このブログを検索

2013-03-24

2013年3月23日 東北角燦光寮古道 牡丹から尾根を越えて金瓜石へ歩く

牡丹溪から燦光寮山を望む(右のピーク)、燦光寮古道はこの山裾を行く
最近は瑞芳九份周辺の古道を多く歩いている。今回もその古道群の一つだ。一昨年に草山戰備道の牡丹山近くから、貂山古道を下り牡丹駅へ歩いた。今度は、牡丹駅から反対方向に産業道路を登り、定福十三層の奥で貂山古道を左に分けた後、燦光寮古道を歩いた。燦光寮古道は、登りつめると東北角の最高峰燦光寮山の下に着く。そこから草山戰備道へ歩き、さらに本山歩道を経て、金爪石へ下った。もともとは、燦光寮山を登るつもりだったが、古道の登りを終えると、霧が発生し頂上からの展望は期待できないので、取りやめそのまま金爪石へ降りた。


南の牡丹駅から北へ歩く(2枚に分割、マウスクリックで拡大)
最高点は草山戰備道
最近の九份周辺古道歩き
燦光寮山や草山の南側水源流域、牡丹溪の上流にあたるこの地域は、鉱業が栄えまた廃れた。その遺跡が再び密生した森の中に残っている。どのような営みが行われていたのか、資料があまり見つからず全容がわからないが、棚田のような人工の雛壇状平面があったり、廃屋の石壁などが残っている。こうした遺跡を結んでいく、古道が燦光寮古道の入口からすぐの所で右に登っていく。この道は特に命名されていないようだが、燦光寮古道と再び合流するので、燦光寮古道支線と呼称しておく。一方、地元行政が整備をした道は燦光寮古道本線としておく。今回は、支線を経て登った。距離も長く、牡丹溪に沿って登ってくる本線に比べると、登り下りもあり時間を要する。それほど人気のあるルートでもないようで、草深いところも多々ある。実際、天気のよい休日だが、誰一人として出会わなかった。

今回はWさんと二人の山行だ。台北駅6時40分発の区間電車に乗る。時間が早いのでそれほど混んでいない。7時50分に牡丹に着く。瑞芳や侯硐に比べると、下車する人は少ない。山登りと見受けられる人もいるが、行き先は違うようだ。牡丹駅は週末は、無人駅になるようで、切符売口はシャッターが降りて、待合室はガランとしている。身支度をすませ出発する。駅舎階段から前方に遠く、牡丹山のピラミッドが顕著だ。道端には、貂山古道道標が行き先を差している。橋をわたり両側に住居が並ぶ間を進む。地元の老人が世間話をしている。もうひとつの牡丹橋を渡り、左に牡丹小学校を見て進む。突き当りは右に道が分岐するが、ここにも左へ貂山古道の道標がある。

102県道の橋から見る牡丹渓とその向こうに本山(左)と燦光寮山
小学校わきを進み右に折れる。その先は左に102号県道が分岐する。この道は、先月金字碑古道に行った時、その上部を歩いた。橋の上からは、牡丹溪の向こうに金鉱採掘で段々の姿になった本山とその右に燦光寮山がある。右の産業道路を定福方向に歩く。並木を過ぎると視界がひらけ、今度は燦光寮山までの稜線が見える。天気がよく、気温もけっこう高い。汗が流れてくるので半袖シャツ一枚になる。政光一号橋で牡丹溪の右岸に渡る。牡丹山が大分近くなってくる。

定福十三層の老ガジュマロとコミュニテイバス停
駅から歩き始め約30分で、金字碑古道への分岐を過ぎる。柚子の果樹園がある。ちょうど白い花が咲いている。8時40分、十三層の集落につく。新北市のコミュニティーバスの運行が始まっているようで、バス停がある。一日四便あり、時間があえば使えるだろう。更に5分ぐらい、沢沿いの道を進むと、左に貂山古道が分岐する。そのまま直進すると燦光寮登山歩道の案内版と木製ベンチがある。道なりに進む。堤防が現れ道がそこで切れる。沢の対岸に道が続いている。堤防の上端を数センチの水が流れているが、そこを歩いて渡る必要があるようだ。幅は数メートルあるので慎重に渡渉する。渡渉して少し上がると、藍天隊の道標がある。左は燦光寮古道
本線、右は支線だ。本線はまた一度沢を渡って対岸に行く必要があるようだ。時刻は8時54分、牡丹駅から一時間の道のりだった。

古道支線の登りはじめ
支線の古道は、苔の生えた石段などが現れ、高度を急坂で上げていく。数十メートル高度を上げると、坂はゆるやかになり幅広尾根を行く。二十分ぐらい登ると、右側に苔がびっしり生えている墓石がある。百数十年前のものだということだ。こんな山奥では、墓参りもままならないと思うが、当時はそれなりに往来があったのだろうか。その先で右側に石筍古道へ続く道が分岐する。すこし登って行くと、左側の樹木が切られている。そのわきにお墓のような土盛がある。ただ墓石はない。右に大牛埔山への分岐を分けると、道は山腹を行く。下りはじめ、沢を二ヶ所渡る。このへんは深山の感じが濃厚だ。最後に急な登りを上がると、9時48分に幅の広い電線保線路に出た。先に左に折れていくが、様子がおかしいので引き返す。右に曲がるのが正しかった。保線路を10分ぐらい登って行くと、分岐がある。左が古道、右の保線路を進むと草山へ続く産業道路に出るようだ。

