このブログを検索:山名などキーワードを入れてください

2020-05-14

2020年5月13日 三峽逐鹿山 沢道を登り山腹木炭古道をへて滿月圓へ

逐鹿山水路(沢沿い道)で沢を渡る(標高約960m地点)
三峽と烏來とを隔てる插天山脈に属する山の中で、弟分である逐鹿山は今まで何回か登っている。筆者にとっては、台北に近く台湾のいわゆる中級山に触れる初めての山でもあった。この地の泰雅族原住民が、狩猟でシカを追っていったという言い伝えでこの山名と聞いている。今回は、まだ歩いていなかった中坑溪の沢筋を登っていく道から登頂した。いずれは行こうと思っていた道だ。登頂後、稜線を卡保山方向へ下り、炭焼窯跡が残る木炭古道を進み、滿月圓山から滿月圓遊樂區へ下った。滿月圓の近くへは行ったことがあるが、園区内に入るのは今回が初めてだ。

熊空から出発、滿月圓ヘ歩く
逐鹿山に登ったあとは基本下り
逐鹿山は標高1414mある。麓の熊空からだと標高差は1100mほどあり、それなり登りがある。山脈の三峽側の山腹を横切っていく木炭古道は、少しの登り下りはあるが、卡保山を縦走するような苦労はない。樂佩山から組合山へと続く尾根上の道を経て、また山腹を横切る道を滿月圓方向へ進んだ。滿月圓山からの下りは、ずっと補助ロープが続くきつい下りがある。人数が多いこともあり、予定してたより1時間ほど余計に時間を要した。そのため、もともと乗る予定だった、18時過ぎの807番バス最終便に間に合わなかった。しかし、幸いなことにメンバーの二人は自家用車で来ていたので、便乗させてもらい三峽へ帰ることができた。

通学の学生で807番バスは超満員
平日に運行される三峽一站7:00発の807便に乗るべく、メンバーはそれぞれ早く自宅を出発し集まる。筆者もMRT景安駅からの908番バスで高速道路経由で向かう。台北大學三峽校園バス停に着いたときは、すでに6時55分、下車して急いで三峽一站に向かう。バスはすでに乗客を乗せはじめ、間もなく発車する。この時間帯は通学時間なので、途中で多くの学生が乗車し、バスは立つのも大変なぐらい満員になる。学生が大埔國小バス停で下車した後は、立っている乗客はいないが満席だ。7時45分に熊空に到着する。ここを訪れるのは昨年歩いた紅河谷古道以来一年ぶりだ。バス停近くで車でやってくるメンバーを待つ。

雄空溪を望む、遠くに加九嶺
雲森瀑布への途中、簡易橋を渡る
沢沿い道(左)の分岐、右は雲森瀑布へ
全員10名がそろい、8時10分出発する。バス停から少し登り民家脇の山道を登り始める。左の熊空溪の谷間と、その奥の加九嶺が見える。8時23分中坑產業道路にでる。少し進み駐車場を右に見る。もし車できて往復するのであれば、ここまで歩かずにくることもできる。駐車場の上から、右に雲森瀑布へと続く山道を進む。ほぼ平らに進む道は、杉林の山襞を縫っていく。沢には簡易橋が設けられている。雲森瀑布へいく遊楽客が多いことの対応だろう。9時に中坑溪の枝沢ザレ場を過ぎる。すぐ左に逐鹿山西峰への道を分ける。そのすぐ先左に入る道が、沢沿い道の入口だ。特に道標はない。

沢際の耘夢谷
木漏れ陽の森を登る
雲森瀑布を見に行ったメンバー数名が戻り、9時10分沢沿い道を歩きはじめる。道筋ははっきりしている。沢から離れた上部を登っていく。小さな沢を越え、10分足らずで耘夢谷につく。ここはテーブルなどが設けられた水際の休憩場所だ。少し休憩をとる。9時27分、逐鹿山へ向けて登り始める。道は少し細くなるが、それでも全く問題ない。マーカーリボンも適宜ある。水際から離れて、高度を上げていく。日差しが森の中に差し込んでいる。幸い風があり、暑さはそれほどではない。10時4分、沢を渡り卡保山方向へ登る道が分岐する。道は沢を離れて、左の山の方へ進む。廃棄された林道と思われる平らな場所で休憩をとる。

