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2013-01-31

2013年1月31日 烏塗窟山羊洞-筆架山-尾寮古道 石碇から深坑へ山越え

筆架山と山桜、阿柔洋産業道路から見る
昨年11月に引き続き、石碇から深坑へ、この二ヶ所の間に立ちはだかる筆架山連山の山越え歩きをした。山の南側は、景美溪の支流で石碇集落で分かれる石碇溪の上流になる。過去には石炭を産出したが、今は渓谷にそって観光地になっている。山羊洞は、石碇集落から更に奥にある烏塗窟の山中にある、自然に形成された岩の割れ目である。筆架山連山は、尾根上に小ピークが多く、また露出した岩が多い。縦走する場合は、距離に対し時間がかかる。二格山の下で猴山岳へ連なる山脈と合わさる。その北側は深坑への緩やかな斜面で、ここには多くの古道がある。今まで歩いた、茶山古道炮仔崙古道を含め、主要な古道は数本ある。尾寮古道もその内の一つだ。
今回(左側)と昨年11月のルート(クリックで拡大)
東側の烏塗窟から山を越え深坑へ歩く
左のピークは山羊洞の登り、中央は筆架山縦走のピーク
聖家山荘に咲くアイリス
今回のルートは、烏塗窟から歩き始め、先に山羊洞のある山を登る。山羊洞へ立ち寄り、一旦下った後外楒仔腳の谷から筆架山への沢道を上り詰める。筆架山から二格山方面へ続く尾根を、いくつかの小ピークを越えて縦走する。二格山との鞍部から、猴山岳への道を取り下る。阿柔洋産業道路を越えて少し登り、阿柔洋山を通過して天南宮へ下りる。そこからはじめ阿柔洋産業道路を歩き、途中尾寮古道入口から古道を下って深坑へ出た。一部産業道路の歩きがあるが、大部分は山道だ。このうち、外楒仔腳から筆架山への沢道は、登山者が多い筆架山のなかではあまり歩かれていない道だ。その他は、状態のよい山道である。山桜がちょうど満開で、場所によってはすでに散り新葉が出始めている。その他の花も咲き出した。よい時期に訪れた。

烏塗窟、左奥の山が山羊洞のある山
MRT木柵駅バス停で7時過ぎに666番バスに乗車する。本来通学時間だが、冬休中のようでバスは空いている。約30分の乗車で終点の烏塗窟に到着する。バス停から溪口橋を渡り、バイパス道に出る。陽の当たっている岩壁が目立つ山が左に見える。山羊洞のある山だ。山に向かい産業道路を進む。しばらく行くと坂が急になる。民家の黒犬が吠えかかる。こちらが威嚇すると逃げた。道がカーブするところに、山羊洞登山歩道の道標がある。これに従い山道に入る。いきなり苔むした道が続く。10分ほどの登りで福徳宮のわきで産業道路に出る。この山道は産業道路の近道になっている。福徳宮では焼香を済ませたと思われる土地の人が、運動している。挨拶をして、産業道路を進む。その先にまた歩道入口の道標と案内板がある。石畳が敷いてあるが、ほんのわずかで土の道になる。右に道が分岐する、沢沿いに炙仔頭山へ続く山道だ。

古タイヤ利用の階段山道
古タイアを利用した階段を登ると鞍部に着く。直進すれば聖家山莊へそのまま行く。左に尾根道を取り登る。道には山桜の花びらがたくさん落ちている。見上げると山桜が咲いている。急坂を登りきりゆるやかになると、木々の切れ目から左に西帽子山の岩肌が朝陽の中に見える。ここから下りだ。少し下ると左に踏み跡が入っていく。行ってみると、山羊洞がある。時刻は8時40分、歩き始めて約1時間の路程だ。二つの大岩が合わさった間にある洞だ。中を歩いて通ることもできる。山道に戻り下る。今度は消遙洞がある。そのすぐ下に石テーブルと椅子がある。苔のはえた石階段が下っていく。下りきると産業道路にでた。

山羊洞への途中に見る西帽子山
山羊洞
聖家山莊への道、奥の山は炙仔頭山
ツツジの咲く聖家山荘の奥の家屋
正面に炙仔頭山が見える。朝陽の中、少し開けた谷あいは高原の雰囲気だ。少し進むと聖家山莊がある。敬虔深いキリスト教信者のコミュニティと聞く。ここで道が途切れているように見える。探すと聖家山莊のわきに更に奥に続く山道がある。道をたどるともう一つの建物がある。周囲にはツツジ、アイリス、灯籠花など様々な花が咲いている。番犬が吠え止み、静けさが戻るとここは平和な楽園のようだ。沢を渡り山道を進んでいく。山道のわきに、ひっそりと墓石が二つある。道を進むと右にまた赤いトタンの家が見える。別方向からここまで産業道路が来ている。

