色の一部に過ぎなかった。今年五月には、そうした山の一つ、基隆山へ登った。今回は、北部濱海公路をさらに進んだ先、龍洞から和美山へ登った。和美山は金瓜石付近から東に伸びる尾根の突端にある。この尾根を西に苦命嶺を越えて歩き、草山の中腹を巻いた後、戦備道を経て金瓜石へ歩いた。

龍洞から金瓜石へ歩く(図上クリックで拡大表示)
海から西方向に歩く
このあたりの山は、樹木が少ない。秋にはススキが山腹一面を覆う。和美山から草山までの尾根筋は、それでも樹木が多い。ただ、密度はそれほど高くなく、また樹木の高さもそれほどではない。台湾の東北部一般に言える、冬に吹く強い風のためだろう。和美山は、行楽客も含めけっこう登られているようで、登山道はしっかりしている。一方、和美山から先は健脚者ルートで、踏跡的な道だ。草山戦備道へ続く廃棄された産業道路は、自然の力がもとの姿に戻し、今は草深い細い踏み跡でしかない。草山戦備道は、走る車は殆どない幅広い山道のようなものだ。昨年九月に歩いた半平山との分岐点を過ぎ、本山地質公園への分岐から金瓜石へ下った。朝はまだ晴れていたが、そのうち曇りがちになり、昼ごろには海と空の境がはっきりしなくなってしまったのは、すこし残念だった。

龍洞湾岬歩道、和美国小の脇を行く、背後は鼻頭角
出発点の龍洞は、基隆から北部濱海公路を福隆まで行く791番バスが通る。今回は、MRT南港駅で台鉄に乗り換え、基隆駅へ行く。7時20分ごろに基隆駅に着いた。考えてみると、鉄道で基隆に来るのは初めてだ。朝の基隆駅周辺は、通勤通学客でとても忙しい。駅前の陸橋を渡り右側にある、基隆客運のバス停で791番バスを待つ。7時50分ごろやって来た。釣り道具をもった乗客も乗る。市街を抜けた後、バスは海岸沿いを走り、約40分で龍洞バス停に着いた。地元住人と一緒に下車した。

山道の入口、道標はない

龍洞は沿路ぞいにある漁村の一つだ。近くには龍洞公園もある。十数年前に、遊びにきた記憶がある。8時40分バス停から歩き始め、海岸方向に下る。海岸線にそって歩いて行くと、和美国民小学校がある。湾の向こうは鼻頭角の岬だ。振り返ると和美山が遠くに見える。小学校の脇に道標と案内板が設けられている。ここから右に龍洞灣岬歩道が始まる。そのまま行くと龍洞ロッククライミング場だ。学生時代に少しロッククライミングをかじったことを思い出した。龍洞灣岬歩道は立派な石段の歩道だ。道脇には休憩用の椅子が、わずかの間隔で設けられている。小学校の脇をのぼり、10分足らずで舗装路に一旦出る。これを行くとまた左に歩道が分岐していく。9時5分に丘の上に造られているあずま屋につく。海が眼下に広がる。反対側は、これから登る和美山の尾根が伸びてきている。草の間を登る山道が見える。

尾根上から振返る、龍洞湾と濱海公路が眼下に見える
急坂を登る、麓から見えていた山道のはこのあたりだ
ピークから和美山、背後に草山が見える
あずま屋付近で写真を写していると、三人グループの行楽客がやって来た。単独登山は、やはり少ないのか一人なのか尋ねられた。これから和美山から尾根伝いに金瓜石まで行くと話したら、驚いていた。すぐ下の二つ目のあずま屋の少し右先に、山道の入口がある。龍洞灣岬歩道は、そのまま海岸に下っていく。土の山道は、けっこう歩かれている。道幅も広い。場所によっては草が刈られている。草原から潅木の中に入り登る。道は尾根を忠実に追っていく。潅木の林から出て振り返ると、高度が上がっている。こうしたパターンが何回か続き、周囲の風景が広がっていく。下方につづら折りの北部濱海公路を行く、トラックやバスが見える。45分ほど登ると、草の間の道は急坂になる。ここは補助ロープが下りてきている。麓から見えていた地点だろう。脇に台湾山菊が咲いている。今日の山行では、多く見かけた。急坂を登り切ると間もなくピークを一つ越える。先に和美山とそれに連なる尾根や草山、半平山がススキの向こうに見えている。

和美山頂上
一旦下り、北勢坑から登ってくる山道と合流したあと、登り返す。10時15分、龍洞バス停から約1時間半で和美山頂上(標高356m)に着いた。中央に三角点のある頂上周囲は、草が密生している。ススキの背が高く、視界が遮られる。それでもその間から龍洞湾や鼻頭岬、先ほど越したピークなどが見える。天気が少し曇ってきた。海と空の境がぼやけてきている。三角点基石に腰掛けて食事をとり、これからの尾根歩きに備える。十数分の休憩後、苦命嶺へ向けて歩き始める。道はここから踏跡的な山道になる。標識リボンが適度に枝に結び付けられている。右に和美池を経由して龍洞へ下る道を分岐し、一旦鞍部に下る。そこからの登りは補助ロープがある急坂だ。尾根上は、雑木林で景観展望はできない。下草が茂っているいるところは、方向を見失いやすいので注意が必要だ。