沢に降りて左岸に渡る
細くなった沢沿いに登る
10時22分、歩きはじめるとすぐに帆布シートがある。その先の道筋がはっきりしなくなる。もとに戻るが、ほかのメンバーが道を見つけたということで向かう。果たしてはっきりした道筋がある。おそらく、先ほど休憩場所に行く途中で右に行く道を見落としたのだろう。道は数分沢を見ながら進み、右に大きく下り渡渉して左岸に上がる。地図上では右岸をそのまま行くようだが、見るとその部分はがけ崩れがある。このため道筋をこちらに替えたのかもしれない。しばらく左岸を行く。その先に沢の二股になり、右の沢を越す。坂がきつくなってくる。11時15分、だいぶ水が少なくなった沢を見る。沢際で休憩をとる。

水際で休憩をとる
まばらな木々の間を登る
左下に沢を見ながら坂をひたすら登っていく。11時40分、沢音が遠ざかり太い木々がまばらになってくる。12時2分、急坂が少しゆるくなったとろに、この山域でよくみる桃園鐮刀登山隊の休憩場所のボードがある。霧が濃くなってきて、陽光はすでにない。最後の登りを頑張り、12時8分稜線上の分岐に着く。左に折れ、数分進み12時25分、逐鹿山山頂につく。食事休憩をとる。食事中に鹿港からの十数名のパーティがやってきて、山頂はにぎやかになる。風もあり、霧のなかの山頂は少し涼しいぐらいだ。

霧が濃くなってきた森の中の最後の登り
稜線の分岐に着いた
@逐鹿山山頂
逐鹿山から下る
12時50分過ぎ、稜線道を下り始める。ところどころぬかった場所もある。稜線上は小さなピークがあり、上り下りが続く。樹木が少ないところでも、濃霧のため展望はない。最後に少し大きめに下り、13時49分木炭古道の分岐に来る。ここは十字路になっていて、右は上りの際に分岐した道で下れば中坑溪の沢道に、左は卡保山への縦走路だ。小休憩後直進し、木炭古道を歩きはじめる。

木炭古道を進む
炭焼窯跡
木炭古道は、その名の通りに山中で焼いた炭を搬出するために使われた道のようだ。仕事のための道なので、できるだけ楽なルートをとる。それでも山腹にある上下や涸沢などを越していく。14時16分、左に卡保山縦走路へと続く道を分ける。さらに10分ほど行くと、炭焼窯跡がある。霧の中の森を進んでいく。14時32分、卡保山から雲森瀑布へと続く分岐を過ぎる。少し登り返し、小沢を越す。さらに進み、14時52分水量が多い沢わきに降りる。ここにも炭焼窯跡がある。そこから登り返してすぐ、組合山へと下る道の分岐に着く。小休憩をとる。

木炭古道の沢を渡る
組合山方向へ急坂を下る
尾根道、山腹道の分岐
ここからしばらく下りだ。右に大岩の上をすべる沢をみて下る。15時26分、分岐にくる。左は山腹を行く道、右は尾根上を行く道だ。右の道を通り進む。6年前に登りにとった時は、山腹の道を歩いたようだ。下っていき、左からの山腹道を合わせ間もなく、15時45分十字路分岐に来る。直進は組合山、右は雲森瀑布だ。小休憩のあと、左に滿月圓へ向かい進む。

十字路分岐、直進は組合山,右は雲森瀑布,左は滿月圓
下って沢を渡る
この部分も山腹を横切っていく。そのうち杉林になる。今は森林遊樂區となっている滿月圓は以前は伐採が行われいた林場である。杉林はそのころのものだ。沢を越えるため、下っていき、渡った後また登り返す。森に差し込む陽光は、少し黄色みを帯びてくる。さらに3カ所、大小の沢を横切り16時40分、滿月圓山への分岐に着く。小休憩のあと、少し下り気味に行き、16時55分滿月圓山(標高900m)に着く。滿月圓駐車場を出るバスは18時5分発車だ。この時間だと、間に合わないのを覚悟する。

杉林の平らな山腹道を行く
滿月圓山山頂
ロープの急坂が続く
滿月圓山からの下山は、直接下る道が二つあるが、左の滿月圓瀑布への道を取る。地図上でも等高線が非常に混んでいるが、果たして300mぐらいの落差のほとんどが補助ロープの急坂道である。遊楽客は入るな、という看板もある。一部岩場もあるが、ザレなどを含み急坂である。約50分ほどで、全員ロープの急坂部分を下り切り、さらに少し下り、18時に滿月圓遊樂區の歩道終点である休憩台に着く。ビールを開けて休憩する。

急坂セクションが終了
山道歩きが終わって、ホッとした全員
18時15分、歩道を出口に向かい下っていく。園内の道はもちろんとても良い。暗くなりかけたころ、18時50分園区出口に着く。さらに進み、駐車場にくる。車で来たメンバーが、車を運転してきて、19時20分全員乗車し三峽へ向かった。