筆架山沢道の入口、右へ折れる
涸れた沢を登る、薄暗い谷あいの道
あとも少しで筆架山下の分岐
赤いトタンの家の前を通り、産業道路を少し登る。9時半頃分岐に着いた。右に山道が入っていく。分岐部分には、藍天隊の道標があるが、炙仔頭山を記してある。筆架山の表示はない。手持ちの地図ではもうひとつ不明瞭だ。そこで木が切られた開けた正面の谷を登っていく山道を試してみた。しかし標識リボンもない、どうやら登山道ではないようだ。引き返し、右の道を試す。少し入ると左に土地公の祠がある。その先には廃屋の石が草に埋もれている。どうやらこの道で間違いないようだ。草深い谷沿いの道を十数分登ると、また古い石積がある。ここから道は涸れた沢の中を進む。石の角には踏まれて苔がないが、ゴロゴロした沢底道は歩きづらい。冬の沢道は陽が当たらず、薄暗い。更に20分ほど登ると、道は坂がかなり急になる。補助ロープがところどころあるが、縦走道に比べたらはるかに少ない。10時半、産業道路の入口から約50分の登りで筆架山直下の分岐に着く。ちょうど登山者が一人いて、少し驚いた様子でここも道なのかと訪ねてきた。

筆架山分岐、右の谷から登ってきた
筆架山頂上から二格山方向を見る
先に岩の筆架山頂上(標高580m)に登り、周囲の展望を楽しむ。今日は好天で、風は強いものの寒くはない。陽明山山系や台北の街も見える。もちろん、谷を挟んで一月上旬に歩いた雲海山から続く山並みも見える。これから進む方向の二格山への尾根筋も目の前だ。南側の谷を見下ろすと、歩いてきた外楒仔腳の谷とその奥には山羊洞のあるピークが判別できる。20分ほど頂上で過ごした後、分岐部分に下る。ここは風も当たらないので、食事休憩を取る。深坑側に急角度で向天湖古道が下っていく。いずれ歩いてみよう。

登ってきた谷筋を見る
深坑方向を見る
岩の露出した縦走路
縦走路を歩くのは、一昨年12月以来だ。露出した岩や急な登り下りはあるが、整備されよく歩かれている道を行く。反対方向から一人若い女性ハイカーがやって来た。道を尋ねられた。山歩き経験がまだ少ないようで、説明した。0.7kmキロポストのある木製ベンチを通り過ぎ、縦走路を40分ほど歩くと、二つ目のピークの東側から展望ができる。筆架山とその前にあるピークが望める。更に数分歩くと、今度は露出した岩場に来る。ここからは二格山が大きい。二格山山腹の産業道路脇に植えられている桜の木々が満開だ。このあと歩く猴山岳への山並みや、そこから深坑へ下っていく斜面と阿柔洋産業道路や建物が見える。数分の縦走路の下りで、12時12分に二格山との鞍部に着いた。筆架山から約1時間の路程だ。小学生ぐらいの子供も含む十数名の登山グループが休んでいる。

尾根上から筆架山(左)と手前のピーク
尾根上ピークから見る猴山岳とその斜面
猴山岳への道、ロープのある下り道
鞍部を右に取る。少しの下りで、草楠への道を分岐する。尾根上の道は、幅が広く歩きやすいが、ところどころ補助ロープもかかっている急な下りもある。前回歩いた時から大分時間が過ぎているので、新鮮な感じだ。鞍部分岐から約30分で、阿柔洋産業道路に出る。産業道路を右に下れば天南宮だが、先に道を渡り阿柔洋山へ立ち寄る。前回通り過ぎたときは、阿柔洋山への分岐道標に阿柔洋山の記載があったが、その後取り外されたようだ。ほんのすこしで標識もない頂上を通り過ぎ、天南宮へ下る。天南宮前庭から筆架山も含む広い範囲の展望ができる。登山グループが天南宮の一角で食事をしている。とても賑やかだ。時刻は12時47分、自分もここで食事休憩をする。

天南宮、左は阿柔洋産業道路
13時に出発、阿柔洋産業道路を下る。大崙尾社区バス停がある。一日二便だけなので、登山にはあまり利用できない。道沿いに植えられた山桜が満開だ。青空のもととても美しい。地図では尾寮古道が産業道路に並行しているようだが、桜が美しいし交通量も少ないので産業道路を歩く。20数分下り、101号電柱のわきの入口から尾寮古道を歩き始める。草深い山道だ。数分の歩きで、また産業道路にでる。道をまたいで、反対側の入口から尾寮古道を引き続き下る。

阿柔洋産業道路、茶畑と桜、奥には平渓の山々が望める
尾寮古道の朽ちた木製手すり
ここからは、産業道路は古道から離れ、かなり大きく迂回して下る。尾寮古道は山道なので、尾根沿いに直線的に下っていく。はじめはゆるやかな下り道が十数分続き、その後下り坂になる。かなり前に地元行政の整備が行わたようだ。階段用の板や、場所によっては木製の桟道もある。ただ、その後メンテが行わていないので、荒れるに任されている部分や、材木が腐ってしまっている部分も現れる。古道本来の苔むした石段も残っている。古道入口から30数分で山道は終了する。産業道路の入口付近は石畳も敷かれている。文山路を渡り、深坑老街まで歩く。14時20分に到着した。観光客で賑わう深坑から660番バスで帰宅した。

今回は、歩行距離11.7km、休憩込みの所要時間6時間40分、登攀高度累計は835mある。最近は友人との登山が続き比較的短い行程だったが、今日は少し骨のある歩きだった。それでも、快晴の空の下、花が多く咲く山歩きはとても愉快だ。

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