幹に取り込まれた道標

和美山頂上から約25分で、左に北勢坑への道を分ける。ここには古いトタン板の道標が幹に付けられているが、その後この木が成長し、トタン板を樹皮の中に取り込んでしまっている。小さなピークを幾つか越していく。右側に木々の切れ間から、海岸線が望める。狭い尾根を登りつめ尾根が広くなると、11時15分に苦命嶺(標高428m)の頂上についた。ゆったりした頂上だ。ここは周囲全部樹木で、展望はきかない。別名紅毛山ともいう、苦命嶺は面白い名前だ。どうしてこんな名づけなのか、ある説では北勢坑の住人は九份、金瓜石に仕事へ行く時に、山をふたつ越して行かなければならないので、こう呼ばれたということだ。

稜線の木々の切れ目から見る鼻頭角方面
苦命嶺頂上
踏み跡然の山道
苦命嶺からは、草山を目指す。下って行くと竹の茂みがある。竹の茂みは前にも後ろにもここだけで、目立つ。下草も多くなり、時々立ち止まって方向を確認する。尾根から外れていいく場所もあり、標識リボンをしっかり追っていく。苦命嶺から歩くこと30分で、行く手の展望が開けた場所にでた。前には草山、その右に半平山がだいぶ近くなっている。一旦下り、また登り返す。サルスベリの木が多く尾根上に生えている。登り途中に、つい最近掘られた動物の穴がある。12時20分に石梯坑古道への分岐についた。苦命嶺から約1時間の行程だ。少しここで休憩する。

草山(左)と半平山が大分近くなってきた
ススキをかき分け進む、右は燦光寮山
少し登ると、廃棄された産業道路にでた。右に曲り進むと左に草むらの中に登っていく山道がある。草山東北峰への道のようだ。それを更に登ると草山頂上へ行ける。まさに草をかき分けて登るようなので、一人だと大変だと判断し、廃棄産業道路を行く。ただ、道は平だが、同じく草が密生し決して歩きやすくはない。廃棄されてかかなり経つのか、すっかり自然に戻ってしまっている。ところどころコンクリの電信柱が、ニョキッと草の上から頭を見せ、かつて産業道路であったことを示している。ススキをかき分け進む山腹の道は、緩い登りとなり方向を換えていく。半平山の左に燦光寮山が見えてきた。半平山は、屏風のように幅の狭い山だが、こちら側は絶壁になっている。道に水が流れている。その周辺にはかつて藍色染料の原料だった大菁が群生している。道が崩落している部分を乗り越え間もなく、13時8分に草山戦備道の分岐に着いた。

草山戰備道から見る燦光寮山、台湾山菊が道端に咲いている
草山は、先ほどの山道からも登れるが、もう一つ頂上の通信施設メンテのための車道がある。これを登ることを考え分岐を左にとり歩き始めたが、天気がもう一つなので引き返す。草山戦備道は、燦光寮山の山腹をつづら折りで登っていく。背後の草山がだんだん低くなっていく。カーブの付け根部分に標識リボンがある。その奥には山道が続いているようだ。燦光寮古道につながる道なのか。13時30分過ぎ、半平山歩道の分岐点に来た。このすぐ前から燦光寮山が登っていくが、以前なかった道標がすえられている。分岐の周辺は風が比較的強くないので、休憩し食事をする。

戰備道の登りから草山方向を振返る
金瓜石への下り道入口
休終え歩き始めようとしたとき、半平山のほうから単独登山者と三人のパーティが現れた。今日出会う初めての登山者だ。金瓜石付近の山は、人気がある。下りになった、草山戦備道をすすむ。また二人組の登山者とすれ違う。途中燦光寮古道を左に分け、歩いて15分で金瓜石へ下る歩道の入口に来た。ここからは石畳のよい登山道だ。ススキの間の道を下っていく。高度が下がり、金瓜石の街が足元に見え始める。左に本山地質公園の道を分け、さらに下る。

ススキ一面の山肌
下りきると、案内板があり道は左に山腹を横切っていく。これが終わると今までの立派な石畳の道が終わり、土や古い石の階段道となる。金鉱時代の廃屋が山の斜面にある。このあたりから見る茶壺山は、ほんとうに急須の形をしている。この名付けがうなずける。日本統治時代(1933年)に建てられた黄金神社跡に立ち寄る。もちろん社殿は無いが、石の鳥居や灯篭、社殿を支えていた石柱が残っている。社殿建物に石の柱を使用した神社というのも珍しいのではないだろうか。この地点からは、金鉱坑口(現在の黄金博物館の位置)や金瓜石の街が全部目に入る。黄金神社から下ることわずかで、黄金博物館だ。ここは観光地、大勢の行楽客で賑わっている。その中を下り、15時10分黄金博物館バス停にたどり着いた。15時30分にやって来た1062番バスで台北に帰った。

黄金神社からのパノラマ、金瓜石の街、すぐ下に黄金博物館、背後に茶壺山、半平山が見える、右は神社遺跡
高度プロファイル
今回の行動時間は6時間25分(休憩を含む)、歩行距離13.3km、累計登攀高度923mだった。海岸からの登りなので、標高はほぼ実際に登った高さとなる。前回二回の東北角の山登りに比べると、天気はもうひとつだった。和美山から草山までの間の道は、稜線縦走としては上下の差が多くなく、体力はそれほど要求されない。しかし、道の程度は踏み跡クラスなので、山慣れていないと迷うおそれがある。この山域は、海を見ながら登れる山なので、晴天のもとで歩くのがベストだ。次回天候を見て、別のルートを登るつもりだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