暮れなずむころ園区出口に着く






今回は、主要な上りは逐鹿山だけだが、人数が多いことや体力技量のばらつきもあり、ちょっと時間を要した。少しルート計画に余裕がなかった。ただ幸いに車でやってきているメンバーがいたおかげで、最終バスに間に合わなくても帰路を心配しないで済んだのは助かった。木炭古道は縦走路に比べると、歩く登山者が少ない。道筋はそれほど良くない。全体として困難度はクラス4としておこう。休憩込みの活動時間10時間半、距離15㎞、登坂は累計1300mだ。

2020-05-11

2020年5月9日 坪林小粗坑古道 - 小粗坑山 - 火燒寮崙 坪林から平溪へ縦走

沢の脇を行く小粗坑古道、ロープが取りつけらている
今回の目的地は、3月に歩いた楣仔寮尖のすぐ隣になる小粗坑山である。出発点も北42号線の英速魔法學院から少し手前にある土地公の脇からだ。自動車輸送の発達で忘れらた、坪林の山野に散在する集落をつないでいた古道を歩いた。今回のルートも、ボランティアによる道整備のおかげで歩くことができるようになった。勿論、自分で鎌を携え進むこともできるが、おそらく2倍や3倍の時間がかかっただろう。道は歩かれて初めて道であるし、障害物があるのとないのとでは、まったく違う。

南から北へ縦走
歩行高度表
F721バスを待つ@坪林國中
休日に運行されるF721新巴士は、定員20名で立席はない。なおかつ今回出発点近く英速魔法學院へ行く便は一日三便しかない。逃してしまうと、目的地を歩くことができない。そこで前回と同様に、大坪林7:00発の9028番バスで出発する。7時38分に坪林國中バス停に到着する。すでに4名が隊列している。我々8名もすぐに並ぶ。5分ほどすると928番バスが到着し、並び始める。すぐに20名満員となってしまう。

F721バスから北勢溪南側の山並みを望む
小粗坑橋でF721バスを下車、武漢肺炎のためバス乗車にはマスク着用
土地公祠のある古道入口
8時少し過ぎにF721番バスが到着し、乗り込む。そのあとに928番バスでやってきた、参加を希望した一人は乗れず、メンバー8名でバスは発車する。バスは坂道を登り、20分ほどで南山寺に着く。数名が下車し、乗客は半分となる。道を下り、北勢溪にそった北42号線を進んでいく。8時51分、小粗坑古道入口の土地公祠で止めてもらい下車する。このバスは、どこでも上下車ができる。

橋の上から見下ろす貴妃池
有應公の石祠
小粗坑古道は沢にそって進む。土地公祠脇の小粗坑橋の下は、滑滝状の貴妃池がある。家族づれのテントが張ってあり、池では釣り糸を垂れている。9時過ぎに古道を歩きはじめる。今日は天気は晴れ、暑くなりそうだが、沢沿いは微風があり涼しい。歩きはじめて間もなく、道脇に有應公石祠を見る。土地公は道教の神様だが、有應公は行き倒れなど身元が判明しない死者などを祭る。祠のすぐ上で、道は高巻く。本来の古道は土砂がくずれてしまっている。高巻きから下りると、道筋は問題ない。ただ、幅が狭く注意が必要な場所もある。

古道を進む
小粗坑8號の民家
20分ほど歩くと、メンバー一人が足を踏み外して、滑落してしまう。幸い樹木があるので3メートルほどで停まる。わきの補助ロープを外し、それを頼りに道に戻る。ケガがなく、歩きを続ける。9時39分、古道は舗装路にでて終わる。すぐ右下に民家がある。舗装路は、この民家まで上から下りてくるものだ。小粗坑8號の住所プレートがあるが、すでに住んではいないようだ。

舗装路を登る、背後に三角ピーク
古道のような石段のある小粗坑山山道
小休憩のあと、舗装路を登っていく。背後に尖ったピークが見える。9時51分、分岐を左に折れて小粗坑12號民家の前に行く。こちらはまだ住人がいる。民家前を行き、奥まったところから山道が始まる。石段もある。この部分は古道の一部のようだ。勾配のきつい坂を登り、10時15分小休憩をとる。

急坂を登る
建築中の建物の脇を進む、左に楣子寮尖
小粗坑山山頂のメンバー
尾根上の道の脇に、まだ建設中の家屋が見える。おそらく別荘といったものだろう。その向こうに楣仔寮尖のピラミッドが目立つ。大工のラジオ放送が聞こえてくる。緩い尾根道を進み、途中右に道を分け、10時52分樹木の中の小粗坑山(標高579m)に着く。小休憩後少し下り、また登り返す。11時12分、環山道路の登山口に出る。こちらのほうが、小粗坑山より高い。

