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2016-05-06

2016年5月4日 三義 - 火炎山縱走 特徴ある小百岳を歩く

火炎山山頂三等三角點
崩壊が続く山壁上部から谷をのぞき込む
日本でも誰でも知っている西遊記の中に、火炎山が登場するのはご存知と思う。砂漠の中に炎のような赤い山として描かれている。砂漠ではないが、台湾にも火炎山がある。実は、この名称の山は一つだけではないが、おそらく最も知られているのは苗栗縣三義鄉にある火炎山だろう。第一高速道路を北に向かって台中から大安溪の橋を渡るとき、左に赤い炎のような山壁を持つ山が控えている。この姿から火炎山の名を得たのだろうが、実際ランドマークとして顕著である。筆者も以前仕事などで、第一高速道路を台北に帰るとき、何度も見ていた。今回は、この山の登山である。

北側の三義木彫博物館から南へ歩く
稜線上は上り下りが続く
木彫博物館わきの四月雪小徑から上る
標高602mの火炎山は、決して高くない。しかし、その南側の山壁は崩落が現在も進行中で、山を半分に切った断面を呈しているかのような、特異な姿を現している。上流から流された石が堆積し、その間を土が埋めていくが、十分な硬さになり全体が岩石となる前に、造山運動で盛り上がって山になった。そのため、岩石としての硬さが不足し雨風の浸食を受けやすい。これが火炎山の成立だ。南面は大きく浸食され、その顕著な姿を現している。縦走するとわかるが、それほど顕著ではないが西側も同じような切り立った山壁もある。鉄分やアルミを多く含むため、山肌は赤く見える。こうした特異な山は、火炎山以外にもほかに二か所あるが、そのうちでも火炎山は生態系も含め、自然保護区に指定されている。

油桐花
今回は、木彫で有名な三義の木彫博物館脇から稜線に登り、ずっと火炎山まで縦走した。火炎山は、それなりに登られている山だが、縦走路は必ずしもそうではない。道筋はしっかりしているが、途中一か所わかりずらいところがあった。その付近は、マーカーのリボンや道標も見当たらない。地図で確認する必要がある。昼頃の出発であったが、暗くなる前に下山した。前半は、大きく平たい山頂、南に向かうにつれて山稜は細くなり、火炎山の北側ではそれが顕著となる。火炎山の山稜はけっこう上り下りがあり、面白い山歩きだ。

左は相思樹、右はクスノキ林の間を行く
霧の慈濟茶園
以前観光旅行で訪れたことがある木彫博物館に、12時ごろ到着する。博物館前広場の脇に、鳥居のような入口があるが、これが稜線まで続く道だ。四月雪小徑というそうだ。油桐の花が散って地面が白くなるのを雪に見立てたもので、観光客が散策する道でもある。白い油桐の花が頭上に咲き、道にも花が落ちている。今年も油桐の季節がやってきた。遊楽客と前後して枕木道を登ること十数分、稜線にたどり着き土の道に替わり、眼前に広い茶畑が広がる。宗教団体慈濟會有機栽培茶園である。左側に相思樹の林を見ながら道なりに進む。12時半、茶園の舗装された産業道路に合流する。畑の反対側はクスノキ林だ。霧がわいてきて、幻想的な風景になる。12時40分過ぎ、道端で休憩し食事をする。

通信鉄塔が見える原っぱ
20数分の休憩後、13時5分舗装路をさらに南へ向かう。道は下り、130号県道に合流する。ここはちょうど県道の峠部分だ。左に少し下っていく。右に土留壁の上に道が登っていく。マーカーリボンがついている。雑草の間を行き、左に折れると急坂が始まる。藍天隊の道標がある。数分登り、廃棄産業道路に着く。右におれて進む。右側は樹木がまばらに生える赤土の原っぱがある。原っぱの向こう端は雑木林で、その上に通信用鉄塔が3本のぞいている。地図では、そちらの方向にいくようになっているが、入口がない。そのまま道を進むが、廃棄産業道路は左に降りて下っていく。どこかで入口を見失ったようだ。そこで、原っぱをもどるように進んでいく。そのうち、前方に廃屋が現れる。地図上にある廃屋のようだ。その脇の道を進むと、有刺鉄線の柵がある。柵の下は、くぐれば通れる穴が開いている。どうやら、ここをくぐっていくようだ。