沢越えの一つ
細くて草深い古道を進む。しばらくすると、また沢を越える。このあたりから道は方向を90度変え、北方向にに進む。10時10分、古道は平たく切り開かれた場所に下りる。樹木が生えているので、すぐには気づかないが、これは人の手が入った場所だ。ここから、道は北西方向に水量の多い沢に沿って降りていく。石段は湿って滑りやすい。沢の左岸を10分ほど下り、道は沢を越える。沢を越えたところで、一休みする。10時21分、歩き始めて2時間半ぐらいだ。

打ち捨てられたウィンチ
平な道を進むと、また沢を越す。そこから少し登ると、雛壇状に平地が数段に造られている。自然の力で樹木が再び茂っているので、それほど明らかではない。10時38分、右に樹木に埋もれた廃屋の石壁がある。窓枠もしっかり残っており、それほど古くないかもしれない。その先には錆びたウィンチが打ち捨てられている。モーターの銘板が判読できる。ウィイスティングハウスのライセンスによる大同製だ。製造年月日表示が無いのが残念だ。ウィンチから少し下ると、今度は吊り橋の石積み橋頭が残っている。こうして見ると、この周辺はかなり大掛かりな活動が行われていたのではないか。いままでの中で一番幅広の沢を渡る。水の中の石はとても滑りやすい。沢からの登り返すと木製ベンチがある。10時48分、燦光寮古道本線との分岐に着いた。

燦光寮古道主線の枕木階段
滝のある沢を木橋で越える
柑仔店休息站
本線は、地元行政による整備がされているので、支線に比べると歩きやすい。枕木階段も現れる。道標も立派なものだ。数分登ると、右に滝がかかっている。木製橋がかかっているので、楽に通り過ぎる。登りが続くが、歩きやすい。右に土地公の祠がある。ご神体はなく、もう参拝されていないようだ。幅の広い道と十字路交差する。古道は直進する。この幅広道は、鉱山が運営されていた頃の道だろう。11時5分、柑仔店休息站の広場に着く。ベンチや説明板がある。説明板によれば、清朝時代の郵便運搬人が休憩した場所だそうだ。当時は、燦光寮が開梱され集落ができ、この古道を伝って瑞芳方面と牡丹との間の郵便が運ばれた。今は廃屋の壁が奥のほうに少し残っている。

苔の生える石段の道、登りはあと少しだ
登りはまだ続く。ロープ手すりのある部分を過ぎ、緩やかな坂から急坂に変わり高度を上げる。枕木以外にも、古来の踏み石階段もある。もう一箇所幅広道の十字路を過ぎる。古道は直進だ。苔の生えた石段を登って行くと、沢状のくぼみにそって石段が上がっていく。坂道がゆるやかになってくると、森を抜けて草原に出る。霧が山肌をはっていく。11時半、道標のあるところで、腰を下ろして食事休憩を取る。ここは、燦光寮山へ続く道が草の間に入っていく。

霧の中の古道、ここで食事休憩
本来は、ここから燦光寮山の西尾根を行く道を登る予定だった。霧はかなり濃く、晴れる気配もない。頂上へ行っても同じく霧で、景色は望めない。同行のWさんは、夕方用事があり早めに帰京を希望していることもあり、今回は燦光寮山登頂は取りやめる。30分ぐらいの休憩後、幅広の道を草山戰備道への分岐へ登る。歩き始めてすぐに右へ道が分岐する。道標は、行き先を九份老街、距離4.5kmとしているが、これは間違いだろう。方向が違う。その先で、別の道標がある。ここは右に折れ登る。周囲は霧で、晴れていればすぐ近くに見える燦光寮山も全く姿がわからない。1時間ぐらい前、古道を歩いている時にはまだ見えていたが。12時10分、草山戰備道に着いた。

歩きやすい本山歩道
車が一台駐車して、そばに登山者がいる。これから山登りをするようだ。左に曲り、本山歩道へ向かう。数名の遊楽客とすれ違う。数分で本山歩道入口に着く。本山歩道は本来、鉱石運搬用に使われていたのだろう、幅の広い道が山腹をつづら折で下っていく。芝生が生えており、膝にやさしい道だ。十数分で降りきり、右に地質公園方向へ石畳の道を進む。少し登り気味の道を行くと、鉱石の説明をしたサークルを過ぎる。その先には、本山鉱山の跡地である地質公園がある。金鉱の沿革、金の採掘方法など、金瓜石にまつわる説明が、道脇に建てられている。

地質公園も霧の中
更に石畳道を行くと、左に階段が山腹を下っていく。ここは昨年11月に歩いた草山戰備道から直線的に下ってくる山道との分岐だ。下り始めて約10分で、黄金神社の入口に着く。Wさんは初めてなので立ち寄り見学する。ここも霧のため、周囲の景色がまったく見えないのが残念だ。黄金神社から下は、観光地だ。大勢の観光客が登ってくる。1時10分、黄金博物館に着いた。少し休憩する。Wさんは博物館を見学する。太子賓館などの観光スポットを過ぎ、1時42分に金瓜石バス停に着いた。しばらくしてやって来た1062番バスで直接台北に帰った。

今回の行程は、距離12.2km、休憩込みの所要時間約5時間40分である。登攀高度累計は、881mとなっている。燦光寮古道本線を登ってくれば、おそらく2キロぐらい短く、1時間ぐらい早く終わっていたかもしれない。しかし、支線は道の整備度は低いが、遺跡などが多く残っており、歩きとしても面白い。将来、主線を歩くこともあるだろう。Wさんには、残念なことに霧が出てきて、九份の山の風景が望めなかったが、次回またチャンスがあると思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