まだ新しい古道入口の道標
番子坑古道の峠、ここは直進
右に環山道路を下っていく。まもなく右から道を合わせる。先ほど我々が登ってきた道だ。環山道路は、ほぼ稜線にそって進む。少し登り返し、11時26分、左に番子坑古道入口を見る。ここからまた山道歩きだ。稜線上の道を登っていく。11時41分、番子坑古道の峠部分に来る。左にとれば、今日の目的地東勢格方面に続くが、予定は直進して稜線を追っていく。急な上りを過ぎ、まもなく11時52分右から道が合流する分岐に着く。3月楣子寮尖を越えた後、環山道路から登ってきた場所だ。食事休憩をとる。
この分岐で昼食休憩
稜線道を行く
長めの40分ほどの休憩後、稜線道を歩きはじめる。前回は霧模様の天気だったが、今日は木漏れ陽の森の道だ。小さな上り下りを過ぎ、数分で分岐に来る。右は枋山坑山方向だ。今日は左に進む。一度下った後、登り返す。標高約650m、名もないピークだが今日の最高点だ。長い下りが始まる。ロープも取り付けられた急坂を過ぎ、13時道脇に古い墓を見る。草が刈ってあるので、墓参りはされているようだ。さらに10分ほど下り、鞍部で左に道を分ける。稜線道を登り返していく。13時20分、ちょっとしたピーク部分で休憩をとる。

古い墓を見る
鞍部の分岐
ロープの急坂を下る
しばらく急な坂を行く。苔におおわれた大き目な石がある。ロープの部分もある。13時44分、正面に廃棄された家屋の土台石がある。柱も2,3本残っている。この建物跡は普段見る石壁の遺跡とは異なっている。どのような建物だったのか、ちょっと不思議だ。道は左右に分かれる。左は火燒坑農路にでる。右にとって、急坂を下る。下りきると沢わきの棚田跡に降りる。右に進む。草原をよこぎり、13時57分左に鉄門を見る。

土台の残る廃屋跡
火燒寮崙
時間はまだまだ早い。右にとって予定通り、最後の火燒寮崙へ向かう。じめじめした場所を過ぎると、山腹道に上がる。少し進み、14時3分、火燒寮崙につく。山名板には標高320mとあるが、ここは山頂ではなく基石が埋まっている山腹だ。休憩後さらに進む。非常に規模の大きい廃屋が現れる。残っている石壁の間のドア枠のくぐり、次の部屋へと進む。草が刈られている中庭に出る。その奥にも部屋があるので、これは三合院の造りなのか。いずれにしても、いままで見た山中の廃屋のなかでは、とても大きなものだ。

規模の大きい廃屋、中庭から見る
鉄門を通り舗装路に出る
道をさらに進み、下って家屋下の棚田跡と思われる平らな部分を横切る。先ほどの分岐に戻り、右に鉄門へ進む。火燒寮溪に掛かる橋を渡り、鉄門脇を通る。舗装路に出る。時間はまだ早い。左に東勢格方面へ歩いていく。15時、右に石古井へと続く道の分岐を過ぎる。すぐに涼亭のある広場に着く。東勢格派出所バス停から乗る予定のF822新巴士は16時40分発車予定だ。まだ時間が十分にある。そこで涼亭で最後のビールを開けゆっくり休みをとる。メンバーの一人は、血を吸ってまるまる太った山蛭を見つけた。

右の涼亭で休憩後、東勢格へ歩く、左の廃屋は廃坑と関係あるかも
廃坑入口
15時45分、最後の2㎞ほどのセクションを下っていく。いままで3,4回歩いているので、馴染みの景色だ。右に廃坑道を見る。水が多く流れ出てきている。そのわきにある廃屋は、当時の炭鉱に関係するものだったのだろう。左に高德坑古道雞心尖古道へと続く道を分ける。平溪國小假日學校をみると、東勢格派出所バス停はすぐだ。30分ほど待ち、F822新巴士にて106号線の東勢格バス停へ出て、3,4分でやってきた795番バスにて帰京した。

F822新巴士で106号線へ
想定より楽な山行であった。距離は10㎞ほど、登りも550mほどである。活動時間は7時間だが、休憩も長い。道の状態がよいことが、楽な行程に関係している。今回も坪林から平溪へと歩いた。こうしたちょっと奥まった場所でも気軽に歩けるようになったのは、交通の便が良くなっていることが大きい。今の状態であれば、困難度はレベル2だ。