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2022-03-11

2022年3月1日 小百岳鳴海山 日本時代に開鑿した六龜警備道をたどる:南部四日間山行其之三

茂林鄉萬里民宿から望む朝の鳴海山稜線
日本統治時代には、台湾の山地にいわゆる警備道が開鑿された。山地原住民管理のための警備道路である。その前身ともいうべき隘勇線も含めると、かなりの数が存在した。警備道には警察官が常駐する駐在所も設けられた。南部の屈強なブヌン(布農)族は、日本統治当局を悩ませた。現在の南投県から南の中央山脈や玉山山脈の周辺に点在し、最後まで抵抗があった。そうした対策の一つで開かれたのが、鳴海山を含む山脈から中央山脈小關山近くまで開鑿された六龜警備道である。

山脈の東側から登頂
今回四日間の台湾南部登山は、本来この日が霧頭山から下山し台北へと帰る予定であった。ところが、予期せぬ崖崩れのために途中で登頂を断念し、早めに下山した。そこでこの四日目は別の山、鳴海山を登ることに急遽変更した。別の山といっても、午後は台北への長い帰京になる。そのため、半日で登れる山としてこの山を選んだ。さらに、今年一月に鳴海山を含む六龜警備道南半分の縦走を計画したが、希望人数が少なくて中止したので、今回は部分的ではあるが六龜警備道を歩くことができたのは、 塞翁失馬というべきか。

四日間山旅の相対位置
鳴海山とは、日本的な響きだ。それはまさに日本語の鳴海からつけられたからだ。六龜警備道はその前身の隘勇線の時代からのものを含め、少数の例外を除き、その駐在所やその他拠点には東海道53次の宿場の名前が付けられている。この警備道の特徴である。したがって、その出発点は日本橋である。日本人にとっては、とても面白いものである。鳴海山の山脈は高屏平野の端から立ち上がるが、我々はそのさらに山に入った地点から林道を途中まで車で上がり、舗装が切れたところから歩き始めた。稜線に上がり、網子山やその他の小ピークを越えて鳴海山を訪れた。下山は往路を駐車場所まで戻り、その足で台北へ帰京した。この日も天気に恵まれ、時間は短いが良い南部山旅最終日であった。

鳴海山山頂

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民宿とその前庭のキャンプグランド
昨日急遽茂林鄉萬里の民宿に宿泊を決め、21時前に到着、入浴もすぐ済ませ就寝した。今朝は5時半に起床、朝食をとる。昨晩は遅かったので、民宿周囲の様子は良く分からなかったが、6時を回り明るくなると、この民宿は下を流れる濁口溪が大きく湾曲したその突端にのっかっている。そのため、展望もすこぶる良好だ。キャンプ場も兼ねているので、民宿建物だけでなく広い前庭がある。その前庭の片端からは、今日訪れる鳴海山の稜線が西から北側に高く連なっている。

民宿から望む北側の展望
林道を車で行く、前方に鳴海山
6時半民宿の女将に見送られて出発する。高132線県道にでて北へ進み、間もなく林道に入る。林道は入口に鉄製ゲートがあるが開いていて問題ない。道は舗装がしっかりされている。部分的にはつい最近メンテされたように見える。ヘアピンカーブでは、切り返しが必要な場所もあるが問題なく、登ること約25分で舗装が切れる場所で車を停める。標高845m、標高1411mの鳴海山までの高度差は約560mである。もし、ゲートから歩いていたらさらに400mほど、そして長い距離の林道を歩かなければならない。

林道途中の民家
林道のコーナーに登山口
林道は、未舗装だが状態はそれほど悪くない。但し、バイクや四駆車でないと難しいだろう。7時10分に歩き始める。開放的な林道からは、東側に朝陽のなかに峰々が続く。初めて見る南部の山々である。登ること約20分、左に家屋がある。車が置いてあるが、住んでいるようには見えない。最後につづら折りを登り、駐車位置から3㎞弱で登山口が林道のコーナー部分に口を開ける。標高約1200m、時刻は8時少し前、約50分ほどの林道歩きだった。

石薬師遺跡の石積が見える
林道終点の登山口
明るい雑木林の警備道を行く
山道にはいり、稜線を登っていく。歩き始めて間もない地点で休憩をとる。まばらな広葉樹の典型的な森林だ。さらに少し登ると、左に石を積んだ台地がある。石薬師分遣所跡である。その先右側が開け林道がある。先ほどの林道は、その後さらにここまで通じているのだろう。四駆車であればここまで来れるので、そうであれば鳴海山登山はもっと簡単になる。

網子山(四日市分遣所遺跡)
網子山三角点
緩やかになってきた道を行く。そのうち尾根の右側を進む。道は、石積土台の上に築かれている。実に立派な道である。数十年の月日がたち、樹木の根などが路面にでている場所もあるが、当時は実に歩きやすい道だったはずだ。8時39分、広く開けた場所に着く。椅子やテーブルがあり、その片隅には気象観測装置もある。すぐ近くに基石があり、それが網子山山頂(標高1378m)だ。この開けた場所は四日市分遣所があった場所である。

石を積んだ道路基礎
桑名遺跡の石積土留壁
鳴海下山への分岐
道はいったん下っていく。緩い尾根を忠実に追っていく。切通しなどもある。鞍部から登り返し、9時に桑名遺址という道しるべと左に登っていく道がある。ここは桑名分遣所のあった場所で、石を高く積み上げ台地を構成している。今は網子山東北峰(標高1350m)という呼称だ。警備道に下りさらに尾根をすすむ。起伏のあまり大きくない、明るく良い道の歩きは、実に快適だ。聞こえてくるのは、木々の間の鳥のさえずりと自分たちの足音だけだ。9時18分、鳴海下山という標識を見て、左にまた高台に登る。ここはあまり広くないが、当時の宮分遣所遺跡だ。小休憩をとる。

切通しを過ぎる
鳴海山山頂への分岐
鳴海山三角点
警備道をまた少し下り、切通しなどを通過して登り返す。今度は少し登りがいがある。9時54分、左へ鳴海山山頂への道が分かれる。少し登り右に広い平らな場所をみると、すぐ左に三角点のある山頂に着く。今日の最高点である。北側が開けていて、展望ができる。稜線は大きな鞍部をへて、登り返して森山駐在所跡、岡崎遺跡や藤川遺跡などを過ぎて北上していく。北東方向に見える高い稜線は、中央山脈だろう。鳴海山は、霧頭山よりさらに北に位置するので、中央山脈南一段はずっと近い。

鳴海山山頂から北方向を望む
往路を戻る
10時14分、往路を引き返し始める。網子山は少し登りがいがあるが、ほかは気楽な歩きだ。10時57分、網子山の広い場所の椅子テーブルで休憩をとる。ちょっと早めだが食事をする。11時15分、網子山から下りはじめ、11時32分登山口を通過、林道を下る。二人組の若い登山者とすれ違う。今日唯一の他パーティだ。上りには気づかなった林道の近道を二か所通り、12時5分駐車場所にもどる。これで今日の歩きは終わりだ。11.9km、登坂749m、下降734m、5時間の歩きだ。コース定数は20となる。
林道をの近道

林道から望む対岸の山々
茂林風景區ゲート
車で林道を下り、さらに高132線県道を下る。まだ新しい大きな橋を渡り、12時50分茂林風景區のゲート前コンビニで小休憩をとる。台27線を進み、台22線をへて13時50分、台三高速道路に上がる。途中一度レストエリアで休みをとり、ほとんど混雑なく夕刻18時前には台北に戻りついた。


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