平らな道が続く、通信施設の前を過ぎる
土地公の脇をゆく、藍天隊の道標では火炎山まで90分
犬のようにはって、柵をくぐると広場だ。何の目的なのか分からないが、この辺りは軍事用地なので、軍関係のものなのか。広場の橋から道が続いている。鉄塔や軍事施設の脇を通り過ぎていく。15分ほどで、施設群の最後の場所までくる。14時30分、ここから山道が始まる。下りきると土地公がある。藍天隊の道標では、火炎山まで80~90分となっている。この先の土地は、台湾自動車会社裕隆公司の土地のようで表示が道脇にある。いままでのだだっ広い稜線は、幅が狭まり同時に上り下りが現れる。上下はそれほど大きくないが、やはりかったるい。14時43分、右に風景が展開する。今日は、遠くは霞んで見えない。晴れていれば海が望めるのではないだろうか。下方には、油桐の白い花がそこここに咲いている。14時58分、鞍部に下る。ここにも裕隆公司の土地表示がある。
稜線から西側を望む、下方には白い油桐の花が咲いている
西側が切り立ち、東側はなだらかな稜線
シダ類の茂る道を進む
道は、ここからシダ類の茂る間を進むようになる。道筋ははっきりしているが、草が足にからむ。ここも稜線にそって上り下りを繰り返す。前方にかなり切り立った土の山壁がみえるようになる。だいぶ火炎山に近づいてきたようだ。15時12分、休憩をとる。2時間ほど、無休憩でやってきた。吹き抜けていく風が心地よい。休憩後、まもなく古ぼけて切れてしまっている藍天隊の道標を見る。その先まもなく、稜線は狭まり補助ロープも現れる急坂を上り下りする。15時42分、ブランコが道脇の相思樹の枝にぶら下がっている。幹には針金細工の文字が取り付けてあるが、数字以外は判読できない。15時47分、三粒石伯公を通り過ぎる。そばの幹に取り付けられた道案内図は、古ぼけて判読不可だ。深い谷を挟んだ向こうに、火炎山の山頂が見えるが、小ピークがあるので時間がかかる。15時57分、三角点基石が台座に植えられた頂上に到着する。先ほど見た藍天隊の道標には、80~90分とあったが、ほぼその時間通りに着いた。持ってきたビールを開けて、10分ほど休憩する。

三粒石伯公(下の三つの石積)
火炎山山頂が見えた
崖の脇を頂上へ歩く
火炎山山頂の筆者
玉石の痩せ尾根、火炎山の特徴
これからは下山だ。2,3分ほどで分岐に到着する。ここは少し開けた場所だ。左にそのまま下山する道(南鞍古道)が分岐する。時計は16時を回っているが、日暮れまではまだ時間がある。そこで右に稜線道をさらに進む。こちらのほうが、特徴ある南面の崩壊部分上部を通過するので面白い。この先少しで、3kキロポストが現れる。稜線は、いくつかピークを越えて行く。大小の玉石が地表に現れている稜線は、火炎山の特徴だ。少し霧もかかってきたのか、遠くは見えない。晴れていれば、おそらく台中方向の景色が見えるはずだが。2kを過ぎて道が下り坂メインになる。右に立入り制限のロープがある部分を少し入ってみる。そこは、まさに火炎山の特徴である、崩落壁の真上部分だ。真下には、月世界のように植生がまったくない切り立った谷が深い。谷の出口向こうは、大安溪の河だ。崩落部分ぎりぎりに松が生えているが、崩落のため一部は根がむき出しだ。

続く崩落のため、植物の根がむき出しになる
先ほどいた崩落上部が遠くに見える
油桐の花が道に散っている
道は下っていくが、一部は崩落のため迂回路になっており、登り返しも現れる。油桐の花が道にたくさん散っている。1kキロポストを過ぎると、道は下り一方になる。17時17分、遠くから車の走行音が聞こえてくる。右下には高速道路の大安溪橋が見える。17時23分、南火炎山を通過。廃棄された歩哨台を通り過ぎ、17時31分、登山口に降り立つ。登山口といっても、特に道標があるわけでなく、ちょっと調子外れだ。道脇のコンクリブロックに登山口と書かれているのみだ。ここは、公共交通手段がないので、頼んで迎えに来てもらった。

高速道路の大甲溪橋が望める、右に火炎山の崩落面が見える
残り0.5K、登山口まであとわずか
今回は、約10キロの道のりを約5時間半で歩いた。出発点が高い歩きだが、途中結構上り下りがある。公共交通手段が南側登山口になく、アクセスがちょっと不便だが、特徴があるので登る価値が十分ある。小百岳に選定されているのも、その理由が納得できる。火炎山だけであれば、コース体力ともクラス3だ。縦走する場合は、地図がよめる必要があるのでクラス4である。

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